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グリモワール×リバース~転生鬼神浪漫譚~  作者: 藍藤 唯
巻之漆『妖鬼 聖典 八咫烏』
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第十一話 アルファン山脈II 『コケシ人形』



『シュテンは信じないかもしれないけどさ。私、こう見えて結構強かったのよ?』


『私さ。元に戻りたい』


『強かったあの頃に……戻りたいよ……今、何もできないじゃない……ヤタノやヴェローチェの闘いにあんたが巻き込まれてても、足手まといさらしてるだけで……悔しいよ……きっと――』


『――昔ならもうちょっと役に立てたって、そう思うもん』










 狂化魔族たちの八割が炭と化した現状、シュテンを阻むものは殆どない。


 怒涛の如く襲い来るヤタノの魔導を除けば、今までよりも遥かに視界がクリアに見える。


 残ったのは、新たな敵に動揺する狂化魔族たちと、同じように狂化された元共和国の指導者と、そして――


「んっんー!! よくないよくないよくないなぁ!!」

「まあそりゃ、一転して窮地だもんな。気持ちわかるぜ。ドンマイ」


 親指を突き上げてシュテンは嗤う。

 傷つき、少々流血した頭部や四肢。しかしそれでも、希望は見えた。活路、勝機が見いだせたならば、この程度の怪我は造作もない。


 それに。

 隣でくすりと微笑む、しばらくぶりの相棒。


「――なんだ」

「あん?」

「相変わらずね」

「俺は俺の意志以外に変えられることはあんまりない!」

「あんまりって辺りもね」


 ぶわり、と焔の波動が周囲に拡散した。これが覇気の一種だということに気が付いたと同時、この場に居る生物全ての注目が彼女に集まる。


「んっんー!! たかだか魔族がッ……!!」


 ルノアールの瞳が怪しく光った。

 それをヒイラギは正面から受け止める。視線が合って、ふらりと足元がぐらついた――ルノアール。


「……きみは、何者だ」

「あんたの操れない何かよ」

「このっ――シュラーク!!」


 あっさりと呪詛返しのような何かを受けて、ルノアールは苛立ったように叫んだ。

 瞬間、彼女の背後。その影から現れる、意志無き俊敏な骸。


 その刃が、ヒイラギの背に突き刺さった――と思ったのと同時。


「ああ、悪いんだけど――」


 握りしめていたクナイの先から、どろどろと赤く溶解していく。


「――それなり以上の覇気がないと、今の私には効かないから」

「うわぁ、単位基準点がやたら高くなってる」

「単位基準点って何よこの駄鬼ぃ!!」


 驚愕に目を見開いたシュラークが、慌ててそのクナイを手から放すよりも早く。呑気な妖鬼の発言にツッコミを入れながら印を結んだ彼女の指先から、迸る炎の軌跡。


――紅蓮獄・火之迦具土(ひのかぐつち)――


 何かを察したシュラークが影の中に逃げた刹那、今の今まで彼の居た"空間"が爆ぜた。


「外した。またこの感触に慣れていかないとダメね」

「おおう……誰だお前……」

「あんたの眷属よ!! たぶん!!」

「曖昧すぎんぞ駄尻尾!!」

「再三誰だって言われりゃ私だって不安になりますけどねぇ!!」

「二回しかまだ言ってねえしー」

「あああああああ!!」


 ふわり、とヒイラギが(そら)に浮く。


 烈火がメビウスの輪のような軌跡を描きながら彼女の周囲を踊るように纏わりついた。

 ヒイラギの視線が、怒り心頭のままにシュテンへ向く。


「やけどしても知らないんだから! さっさとあの迷惑っぽい奴をやっつけなさい!」

「え、ちょっと待って? 文字通りフレンドリィファイア前提?」

「今の私が本気出しても死なないくらい頑丈でしょ!?」

「当てる気満々かこのクソ駄尻尾ォ!!」


――紅蓮獄・火之迦具土――


 ちぃくしょおおおお! と叫びながらシュテンはしかしルノアールに向かって駆け出した。

 その背後を、まるで追尾するように大量の火炎大蛇が襲い掛かる。おそらく、きっと、たぶん、シュテンの先に居るルノアールを狙っているに違いない。はず。


「んっんー!! 単純戦闘には向かないんだがっ……ヤタノ!!」


 ルノアールが叫んだ先。

 瞳から光が消えたどころか、表情さえまるで動かなくなってしまった童女の首が、ぐるりとヒイラギの方を向いた。と、その時。


 どさり、と何かサンドバッグのようなものが叩きつけられるような重い音。


「オカン!!」

「ぐっ……霊域でさえこの有様たあ、鬼神失格さね」


 ルノアールに突貫を敢行しながらも、横目に墜落した母親を見たシュテンが叫ぶ。

 両腕を支えに立ち上がった彼女に追撃が無かったのは、ひとえにヤタノの注意がルノアールに向いていたからであろう。


 しかし、それでも今のイブキは満身創痍であった。シュテンの数倍は傷ついた体を酷使して、幽鬼のようにゆらりと立ち上がる。


「息子の前でかっこつかねえなぁ……おーいてえ」


 首を傾けるだけで血が地面に滴った。相性最悪の相手に対して、ここまで注意をひいていたのだから当然といえば当然の帰結。しかも、役割を果たす前に敵側の思慮によって図らずも命を救われるとは、"鬼神"としてはとんだ不始末だった。


「――鬼神シュテンを殺せ!! ヤタノ!!」

「……ぁ……」

「ヤタノ!!」

「――皆殺しにしますね」


 一瞬の間。

 その直後、駆けるシュテンにぞわりと悪寒が走る。


――神蝕現象(フェイズスキル)【天照らす摂理の調和】――


「んひぃいいいい!!」


 周囲で突然の落雷、瞬間的な魔素の欠如、さらには全方位からの謎の光線がシュテン目掛けて放たれる。跳躍し、瞬速で駆け抜けて事なきを得るも、その時には既に地面から突き出す土槍がシュテンを阻む。


「――あー、シュテン、攻撃任せるわね」

「あ!?」


 と、声。


 今度は何だ、と叫ぶよりも早く出現した電撃を必死でシュテンが回避しようとした刹那。彼の背後から迸った紅蓮がその電撃を焼き尽くした。


 思わず、シュテンの口元が緩む。


「やってくれんじゃねえか!!」

「集中が乱れるでしょ、黙りなさい駄鬼」

「いつものようにご主人たまと呼べ駄尻尾!」

「呼んだことないでしょうが気色悪い!!」


 シュテンには見えなかったが。

 背後で炎を操る彼女の口角も確かに弧を描いていた。


『よぉし、シュテンに追いつくぞー』

『んなことされたら主人のメンツってもんがだな』

『最初からないでしょ』


 追いつけたとは、思わない。


 けれど今確かに背中を守ることが出来ているのなら。


「いっけえ!!」

「言われなくてもなあ!!」


 ダン、とシュテンが地面を蹴った。陥没した大地の反動で、大きく跳躍した彼の拳も炎を纏う。


「うぉうりゃあああああ!!」

「っ――」


 ルノアールの表情が歪んだ。


 この一撃を振りぬく。人生を操られたミネリナや、共和国の連中の想いを乗せて。


 だが。


 だが。


 そんなに簡単に手が届くほど、この男は――否、その人形は甘くない。


「――さようなら」

「っ!?」


 背筋を氷が滑ったような。そんなぞくりとした冷気。


 振り返る猶予もなく、眼球だけがぎりぎりまでその声の方向を向くと同時。


 ゼロ距離に突き付けられた番傘が、凄まじい熱を纏って魔素をたくわえながら、彼をロックしていた。


「まっず――」

「ごめんなさい、ごめんなさい――」

「――謝るんなら目ぇ覚ましてくれヤタノちゃん!!」

「――死んで、ください」


 叫ぶよりも、速く。


 その石突に充填された閃光が、膨大なエネルギーと共に照射された。


 ドン、と何かに横腹を殴られたような感触。


「がああああああああああああああああ!!」

「な、んで――」


 吹き飛ばされたのは、シュテンではなかった。


 彼を守るように飛び出した大きなようで小さな背中(ははおや)


 五、六、七と地面に叩きつけられて、滑るように擦って。ようやく止まったその身体はまるで骸のように動かない。


「オカアアアアアアアン!!」


 叫ぶシュテンが方向を変えて彼女に駆けよるよりも先に、ヤタノの無機質な瞳がそちらへ向かう。


「さようなら、死んでください。ごめんなさい」

「ちょっ――」


 同じような、番傘による放射。あのレベルの威力がノータイムで再度放たれるということに対する驚愕がシュテンの一歩を遅らせた。


「――させるわけないでしょ」


――紅蓮獄・火之夜藝速――


 が、放射されたそのエネルギー砲は突如噴出した火柱によって阻まれた。


 ぴくり、と童女の眉が動く。


「どういうつもりでヤタノがこんなことしてんのか知らないけど……魔素を散らすのに一番早いのは燃やすことよ」

「んっんー。研究者的にその理屈はおかしいんだがー……」

「私にとってはそうなの。さっきっからうるさいわね焼き殺されたいの?」

「突然出てきたイレギュラーに言われるのは甚だ不愉快なんだが……まあいい」


 ヤタノが番傘を向けたということは、あれでイブキが死んだわけではなかったのかと思考するシュテンだが。しかしそれでも虫の息ということには変わりはないはずで。


 なれば当然のように、シュテンはイブキに駆け寄った。


「おい、オカン!!」

「……ぁあ。無事だ。まあ、これあたいの生身じゃねえし」

「え、なにそれ」


 後頭部を抱くように軽く上体を起こすと、思いのほかへらっとした表情でイブキは言う。


「まあだからこんな有様だがな」

「おわっ!?」


 翳した手は流血も酷いが、それよりも指の先からうっすらと消えかかっていた。


「これじゃあたいはもう霊域にゃ入れねえかもしんねえなあ」

「は?」

「元々生身じゃもうろくに戦えねえ身体でな。だからお前をこの前霊域にわざわざ呼び出したんだが……ま、こうなっちゃ仕方ねえ」


 起き上がって大丈夫なのか、と心配そうに顔を上げたところでシュテンは気づいた。


 先ほどからヤタノのレーザーやらルノアールの砲撃が割と容赦なく飛んできていることと。

 それを凌いでいる自分の眷属が早くしろとばかりにキレ気味でこっちを睨んでいることを。


「嬢ちゃん、ありがとな。眷属らしいが。……おいシュテン、お前に一つだけ教えなかったことを教えてやる」

「え、そんなのあったの」

「あたいにゃもう何度もできねえ業だったしな」


 よっこいしょ、と立ち上がるイブキは、シュテンに言った。


「とりあえずあの迷惑野郎とコケシ人形潰すぞ、鬼化しておけ」

「コケシ人形てああた。……そういやジャポネにあったな」


 ふう、と一息吐いたシュテンの体表が赤く染まりあがる。噴出するオーラはまさしく鬼神と同等のもの。


「よっし、行くぜ!! ヒイラギサポート宜しく!!」

「さっきまで庇ってあげてた礼くらい言ええええ!!」

「せんきゅーび」

「殺す!! まとめて殺す!!」

「んひぃ!」


 正面にヤタノとルノアール。背後にはキレた自身の眷属。


 シュテンはそのまま、そろそろ悲鳴を上げ始めた肉体に鞭を入れて駆け出す。


「ヤタノちゃああああああん!! 目ぇ覚ませおんどりゃあああああ!!」

「んっんー! 無駄だあ無駄だあ無駄無駄だあ!! そんなことで覚めるようならもうとっくに覚めているだろうさあ!!」

「あ……シュテ、ン、たす――ああああああ!!」

「あれ!? おふざけでワンチャン!? マジ!?」

「んっんんんんん!? そんな訳あるかぁ!!」


 明らかに今。


 一瞬とはいえ、意識が戻ったような気がした。

『シュテンたす』

 新しいあだ名が聴けたような気がしなくもない。流石は元煽り勢筆頭。

 もしかしたら、心の底では現状を茶化したくて仕方がないのかもしれない。


「ってそんな訳あるか。助けてって言われたに決まってんだろ!! ……たぶん」


 迫りくるヤタノの神蝕現象を、シュテンの脇をすり抜けた炎が打ち消す。


「ヤタノが操られてるというか、これは――でも何れにしても声をかけるのは正解かもね! 色々言っちゃいなさいシュテン!!」

「幼少期のヒイラギの恥ずかしい話とか聞かせろヤタノちゃああああん!!」

「あんたは!! ふざけないと!! 死ぬの!? ねえ!!」


 背中に火の粉が降りかかる。しかし熱いとわめいてしまったらヒイラギの思うつぼ。と謎のプライドをはたらかせたシュテンはそのままヤタノに向けて駆け抜ける。


 先ほど、確かに瞳の奥がブレたのなら。

 なら、まだ一歩届くと信じて。


「またお団子食べたいだろ!! ヒイラギも戻ってきたんだ!! 三人で行こうぜ白銀の街道!!」

「っ――」


 表情はまるで動いていない。けれど、まだ熱を感じられる。


「マチルダさんも元気なんだしよぉ!! こんなことしてる場合じゃねえだろマジで!!」

「っ、あ……!!」


 その熱は確かに、口ほどにモノを言う"人の目"を揺り動かして。


「遊ぼうぜ!! モノクルハゲで!! あいつ最近ロリコンしてっからよ!! 茶化すバリエーションには事欠かねえよ!!」

「――しゅ、て」


 じわりと。その無表情の人形の瞳から。何かが零れ落ちたような。


 いける。


 そう拳を握りしめたシュテンは一気にヤタノまでの距離を詰めるべく跳躍して――


「んっんー……まさかここまで魂が残っていたとはなぁ」


――古代呪法・洗練七法――


 その瞬間、何かが"掻き消された"ような。


 そんな気がした。


「――あ」

「おい!! ヤタノちゃん!!」

「ああああああああ……」


 ぷつんと。シュテンの常識で言うなれば、液晶の電源が切れたような感覚。今までは辛うじてあった、真っ黒の中の光。それが、あっさりと。消え失せてしまったような無常感。


「――死んでください」

「ちぃ!!」


 跳んだ、無防備なその体躯に向けられる番傘の切っ先。


 空中で旋回することも出来ない状況に陥って歯噛みしたその瞬間。


 誰も無視できないほどの力を誇る凄まじい魔力パルスが、周囲を震え上がらせた。


「んなっ」

「――?」


 ヤタノが、シュテンが、そしてルノアールの攻撃を消し飛ばしていたヒイラギが、そして苛立った表情を隠さないルノアールが、その震源地ともいうべき中心を見やる。


 そこには、まさしく"鬼神"が居た。


「よく見ておけよ、シュテン。あたいにとっちゃこれが最期だ」


 燃え盛るような覇気の暴力。赤というよりはもはや深紅ともいうべき深く鮮烈な覇気(オーラ)

 

「魂を燃やせ。越えるべき壁を前に、ハイになるイメージだ。今のあたいには半端にしか出来ないが、これが――」



 ――妖鬼(あたいたち)の力の頂点。大地の神と言われるその由縁。



「――鬼神化だ」


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