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グリモワール×リバース~転生鬼神浪漫譚~  作者: 藍藤 唯
巻之弐『妖鬼 九尾 魔導司書』
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第二話 レーネの廃村I 『世界そのものを纏う童』

 過ぎ去っていく二つの人影。双方ともにふつうの人間とは言い難く、たとえば片方は黒く捻れた二本角があって。もう片方などは、三角耳に加えてやたらと柔らかそうな狐尾がこれでもかと言う数生えていた。


 白銀の街道を抜けていく彼らの後ろ姿を、ベンチに腰掛けて見送っていたヤタノに声がかかったのは、ちょうどその時。


「ヤタノちゃん、良かったのかい?」

「ええ。書院の首脳部は色々と文句を言うのかもしれませんが、わたしは構わないと思っています。かばい立てをするつもりもありませんが」


 真っ赤なガワに、黒い骨。美しい所作で番傘を開いたヤタノは、マチルダに笑いかける。その笑顔に悪意はなく、さりとて善意も無い。


「レーネの廃村は確かに一晩明かすにはうってつけか。魔族ってだけでどうしてそんなに迫害を受けるんだろうねえ」

「それは、まだ帝国書院の無い時代に魔族が拘わった大きな出来事があったからです。もっとも、今の帝国に魔族を嫌厭する理由があるのかどうかは分かりませんが」

「というと?」


 下駄を佩いて立ち上がる。その際に涼やかな音色を奏でるのは彼女の髪に淑やかに飾られた小さな鈴。番傘を肩にかけて、着物の裾を正せば、ここを出る準備は完了だ。


「人間は、自分より強大な何かを疎むもの。帝国臣民……いえ、帝国中枢は魔族に対して何も出来なかった……と思っているのです。だから、その自分より強大な魔族を恐れ、迫害し、今を築き上げた。でも、帝国魔導が、帝国書院がある現在、魔族を恐れる理由がどこにあるのでしょうか。魔族が怖くない以上、迫害する理由もない。私は、そう思っています」


 さわさわと、昼下がりの心地よいそよ風に彼女の短い金髪が揺れる。

 遠く蒼空の下、雲の流れを眺めながら彼女は目を細めて小さく呟いた。


「世界を覆っていた雲が流れ、やがて雨となって地に落ちるように。強大なものというのは、いつまでもその権威を保っているわけではない。それに気づかずただ下を向いて怯えている人たちは、きっと永遠に幻影を恐れて生きるのでしょう」


 その時彼女の脳裏に映ったのは、いったい誰の姿であっただろうか。

 吐息はまるで悲嘆のようでもの哀しく、遠く何かを想っているようで。


 しかし、一度下を向いてから前を見た彼女の表情はいくらか明るかった。


「けれど、なんだか面白いことが起きるような、そんな予感がするんです。帝国が今招き入れてしまった風は、何かを舞い上がらせるような、そんな予感が」

「ヤタノちゃん、久しぶりの顔をしてるねえ」

「えっ?」


 予想外の言葉をかけられて、思わず素の表情で振り返る。一瞬だけ見せるその顔は、まるで本当にその年頃の童女のようで。マチルダはそんな彼女に向かって、しわの出来始めた口元を歪めて言う。


「わくわくしてるというか、新しいおもちゃが手に入ったような、そんな顔をしているよ。久しぶりに見るね、あんたのそういう顔は」

「ふふ、そうでしたか?」

「うん、そりゃあもう」

「もし、そうだとしたらきっと――」


 レーネの村に通ずる、白銀のタイルが埋め尽くされた一本道。その先を見据えて彼女はにこやかに笑って一歩を踏み出した。


「――あの若き妖鬼がくれた素敵なプレゼントなのではないかと、思います」








 グリモワール×リバース~転生鬼神浪漫譚~

    巻之弐『妖鬼 九尾 魔道司書』












「あ」

「何よ、絞めた鳥みたいな声出して」

「そんな悲痛な声でしたかねえ!?」


 あんまりな物言いだ。


 徐々に日も落ちてきた斜陽の中、俺たちはまだ白銀の街道を歩いていた。夕日に照らされると銀のタイルがまた違った赤らんだ輝きを見せてくれて美しい。ファンタジーだなあという思いと、単純に美しいものに高揚する思いとか混ざり合わさって、さっきまではすげえ良い気分だったんだ。


 隣を進むヒイラギは、なんだか残念なものを見る目で俺を見ているが、まあそれはいいんだ。


「いや、ヤタノって名前、どこかで聞いたなと思ってずっと考えていたんだが……思い出した。思い出して、やべえ」

「はあ?……私も彼女の過去なら知ってるけど、そうじゃなくて?」

「だってお前帝国書院知らねーだろ」

「そうだけど……じゃあ、何なのよ。帝国書院の関係者なわけ?」

「関係者というか、何というか」


 思い出せそうで思い出せなかったのには理由があった。

 ヤタノという名前だけは、確かにグリモワール・ランサーIIで登場する。だが名前"だけは"というだけあって、本編に登場することは一度もないのだ。


 だが、グリモワール・ランサーIIIでは事情が異なる。

 こちらでもあまり大きくは取り沙汰されないものの、取り沙汰されないのは影が薄いからとか弱いからとかではなかった。


 真逆だ。


 強すぎるから、物語に絡められないのだ。


 グリモワール・ランサーシリーズにてよく話題になる三大公式チートキャラ。その一人が、ヤタノ。ヤタノ・フソウ・アークライト。


 あんな異色な雰囲気の童女ならすぐに思い出せそうなもんだが、如何せんIIIは一度プレイしただけだし、かなり前だし、ちょっとしか出てこないキャラだから忘れてしまっていた。IIなら楽しくて何度もやってるんだが……まあいいや。


「で、何者なの」

「帝国書院書陵部魔導司書ってのは、第一席から第十席まであんのよ」

「……そう。一昨日やりあったアイツ、末席なのね」

「ああ……まあでも、グリンドルとほかの魔導司書の実力がそこまで違うかといえば、そうじゃないんだ。最弱には変わらないが」

「ふうん」


 あ、わりと興味なさそう。

 けど、耳がぴくっと動いたってことは気にはなってんのか。

 まあ、あれだけこっぴどくやられて根に持たない奴なんていないわな。


「だが……魔導司書の中でも、トップ3だけは別格だ」

「一から三?」

「ああ。そのうち第二席は二年前の魔王と差し違えて死んでるが……第一席と第三席は残ってる」

「……別格ってどのくらい別格なのよ」

「今の俺らじゃしゅんころだ」

「しゅんころ……?」

「瞬殺。魔獣狩りやら珠片やらでどうにか上り詰めることは出来るかもしれんが、今んとこはあっさり殺されてジエンドだ」


 いっかんのおわり。がめおべ~る。


 そんな俺の語り口に、いくらなんでも察しがついたのだろう。

 ヒイラギが徐に顔を上げた。


「まさかとは思うけど」

「帝国書院魔導司書第三席ヤタノ・フソウ・アークライト。彼女と相対した時、俺たちは世界そのものを敵に回すことになる」

「は、はあ……」

「第十席のグリンドル・グリフスケイルがお遊びに見えるほどの相手だ。洒落にならん」

「た、戦うつもりはないけど……そんなに強くなってたのね……あの子……」

「あの子、ねえ」


 そんな可愛いもんじゃねえが、面識があるところを見ると百年前はそんなに強くなかったのか? というかただの童女だったとか?

 ヒイラギの口振りからするとあり得そうだ。


 しかし、IIIを思い出すとこう、とんでもない相手とお茶会してたんだな俺ら。さんざっぱらからかってんじゃん。キレられたらそこで試合終了だったじゃん。あっぶな。


 ちなみにさっきの俺の話、まんまゲームの説明書の引用だったりする。

『帝国書院魔導司書第三席ヤタノ・フソウ・アークライト。彼女と相対した時、きみたちは世界そのものを敵に回すことになる』


 ……世界っておまえ。って俺も思った。

 実際、彼女の出番ってほんの少しだったしなぁ。まあ、そのほんの少しの時間であっさり教国の十字軍五万を消し飛ばしてるから始末におえないんだが。神蝕現象(フェイズスキル)も頭おかしいし。


 それはそれとして、ヤタノちゃんはやばい相手である。ちゃん付けやめるつもりはないけれども。


「……知り合いってほどではないんだけど、面識はあったから」

「お前さん色々ありそうよね。で、どうすんの」

「え?」

「帝国領にはこれで完全に入った訳だが、俺が用があるのはここから南西なんだよね。帝都とは方向が違う訳だが、おまえ用があんの帝都じゃねーの?」

「……ああ、そういうことか」


 何か納得したようにヒイラギは頷く。その表情にはどこか陰鬱としたものが含まれており、きっと何かがあるのだろうと見て見ぬ振りをした。


 わざわざふれる必要はない。向こうから話を振ってきたら乗ればいいし、たぶん帝国でのなにがしかを終えればきっとすっきりすんだろ。


「お、あれじゃね? レーネの村」

「え、あ。ほんとだ。それっぽい」


 だからちょっと上の空なのもきっとなんか考えてるからだ。

 命に関わる何かが起きるまではまあ、放置安定でいいだろう。


 そんなことよりも、俺たちの辿る白銀の街道のその先に、一つの小さな集落のようなものが見えていた。ひっくい柵で周囲を囲み、夕暮れ時だからかどこかしこの家の煙突からもくもくと白い煙が出ている。

 なんというか、ザ・村って空気のそれ。家の造りは、煉瓦か? 土茶けた色をしているから、まあ焼いた何かを積んで作った壁のようだが。


「で、ヤタノちゃんとマチルダさんの話だと、この村はすんげー魔族アンチと」

「皆殺しにして食料もらってもいいんだけど」

「ヤタノちゃんに殺されかねないからやめてお願い」


 このファンキーな一面は、出会った当初から相変わらずだなあ。

 若干遠い目になりかけながら、ヒイラギの首根っこをつかむ。


「はい行くよー」

「ちょ、そんな犬猫みたいに!」

「狐だろうが」

「狐だけども!? 狐だけども!? この扱いはどうなのよ!?」


 一二がなくて皆殺し。そんな奴はこれで十分だっての。


「レーネの廃村ってのはどのあたりにあるんだろうな」

「さあ。でも右に道があるし、山に続いてるし、これっぽい気はするわね」

「じゃあこの道進むか」


 レーネの村の人々も、もうこの時間になると出歩くことはないようだ。まあ、お互い嫌いな相手にわざわざ自分から出くわす必要はないわな。ここらへん、魔獣もうろついているわけだし。


 白銀の街道をレーネの村の少し手前で外れると、そのまま村の側面に聳える山に入ることができる。とんでもない獣道かと思いきや、どうやら人の手の入った形跡がある。ところどころに埋められた石は、おそらく滑り止めやぬかるみを防ぐ為だろう。


 とすれば、この先に何かがあるという認識で間違いなさそうだ。


「尻尾汚れる」

「道狭いからしゃあなしだな。仕舞え」

「仕舞えたら苦労しませんけど!?」

「なんだよ、九尾だろ、妖術で何とかしろよ」

「うぐぐ……あんまり他人に化けるの得意じゃないのよ……」

「苦労するね、お前さん。魅了術といい、こういうのといい」

「魅了術……男がシュテンとあの金髪の魔導司書だけだから、忘れかけてたわ」

「図太いのか繊細なのかはっきりしろよ」

「うるさいわね!?」


 やいのやいのと騒ぎながら、俺たちは道中を進む。

 膝丈ほどの高さの植物が妙にくすぐったく、時折魔獣まで出てくるので鬼殺しを一振り。

 いやしかし、俺にとっての天敵がこうもお供として優秀だとこう、良いものですなあ。っつーか眷属の名前もヒイラギだしよ、なんか四面楚歌よね。


 それはさておき。


「で、廃屋で一夜を明かすことになりそうだが……ここらへんに川とかある?」

「いや私に聞かれても困るんだけど」

「耳とか鼻とか俺より利きそうじゃん」

「とどまるところを知らない獣扱い!!」

「で、実際どうなんよ」

「……んー、まあ水はあるみたいね。沢音が若干する。というか、そもそも水の気配のないところに村があるはずもないんだけどね」

「そりゃまあ、そうか」


 ざっくざっくと歩くことしばらく。体感では三十分くらいのところに、そこそこボロい廃屋の群があった。

 獣扱いにぷんすこしてる背後のヒイラギはさておいて、とりあえず元々広場のような扱いをされていたであろう廃屋群中心の空き地に鬼殺しをおいて一息。


 あたりを見回してみると、村が移って結構経つのだろう。魔獣の巣と化している場所があったり、蔦のようなものに巻かれている家があったり、ところどころ崩れている壁があったり、煙突が折れて地面に倒れていたり。


「うん、いい廃墟だ」

「いい廃墟って何よそれ」

「風情があるというか、なんというか。一晩くらいならこういうところで明かすのも悪くない」


 さてと……じゃあ今日も結構汗かいたことだし。


「一緒に水浴び、しよっか」

「角折るわよ」

「うぃっす」


 ナチュラルに言ってもだめか。

 一糸纏わないとこ一回見てるんだし、とか言ったら殺されそうな勢いだったな、今の。


「んじゃ魔獣でも狩って、肉焼いてっから。先に浴びてこい。俺食ったあとでいいから」

「……ん、わかった」


 俺の言葉に頷くと、ヒイラギはそのままふらりと背を向けた。

 上ってきた方とは逆方向に下っていく姿を見送ってから、鬼殺しを近くに居た兎っぽい魔獣に投げつける。


 くぴぃ! と叫んで倒れた魔獣の元に歩いていって、鬼殺しと一緒に今日の晩飯をつるし上げた。


「あ、火は先にもらっておけばよかった」


 そこら辺にあった乾いた木々をぶったぎって、くべる為の薪造り。


 ま、水浴びを終えてあいつが戻ってくる頃には食事は出来上がっているでしょう。



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