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グリモワール×リバース~転生鬼神浪漫譚~  作者: 藍藤 唯
巻之陸『妖鬼 鬼神 共和国』
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第三十二話 リンドバルマXIII 『鬼神』





「んっんー! よくないよくないよくないなぁ!! シュラークにここで記憶を取り戻させるのは非常によろしくない!」


 声の主に、その場に居た全てが反応する。

 整えられた緑髪、優雅な雰囲気を匂わせる豪奢な服装、そして、濁った瞳。


 シュラーク邸の上空に佇んだ彼は、不快そうに眉を顰めながらもやたらと高揚した口調で彼らを見据えた。


 そんな彼を視認して、ある者は訝しみ、ある者は驚愕し、ある者は――


「んっんー! 分からん分からん分からんなあ! お前さんいったい何者だぁ!?」

「シュテン、貴様という奴は……!」


 デジレが思わず拳を握りしめ、額に青筋を浮かべる。

 今すぐにでも脳天を右腕でかち割ってやりたいと思ったその対象はといえば、緑髪の男と全く同じような口調で奇妙なダンスをしながら、闖入者と相対していた。 

 

「んっんー、……なんだこの不愉快な妖鬼は」


 対象――シュテンの口調返しに、緑髪の男は不愉快ゲージを一気に最大まで押し上げたようだ。

 死んだ魚のような眼に侮蔑の色を載せてシュテンを睨む。

 

 だが、その程度で屈するような男が初対面の相手にここまで出来ようか。


「んっんー! ハイテンションは素じゃなかったのかぁ! よくないよくないよくないなあ!」


 ジュスタは思わず「すげえ……」と呟いた。あれだけ雰囲気を纏ってやってきた相手のテンションを、こうも一撃で地に落とすことが出来るのかと。しかも、そのノリと勢いを飲み込んで消化してモノにしているときた。


 改めてあの妖鬼は何者なのかと戦慄する。


「ただのバカに変な興味の視線を向けんじゃねえよクソが」

「あ、うん、やっぱりそうだよねただのバカだよね」


 それも、一瞬のことであったが。


 ともあれ、突然の邂逅だ。

 ここに居合わせた面々は目の前の緑髪の男のことなど知らないし、突然この場に居合わせる理由もわからない。否、唯一の例外が居ることには居る。だが彼女は突然の出来事に放心状態で、そもそも会話が出来るような思考を取り戻せてはいなかった。


 故に、酷い頭痛を必死で抑えているカエルのような瞳をした男ただ一人が、緑髪の男を睨み据えて唸るように名を言った。


「ルノ……アールッ……!!」

「んっんー……解けかけの記憶というのは辛かろうシュラーク。まるで裂傷の縫合をもう一度引き裂くかのような激痛がするのではないかな。よくないよくないよくないなあ、そういうものには――蓋をしなきゃあ」


 緑髪の男が言い放つのと同時、彼は軽く指を振る。

 大気に混ざる魔素の流れが明らかに変化し、"何か"がシュラークに作用したことに気が付いたのはデジレだけだった。


「アアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!」

「んっんー!! ……って言ってる場合じゃねえおいシュラーク大丈夫か!!」

「クソ妖鬼、ふざけるのかまともにやるのかどっちかにしねえと本気でブチ殺すぞ」


 シュラークの変調に流石のシュテンも叫んだ。その付近でデジレが額に手を当てるのは最早ご愛敬ともいえるが、それを傍観していたジュスタとて、白い眼を向けるよりも先に収拾すべき事態があることには気づいている。


「ちょっと! シュラークに何してるのさ!!」

「なに……? 見て分からないかなぁ、悪しき記憶をふさいでいるだけだよ。共和国は追い詰められており、帝国を排除するためには今の政治を変えるしかない。そう、信じるためにね」

「ちょ、ちょっと待ってよ……なに、それ。そ、そんなもの、いつから……!」

「いつと言われてもねえ、ワターシがこの辺りに遊びに来たのはもうかれこれ数年前のことだから、おぼえていないなぁ……ん? そういえばキミ、どっかで見たことあるなぁ。ああ、シュラークがまともな思考をしているかのテストの時の子かぁ!」

「テス、ト?」


 共和国に来てこの方、右も左もわからなかった状況。靄がかかったままだった様々な疑問が、たちまち氷解していくような感覚をジュスタは胸にした。あまりにも不明瞭だった、レイドア州の行い。頂点に立つシュラークが、もし別の者――例えば今目の前にいるような男に操られていたとしたら。


 そうだとしたら、あまりに理不尽で。そしてあまりに整合性が取れすぎる。


「シュラークの思考パターンを誘導し、共和国の状況についての意識だけをちょっと弄れば上手くいく。そう思っていたからねえ、忍に対して――特に重要なポストについている人間に対してどう当たるかは実験せざるを得なかったんだよねえ。殺すもんだと思ってたらなんのかんのと理由つけて外に"逃がした"から、それなりに良心が残ってしまっていたようだよ。んっんー、それからシュラークにもう一度諸々の情報をぶつけるのも楽しかったけれどねえ」

「……にが、え? じゃ、じゃあシュラークは」

「忍のことを相当憎んでるらしかったから殺すもんだと思ってたんだけど。相変わらず、どう転んでも女子供は守りたかったみたいだねえ。あはっ、人の信念というのはどうしてこうも頑強なんだろう! 思考をどんなに捻じ曲げても、その根本を変えるというのは非常に難しいねえ――シュラーク」


「アアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!」


「ま、見てのとおり。きみを逃がしたしばらく後には、守るべきものと憎むべき相手の天秤の傾きを覆すことはできたんだけどっ、さ!」


 天を穿つような慟哭が第三層に響き渡る。シュラーク・ドルイド・ガルデイアという指導者がこうまで狂った要因は間違いなく目の前の男であると、ジュスタは改めて悟った。


 そもそも、シュラークという男の人となりをジュスタは覚えていない。幼少期に数度出会ったことがあるだけなのだ。その辺りは当たり前といえば当たり前だ。だがそれでも、今思い返せば。己の父であったオルドラの首長と手を取り合って隣州としての付き合いをしてきた人物であったことに変わりはないのだ。


「そん、な……」


 そして、敵対者だと思っていたレイドア首長シュラークに、一度ジュスタは守られていたという事実。

 そのことが真に胸を突く。だから。


「ルノアールッ……!!」


 一歩、前に出た。

 今までの語りが真実だとすれば、この男を生かしておくわけにはいかない。

 歯噛みし、両手に得物を握りしめて睨み据える。その視線が、ルノアールと合った瞬間だった。


 す、と相対する瞳が何者かの腕によって遮られる。


「んっんー……さすがは魔導司書か」

「魔素の動き、隠すつもりねえのかテメエ。というか、それだけでどうして人の心を改竄出来る」

「いやいや隠してる隠してる隠してるよぉ! それでも"視える"キミがおかしいだけであって……うーん、邪魔だねえ」


 白いYシャツの袖がジュスタの視界を遮っていた。モノクル越しにルノアールを見据える視線はきつく、今の会話が意味するところはつまり……ナニカサレかけたということ。


「クソガキ、下がってろ。魔素の扱いが不十分な奴が戦っていい相手じゃねえ」

「で、でも」


 彼女の前に立つデジレは、振り返って冷めた瞳で呟く。

 雑魚は引っ込んでいろ。そう再三言われた彼女であるから確かに引き下がるしかない。今も"攻撃"に気づかなかった身であるのだからなおさらだ。だが、それでも意地というものがある。あいつは一発殴らなければ気が済まない。

 そう考えているのが、デジレにも筒抜けだったのだろう。彼は呆れたように口角を上げると、彼女に背を見せる。


「ボロッカスの死に体になったところで蹴りでも入れりゃいいだろが」

「うわ外道」


 言外に、"今は任せろ"と。

 ジュスタは諦めたように軽くおちょくると、己の纏うコートを握りしめた。


 そんな、二人の会話を聞いていた一般鬼は。


「……え、なにその仲良しエアー。やっぱりお前捕まるの?」

「クソ妖鬼、テメエその口引き裂かれたくなかったら黙ってろ」


 軽く舌打ちしたデジレは、しかしシュテンに目を向けることはない。

 ただひたすらにルノアールを睨み、彼を警戒している。


 だからこそ、シュテンの視線にも気が付かなかった。背後のジュスタだけが、状況を把握している。


 デジレもシュテンも、どちらもお互いのことなど見ていない。


 こきこきと首を鳴らすシュテンは、狂ったシュラークとルノアールの二人をどうするか、それに思考を割いているからこそのデジレへの意志確認。デジレからすれば迷惑極まりないが、お互い今は殺し合っているような場合ではなかった。


「貴様のツレは」

「――ぶっちゃけ、精神的にそれどころじゃないっぽいから今は同行人の介抱させてる。せいぜい気を付けやがれよモノクルハゲ。相手は魔王軍導師の息子さんだとさ」

「ほぉ。気を付けるとは、何についてだ? オレには、"遠慮なく殺してもかまわない"としか聞こえなかったが」

「まあそれでもいいや。奴の魔導については、俺も知らんからな」


 鼻を鳴らしたデジレを、シュテンは遠慮なく「モノクル盾ゲット」などと言っているが最早デジレは聞いていない。


 連携など取れるはずもなく、そして取ろうとも思わない。何なら都合さえ良ければお互い背中からぶち殺すような間柄だ。

 なれば、これ以上の言葉は不要だった。


「おい、ルノアールさんよ」

「んっんー、不愉快な妖鬼。キミに話しかけられるだけで気分を害するんだけどね」

「まあそう言わずにさあ、教えてくれよ。シュラークを操って、共和国をここまで引っ掻き回した理由をさ」

「んっんー、キミは盛大な勘違いをしている」

「あん?」


 敢えてシュテンは、シャノアールやヴェローチェの話題を避けた。何やら地雷のようなスメルがしたから、これは最後にした方が良さげかと考えていたからだった。故に、気づけばシュテンは、"自分の地雷"をいつの間にか忘れていた。


「ワターシは共和国だの何だのには興味がない。魔族や人間の"心"に興味があるだけだ。シュラークという男はその信念と潜在意識に隔たりがあり、そして公的権力を持つという非常にわかりやすい実験体であったからこそ利用した。わかるかい不愉快な妖鬼。国だなんだという小さなことではなく、もっと人という可能性についてワターシは考えているのだよ」

「……人という可能性ねえ」

「狂化魔族に関しても煮詰めることが出来て非常に充実した日々だったよ。さらには人的パラメータの急向上を図ることが出来る謎のマナ結晶についてもシュラークで実験することが出来た。後は強大な力についての分析さえできればここから消える予定であったが……存外、シュラークという実験体にももう少し利用価値があったということだ」


 ルノアールはシュラークを一瞥する。もはや喉がイカれたのか、掠れた悲鳴を上げ、そのカエルのような瞳から血涙を流しているその姿はまさしく"壊れかけ"だった。ゆえにこそ、ルノアールは笑った。楽しげに、無邪気に。

 そのルノアールの仕草に、シュテンの頬がぴくりと動く。


「その利用価値ってえのが、このシュラークの有様か? 国のために、人のために生きてきた男をここまでぶち壊して悲惨な末路を眺めることが利用価値ってか?」

「またも勘違いをしているな、キミは。それに、語気が荒いぞ? 何を怒ることがある」

「何を怒ることがある、ねえ? むしろこうまでしておいて、怒る理由がねえとでも言ってんのかテメエ。流石の鬼いさんでもシリアスしちゃうぞオイ……言ってみろよ、どう勘違いしているのか」


 街道の砂を踏みにじりながら、シュテンは鋭い犬歯を隠そうともせず威嚇する。

 下駄の歯が食い込むようなその一歩、その力を見たルノアールは、冷めた目でシュテンを見据えて言った。


「先ほども言ったろう。人の感情を書き換えるのは難しくなくても、人の"信念"を捻じ曲げることは難しいと。ここで一つキミに問題を出そうか。簡単な数式を解いた時と、難解なそれを解いた時。どちらが、気持ちいい?」


 デジレの瞳は、変わらずルノアールを眺めていた。

 研究者として壊れてしまった、哀れなものを見る目だ。

 ある程度、彼の言う"問題"は理解できる。けれど、彼のそれは"行き過ぎ"だ。人としての道を踏み外した者を許容することなど出来ない。あの帝国にあって研究院のトップを務める者としては猶更だ。だから、デジレはただ目を細めるのみだった。


 そして。


 研究者でもなんでもない、ただ人の心を愛する浪漫に生きるような男が。


 "人の信念を弄ぶ"などということを、許容出来ようはずもない。


「――ははっ」


 一気に周囲が冷え込んだ。


 その瞬間、ルノアールは悟ったのだろう。一気に跳躍すると、そのままシュラークに向かって一つの魔導を放つ。

 それはつまり、狂化の合図。


「アアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!」


 シュラークの周囲からどす黒いオーラが噴出する。

 その狂化はルノアールが誰に施してきたものよりも大きい。それはつまり、この状況の危機を誰よりも早く悟ったが故。


「んっんー! ワターシは強くないので困るんだよなぁ! そういうのはぁ!」


 そういうの。


 そういうのとは、いったい何のことか。


 デジレは呆れて隣を見る。今、デジレは得物を持った状態で"勝てるかどうか不安"であった。であれば、"彼"が今無手でなかったらどう感じていたかなど火を見るよりも明らかで。


「……ルノアール。人の信念ってえのはよ。まっすぐ強く天高く、そうだな、槍みてえなもんだ。鉄の心を持っていても傷ついてしまうことがある世の中で、決して折れない槍。それを、他人が塗り替える? 興味だなんだで、変化させるのが利用価値? ……よく分かった。テメエは、テメエのような奴だけは、俺ぁ許しちゃいけねえんだ。人の浪漫を、心を、信念を脅かすような奴を、生かすことはそれこそ俺の"信念"にもとる」

「……んっんー、おかしいおかしいおかしいなぁ。キミ、魔族で、妖鬼だろう? パラメータの向上がおかしいぞ? 何その覇気。何その魔素の放出。こんなの、ただの妖鬼が出せる量じゃあ……」


 ルノアールの頬を冷や汗が伝う。

 警戒してシュラークを狂化させたはいいが、ここに来てルノアールは不安を覚えた。

 いくらなんでも無手の妖鬼に負けることはないだろうと踏んでいたのに、この出力は正しく、まさしく――


「……まぁ、お前さんがどんな幻想を抱いていようが知ったこっちゃねえよ。文句も否定もしねえ。けどまぁ、残念だったな。俺が通りかかっちまった以上、お前は不幸にも事故に遭って死ぬしかねえんだよ」



 いくぞ。


 そう呟いた瞬間、"ぶわり"とシュテンの周囲には、先ほどのシュラークとは全く違う灼熱色のオーラが噴き上がる。


「おおおっしゃああああああああああ!!」

「……っ、クソ妖鬼テメエまさか」


 凄まじい闘志と共に、湧き出てくるのは巨大なエネルギー。シュテンという個を包み込むように、内から湧き上がるように、その力の奔流は留まることを知らずただひたすらにただ暴力的にシュテンを讃え昇華する。


「んっんー……おいおい、冗談だろう」


 今度こそ、ルノアールの頬が引き攣った。

 シュテンの周囲に巻き起こった暴風は止み、ただ赤銅の空気がシュテンの周りに佇んでいる。この状態は、ルノアールも良く知っている"魔族の頂点"の一角に匹敵する。


「あー、やっぱこりゃ良いわ。最高に力が漲ってやがる」

「んっんー、"鬼神シュテン"とは、キミのことだったのかい……」


 思わず心情を吐露したルノアールを見上げて、シュテンは獰猛に嗤った。


「んっんー、ルノアール、キミは盛大に勘違いをしている」

「……なんだって?」

「俺ぁ、鬼神イブキから全てを教えて貰っただけだ」

「……嘘だ。キミのそれは、確かに鬼神の実力と伯仲していると言ってもおかしくない」


 ふーん、とシュテンは興味なさげに耳をほじった。

 そして、まあいいやと軽くルノアールの言葉を受け流すと。


「鬼神でも妖鬼でもなんでもいい。俺はテメエをぶち殺す。覚悟しやがれ、マッド野郎」


 "鬼化"を十全に使いこなした状態で、シュテンは言った。









 ふつぎょうのだん の ルノアール が しょうぶ を しかけてきた !

 ミッドナイト   の シュラーク が しょうぶ を しかけてきた !▼

(専用BGM『狂い咲くは荘の風花~BOSS BATTLE RENOIR~』)

 

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