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グリモワール×リバース~転生鬼神浪漫譚~  作者: 藍藤 唯
巻之漆『妖鬼 聖典 八咫烏』
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第十五話 ホワイトスカル号 『船上から戦場へ』



 潮騒が囁くように掠めて消える。

 それが幾度となく繰り返されて、波となって。


 耳を傾ければ触れる、心地いい雄大な音。


 ここは海の真っ只中で、今立っているのは甲板の上。


 ケトルブルグ港から出港間近だったホワイトスカル号に飛び乗ったヒイラギとシュテンは、現在優雅に客船旅行と洒落込んでいた。


 焦っていたのではないか、とは言うものの海は泳いで渡る以外に手段はなく。

 悪戯に体力を消耗するわけにもいかないという理由で、船に乗っている間は諸々思考を重ねながらも体は温存させていたのだった。


「……クチベシティに着いたらどうするの」

「どうするも何も、初手ぶっぱでイブキ山に向かうしかねえだろうさ。なんせ、時間がねえんだ」

「そりゃそっか。分かった。速度に補正かける魔導とか覚えてればよかったんだけど」

「よくも悪くもバフなんざ使いそうにねえもんな……」


 波が船底を打つ音が真下に響くような甲板のへりの欄干に、二人して寄りかかってのんびりと会話を続けていた。


「……ねえ、シュテン」

「あん?」

「ヤタノのこと、どうしようと思ってる?」

「まー、ルノアールの野郎が操ってんのは目に見えてるわけだから、そいつをどうにかするしかねえだろうな」

「じゃあ、助けようってこと?」

「……なんか拙い?」


 水面は突き進む船の波にさらわれて、鏡のように彼らを映してくれはしない。

 ヒイラギの表情を覗き込むように隣に目をやれば、彼女は神妙な顔をして悩んでいるようだった。


「拙い、というか。魂の情報、なんてものを書き換えられてしまえば、本来手の施しようなんてない。シュテンに何か手があるなら別だけど、ウェンデル高原に居た時の感じだとノープランみたいだし……どうやったら助けられるのかなって」

「手の施しようが、ない。か……」


 顎に手を当てて、ヒイラギの言葉を咀嚼する。


 初めて様子がおかしいヤタノに出くわしたのは白銀の街道だ。ヴェローチェと共に共和国に向かって旅をしていたその道中に、"かつて敵対した魔王軍の人間"と二人で居るというところを見られて攻撃された。


 字面だけみればまるで逢引現場でも発見されたような雰囲気だが、勿論そんなことはない。

 ヤタノの怒りは確かに"正当なもの"であったが、それにしたって彼女の纏う空気は本来のものではなかった。おそらくはあの時点で、もう何かしらの洗脳じみたことが為されていたに違いない。


 次に遭遇した、リンドバルマ。

 シャノアールたちと一緒にルノアールと対峙したあの時、明らかに彼女の感情は不安定だった。

 "お前が悪い"というようなことを言われはしたが、それはおそらく白銀の街道でのことなのだろう。導師の孫娘と一緒にいたことで、ヤタノは裏切られたのだと。


「……なあ、ヒイラギ」

「なによ」

「魂の情報の書き換えって、具体的にはどんな感じなんだ?」

「私も詳しく知ってるわけじゃないけどね。でも、そんな盛大に変えるようなことは出来ないはずよ。大きな変化には大きな代償。代償は使役者の魔力だから、ルノアールの魔力で手が出せる範疇でしか書き換えなんかは出来ないはず」

「……具体的には?」

「そうね、ヤタノを魔族に変える、なんてやろうとしたら生物の根本が変わるでしょ? そういうのはもうルノアール程度の魔導師じゃ三千人居たって全員ミイラよ」

「ルノアールって相当な魔導師じゃなかったか」

「人間のうちじゃ大層なもんね。けど、相手があのヤタノってことも含めて、あの程度の魔導師じゃ多くは変えられない」


 なるほどな、とシュテンは一つ頷いた。


 魂の情報、というのは文章化された魂そのもののこと。

 中でも彼女の根本を作るような情報は書き換えられず、ルノアールの動向を見る限り動かしているのは感情か、それともまた別の何かか。少なくとも確かに、ヤタノの見た目にはっきりと分かるくらい変わった部分はあまりない。

 しいて言うなら、表情が一切分からないという一点か。


「もう一昨日になるけどよ、ヤタノちゃんに声をかけた時に反応してくれた。あれはルノアールの洗脳に抗っていた、っつーことになるんじゃねえか?」

「確かに……情報そのものが変わっていたら、抗うなんてことは出来ないはず。ならルノアールが動かせたのは彼女の存在理由でも善悪の性でもなく……思考の方向性?」

「なんか分かるか?」


 何かに気付いたように、ヒイラギは一つの答えを口にした。

 思考の方向性、などと言われても門外漢のシュテンには何一つ理解は出来ないが、納得したふうな表情のヒイラギを見れば少しは期待が持てるというもの。


「これは可能性の一つでしかないけれど、この前見たルノアールの魔力量程度で変えられる彼女の人間性で、尚且つヤタノが抵抗を見せたというところから推測すると。――ヤタノの本質は変わってなくて、"彼女の信じる何かのために"ルノアールの命令を受け入れてしまっているということになるわ」

「……これが最善なのだと、思い込むようにさせられてるっつーことか?」

「そういうこと。何がきっかけでそうなったのかは分からない。心当たり、ない?」

「……まあ、無いことはないんだが。けど、俺にヤタノちゃんを揺り動かすほどの何かがあるともあんまり思えないんだがなあ」


 がしがしと後頭部を掻きつつ、バツが悪そうにシュテンは眉を寄せた。


 事実、ヴェローチェと共に白銀の街道に赴いた際に様子が変貌したのは事実だ。

 それに、リンドバルマでは『お前のせいだ』と言わんばかりの台詞を吐かれた覚えもある。

 ルノアールに何かを吹き込まれたのだとしたら、確かにシュテンを全ての元凶だと思いこんでいる可能性もあるにはあるが――それでも、ヤタノにとってのシュテンが、それほど大事なものなのだとは想像もついていなかった。


「ヤタノちゃんと会ったのもまだ数えるほどだしよ。そこまで絆されるようなこと、あったか」

「……発想の転換ね。数回しか顔を合わせていないのに、魔導司書第三席に対してちゃん付け呼ばわりの魔族。白銀の街道で私が最後に会った時も腹立つくらい仲良かったし……あんた、というよりも魔族だからというのは、あるかもしれないわ」

「っつーと?」

「ヤタノの望みは、私も覚えてる。幼少の頃から、魔族と人間が手を取り合って生きていける社会を願って生きていた。なら、そのきっかけに成り得るかもしれないあんたみたいな変な魔族が魔王軍に着いたら、ちょっと上げて落とされたような感情は抱くかもしれないわね」

「……そこを、ルノアールに増幅させられた、ってことか?」

「可能性としては」


 洒落にならんことしてくれるぜ。と嘆息交じりに首を振ったシュテンは波の立つ水面に目を落とす。白と青のコントラストが映える遠くの水平線上を見つめても、果たしてどの程度進んでいるのかは分からない。けれど、こうして足元に目を落とせば、着実に進んでいることだけは分かった。


 なら、きっと辿り着くことも出来るだろう。


「感情の幅や重みを変えることくらいなら、確かに出来てもおかしくない。というよりも、ルノアールの洗脳の基本はそこかもしれないわ。"人の望みを捻じ曲げる"、そしてそれを悟らせない。だから、シュテンがヤタノに何かを訴えかけた時に"おかしいんじゃないか"と考えられた。……それが、突破口に成り得るなら、或いは」

「シュラークも、"共和国をよくしたい"という願いがあった。ヤタノに関しても、その願い望みを潰されていれば飲まれてしまうかもしれない」

「――私にもあの洗脳魔導のようなものを使ってきたけど、簡単にレジスト出来たしね」

「……え、なんか関係あんの?」

「さあ? 叶えられていない願いがある人には効くんじゃないの?」


 肩を竦めて、こともなげにヒイラギはそう言った。

 言葉の意味をシュテンが咀嚼するよりも先に、さてと、と一息してヒイラギはシュテンに目を向けると。


「……ちょっと、やっておくことがあるわ」

「マジな顔してどうした」

「さっきからマジだったでしょうが」

「そりゃそーだ」


 シュテンと向き合うようにして立つと、そっと彼の胸に手をかざした。

 その行為の意味が分からずひょっとこのような顔をするシュテンだが、ヒイラギはそんなふざけた表情を華麗にスルーして、ちょっぴり艶めかしい息を吐く。


「……私とあんたの精神パスを強める。眷属契約した時と同じことやるだけだから、安心して」

「その眷属契約を欠片も覚えていないんですがそれは」

「記憶フっ飛ばされたんじゃない?」

「それ何も安心できねえんだけど!?」


 す、と顔を上げたヒイラギの表情は若干赤らんでいて、さらに何をされるのか分からなくなる。

 彼女にかざされた手は魔素を孕んでいながら温かく、確かにパスを強めるというのは間違いないのだろう。


 ヒイラギにあるまじき、可愛らしく潤んだ瞳をしていなければシュテンも「ちゃっちゃとやってくれー」くらいのテンションだったに違いない。


「なんで、今そんなことを?」

「保険もかねて、かな。これから戦わなきゃいけないのは"太陽神の片鱗"なんだから、どれだけ危険なのかなんて想像もつかない。ヤタノの"調整"ないしレベルアップなんてさせるつもりはないけれど、そうなってしまうかもしれない。……そうでなくても、私もそれなり以上に強くなれたから出来るようになった、というのもあるけれど」

「前はしたくても出来なかったのか。具体的にどう違うんだ?」

「加護と供給。私には、シュテン――つまりは妖鬼の加護が。シュテンには、私からの魔素の供給が出来るようになる。あとは簡単に今の相手の感情が、触り程度だけど分かるようになるかな」

「妖鬼の加護、がどれほど大層なもんかは知らねえが……ヒイラギの魔素持っていっちまうことになるんだろ? 大丈夫か?」

「妖鬼の加護は私と相性いいから。あんたのともなれば鬼神級だし。魔素に関しては、別に大丈夫よ。死ぬわけじゃないし、一時的なもんだし。闘いの時には遠慮なく持っていきなさい。というかあんたが死んだら私も死ぬんだからね。分かってる?」

「わ、わかってるよぉ~?」

「こっち見ろ駄鬼」


 目が泳いだシュテンの頬を、ぴしゃりと両手で。

 胸にかざしていた手も添えて、すわ何事かと目を見開いたシュテンの視界がヒイラギ一色に染まる。


「っ!?」

「……ん、おっけ」

「おっけえじゃねえ!!」

「なによ、減るもんじゃないでしょ」

「肝が太くなったなお前!?」


 眷属契約の時にしたのと同じこと。


 それはつまり、口と口とを重ね合わせる所謂キスそのもので。


 気づいていなかった、というよりも知らなかったシュテンはパニクったように逆立ちし、ヒイラギはヒイラギで口元を抑えながらそっぽを向いた。耳が若干赤いのがよく見えるのは、九尾ならではと言ったところか。


「え、なに!? 眷属契約の時もこんなことしたんですかァ!?」

「したけど、なんか文句ある? まさかとは思うけど初めてなの? うわ、だっさ」


 ッププー、と馬鹿にするようにシュテンを見るヒイラギ。なお、真っ赤。


 しかしながら、シュテンは初めてかと言われると――


「……あー」

「は?」


 こてん、というよりはぐりん、とヒイラギは首を傾けた。最近のヤタノばりに目が死んでいる。

 コワイ。


「え、あんたみたいな脳みそ爆裂妖鬼にキス出来るような奴が他に居るの? そんな数寄者どこの世界探したって居るわけないじゃない。ねえ、ちょっと、本気? あんたの妄想じゃなくて?」

「俺もちょっと混乱してる。っつかひでえ言われようだなオイ。脳みそはまだ爆裂してねえよ」

「へー、こんな健気な眷属を差し置いて、あんた誰かといちゃついてたんだ。へー」

「いや、向こうから勝手に――あ」

「……したんだ。ほーん。あっそ。けどどうせそれ遊びだから。見つけたら焼き殺しちゃる。あんたの魅力なんてちょっと絡んだだけじゃ絶対わかんないんだから。奇行しかしないし。馬鹿だし」

「ねえボロクソ。ねえボロクソ」

「もーいい。これからはそんなの近づかないようにするから。分かった?」

「……俺にどうしろってんだよこの状況」


 がっくりと肩を落とす。

 そりゃあシュテン自身、自分のどこに魅力があるのかなんて分かったものではないが。

 だからといってここまでこき下ろされると男としてなんだか寂しい気分もあった。

 なお、それでも奇行を辞めるつもりがない辺りは救いようがないのだが。


 それは、さておき。


「……話が変な方向いっちゃったけど、精神パスは強まったの分かる?」

「ああ、なんかあれだ。こうすればヒイラギから魔素貰えるんだろうなってところまであっさり把握できた。自分の腕動かすのと同じくらいには、"どうやってる"ってのがいまいちわからないがあっさり使い方は理解できた」

「それと同じように、私にもシュテンの加護がついてる。鬼神の力がね。うん、これで大丈夫」


 よしよし、と軽く腕を回してヒイラギは頷いた。

 調子はすこぶるよさそうで、尚且つなんだか元気そうだ。


 と、そんなことをしていると。


「……見えてきたな」

「そうね。こっからなら飛べそう」

「んじゃ、金だけ置いていくか」


 クチべの港が見えてきた。

 二人してジャポネの陸地を見据えながら、懐から硬貨を取り出した。



 数瞬後、船長室に『悪いなおっちゃん、俺ら先行くわ!!』という声が響いたと同時、甲板が軽く揺れたかと思えば。


 遠くジャポネに跳躍していく影が二つ見えたとか。





 あとは、イブキ山に突っ込むのみ。

 決戦が近づいていた。



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