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グリモワール×リバース~転生鬼神浪漫譚~  作者: 藍藤 唯
巻之漆『妖鬼 聖典 八咫烏』
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第二話 ラムの村I 『覇気のない最近の若者』


 辿り着いたのは、共和国中部から東部の間に存在する"ラム"と呼ばれる村だった。

 ラムの村、と表記されているここは木製の大きな風車がいくつもあるのどかな集落といった印象で、三度笠の庇を少し上げたシュテンは口元を緩めた。


「あー……いいねえ。夕日に合わさって素敵な調和を醸し出しているじゃないか。これもまた浪漫だ。最高だよ」


 お手の物となった覇気の調整を最弱に合わせつつ、特に周囲の村人たちから警戒されることなく一歩一歩進んでいく。農耕に精を出している彼らは不信げにシュテンを一瞥するが、ただの旅人だろうとあたりをつけて己の作業に戻っていった。


 鍬を振り上げ、耕土に突き刺す。彼らのその一連の動作を、シュテンは楽し気に眺めていた。


 少しいけば大きなアーチ状の門があり、馬車が二台ほど並んで通れるほどのサイズで構えている。"ラムの村"と表記されたその木門を潜り抜けた先は、舗装などされていない土の道が建物の周囲を走る如何にも"農村"といった風景が広がっていた。


「さーて、一宿一飯に与れそうな場所は、っと」


 瓢箪片手にふらりふらり。


 そこで少し気になったのは、村の各所。例えば家屋の隅だったり、街道の真ん中だったり、畑だったりと様々だが、妙な痕跡が窺えた。


 宿屋らしき建物を探してうろちょろする最中、周囲から既に不審者を見る目で見られていたのだが、それで何やら抉られた痕やら煤けた家屋にまで観察に回ったのがとどめとなったらしい。


 一人の中年の男が、畑の前にしゃがみこむシュテンの肩にポンと手を置いた。


「おう兄ちゃん。旅の人かい?」

「んあ? ああ、そうそう。ちょっくら一晩世話になれる宿屋的なあれナッシング?」

「……」


 どうやら中年の男はそれなりに凄んだつもりだったのか、あっけらかんとしたシュテンの返しに目を瞬かせる。それなりに筋骨隆々で、畑仕事で鍛えられたのであろうことは窺えるこの男を前に、シュテンは尻の土を払って立ち上がった。


「あいにく、宿屋なんて大層なもんはやってなくてな。ここを通る旅人の数なんて、そう多くはねえもんでよ」

「あれ? そうだったか? ……あったような気がしたが。その辺はやっぱり仕様と現実の違いなのかね」

「仕様?」

「ああ、気にするない。ところで」


 ふんす、と鼻息も荒く男は言う。若干禿頭気味のその後頭部をぺちりと叩く姿にシュテンは誰かの未来を幻視したが、今はそんなことはどうでもよかった。


 ちょうどいま見える周囲の風景を見渡して、少々の期待感を胸にシュテンは彼に問いかける。


「ここは……なんていう、村なんだ?」


 なに言ってんだこいつ。と首を傾げた中年の男。

 看板見なかったのかという疑問を押し込みながら彼の口から飛び出したのは、まさしくシュテンが第一村人に求める言葉そのものだった。


「ここは、ラムの村だ」

「おお!!」

「……なんだ」

「もっかい! もっかい言って!」

「ああ!? ここはラムの村だ」

「もっとこう、一つ一つ言う感じで! 最後に三角って言って!!」

「なんだこいつは……。ええっと――」


「ここ は ラム の むら だ ▼」


「きたああああああああ!! 俺は! ラムの村に! きたぞおおおおお!!」

「え、ほんとなにこいつ」


 律儀に付き合っている男も男だが、奇妙な達成感に身を任せている正面の青年ほど奇怪ではない。人間にしては少し覇気が強いのでどこぞの魔族やもしれないが、魔族というのはみんなどこか狂っているのかと首を傾げた。


「ふぅ。悪かったなオヤジ。妙なことにつきあわせてよ」

「自覚はあったのか」

「それなりにな。俺以外に分かる奴が居たら会ってみたいもんだが……それはそれとして、宿屋ねえのか。どっか泊めてくれたりしねえもんかね」

「ふむ」


 一頻り悦に浸ったのちシュテンが切り出した問いかけに、男は腕を組んだ。


 ちらりと見るのはシュテンの瞳と、そして彼が先ほどまでしゃがみこんでいた畑に残っている抉れた痕跡。


「……お前さん、魔族だろ」

「あん? ああ。……なんだ、その畑やら、建物にあった焦げ跡やらとなんか関係あんのか」

「察しはいいのな。とりあえず何だ、お前は"狂って"ねえみてえだし、一度うちに来な」

「お、サンキューオヤジ」


 こいこいと手招きしてシュテンに先導する男は、半身で振り返ってシュテンに言った。


「俺ぁオヤジじゃねえ。村長と呼べ」

























 村長と名乗った中年の男に連れられて、シュテンはラムの村の中にある一回り大きな邸宅へと案内されていた。とはいえ昔入ったことのあるシャノアール邸やユリーカ宅のような広さはなく、どちらかといえばシュテンの実家に近い空気の家屋。


 その妙な親近感になつかしさを合わせて邪魔すると、居間兼応接室のような部屋に通された。

 調理場が見える辺り、ダイニングキッチンのような雰囲気がする。


「ナッツくらいしかねえが、なんか食うか?」

「じゃあナッツぼりぼりする」

「わぁった」


 対面に腰かけて、村長はナッツの入ったバスケットをシュテンの前に置く。

 彼はそのままひとつまみを口に放り込みながら、「まあ」と口を開いた。


「普段旅人が通るとだいたいうちに泊めることが多いんだが、ちぃとめんどくさいことがあってよ」

「それがさっきの?」

「そういうこった。お前、リンドバルマには?」

「ちょうど寄った帰りだが」

「なら噂くらいは聞いたかもしんねえな。狂化魔族って知ってるか」

「……」


 す、とシュテンの瞳からおちゃらけたものが消える。

 とはいえ覇気を漏らしたわけではないので威圧感のようなものには繋がらなかったが、シュテンのその素振りを見て村長も"認知している"ことは察したらしい。


 ナッツをもうひとつまみして、村長は事情を説明していった。


 いわく、特導兵と呼ばれるレイドア兵が狂化された魔族を操る部隊を作っていたこと。

 それがオルドラの忍によってリンドバルマを掌握され、また帝国に突貫を仕掛けた結果殆どがとある魔導司書たった一人によって壊滅し散り散りになったこと。


 帰る場所も統率も失った特導兵たちは、しかしその力だけは健在であり。


 盗賊紛いの卑賤な仕事に身をやつして、共和国東方を荒らしているのだと。


「……ってこたあ、あれかい? ここも一度襲われたとか?」

「そういうこった。狂化魔族が突然夜中に襲ってきて、俺らはなんにも出来なかった」


 ぼりぼりナッツを食べながら、村長の事情説明を聞いてシュテンは一つ後悔する。

 シュラークさえ抑えればと思ったが、あの時既に帝国に特導兵たちは放たれた直後だった。


 そうなれば当然、シュテンが知っているような魔導司書には敵うはずもなく。

 残党となるのは、予測できた事態ではあったのだ。シュテンが頭が回らないだけで。


「で、よく俺を村に平然と入れたな」

「まあ、そこでな。別の魔族が現れて、特導兵共をみーんな追っ払っちまったのよ。だから魔族といえど無碍にすんのも恩知らずだし、だからといって狂った奴は願い下げってな」

「へえ、強ぇなその魔族」


 1人シュテンは感心する。狂化魔族といえば、それなりに強い雰囲気がしたものだが。

 と、村長はシュテンの呑気な顔を眺めて、小さく笑った。


「お前よりもよっぽどだったぜ。体は確かに俺やお前のがごついが、やっぱり魔族ってなすげえな。魔導でどかーんとやっちまうんだから」

「むっ、俺はこう見えて結構強ぇんだぞー」

「あっはっは、まあ若ぇ奴はそう言うもんだ、分かってる分かってる」

「納得いかねえ」


 確かに今は覇気を隠してはいるが、それにしたってちょっとこう、あふれ出る強者オーラみたいなものが自分には――そこまで思ったが、冷静に考えたら無かった。


「俺も昔は一兵卒だったからお前さんが三度笠被ってた時から魔族かそうじゃねえかくらいは分かったんだけどよ、やっぱあれだ。本当に強ぇ奴は雰囲気からして違ぇのよ。なんつーの、こう、オーラみてえなのがな」

「言うな言うな! 覇気がねえとただのアホにしか見えねえって事実を知って俺もちょっとナイーブなんだ」


 なっはっは、と楽しそうに村長が笑う前で、シュテンは憮然。今すぐにでも覇気解放してやろうかなどと恨み半分に思いつつ、しかし一泊させてもらおうという相手に対して脅しに近いことをするのも気が引けた。


 そんなシュテンの心中を知ってか知らずか、村長はナッツを軽く投げて口に放り込みながら言った。


「けどま、お前も強くなれると思うぜ。上手く言えねえが、そんな気がする」

「すぐにでも強くなってやらあチクショウ!」

「あっはっは!」


 はああ、と出てもいない涙を拭う仕草は、どれだけ笑ったかというアピールのつもりか何なのか。村長は、「そんなわけで」と一つ仕切り直すように言葉を入れてから、先ほどまでの愉快げな笑みとは違う人の好さそうな雰囲気で口角を上げるのだった。


「そんなわけで、一泊ならやぶさかじゃねえが他の住民たちはちょっとピリピリしてっからな。うちん中でゆっくりしててくれ」

「悪ぃなそいつぁ。ありがたく恩に着るぜ。代金ならある」

「ん。まあ、適当でいい。暮らしに苦労はしてねえし、共和国のお偉いさんなんざ無銭で飯喰らっていきやがるからな。慣れっこだ」

「なら裏手で少しくらい農作業でも手伝うわ。ひまだし」


 今日の宿が決定し、ほっと一息。

 最後に一回だけナッツをつまんで、シュテンは立ち上がった。テーブルに置いてあった三度笠を再度被り直し、意気揚々と外にでようとして。

 と、それなり以上に背の高いシュテンを見上げて、そういえばと村長は切り出す。


「お前さん、その二本角は……妖鬼か?」

「んぁ? ああ、魔族としか言ってなかったっけか。おっしゃる通り、妖鬼だよ」


 かっこいいだろう? と三度笠を片手で外し、もう片方の手で角を撫でる。歯を触るような感覚がするので、おそらく神経は通っているのだろうと今更ながらに考えながら。


「妖鬼、妖鬼ねえ……いや、まさかな」

「何だよその思わせぶりな言い方はよ」

「いやなに、リンドバルマに"鬼神"が現れた。という噂がな」

「俺かもしれねえぞ? 俺かもしれねえぞ?」

「"神"となぞらえられる実力者だ。お前、師事しに戻ったらどうだ」

「ガンスルーひどい」


 肩を落とすシュテンは、まあいいや農具貸してくれ、と意気揚々と裏手に向かう。

 その背中を眺めながら、村長はふと思い出すのだった。



「恩人の魔族も確か、主の妖鬼を探していると言っていたが……まあ、主が下僕より弱いということはないだろ」


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