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グリモワール×リバース~転生鬼神浪漫譚~  作者: 藍藤 唯
巻之陸『妖鬼 鬼神 共和国』
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第十六話 アーシア孤児院II 『あの狐独なシルエットは……』



 鈴の音でも鳴らすような、心地良い虫の声。

 シュテンの元居た世界であれば鈴虫の存在が想起されるが、この世界ではどんな虫の鳴き声なのだろうか。いやそもそも虫の声なのだろうか。巨大な獣の鼻歌がこの音を出しているのかもしれないし、はたまた草木が風に吹かれて響いているのかもしれない。


 実際にその事実はわからなかったが、何れにしても耳に爽やかな音色にシュテンは耳を傾けていた。


 時刻は既に夜。時間感覚が正しければ、もう深夜と呼んで差し支えない時間帯だろう。


「……変な時間に目覚めちまったな。悪くは……ねぇが」


 楽しげに口元を緩めて、シュテンはむくりと上体を起こした。

 それなりのサイズのベッドだが、シュテンが大の字になるには少し狭い。これでアーシア孤児院で一番大きなベッドを借りられたというのだから、ここに住む者の小柄さが窺える。というよりも、レックルスのような巨漢は寝るベッドもなく布団を敷いて雑魚寝だというのだからこれでも恵まれたほうだろう。


 せっかく夜露を凌げる場所を見つけて、それも長旅の最中で、おまけにレックルスの知り合いであったということで本日は一晩宿を貸してもらうことになっていた。

 ヴェローチェもおそらくは隣の部屋辺りで眠っているのだろう。今日は戦いになった訳でもないのに幾つも魔導を披露してみせていた。魔力的には何の問題もなさそうではあったが、子供たちに被害を与えないように気を使うのはそこそこ以上に気合いが要るものなのだろう。夕飯の時に既に疲れた雰囲気を出していたこともあり、彼女はシュテンよりも早く床に就いていた。


 りーん、りーん、と奏でられる夜の小さなコンサート。

 夕刻にレックルスと会話に興じた広いベランダに出てきたシュテンは、そこに先客が居たことに気が付いた。こんなに夜も遅いのに、子供が一人、柵の向こうを眺めているようだった。


 キャップを被った、おそらくは最年長の少年。名前は確か、カルムと言ったか。


 晩ご飯前にさんざん遊んでやっただけあって、シュテンは子供たちには懐かれていた。シュテンに一発でも忍術を当てたら勝ち、なんて言いながらひたすらバーガー屋――レックルスを盾にして立ち回る姿に、ヴェローチェや女子児童は皆苦笑い。一部の活発な女の子や、男子の熱気の入った動きに驚かされつつも結局シュテンに忍術を当てられた者は居なかった。そのかわり、レックルスはずたボロになっていたが。


 カルムも、そのうちの一人。というよりは、シュテンやヴェローチェ、レックルスと自分の間にある大きな壁をいち早く認識し、それなりに敬意を持って戦いを挑んできた優秀な子供だった。であればこそ、シュテンも彼のことはわりとしっかり覚えていた。


「よぉ、こんな時間まで……見張りか何かか?」

「うーん……? ああ、シュテンの兄ちゃんか。……まあ、そんな感じ……」

「もう半分以上寝てんじゃねえか」

「んなこと……ねぇし……」

「ほれ、風邪ひくぜ?」


 寝ぼけ眼をこすって振り向いた彼の体躯は、シュテンの腰程度にしか届かない。

 うつらうつら、こんなところで眠るまいと気丈にしているのは大層なものだとシュテンも思うが、それでもまだ十歳の子供だ。ひょいと担いで、彼を連れて部屋に戻ろうとすると、ぺしぺしと背中を叩かれた。


「だめ……みはり、しないと……」

「あん?」


 担いだ体躯をそのまま引き戻し、両脇を抱えて正面に。まるで高い高いと子供をあやしているようにも見えるが、シュテンもカルム少年も、そんなことをしている時ほど楽しげな表情ではない。


「見張りっつったってな。何かが襲ってくるのか?」

「いつ、レイドアの奴らがくるかわかんないもん……」

「レイドアの奴ら、か」

「……シュテンの兄ちゃん?」


 カルムの発言に、シュテンは顔をしかめた。

 実際、グリモワール・ランサーIIのシナリオの中には共和国領の話もあった。

 それこそまさにジュスタを中心とした旧ゴルゾン州とレイドア州の確執の話で、殺された両親や己の境遇を理解したジュスタが大人になる為の一歩、というようなストーリーだった記憶がある。


 シュテンの記憶にはアーシア孤児院なんて場所は存在しないし、目の前の少年もそうだ。そして、レイドアに襲われるとなれば、シュテンの中で一つの答えが出る。


 シナリオ内でジュスタが慟哭した1シーン。彼女が奮闘してきた全てが利用されていただけと知り、その上で自らと共にあった仲間や思い入れのある場所は滅ぼされたと、笑いながらシュラークに言われた、共和国領編のクライマックス。

 レイドア州の首長シュラークは旧ゴルゾン州の反発を抑えつけるために各所の反乱の芽を潰して回ったと、そう言ったのだ。


 もしそれが今回も実行されることであれば、おそらく確かにここも狙われる一つにはなるはずだ。ゴルゾンは忍の聖地だが、レイドアとて優秀な忍を幾人も抱えていた共和国きっての忍の町。となれば、


 優秀なゴルゾンの忍たちによって作られたこの場所が、同じく優秀なレイドアの忍に看破されていても何らおかしくはない。


「……そういう意味じゃあ、俺はここを見つけられて良かったのかもな」

「……すー、すー」

「お前、こんな体勢で寝るなよなぁ」


 気づけば、両脇を抱えられたその状態にもかかわらずカルム少年は眠ってしまっていた。よほど眠かったのだろうし、ここまでになっても自らとこの孤児院を守ろうとする意志は感服に値する。


 シュテンは彼を小脇に抱えると、彼のキャップがおちないように支えながら踵を返す。視線を斜め下に向ければ、鼻提灯こそ出していないもののぐっすり眠っている子供の姿。


「……ヒイラギの時に初めて思ったが、やっぱりあれだな。俺の知らん場所でも大量に悲劇が起こってるんだ。どうにか出来るものは、どうにかしたいよな」

「――そうっすねー」

「おん?」


 ふと、顔を上げた。

 ベランダから家屋に通じる扉の前に立つのは、一人の少女。

 それが同行人であるところのヴェローチェ・ヴィエ・アトモスフィアだと気づくのにそう時間はかからなかった。起きていたのかと目を丸くしつつも、シュテンは破顔する。


「おーっすヴェローチェ。寒いのに、よく出てきたな」

「まあ、寒いのは確かですー。……その子があれですけど、良かったらちょっと話しませんかー?」

「ん? ああ」


 風邪を引くと悪いのでー、とふわりとカルムを浮かせると、彼女は扉の奥へ消えていく。あれだけ熟睡してしまっているのだ。ベッドの中に入れてやれば、朝は気持ちよく起きることが出来るだろう。


 ヴェローチェとカルムが居なくなって、彼女が戻ってくるまでの少しの間。

 シュテンはぼうっと星空を見上げていた。満天、とまではいかずとも綺羅星の輝く空は見ていて飽きないものだ。この世界に来て以来の、密かな楽しみの一つでもある。


「この世界にも、星座やらなにやらあるのかねぇ」


 そろそろ、自分の住むこの世界について色々学んでもいいかもしれない。

 なにせ、持っている知識はゲーム由来のものだけだ。筋書きに準じた設定程度のものしか知らない中で、シュテンの周囲は驚くほどに広がりを見せている。


 なればこそ、もうそろそろほかにも知るべきだ。例えば世界の成り立ちや、魔導のメカニズム、現在の国の情勢。大ざっぱにでも知っておくことで、違うものが見えてくるかもしれない。


 例えば今回のように、知らないところで滅ぼされるかもしれなかったような場所であるとか。珠片がもし散ってしまっていたら尋常ではない被害を出しそうなところとか。


 この時期、本来であればクレインたちは最後の仲間グリンドル・グリフスケイルと合流して魔王城に向かってもいいくらいの頃合いだ。しかし現状、ジュスタの物語すら終わっていない。となれば、もしかしたら。


「……考えられる最悪の事態は、"弱体化"から復活してしまった魔王との戦い、か」


 二年前のアイゼンハルト・K・ファンギーニを始めとする五英雄との戦いで魔王は深手を負った。それからの復活と、地下帝国を維持する為の魔導行使によって魔王が弱体化しているからこそクレインたちは魔王を討つことが出来たのだ。


 今になってみれば、魔王と戦う前に突然現れた"導師"と"車輪"は、欠片一粒程度の忠誠心でちょっと出てきて、「あ、これなら今の魔王殺っちゃってくれそう」くらいに思って引いたのかもしれないとまで思える。いや実際どうなんだろうか。


 だが、クレインの持つ特殊な"力"を以てしても、アイゼンハルトと戦った際の全盛期魔王との相対は遙かに分が悪いだろう。そうなってしまったら、不味い。


「……まあ、その辺りは追々考えるとするか。まずは、おそらくレイドアにあるっぽい珠片を回収するところから。でないと、俺の珠片センサーちゃん無能だからアップデートしてくれないし」


 ほう、と小さく息を吐いた。

 さすがにもう、白くなっている。着流し一枚では寒いか、と言われれば残念ながら"凍結無効"がついているこの着流しがある限りわりと平気なのだが、なんだかそれも風情のない話だ。ちょっと上から羽織るものでも、ほしいところである。


「お待たせしましたー」

「なんか任せちゃって悪かったな」

「いえー、別に難しいことではないのでー」


 ベランダのど真ん中で呆けていたシュテンのもとに歩みよってきたヴェローチェは、そのままシュテンの袖を引いて端にまで連れ出した。隣に並んで見る景色は既に真っ暗で、空の明かりだけがきらきらと輝いている。


「せっかく話すなら、こういう方が好き……だと思ったんですけどー」

「お、おう。唐突な浪漫の流れに戸惑いを禁じ得ないんだが、まあそうだな。え、なに、結構シリアスな話になる感じ?」

「……まぁ、それなりには」

「ふむ」


 自分の腕を袖の中に入れて組んだシュテンは、空をぼんやりと眺めながら彼女が口を開くのを待っていた。ヴェローチェは自らのロールした髪を少しの間いじっていたが、語りだしでも決まったのか、ため息混じりに柵に両手を乗せて言った。


「夢だったんですよー、こうやって……少なくとも一緒に居られる相手と世界をほっつき歩くような、なんかこう特に目的とかどうでもよくって、ふらーって色々回るのが」

「……半年くらい、前だったか。初めて会ったのは」

「そっすねー、早いんだか遅いんだか……でも、初めて会った時から、こういう風に出来ればいいなーってわたくしは思ってましたー。立場はちょっと、違いましたけどー」

「お前さんは導師だったし、部下として俺をスカウトしてたもんな。いや、俺もあん時ゃこうなるなんざ思ってもみなかったが」

「ですねー……」


『どもー、アンケートですー』


 帝都に向けて全速力で駆けていたシュテンの真横に、無表情で突然現れた少女。

 それが彼女で、シュテンをスカウトしに来たと言っていた。

 懐かしい思い出を想起しながら、シュテンはちらりと横目でヴェローチェを見た。


 どうにも、そんな昔話をするようなテンションではなさそうだ。普段からローテンションではあるのだが、今はそれに輪をかけて少し考えていることがありそうだった。


「いえ、そんなに特殊なことではないんですけどー……こうして、人間の孤児院に来たじゃないですかー」

「ん? ああ」

「わたくしが、"元の歴史"でやっていたことは正直……親のいない子供をこうして増やしたりとか、結構な人間殺しまくったわけでー。指名手配もめちゃめちゃ受けてましたしー……自分の不幸を他人にも振りまいていたなーと、遅巻きながら思ったわけですよー」

「ものっそい今更だな」

「……ぅ」


 わりと容赦のないシュテンの言葉に、ヴェローチェは返す言葉もなくシュテンの方を見た。相変わらずの半眼の奥に、何があるのかなどシュテンはわからない。実際彼女がなにを求めて今この話を振ってきたのか、それも一瞬理解出来なかった。


 けれど、最近の表情豊かな彼女を見ていれば思うことはある。


 きっと"この歴史のヴェローチェ"はシャノアールやユリーカの暖かさに触れて生きてきて、それが"元の歴史"でやっていたことに対しての後悔を生んでいるのだとすれば。


 それもまた一つの、大きな浪漫だとシュテンは思う。


「せっかくだから、楽しめばいいじゃねえか」

「え?」

「お前さんが過去にやった"らしい"ことが、この世界ではなかったことになってる。記憶にある事実はお前さんのものだがよ、それを"やらずに済んだ"んだ。なら、それなりに考えて生きりゃいいんだろう。他人の感謝を受け止めるかは自由だが、別にそれで振る舞いを変える必要はねえ。元の歴史で不幸を振りまいたってお前さんが言うなら、その分今の幸せを、お前が自由に配って回ればいいんじゃねえか?」

「……そういうもんですかねー」

「俺にとってはな。ヴェローチェにとってどうかは、知らねえよ」

「そっすかー……」


 ぐ、とヴェローチェは軽く伸びをした。

 特に彼女の表情が変わったようには見えないが、さて。

 シュテンが隣の彼女を見ると、相変わらずの無表情でこてんと首を傾げつつ。


「とりあえず……人間ともちゃんと向き合ってみますかねー。人間にも魔族にも居場所がなかった昔と違って……今のわたくしは元気ですー」

「そいつぁ、重畳だぁな」

「孤児院の子たちに感化されましたかねー……ともあれ、変な話につき合わせましたねー。ありがとでしたー」

「おう、気にするない」

「そですか」


 サムズアップするシュテンに小さく笑って、ヴェローチェは部屋への道を歩いていく。その背中は以前よりも少し頼もしくて、シュテンは思わず口角を上げた。


「あー……ほんっと。筋書きだけじゃあねえなやっぱ。この世界」

















 ところ変わって、共和国領東部・旧国境線。

 今ではこの線引きもあまり意味のないものになっているが、それでも共和国領の民は未だに帝国に対して反発的な部分が多々見られる。故にこの旧国境線にはまだ帝国書院の建造した砦が幾つも残っており、その内の一つに、第十席グリンドル・グリフスケイルの姿もあった。


 魔導書はグローブ。金髪を後頭部で結んだ、帝国書院きっての美貌を持つ青年。

 広告塔としても有名な彼は魔導司書の末席でありながらその類稀な指揮能力と個人での戦闘能力で共和国領のレジスタンスを黙らせていた。


 が。


『こちら帝国書院第158支部! 西部方面共和国領側より何者かの攻撃を受けています!! 至急援助を!!』

『ま、魔族だ! 魔族が……数百!! 現在グリフスケイル第十席のご奮闘により、何とか戦線を維持しておりますが……! このままでは!!』

『く、狂ってやがる! ドタマに矢を受けても止まらねえ!!』

『助けてくれぇ!! こんな化け物、どう処理すればいいんだァ!!』


 深夜、この場所は地獄と化していた。


 現在、この砦――帝国書院第158支部を保たせているのは実質グリンドルただ一人だった。どんな魔導を打ち込んでも、たとえ四肢が欠損しても、それでもなお突き進んでくる百鬼夜行の如き集団。呻き声をあげ、苦悶に表情をゆがめながらもその動きは俊敏で、砦の上から魔導で狙撃する職員たちに飛びかかり、或いは魔導でもってカウンターを行い、一夜にして突然の急襲によってこの帝国書院158支部は窮地にたたされていた。


 そこそこ以上に平和だったこの支部を襲った、突然の魔族の大群。

 統率は無いに等しく、指揮官の姿も見受けられない。にも拘わらず、示し合わせたようにこの支部を狙い、死に絶えるまで攻撃の手をゆるめることはないその執念。


「さがれ、きみたち。僕が、何とかする!」


 黒いグローブと、そのコートに刻み込まれた数字はX。末席でありながら他の魔導司書にもひけを取らないその頼もしさ。周囲を巡回する赤、緑、白の球体がその存在感を引き立たせて魔族の注意を引きつける。


――神蝕現象(フェイズスキル)【大いなる三元素】――


 赤が両拳に宿る。周囲に散布される緑と、彼を包み込む白のエネルギー。


 砦の外、荒野に降り立ったただ一人の人間に向かって、先ほどまで砦を攻撃していた多くの魔族の意識がむく。光の無い瞳がぎょろりとグリンドルを見据え、彼は息を飲んで相対した。


「まるで、王国の魔狼部隊だね。生気もなく、意識を乗っ取られ、狂化した魔族。……なぜ共和国領からそんなものが現れたのかは分からないが、それは後でゆっくりと……そうだね、紅茶でも飲みながら上司に報告するとしよう。だから――」


 なにを悠長に話している。とでも言いたげに、グリンドルを取り囲んでいた数十の魔族のうちの一人――トロールのような魔族が襲いかかった。

 が、緑で増幅した身体能力でまるでぶれるようにその大振りな攻撃を回避すると一瞬で背後に回って、後頭部を赤の拳で殴りつけた。瞬間、爆裂した頭ごとトロールは前方に吹き飛ぶ。


「――大人しくくたばってくれ、狂気の者たち」


 煙をあげる拳を冷ますように小さく息を吐いた。


 その瞬間、大量の魔族が一斉にグリンドルに襲いかかる。

 それを一手一手、丁寧にグリンドルは始末していった。だが、彼は知っていた。己の一番大きな弱点を。


 火力。


 彼の一撃は、狂化した魔族を一発でしとめるには至らない。故に、数が必要になる。

 それが、単体戦において魔導司書の中で最弱と呼ばれる由縁であった。本来、魔族と人間が渡り合うだけでも十分な武芸者と呼べるのだが、そこは"魔導司書"。世界最強の戦闘集団の名は伊達ではない。魔族一人程度、息を吐くように殺すような者が雁首そろえている伏魔殿のようなところだ。


 であればこそ、グリンドルも"魔導司書"としてその程度の戦力が期待されてしまう。

 正直な話、それは重い嘱望だった。


「第十席をお守りせよ!! 魔導隊、攻撃!!」

「はい!!」


 砦の上からは、必死の喚声が上がる。上から魔族を狙撃し、少しでも数を減らす、耐久を減らす。グリンドルが少しでも楽に戦えるように、そう援助する他に彼らにできることはなかった。


「ギョエアアアアア!!」

「グルァアアアア!!」


 が、その決死の攻撃も虚しくなるほどに魔族の耐久値は高い。

 中でもピンピンしている数人の魔族はおそらく、狂化する前から相当な猛者だったのだろう。それらがグリンドルに襲いかかり、彼は体を酷使して殴打を凌いでいる。


「ぐっ……殴っても殴っても……!」


 歯を食いしばり、拳打を繰り出すグリンドル。彼を取り囲む魔族は次々襲いかかっては弾きとばされ、それでも死に絶えることなくもう一度彼に挑みかかる。


 どれほどにグリンドルが強くとも、根を絶てない限り勝利はない。

 そして、そうなってしまうとグリンドル一人がカバーできる範囲は広くない。

 故に、グリンドルに攻撃を仕掛けない者は必然的に砦に向かって襲いかかる。


 ましてやこの夜闇だ。

 どう足掻いたところで、人間の視覚などたかが知れている。


 戦える職員の数が一人二人と減っていき、砦から落ちて魔族に踏み殺される者も少なくない。


 それが視界に入る度、グリンドルは歯噛みする。己がもう少し強ければ。もう少し、戦うことができれば。そう悔やんでも現状は変わってくれなどせず、ただただ時間とともに疲労が溜まるのみ。グリンドルでさえ、十も敵を葬れていないだろう。


「第十席、た、たすけ……!!」

「くっ……!!」


 背後で上がった悲鳴。

 それはおそらく、この場で助けてくれる者などグリンドル以外にいないから上がったものだろう。それは分かっている。分かってはいても、グリンドルは求められたことに応じられない悔しさを隠すことなどできなかった。

 どうすれば、どうすればいい。


 思考を働かせても、打開策など浮かばない。


 一撃を魔族に入れて、大きく弾きとばして跳躍。助けを求めていた女性職員の姿をみれば、すでに首を折られて絶命していた。


「く、そガアアアア!!」


 グリンドルは吼えた。

 目の前で、たった今命を奪ったであろう魔族に大きく拳を振り抜いた。

 ふきとばされたその魔族はしかし、首があらぬ方角を向いていようとかまわずにグリンドルへと肉薄する。


 舌打ちとともに、グリンドルが拳を振りあげたその時だった。


「――その狂った魔族、一カ所に纏めてくれない?」


「……は?」


 振り返った時、すでに声の主はいなかった。


 だが、聞き覚えのあるその声。誰のものかは思い出せないが、しかし縋るものもない今だ。


 グリンドルはもう一度砦から飛び降り、三の球体をもう一度解放すると周囲の魔族に挑発的な攻撃をしていく。


 元々狂化している魔族だ。その手の策さえあれば纏めるくらいは容易い。

 己の近くに百以上の……ほぼ全ての魔族を固め、さあどうするかと考えた瞬間、響く声。


「ありがと、砦に引っ込みなさい」

「……きみは」


 その声に従って、グリンドルは飛び上がった。

 それとほぼ同時だったろうか。


 涼やかな声が鳴り響き、それと同時に凄まじい炸裂音。


紅蓮獄(ぐれんごく)火之夜藝速(ひのやぎはや)


 まるで大地より噴出した火柱だった。

 百は居た、狂化魔族。そのうちには、おそらくは魔王軍幹部クラスも居たであろうその集群を纏めて飲み干した炎の牢獄。


 グリンドルが慌てて、今の今まで居た場所を砦の上から覗き込めば。

 先ほどまで蠢いていた修羅のような狂気の魔族たちが、骨も残らず蒸発していた。


「……え?」

「……や、やったのか……?」

「た、たすかったぁ……」


 次々にヘたり込む職員たちをみて、グリンドルは困惑する。


 あの声の主が正しければ、あれは――


「百年かけて封じ込められた魔力も復活したし、変な欠片吸い込んでやたら出力は上がったし……うん、軽い出力調整にはちょうど良かったわ。帝国書院への迷惑料はこれでチャラね」

「え、や、待ちたまえ! きみは――」


 グリンドルがなにを言うよりも早く、その影は共和国の方へと消えていった。

 記憶が正しければ、あれは。


「……それよりも、職員の慰撫が先か」


 突然の襲撃が突然終わり、腰が抜けてしまった職員たちに一人一人手をさしのべて回りながら、この出来事をどう上層部に――アスタルテに報告するか、グリンドルは考えていた。


一体何者なんだ……

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一体何ヒイラギの強さを持ったキャラなんだ…
[一言] 一体何ラギなんだ…
[気になる点] 一体何尾の狐なんだ…
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