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グリモワール×リバース~転生鬼神浪漫譚~  作者: 藍藤 唯
巻之漆『妖鬼 聖典 八咫烏』
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第三話 ラムの村II 『一寸の村にも五分の魂』



 日が暮れてしばらくするまで、シュテンは軽く村長の家の裏手にある畑を耕していた。

 種を撒く時期も近いということで、せっかくだから肉体労働くらいは付き合ってやろうと。


 軽く頬に付着した泥を拭って、一息。

 辺りはもう真っ暗でほとんど何も見えない状況だが、シュテンはそれなりに夜目が利いた。


 そんな訳で、夕食を馳走してやると村長が声をかけるまでの間ひたすら働いたシュテンはそれなりに腹も減っており、テーブルにつくやいなや出された料理に歓声を上げたのだった。


「おおう、まじかまじか」

「テンション上げながらナプキンする辺り完全に大食漢のそれだな、まったく」

「やー、まさかこんだけちゃんとした料理が村長から出てくるたぁ思わなかったからよぉ」

「言い過ぎだ、バーローが」


 席についたシュテンの前に出された料理は、どれも暖かさを感じさせる品々。


 温められたパンと、春野菜のスープ。メインにはウサギの肉を煮たものと、温野菜の添え物。


「そんなに潤ってんのか、この村?」

「まずはいただきますだろうが。……しかし困惑するのも無理ねえかな。実際、たまたまだ。ちょうど行商人が通ったばっかりでな。周辺にも幾つかある中でちょうどこの村が狂化魔族共に狙われたのも、そのせいだろうよ」

「ほほお、良い感じに商人さんが買い取ってくれたわけだ。……この村確かあれだもんな、月の塔でなんか取れるもんな」


 いただきます。

 そうシュテンがフォーク片手にがっつき始めると、村長もその妙な"若さ"に苦笑いしつつゆっくりと手を合わせた。豊穣への感謝を込めて、と一言添えたところに、シュテンは気まずそうに頬を掻くが「気にしなくていい、村の流儀であってお前さんには関係ない」と軽く流すと「そうか、うめえな」と本当に気にしなくなった。

 その辺のあっけらかんとした様子に自らの息子を思い出して、村長はもう一度小さく口角を上げる。


「月の塔で採れる鉱石が、今月はそこそこいい値段がついてな。なんでも、願い石として売れるんだと。祈りを込めればそれが叶う願掛けにって。……そんな根拠はねえんだが」

「ほほぉ。聞いたことねえな。祈りを込めれば叶う石か……ん?」


 ふと、妙に引っかかりを覚えてシュテンは首を傾げた。

 フォークの動きが止まったことで、村長も疑問に思ったのか野菜の咀嚼をとめる。


「どうした?」

「いや、その願い石? について商人さんはなんか言ってなかったか?」

「妙な話だからな、俺も聞いたよ。二か月くれえ前からそういうのが流行りだしたんだとさ。そういうものがあるって噂でも広がってんじゃねえかって、商人は言ってたよ。まあ、金の成る木にゃ有り難く縋らせてもらうさ。別に生活も楽じゃねえからな」

「……まさか珠片じゃなかろうな」

「心当たりでもあるのか、お前」

「うんにゃ、まあ軽い推測に過ぎねえから気にするない。元を知ったところで、この村に恩恵なんざねえよ。知りすぎると毒になるってえのは、よくあることだろ」

「……おじさん、拙いとこに片足突っ込んだ?」

「そりゃ平気だろうとは思うがな」


 もっちゃもっちゃとウサギの肉を喰らいつつ、シュテンは言う。

 村長も少々妙な話を聞いてしまったためか渋い顔をしていたが、目の前で食事する"何かを察していそうな"青年が特に気にしてなさそうなところを見て首を振った。


 実際のところ、月の塔でとれる鉱石の値段なんてたかが知れているものだったのだ。

 それこそ、この村の収入の一割どころか五分程度しかないくらいには。それがどうだ、突然五倍以上の値段になったのだから、村長とて動揺する。


 願い石が月の塔で採れるという噂が広まれば公国の冒険者(ブレイヴァー)がやってくるかもしれないし、もしかしたら本当に宿屋の整備くらいはしておく方がいいのかもしれない。


 冒険者(ブレイヴァー)が訪れる、というのはそういった観光資源になるほかにも、"勝手に村に護衛がつく"という意味合いも大きい。


 そうであるならばこの願い石で得た金は、新しい商いの為に溜めておくのもいいかもしれない。


 村長という立場であるからには、村の人々の豊かさを第一に。

 最近は国が物騒でもある。だからこそ、降って沸いたこの金はしっかり丁寧に活かしていこう。

 村長の思惑としては、だいたいこのような感じになっていた。


 であるから、深入りはしたくないしするつもりもないのだった。


「ま、ちょうどいいといえばちょうどいいのかもしれねえしなあ……あん?」


 スープうめえ、とカップを傾けながらシュテンが視界に入れたのは、テーブルの隣にあった戸棚。立てかけてあるのは、一本の薙刀だった。


 薙刀、というと物凄くそれだけで不愉快な気分になるのだが、それはそれ。

 気になったのは、丁寧に磨かれた刃と、そして半分ほどで柄が折れていることだった。石突があるはずの下半分は、特にどこにも見当たらない。


「どうした?」

「いや、村長。あー、まあ」

「濁すくれえなら喋りな。別に、俺ぁそこまで繊細な心は持ってねえからよ」

「なら言うが、……いや、だいたい察し付くんだよなあ。……あれ」


 気づいてしまったことに半ば後悔しつつ、折れた薙刀を指さす。

 すると村長も一瞬眉尻を下げて、「ああ」と小さく声を漏らした。


「まあ、察した通り。いや、それより情けねえかもしれねえな。ありゃ俺のじゃねえ、息子のだ」

「奥さんだと思ってたが違ったか」

「嫁は出産と同時に死んだからなあ……まあ、よくあることだ。そんな顔すんな」

「ばっきゃろうが。よくあることで済ませらんねえから男手一つで息子育てたんだろうが。他人に気ぃ使って傷ついてんじゃねえよ」


 ウサギの肉の最後の一切れを口に放り込み、シュテンは言う。

 村長も小さく笑って、そうだなと頷いた。


「息子もちょうどお前みてえに……いや、もうちょっと軽かったが、悪くねえ男でな。きっと俺の跡を継いで立派にやってくれると思ってたもんさ」

「片親の息子なんてのはだいたいそんなもんだ。親が苦労を隠せねえ分、察しちまう。その結果どうなるかなんてのは親次第子次第ってところだろうけど、村長が息子をそう思うならきっと、息子も親父を誇りに思ってんだろうな」

「……そう、かもしんねえなぁ」


 ちらりと、村長はシュテンの金の瞳を覗き込む。特に動揺などしていない、あたりまえの会話を続けているようなその呑気な瞳。会って一日も経っていないような奴にする話ではないと思って打ち切ろうとしたが、どうにも口は止まってくれそうになかった。


 酒でもあれば、もう少し格好はつくのか。


 いや、むしろこの場の自分が情けなくとも、明日に持ち越さずに済むのか。


「呑むか?」

「どっから出したその酒」

「旅の途中で知り合った良い奴からだ」

「そうか、答えになってねえよバァカ」


 先ほどまで井戸水が入っていた陶器に注がれる酒を煽る。


 芳醇でキレのある味わいと、アルコールの燃えるような感覚が喉を潤す。


 ああ、良い酒だ。

 そう思うのと村長が言葉をつづけるのとは、殆ど同じタイミングだった。


「共和国と帝国が戦争になった時にゃ、こんな辺鄙な村は平和だったもんだ」

「まあ帝国さんが制圧本気になったら、首都を十人で暴力すればいいだけだしな」

「想像も出来ねえが、あの特導兵がたった一人にやられたような連中だ。わざわざ軍隊引き連れて村々蹂躙なんてしてる時間があったら書陵部とやらが動くんだろうよ。だからまあ、平和だった。問題はそのあと、共和国が帝国の属領となったあとに攻め込んできた王国だ」


 想像しなくていい、俺も想像したくねえ。と苦い顔でシュテンが呟くも、どのみち想像できない身としては肩を竦める他ない。

 それよりも、新たに"王国"というワードが出てきたことでシュテンは目を細めた。


「……魔狼部隊、か?」

「部隊名やらなにやらは知らん。だが、大量の魔族と槍持った兵隊が押し寄せてきた。その頃は共和国側も警戒網を敷いていたから忍たちも居たし、何なら帝国書院も居た。けどまあ、飛び火というか、そういうのは毎回あるもんでな。"討ち漏らし"がこの村を襲ったんだ。十人と居なかったが、こちとら鍬や鋤しか持ったことねえ奴ばっかだ。何とか戦えたのは俺と、他数人。その数人の中に、息子も居た」

「――魔狼部隊ってえのは、共和国領の"特導兵"の前身になった王国の狂化魔族部隊のことだよ。どうやら、それとは違うみたいだが。……しかし、村っつーのはそういうのに遭遇する宿命にでもあるのかってレベルで襲撃される回数多いな」

「"力"がねえからな。所詮は農民の寄せ集め、武器持ったプロに敵うわけがねえんだ。そんなわけで、俺が数人相手取って戦うハメになった時によ、息子に助けられたんだ。やべえ奴が相手だったよ。グリズリーみてえにでけえ男だった。息子は俺の代わりに剣の振り下ろしを受けて――防いだ薙刀ごと、パカッ……とな。俺の、目の前で」


 かー、と盃を空にする勢いで酒を流し込んだ村長は、そう呟く。

 若干潤んだ瞳を、シュテンは逸らさず見据えていた。


「俺とそいつの間に飛び込む間際、『親父はこの村に必要な存在だ』ってな……俺がくたばったらテメエが継いでくれるんじゃなかったのかって……まあ、そんなつまらねえ話だ」

「村長はよく無事だったな」

「皮肉なもんでよ、ちょうど帝国の連中が通報を受けて飛んできてな。息子を殺したクマみてえな大男は、現れた子供相手に何もできずに蒸発した。呆気なかったよ。剣向けられただけでずたずたに切り刻まれてな。……なんでもうちょっと早く来てくれなかったんだって、そう思わずには居られなかった。情けねえ話さ」


 剣を向けられただけで切り刻まれたと聞いてシュテンのこめかみが一瞬ひくついたが、それはそれ。


 俯き、「なんで旅の魔族にこんな話してんだかな。悪い」と自嘲げに笑みを浮かべた村長を一瞥して、シュテンは天井を見上げた。


 ラムの村。シュテンの記憶では通り過ぎれば忘れる程度の、"月の塔探索の足場"でしかなかった場所。名前だって村の構造だって殆ど記憶に残りはしない"よくあるRPGの村"。


 けれどその村の人々はみんな生きていて、それ相応に面白くもなんともない物語がある。


 この世界に来て自覚してはいたけれど、改めてそれを再認識してシュテンはパンの残りを口に放り込んだ。


「村長、息子さんの墓はどこにあるんだ?」

「お前が耕してくれた畑の奥だ。……なんだ、供養してくれんのか」

「一晩親父に世話になる挨拶だよ、気にすんじゃねえ」

「はは、そうか。二階の寝室を貸してやる。好きに寝てくれ。俺ぁ……もうちょっと呑んでるからよ」


 あいよー、と軽いテンションでもう一度外に出ていくシュテン。


 ごちそうさん、美味かったぜ。とその一言が妙に息子のそれと被って。


「ああちくしょう、情けねえなぁ」


 一人もう一杯の酒を呷った。

 そして、気づく。目の前にいつの間にか置かれていた瓢箪に。


 もういちど、呟いた。


「……ああ、ちくしょう」





















 ぱん、ぱんと手を合わせてシュテンは石の墓標の前で瞑目した。

 夜の虫の囀りが聞こえてきて、耳に心地いい。

 既に村の営みは静まりかえり、明かりの一つも見えやしない。


 そんな中、シュテンは金の瞳を細めて墓標を見据える。


「ジュリウス・コルティナ、か」


 どこかで聞いたことがあるような無いような。無い気がする。

 そう結論付けて、シュテンは一言添えた。


「今日一日、あんたの親父の世話になるぜ。ぶっちゃけもうおっちんじまった奴に言うことじゃねえかもしれねえが……大切な奴に目の前で死なれちまうってえのは寂しいもんだ。たまたま、おそらくアスタルテの奴が来たから良かったものの、犬死にかもしれなかったんだからよ。……いや、それでもきっとお前さんは最善を尽くしたのか。……ままならねえな、こういうのは」


 ふと、シュテンの脳裏によぎるのは二本の槍を携えた友人。

 大切な仲間を何人も目の前で失くし、それでも最後の敵を倒して今を生きる世界を救った英雄。


 死んだはずの仲間たちが目の前に現れた時に巻き起こった彼の感情の大渦は、当然忘れることなど出来ないほどシュテンの心に残っている。


「そういや、バーガー屋の方は無事に終わったかね。危機なんてない方がいいんだが。魔王軍だって理由で串刺しバーガーになってなきゃ良いけど」


 あの友人であれば、きっと大丈夫か。誰かの危機を放っておけるような奴ではない。


「テツがコマモイの家に帰ってれば、ジャポネ行く前に寄れるんだが。あいつ戻ってるかな」


 ふむ、と腕組み。会えなかったら会えなかったで、会いたくなった時にコマモイに行けばいいのだから特に問題はないのだが、やはり旅の途中で寄るというのも楽しみの一つだ。


「ま、おいおい考えましょ。……あん?」


 と、その時だった。


 きらりと、何か輝くものが見えたのは。


 村の内部からだ。星々なんて可愛いものではなく、おそらくは(やいば)。人を殺める凶刃。


 耳を澄ませば、荒々しい足音。



「……浪漫じゃねえな、くそったれが」


 瞬間、シュテンはひた隠しにしていた覇気を解放した。


 その瞳が、オーラが、赤く染まりあがる。

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