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グリモワール×リバース~転生鬼神浪漫譚~  作者: 藍藤 唯
巻之漆『妖鬼 聖典 八咫烏』
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第七話 ラムの村VI 『魔導司書の見解』




「じゃあ、あたいはシュテン送ったら帰ってくるっぽいから」


 数時間後の昼下がり。燦々と降り注ぐ太陽のもと、ベネッタとシュテンは村の出口に居た。

 見送りには村長。顔を上げればすぐそこに"ラムの村"と描かれたアーチがかかっており、たった二日間とはいえ世話になったその村に、シュテンは少々の名残惜しさを覚えて頬を緩めた。


「わぁったわぁった。気を付けてな。……んで、鬼神サマよぅ」

「んぁ?」


 空に意識を向けていたシュテンにかかった声に、妙な奇声を上げながら視線を向けた。

 村長はバツが悪そうに後頭部を掻きながら、「その、なんだ」と言葉を濁す。


 ベネッタとの挨拶は終わったのかと、先ほど意識を空に飛ばしていた理由を思い出して隣の少女を見れば、両腕を腰に当てて元気満々といった様子。


 なれば、村長の挙動不審はいったい何なのか。


「あー、世話になった。ベネッタは確かに俺なんかよりずっと強ぇが、それでも俺にとっちゃ娘でしかねえ。だから心配はしてんだが……鬼神サマ。お前も、気を付けろよ。どんなに強い奴でも上が居て、強ぇ奴には一瞬でやられちまう。そんなやるせねえ世の中だ。お前ほど強ければきっとどんな敵も倒せちまうかもしれねえ。それでも、同等の奴やお前より強い奴に出会った時、逃げる勇気も持っておけよ。……それに気付けていりゃあ、息子も死ななかったのかもしれねえしな……」


「なるほど、な」


 忠告、というにはあまりにも親身になってくれたそれ。

 シュテンの強さは目に見えて理解したにも関わらず、それをただ畏怖するではなく、精一杯の老婆心をはたらかせてのアドバイスだろう。


 だからこそ、シュテンは頷いた。


 なんだかんだこの男も、"一つの村のトップ"であり、"魔導司書の親"なのだ。

 それなり以上に、傑物なのかもしれない。単純な力の強さでは測れない心の強さがそこにあった。


「肝に銘じておくし、俺の辞書には撤退も敗北もある。"誰かが俺の後ろで泣いていなければ"必ずその約束を守ってやんよ」

「……それに助けられたから何も言えねえが、くっせえ台詞吐きやがって」

「ニヤけてる奴に言われたくねえなあ?」


 ちげえねえ、と笑う村長に、シュテンも笑顔を作る。


「さて、じゃ、行くっぽい」

「だな。またな村長」

「ああ、"また"な」


 手を振りながら、一歩を踏み出す。


 去りゆく背中二つは、体型も体格もまるで違うけれど、ふと村長は思った。


「……ベネッタは、鬼神サマとも並んで歩けるような娘になったんだなあ。あっさり特導兵をやっつけられる鬼神サマと、並んで。……誇らしいやら寂しいやら。……なあ、ジュリウス」


 空を見上げて呟いた言葉はだれに聴こえるでもなく、風に流れて凪がれて消えた。



















 ラムの村を出たシュテンとベネッタ。


 そよ風が髪を梳くように流れる心地の良いルナミズ平原の真ん中を突っ切って、二人は最近起きた諸々の事柄について言葉を交わしながら一路帝国に向けて歩みを進めていた。


「ヤタノちゃんが最近"払暁の団"とやらに入ったことについては、なんか知ってるか?」

「……それは、知らないっぽい。けど、少なくともアスタルテさまは知ってるんじゃないかなとは思うっぽい。後ろ暗いことがあって帝国書院に入れるほど、うちの組織は甘くないっぽいし」

「第七席ルノー・R・アテリディアねえ……」

「ルノアール・ヴィエ・アトモスフィアだっけ……人間なのであれば確かに科挙の受験資格はあるっぽいけど」

「ああ、そういや適正試験があるんだったな……」


 帝国書院の入院受験――科挙。


 もしルノアール本人であれば筆記や実技に関しては何の文句もなく合格出来るだろう。

 面接があるとすれば、その面接官に能無しの烙印を押してやりたいところだが、さて。


 実際のところ、ルノーとやらがルノアールである可能性は捨てきれないどころかかなり公算は高いのだが、だからといって本人だと言い切ることも出来ない状態だ。


 予想することしかできないうえに、シュテンが今から帝国書院に出向いて「ちわーっす、ルノアールさんいますかー?」とか入っていったらモノクルハゲとかやつかれ先輩に集団暴行を受ける未来しか見えない。


「せめて得物さえあれば……いや、無理だな。村長にも無理な戦いはするなと言われたばかりだ」

「ならあたいが探ってもいいっぽい。第三席のことが気にならないと言えば、ウソになるし」

「……あんま無理してくれんなよ。俺とつながってることがバレたら、アスタルテもどう動くか分からねえし」

「アスタルテさまは本当にダメなことならあたいがシュテンくんと再会する前に何か言ってくれるから、今回のことは平気っぽい。安心するといいっぽいよ」


 元気よくサムズアップする彼女を見れば、シュテンとしても頷くほかはなく。


 何かが引っかかるような気がしないでもないが、それでも彼女に裏があるとは思えず。


「そういうことなら任せるわ。ヤタノちゃんに何が起きたのか、知っておきたいしな」


 思わぬ頼もしい味方には、とりあえず頷いておくことにした。

 と、打って変わって眉をひそめて、手を顎に当てたベネッタは。シュテンの予想の斜め上を行く言葉を口にする。


「……元々、"語らない聖典"っていうヤバいもの使って長生きしてるっぽいし、魔導に造詣が深いルノーと絡んでたら嫌な予感しかしないっぽい」

「……え、何、べねっち"語らない聖典"について何か知ってるの」

「べねっちってなんかアホっぽい!」


 うぅぅううぅ、と威嚇のごとく唸った彼女に対して、シュテンはしかしそんなことを気にした様子もなくベネッタの答えを待つのみだ。暖簾に腕押しと分かったからか、小さく嘆息を交えてベネッタは言った。


「何かってほどじゃないっぽい。そもそも帝国書院の魔導師は魔導司書を含めてみんな"優秀"だから、"語らない聖典"に誰が手を届かせてもおかしくないっぽい」

「そもそも"語らない聖典"ってなんなんだ? なんでも知ってるデータベースとしか聞いてないんだが」

「……なんでも知ってる、っていうのはちょっと語弊があるっぽい。それ言った人は多分シュテンくんみたいな魔導の魔の字も知らない人にも分かるように軽く言ったんじゃないかな……」

「あの野郎……」


 シャノアールが何かを隠しているのは今も変わらないこと。

 またしても、おそらく。


 余計な心配をかけないようにと伏せていたのだろう。

 ――本当に頭の弱そうなシュテンにも分かりやすく伝えたという可能性も、捨てられなくはないのだが。


「データベースなのは間違ってないっぽい。情報(データ)を沢山持ってることも、正しいっぽい。でもね、シュテンくん」

「……なんだ?」

「それって、"語らない聖典"が最初から持っていた知識では無いっぽいんだ」

「……どういうことだそれ」


 最初から持っていた知識ではない。

 その言葉が持つ意味を、一瞬で飲み下すことは出来なかった。


 語らない聖典とは大量の情報が詰まったデータベースであり、何かを代償に何かを得ることが出来る。そういうものなのだと、シャノアールは言っていた。


 そうではないのか、と首をかしげるシュテンに対し、追い打ちをかけるようにベネッタを口を開く。


「もともと語らない聖典が保有していた知識は"古代呪法"と呼ばれる魔導群。魔王軍が使ってくることがある、対軍団、対城塞、対国家なんていうふざけた規模の魔導。旧くから伝わる、制限のされていない禁忌の魔導を詰め込んだものだったっぽい」

「……ほーん。それが、寿命の長い魔族には伝わってるって感じか」

「人間には扱えない、トンデモ魔力を要求するものもあるっぽいしね。で、ここからが本題っぽい。その魔導を伝える代わりに、語らない聖典は"知識"を要求するっぽい。だから古代の魔族たちはこぞって世界の真実や、一般には公開出来ない魔導実験、絶滅した魔獣の情報、古代生物の分布図といった多くの知識を聖典に与え、その代わりに古代呪法を得てきたっぽい」

「……知識、ね。あ、なんか分かった」


 ぽん、と手を打ったシュテンは何かを閃いたようだが、残念ながらというべきかその表情は明るくない。ベネッタも彼の思い到ったことに想像がついたのか、重々しく頷いた。


「そういうことっぽい。そうやって得た知識もまた、今度は"知識(それ)"を欲しがるものに新たな知識を要求する代わりに渡したっぽい。どんどん知識を増やして、いつの間にか何よりもモノを知っている巨大データベースに成り得た。……それが、"語らない聖典"。聖典なんて大層な名前がついてるっぽいけど、その実――」

「……結局、なんなんだよ語らない聖典ってのは。それじゃ世界のシステムというよりは、まるで生きている――」


 ベネッタは、問いかけるシュテンの瞳をまじまじと覗いてから、続けた。


「――そう。知識欲の権化にして数千年を生きていると言われる、魔獣っぽい」

「ぎゃあああああやっぱりかあああああ!!」

「元になったのはこの世界の神の一柱"知識神オモイカネ"。それが遊び半分に作った魔獣とかなんとか言われてるっぽいけど、そもそも神が今もこの世界で生きてるかなんて知らないっぽいしなぁ」

「……一人知ってんだよなあ、女神」

「シュテンくんが言うと冗談に聞こえないっぽい」


 ジト目になったベネッタに、冗談ではないのだと言おうかどうか迷って。


 しかし、わざわざ余計なことを言って無駄に話をまぜっかえしても仕方がないと判断し、軽く流すに留めておいた。


「知識を対価に知識を渡す、か。悪魔との取引みてえだな」

「きょうびデーモンロード共でもそんなことしないっぽい。いや、知らないっぽいけど」

「実際どうなんだろうなあ。――まあ、それはそれとして、だ。ヤタノちゃんは何を代償にささげたのか、知ってるか?」

「――いちおう、小耳にはさんではいるっぽい。ただ、眉唾というか、直接聞いたわけじゃないっぽいよ」

「それでも、念のために聞いておきてぇわ。どんな事態になるか分からないしな」

「……そか」


 逡巡するように人差し指を下唇に当てたベネッタは、「まあいいか」と一つ間をおいて。


 平原の小道を行く足を少し緩めて、シュテンに向き直った。


「――噂では、第三席が"語らない聖典"に到ったのは本当に子供の頃だったっぽい。それこそ、見た目相応の年齢というか。どうやって、とか、そーゆーのはあたいは知らないっぽいけど、とにかく"到底その歳で到ることは不可能なその魔導の極致の一端"に、彼女は手を届かせることが出来た。そして、手渡す知識も――そもそも"語らない聖典"がどういったものなのかも知らない状態で伸ばした手で、彼女は何も知らないうちに大切なものを代償にしてしまった、とか」

「……大切な、もの?」

「あたいもそうだけど、魔導を嗜んでいる者なら絶対に渡せないようなもの。だから、きっと。"誰かに唆されて極致に到り、知らないうちに捧げてしまった"っぽい」


 "魔導を嗜んでいる者なら絶対に渡せないようなもの"。


 そう言われて、門外漢のシュテンは予想も想像もつかなかったが。

 それでも、とんでもない代償を"支払わされた"可能性に、自然と眉根を寄せてしまう。


「……それが何か、お前はなんて聞いた?」

「ああ、うん。簡単に言えば――」


 簡単に言えば。

 そう前置きしたにも関わらず、ベネッタの口は重そうだった。


 あー、えー、と少々濁すように言葉を選んで。

 しかし、結局言うことは変わらず、意を決したようにベネッタは言った。


「――魂の情報。もちろん、自分のね」

「……なんかやばそうなのは伝わってきたが、どうやばいんだ?」

「……そうだねえ。魔導に携わらないシュテンに分かりやすく言うと……魂の情報も文章で出来てるっぽい。一見不規則にも見える文字の羅列。それが見る人が見れば、どんな奴でどんな生き方をしてきて好きな食べ物はこうでこういうことをされるのが嫌いで……っていうのが全部わかっちゃう」

「個人情報の強化版みてえな奴か」

「個人情報って言い方は割と理に適ってるっぽい。まさに、個人の情報。でも当然そんなものを代償に差し出す奴なんて、魔族にも魔導師にも居ないっぽい」

「あー、知られたら恥ずかしいってか?」

「違うよ」


 "っぽい"を付けずに、彼女は首を振った。


「魂の情報は、つまり一人のを見れば別の人のも書けるっぽいよね」

「……あっ」

「そして、魂の情報を売り渡した本人の情報(それ)は――」


 目を細めて、続ける。


 口から出る言葉は予想が出来たもので、もしそれが本当なのであれば、それはつまり――


「――好き放題書き換えられても、おかしくないっぽいよね」


 ――ルノアールが扱う、魔導の正体。


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