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グリモワール×リバース~転生鬼神浪漫譚~  作者: 藍藤 唯
巻之陸『妖鬼 鬼神 共和国』
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第二十一話 リンドバルマIV 『侵入経路』



 リンドバルマの第一層。道はずれにある小さなバー、木蔭の洞亭。

 カウンター席が十二席と、その背後に二人掛けのテーブル席が三つ。

 そんな小さくアンティークな雰囲気が漂う店の入り口には、現在CLOSEの看板が下げられていた。


「どうぞ」


 こと、とマホガニーのカウンターに置かれたカップが二つ。

 挽きたての豆が芳醇な香りをさせる一杯を手に取ったのは、一人の青年であった。


「やー、ごちそうさん。めちゃめちゃ美味かったわ」


 ……口を開いた瞬間、この店内に漂っていた物静かで居心地の良い空気が敢え無く散った。皿を片付け、カウンターの奥へと引っ込んでいくマスターに声をかけると、彼は軽く反応して小さく笑う。


「いえいえ、こんなにおいしそうに食べてくれた人たちは久々ですから」


 "人たち"。複数形のその言葉が示す通り、青年の隣にはもう一人、満足げに紅茶を楽しむ少女の姿があった。立ち上る仄かな香りに少し頬を緩ませながら、彼女は一口、また一口とカップを傾けて優雅なひと時を過ごしている。


 そんな彼女を一瞥したマスターは、カウンター裏にある紋章に一度触れて、虚空から水を流し始める。そんなに激しい水流ではなく、たとえば洗い物をするにはちょうどよさそうな具合の清流だ。


 さらさらと食器のたぐいを処理している間、ぼうっとしていた少女のほうがゆっくりと顔を上げた。普段から感情に乏しいながらも、彼女の顔にはありありと"満足"の二文字が浮かび上がっており、視線を感じた青年の方もどこか穏やかな気持ちになる。


「……なんていうんですかねー、人心地ついたというかー」

「まあ、ちょいとしばらく野宿続きで乱雑な料理ばかりだったからなあ」


 基本的に焼くか煮るくらいのことしかしてこなかったわけだから、そのあたりは仕方のないことであったとはいえ。それにしても、久々に"店で食べられるような美味しい料理"にありつけたのは行幸であった。


「……で、シュテン。どうするんですかー」

「どうするも何も、第二層、第三層への侵入経路を考えようとだな」

「あー、飛んでったら目立ちますものねー」

「そうでなくとも目立つがな。主にヴェローチェが」

「いや、シュテンの格好も相当だと思うんですけどー」


 お互いがお互いの服装をじろじろと観察するという、なんともいえない奇妙な絵面。


「……まあ、お二方に変装をお頼みするとか、そういうことはないのでご安心くださればなによりです」


 と、そこにかかるカウンター越しの声。


「ん? そなの?」

「ええ、そういうのは私の役目ですから」


 洗い物を終えたのか、優雅な動作で皿やカップを拭うマスター・ポールの姿があった。彼ははかなげな笑みを見せながら、ちょうど二人の正面に立って自らの胸をたたく。


「何分、これでも忍の身。変装技術や隠形などに関しては、それなりに自信があります。それがたとえ、レイドアの忍相手であったとしても」

「おお、なんか忍っぽい」

「忍に向かって忍っぽいっていうのはどういう意味なんですかねー……」


 素直に称賛したつもりだろうが、目を丸くして拍手するシュテンの挙動はどこかアホらしい。ヴェローチェは両手を天秤のようにして肩を竦めると、業務の終わったらしいポールを前にしてゆっくりとその瞳を彼の双眸に合わせる。


「……さて、そろそろ作戦会議と行きましょうかー。……わたくし、会議って何気に初めてでわくわくしていますー」

「ここぼっちスキル見せるとこじゃねえからな?」

「スキルも何も、一人だったのは事実ですがー」


 まるで漫画のように言葉の槍がヴェローチェの横腹を突き刺した。

 若干顔を赤くした彼女はぽりぽりとその赤くなった頬をかきながら、相変わらずのじとっとした目で隣のシュテンを睨む。


 しかしながらその目の奥に羞恥はあっても怒りや悔悟といったものは見られず、過去は過去として整理がついているようだった。


「……魔王軍の導師の娘、でしたっけ。そんな立ち位置ならば会議などはあったのでは? いえ、詮索するつもりはないのですが」

「なんかシリアスやってたのとあんまり聞いてなかったんでツッコミ忘れましたけどー、わたくし孫娘であって娘じゃないですー。一応、なんか父親っぽいのいますー」

「ぽいてお前さん」

「今も()もただのマッドなんでー、別に家族としての(あれ)とかないですしー」


 すでにくるっくるまきまきな自らの髪をさらにいじりながら彼女は唇を尖らせて言った。

 そういえばシュテンも、彼女の祖父は知っていても父については詳しい情報を持っていない。彼女自身気にも留めていないようだが、口ぶりから推測して亡くなったというわけでもなさそうではあるし――と、そんなことをぐるぐると考えつつシュテンはポールの様子をうかがっていた。


 というのも、隣にいる少女は全くらしくないとはいえ魔王軍には違いないのだ。

 先ほどまでここにいたガラフスの反応からしても、そして共和国領で今魔族がどういう扱いを受けているのかを見ても、魔王軍という肩書が持つ意味は大きいものだろう。


 そのうえで彼女に対してどういう感情を持っているのかとか、むしろポールの側が何か思うところがあるのではないかとか、そんな部分に気をまわしていた。


「……なぜ、貴女はここに?」

「シュテンについてきただけっすよー」

「……?」

「そんな神妙な顔してこっち見るなよ。頭のはてな隠す気ゼロか忍さん」

「いえ、なんというかこう……本当に私用なのですね」

「俺の探し物だけだしな。ついでにやばそうだからレイドアの首長探りにきたというか」


 残っていたコーヒーに口をつけながら、背もたれに身を預けて揺り椅子のようにだらけるシュテン。

 そんな彼を見つめるポールの瞳は少々あっけにとられているという言い方が一番しっくりくるのかもしれない。


「……いえ、それよりも本題ですね。その探し物のために貴方は第二層・第三層に向かいたい」

「んでその案内をする代わりにちょいとお前さんを手伝うのが報酬だ」


 ヴェローチェの件に関しては、今更訝しんだところで仕方ないと踏んだのだろう。

 ポールは食事中に話していた依頼内容のリマインダから、話題に入った。


 これから始まるのは、レイドア首長シュラークの情報を探り、その真意次第で破壊工作を開始するための作戦会議。つまるところ、シュテンが珠片を回収し、おそらくはシュテンの影響で終わっていない"ジュスタ編"の幕を下ろすための会議(それ)


「……よっし、気合いれっか」

「どうしたんですかー、突然」

「いやなに、ぶち壊すんだったら愉快で笑える方向にってな」


 思い出すのは、道中立ち寄った養護施設アーシア孤児院。

 よくよく考えればジュスタ編のときにはシュラークによる強襲で既に滅ぼされていた場所だ。そんなところが偶然にも残っている。なら、むざむざ見捨てるのは違うだろう。


「さあ、じゃあ侵入経路やら諸々、打ち合わせていこうぜ」

「わかりました。突入要員は私と、シュテンさんにヴェローチェさん。そして他にもメンバーを招集します。……が、おそらくガラフスさまはお許しにならないでしょう。せいぜい三四人をかく乱人員として用意する程度のことしかできないかもしれません」

「かまへんかまへん。ぶっぱなすのはこいつがやってくれるさ」


 カウンターの下から地図を取り出したポールは、それをカウンターに広げていく。

 こちらの戦力を再確認しつつの会話に、シュテンはぽんぽんと隣の少女の頭を軽くたたいた。


「ぶっぱなすなんてなんかこう、人を砲台みたいに扱いますねー」

「一人で聖府首都エーデンの城壁ぶち壊したヤツが何をいうか」

「えっ」


 飛び交う会話のスケールに一瞬ついていけなかったポールが出した声はしかし、シュテンとヴェローチェによって華麗にスルーされてしまう。とはいえ、導師の孫娘ともなればそのくらいやれても不思議ではないのかもしれない。


 当の導師など、数年前に教国の四神官が張った方陣防壁を逆ハックして自らの登場を映し出すスクリーンに変えてしまったというぶっ飛び具合だ。

 その導師の業に対しゲラゲラ笑いながら、円月輪構えて蹴りでスクリーンを破壊した光の神子が居た辺り、あの時期の大陸はどうかしていたとしか思えないが。


「一応、侵入経路はこのような感じです」


 つー、っと地図上の細い道をくねくねと辿っていく彼の指先。

 なるほど確かに、秘密の道と言われれば頷くしかないほどに入り組んでいる迷路だった。行き止まりも非常に多いなか、壁の中を通過する道が一本だけ存在する。


「……これ、戦闘とかになったりしねえの?」

「可能性は十分にあります。正直な話、これについては強行突破するしかないと思われます……」

「なるほどなぁ」

「突破なら得意ですよー」

「お前やっぱり砲台じゃねえか」

「ひどくないっすかねー」


 三人で地図を眺め、夕刻になるまでその会議は続くこととなった。
























「ぐ、げ……」

「はっ……無駄に手こずらせやがってクソが」

「……な、んで、こんなところに帝国書院の……」


 一方そのころ、リンドバルマ第一層の東部路地裏では一人の男が地面に倒れ伏していた。地面も陥没していれば、男の鎧も陥没している。棒か何かで盛大に叩きつけられたのか、鎧のへこみ方は横一文字だ。男の呼吸も怪しいあたり、相当な威力であっただろうことがうかがえた。


「魔導が通じねえと知るやすたこらさっさと逃げ出しやがって。最初の勢いはどうしたんだってんだくだらねえ」

「……」

「てめえの魔族も雑魚いだけだしよ。……もうちょっと骨がねえと、前哨戦にもなりゃしねえんだが……」


 そんな男を見下ろすのは、白いYシャツ姿の一人の青年であった。

 身の丈以上の大薙刀を片手で振るい、失望の混じった瞳でモノクル越しに男を見やる。

 青年の事情など知ったことかと叫びたい男であったが、すでに力は殆ど入らない。

 特導兵の誇りもすべてなげうって、それでも通じず。

 だが、ここで死ぬわけにはいかなかった。どんな拷問を受けようと情報を吐くつもりはなかったが、懐の中には見せられない重要機密を保有している。


「……ねえ、デジレ」

「なんだ」

「これ……」


 と、背後で控えめな少女の声。

 最初に暗殺を謀ろうとした、オルドラ州の首長の娘。


 彼女を一瞥したデジレは少々瞠目し、彼女がにぎっていた紙を手に取った。

 デジレの開いた紙を見て、男が大きく動揺する。


「っ!? そ、それは」

「鎧の中からスるのはちょっと危なかったし、指が折れかけたけど……このくらいはできなきゃダメかなーって。……一応、今は一緒にいるんだし」

「……これは、なるほどな」

「か、返せ……それは、それだけは……」


 震えた手が、デジレの足元に差し出される。それを軽く踏みつぶしながら、デジレは一つ納得したように頷く。そして、ちらりと少女――ジュスタの方を見てつぶやいた。


「"それだけ"か。なるほど。敗北した忍は自害するケースが多かったが……そうしなかったのはこれが理由か。……多少はまともな働きすんじゃねえか」

「えっ?」


 最後の言葉は殊更小声で、ジュスタには聞こえなかったらしい。

 聞き返されるのが癪だったデジレは、言い直すそぶりを見せてまるきり違うことを口にする。


「……フン。てめえにとっては格上の相手だろうが。余計なことせず引っ込んでろっつったろクソが」

「そ、そんな言い方ないじゃん……」


 少し悲しげに目を落とすジュスタ。

 先ほど、自分が共和国領に来た理由を全否定されたことやデジレに突き放されたことが多少堪えているのか、反抗する態度にも力がなかった。


「あとコート返せ」

「やだ」

「あぁ!?」


 デジレのコートを受け取ったままであった彼女は、現在黒コートにくるまっていた。それがただの意趣返しなのか、それとも別の意味があるのかはわからないし、デジレはわかりたくもなかったが、それでも痛そうに頭を押さえてから彼女ごとコートを担ぐ。


「わわ」

「この男にもう用はねえ。とりあえず、行くぞ」

「ど、どこに」

「ああ? んなもん――」





 ――第二層だ。


 そう口にしたデジレの手には、第二層第三層への侵入経路が書かれた地図が握られていた。

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