表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
グリモワール×リバース~転生鬼神浪漫譚~  作者: 藍藤 唯
巻之陸『妖鬼 鬼神 共和国』
162/267

第二十五話 リンドバルマVIII 『ミッドナイト』




 デジレ・マクレインの懐中時計型通信端末に連絡が行った頃、同じように他の魔導司書たちにも救援要請の連絡が向かっていた。帝国書院支部四つが同時に、それも魔族を暴走させた危険極まりない者たちによって攻撃されているという情報。


 それを受けて、まず魔導司書たちが行ったのは現地へ向かうことではなく、自分たちのリーダーである第一席の指示を仰ぐことだった。彼らにとってアスタルテ・ヴェルダナーヴァという存在は唯一無二であり絶対の指標。彼の言葉によって全てが変わり、彼女の命令一つで彼らは動く。


 それだけに強大な力を持つ彼だからこそ、指示も迅速だった。


 第十席が守護する158支部にはもう一人の魔導司書を救援として向かわせた。

 その他の三支部のうち二支部には二人ずつ計四名を振り分ける。そして、残る一支部には。


「一つ聞いておこうか。留守を預かるのと、戦線に出向くのはどちらがいい?」

「……」


 十人(・・)の魔導司書のうち、この作戦に割く人員は七名。アスタルテはそう決めていたからこそ、眼前に立つ少女に向けて問いを投げていた。通常の魔導司書であれば、いかに強大といえど魔狼部隊を一人で抑えることは難しいだろう。故に規格外の上位三名の力が必要になる。


 しかしながら、最近第二席へと昇格した期待のエースは対多戦力としては数えにくい上に共和国を探る重要な任務中だ。ここで引き戻すよりも、今攻撃を加えてきているその中枢に食い込んでもらった方が利があると判断。そうすると、残りは、自分か、それとも目の前の少女かの二択であった。


 アスタルテに、"ここにアイゼンハルトが居れば"などというたらればは存在しない。

 ゆえに、現在手元にある戦力をより有効に使って以前よりもさらに強大な力を生み出すか、より効率的に敵を制圧するかしか頭になかった。


 だが。

 目の前の少女からは、いつの間にか覇気が消えていた。

 否、奪われていたと言ってもいい。


 いつからか。そう考えると頭が痛かった。現人神の力を行使して、運命の糸を手繰る。

 そしてようやく気づくのだ。彼女の生き様が"二つ"に増えているということに。


「……ヤタノ」

「え? あ、はい……」

「共和国領第144支部に向かうことを命じる。頭を冷やしてこい。今のきみにこの帝都を任せるわけにはいかないだろうからね」

「……はい」


 幽鬼のようだと、アスタルテは思った。

 力を奪われ続けてでもいるのか、それとも精神的に瓦解しているのか。何れにしても尋常な様子ではないことがわかっていて、それでもアスタルテは彼女を使役する。


 どのみち、戦力としては申し分ない。帝国を守るためには、働いて貰わねば困るのだから。


 興味なさげ、というよりは心ここにあらずといった様子で、執務机を挟んだ対面に立つヤタノ・フソウ・アークライト。


 手元の番傘を引きずるようにして背を向ける彼女に、アスタルテは小さくため息を吐いた。


 この原因は、おそらく、いや確実に――


「ヤタノ」

「…………え、なんでしょう?」

「144支部を制圧したら、その後しばらくは自由行動を許可する」


 振り返った彼女の瞳には相変わらずあるべき光がない。

 拡散性を持った極悪な力を振るう彼女から、容赦という言葉が消えているようにも見えるその状態に少々脅威は覚えるものの、それでもアスタルテ・ヴェルダナーヴァという現人神は屈しない。


 それどころか、荒療治を仕掛けようとする辺りは流石とすら言えた。


「……珍しいですね、あなたがそんなことをわたしに言うなんて」

「その代わり、条件がある」

「それは自由行動とは言わないのでは?」

「"鬼神の影を追う者"を排除したまえ。これ以上、運命を捻じ曲げられるわけにはいかない」

「っ」


 一瞬、ヤタノの表情が凍った。

 アスタルテの放った言葉"鬼神の影を追う者"の該当者など、いくらヤタノといえどたった一人しか知らない。そのうえで、彼女は。


「――御意」


 凄惨な笑みを見せて、そう言った。


























 一方その頃、シュテンとヴェローチェ、そしてポールの三人は白亜の巨壁を破壊したその勢いのままに第三層へと突入していた。一般人が住んでいた第一層や、忍や兵士たちとその血縁者が住んでいた第二層ともまた風変りした雰囲気、煉瓦作りながらそこかしこに魔導の恩恵を感じさせる機器が設置された利便性の行き届いた町というのが、第三層のイメージだった。


「……第三層に来るのは初めてではありませんが、また発展しましたね」


 駆ける。駆ける。駆ける。


 背後から追ってくる忍の数は格段に減ったものの、それでも追ってが居ることには変わりない。

 ある程度適当に処理しながら、向かうはシュラークの居るであろう首長邸。

 気づけばシュテンの珠片センサーは格段に反応を強めていた。おそらく、あの首長邸の下か何かに隠された施設でもあるのではないかと予想させるような、下からの反応。


 ほぼ間違いなく、珠片が原因でこの騒動が起こっている。特導兵に関しても、おそらくは。


 そんな思いを胸に抱えたまま、シュテンはポールの言葉に反応した。


「へえ……前に来たのはいつ頃よ」

「前回はおよそ一年前でしょうか。ガラフス様の護衛という扱いで、一度だけ」


 街道も、煉瓦作りで丁寧に整備されている。この街の権力者、中枢に位置する人物たちが住まう町であろうことはシュテンにも想像出来ていた。しかしそのうえで、疑問がいくつか生じる。

 そのうちの一つを、ヴェローチェが代弁してくれた。


「一年でそうも様変わりするものですかねー……というか、あれ?」

「どうしたヴェローチェ」

「いえ、共和国ってもともと忍術の発展した国ではありましたがー……この機器といい……魔界の……」

「魔界って、あの魔界?」

「そうですー。魔界でも使われている技術ですー……ほら、うちでも」

「そういやあったな」


 ヴェローチェが指さしたのは、街道沿いの家々に存在するある機械であった。

 呼び鈴として機能する、在宅の人間を呼び出すそれ。あれは確かに、「あともすふぃあ」と書かれた看板の下にも存在した、いわゆるインターホンであった。


「それが何でこんなところにあるのかは甚だ疑問なんですけれどー……共和国が出来るはずもない魔狼部隊の作成といい、とんでもなくきな臭くなってきましたねー」

「……そうか、珠片の研究そのものが出来る土壌じゃなかったのか、共和国領は」

「……お二方、話が見えないのですけれど」


 気になることは多い。

 第三層に到達した今、どこかに身を隠して小休憩を取ってしまうのも悪くはなかったが。

 それでも、何か嫌な予感がしていた。


 そもそも、おかしかったのだ。


 忍術の発展した共和国領で、もし万が一珠片などというものが出てきたとしても、それを研究することが出来るような土台は整っていなかったはずだ。だというのに、珠片がばらまかれてからの短期間にここまで研究を進め、魔狼部隊に近い特導兵というものを生み出した事実。


「シュラークは、そんな大層な人物じゃなかった記憶があるんだが。そうも言ってられねえか」


 小さくシュテンは呟いた。すでに、ことシナリオの上でのグリモワール・ランサーの知識は役に立たないことがわかっている。であればシュラークがどのような人物に変貌していようと、シュテンにわかる由はない。


 煉瓦道を駆ける中で、シュテンはポールに説明する。


「簡単にいうとだな。共和国領がもとから持ってたり、生み出したりできるような文化とは違う文明がこの第三層には紛れ過ぎてるって話だ。それこそどっかから知者を招いたり、帝国と繋がりを持たない限りはな。だが、ここにあるのは帝国の文明じゃねえ、ヴェローチェの言う通り、魔界のもんだ。……シュラーク、下手すると魔界の研究者とコネでも持ってるのか、それとも」

「……魔界の、研究者?」

「どうしたヴェローチェ」

「いえ……なんでもないですー」


 隣で、何かを思い立ったように反応するヴェローチェだが。シュテンの問いかけには首を振るのみであった。それは分からないというよりも、聞かれたくない時の雰囲気によく似ていたが、そこにシュテンが踏み込む理由が今はない。


「……つまり、シュラークはレイドア州、ひいては共和国領を魔界に売ったと!?」

「そこまでは言ってねえよ。つうかあいつの思惑すらまだ理解できてねえ。まあ、簡単なのはっ」


 跳躍。

 今までずっと走ってきたからか、その距離と高度は相当なものになった。

 シュテンはそのまま正面に見えていた首長邸へと飛び込み、直後凄まじい破砕音。


「シュテンさん!?」

「……すぐ出てきますよー」


 唖然として踏みとどまったポールの隣に降り立つヴェローチェ。一人だけふわふわ飛んできたからか一切呼吸を乱しておらず、それが地味に羨ましく思えるポールであったが、それを考えるよりも先に首長邸の壁が内側から砕かれた。


 その正面に立っていたのはシュテン。そして、背後には大量の――狂化魔族。


「ひゃっはー、なんかいっぱい敵が出てきちまった」

「そんな風に飛び込んだらあたりまえです!!」

「しかしまあ、分かったじゃねえか。シュラークがこれで、どう足掻いても黒幕決定ってのは」

「それよりシュテン、死にますよー?」

「こっちに洋傘向けんな!!」


 ヴェローチェが言うが早いか、首長邸に向けて混沌冥月を放つ。黒き奔流が飲み込む直前、ギャグのように顔面から地面に飛び込んでシュテンはそれを回避した。その背後に襲い掛かってきていた狂化魔族たちが軒並みその"黒"に取り込まれ、断末魔の悲鳴を上げながら散っていく。


「……特導兵自慢の狂化魔族を、いとも簡単に」

「まあ、そのくらいできないと導師の名に傷がつくのでー」

「とんでもない人たちに同行出来ることになったんですね、私は」

「それは、さておきー」


 あぶねえじゃねえか!

 と悪態を吐くシュテンが二人の元に戻ってくる。

 そんな彼の態度にもどこ吹く風のヴェローチェといい、あんな威力のものを向けられて軽いノリで済ませてしまっているシュテンといい、とんでもない規格外なのだと改めてポールは自覚した。


 と、濛々と立ち込める煙の中から、一人の男が現れる。


「――突然の訪問にしては、随分と荒々しいばかりか。ワタシの計画を出鼻から挫こうとする愚か者め。よくぞ、ここまで来てくれたな。これだから忍は役立たずなんだ」

「しゅ、シュラーク!!」


 驚いたように目を見開くのはポール。

 カエルのような瞳をぎろぎろと走らせ、シュテンとヴェローチェ、そしてポールの三人を見据えるその出で立ちは、忍とも特導兵とも違っていた。


「おいおい、その黒いコートに、大量の暗器。……よほどの実力と、精霊族(スピリット)との接触がなけりゃ、進化(クラスチェンジ)なんて出来ねえと思ってたんだが……シュラークさんよ」

「貴様は、報告にあった妖鬼か。なるほど確かに凄まじい力を感じる。正面から戦うのは不利というものだろうな」

「ははっ、こっちもこんな土壇場で"ミッドナイト"に遭遇するとは思ってなかったわ」

「シュテン……?」


 ぼりぼりと後頭部を掻くシュテンの物言いに、ヴェローチェとポールはぽかんとした顔。

 正面に立つシュラークだけは、当事者でもあるからかシュテンの言葉をすべて理解したようで、その口元を不快げに曲げる。


「ほぉ……貴様、絶滅した精霊族(スピリット)のことや、ワタシのこともわかるのか。ただの妖鬼ではないのは分かっていたが、存外危険な相手だったか。……貴様を狂化魔族として運用すれば、絶大な力を振るってくれるだろうな」

「シュテンの狂化はもうわりと勘弁してほしいんですけれどねー。それはそうとシュテン、この者から感じる力は、ただの人間のものではないんですけれどー」


 じわりじわりと、シュラークの周囲に控えていた狂化魔族が三人を食い破らんと近づいてくる。

 混沌冥月で消し飛ばされた者など、片手で足りる人数程度であったらしい。


 生唾を飲むポールとは違い、ヴェローチェは余裕そうに隣のシュテンに問いかける。

 その度胸にシュラークは片眉を上げるが、彼女も彼女でとんでもない化け物クラスの人材であることを把握してそのまま眉をひそめた。


「"ミッドナイト"。筋力に秀でた忍系統の最終クラス。そこまで到達するには相当の力量が必要なんだが、どうやらシュラークは本人がとんでもない実力者みてえだな。というかクラスチェンジできてる時点でやべえっちゃやべえんだが、それよりも一つ嫌な情報があってな」

「……いやな、情報?」


 ヴェローチェの呟きにも似た疑問にシュテンはしかし答えない。

 その代わりに、シュテンはシュラークへと目を戻して問いかけた。


「お前さん……珠片取り込めてんだろう。ただの人間じゃねえな?」

「……あれは、珠片と呼ぶのか。なるほどな、その恩恵も把握している辺り、無関係ではなさそうだが……ああ、そうだ。ワタシは落ちこぼれの突然変異。ヴォルフの兄貴に師事して戦ってきた、"忍"とは違う共和国の守護者。その力、ステータスで劣ろうとも脅威であること、今に見せてやるッ……!!」

「おいおい、洒落になんねえな。ちょっとラスボスが出てくるには早すぎるだろうが」

「過程をすっ飛ばしてここまで来たヤツが何を言うか。まあ、貴様が無駄に戦わなかったおかげで共和国領も帝国も制圧できそうなくらいに狂化魔族をばらまくことはできたがな」


 章の中盤で出てきていいボスじゃねえぞおい、というRPG観丸出しのシュテンの発言を拾う者は誰もおらず。


 その代わりに、シュラークの爆弾とも言っていい言葉に対してポールが叫んだ。


「シュラーク貴様、まさかっ」

「ああ、オルドラの動きがきな臭いのは分かっていたからな。諸々特導兵を派遣して潰してもらうことにしたよ。貴様らほどの脅威が他にもいるとは思えんし……ワタシはここで報告を待つつもりだったが貴様らを狂化させられるのなら悪くない」


 ――行くぞ、侵入者。



 そうシュラークが言ったと同時に、周囲が闇に包まれていく。


「……おわ、分かっちゃいたが何も見えん」

「これ、は……」

「忍術による結界ですかねー。指向性もないのでわたくしが攻撃して破壊するというのも難しそうですしー……一発でも当てれば殺れそうなんですけどもー……」


 五里霧中ならぬ五里闇中。

 その内部に取り込まれた三人は、どうすることもできなくなっていた。

 背中合わせに寄り添い、状況の変化を待つしかない。


「"ミッドナイト"の固有魔導だ。周囲を闇に包み、自身の暗殺術が最も有効に使える場を作り出す。ジュスタももしかしたら使えるようになるかもしれないスキルだが、基本的に"攻撃全振り"のミッドナイトにジュスタを進化させるメリットがねえからシカトしてたわ。ッチ、どうすんだこれ」

「反応を待ってカウンター、しかなさそうですね」

「そうか、ポール、死ぬなよ」

「え、や、確かに私が一番非力ですけれども!?」


 叫ぶポールと、同時。


 シュラークの声が一帯に響き渡った。



共和国(ワタシ)の邪魔はさせん。徹底的に瀕死にしてやろう!!」







 ミッドナイト の シュラーク が あらわれた !▼


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ