第十五話 ストルムの町 『容赦ねー……』
"拓き踏み込みたい道"と名の付いた荒野の街道を、十歳ほどの少女と黒コートの青年の二人組が進んでいた。もう眼前には町の外門の姿があり、その光景を懐かしげに少女は見つめている。
旧ゴルゾン州の州都ストルムの町。
レイドア州に併呑された影響と、帝国からの圧力によって随分と寂れてしまった、そんな町だ。もちろん中央通りはそれなりに賑わっているし、住民もそこそこ居るには居るのだが、ちょっと奥に行くとやはり廃墟が目立つ。
それは戦乱の爪痕なのか、それとも圧政を仕掛けられたからなのか。
何れにしてもまだ5、6歳だった頃ほどの華やかさはなく、それがジュスタは少し寂しかった。
外門を抜けて町に入ったデジレとジュスタ。周囲を見渡して、胸元から取り出した懐中時計のようなものに何言かを吹き込んでいるのを見ると、どうやら任務の定期報告でもしているらしい。
デジレはそれから徐に黒コートを脱ぐと、それを肩にかけた。右手には大薙刀、左手は脱いだコートを肩から下げるという彼の風貌は、その体躯の良さと人相の悪さと相まって周囲の民衆を散らすのだが、本人は少々その事実に傷ついたのか表情をゆがめていた。
「いや、当たり前でしょうが」
「……仕方ないだろう、黒コートを着て歩いていたら、少し前のお前みてえな奴にいちいちちょっかいかけられるんだ。蠅がたかっているようで煩わしくて仕方ない」
「さらっと蠅扱いしないでくれる!?」
半眼を向けるジュスタに対し、デジレは鼻を鳴らすだけだ。
塵の掃かれたきれいな土の道を、人々の喧噪の中で歩いていく。
「……変わっちゃったなあ」
くるくると周囲を見渡すジュスタの視界には、いくつもの店や行き交う人々の姿が映る。だがどうしても昔のように楽しさが敷き詰められたような雰囲気を感じ取ることができなかった。
店も十に一つは閉鎖してしばらく経つようだし、明らかに人口も減っている。
首長の娘であった身からすると、とても寂しく感じるものであった。
「お前みたいなガキにゃどうしようもないことだ」
「うるっさいなぁ! 何かできるはずだもん!」
「町から逃げておいて何を言ってる。……テメエがもうちょっと周りを見られるように、町を動かす技術を手に入れたらこの町を元に戻す。今はそのくらいに考えておけ」
「…………イチイチ正論なのもムカつく」
「ガキは感情の整理も出来ねえからな」
呆れたように肩を竦め、先を行こうとするデジレの背後からジュスタはぼそりと呟く。
「シュテン」
「今誰の名を出しやがった、ええおいクソが」
「デジレもガキじゃん、安心した」
へへ、と笑ってデジレの前に踊り出る彼女は少しばかり元気を取り戻したようだ。
その様子に、デジレは目を細めて思考する。
あの忌々しい男の名はともかくとしても、彼女に言ったことは本心からのものだ。
変わってしまったことを嘆くことなら誰でも出来るが、それをどうにかして立て直そうとする努力は限られた者にしか出来ないことだ。
とはいえ彼女はまだ十二歳。どう足掻いても政治で戦えるような歳ではない。ならば希望を、熱意を、思いを胸に宿し、これからその道を歩もうと思うことこそが大切なのではないかと、デジレは考えていた。
……それを、やすい言葉で復讐の道に引きずり込むなど。
「……胸糞悪いな、オイ」
思わず感情が言葉となって口から漏れた。
自分自身、憤怒に染め上げた己の心のままに行動し魔族を血祭りにあげた経験がある。あれを復讐と言うのであれば、そうなのだろう。実際デジレは未だに魔族と聞くだけで憎しみを持つし、そうなって当然のことを魔王軍にはされたのだ。
とはいえ、自分が復讐の道を選んだ背景に、目の前を歩く少女と同じような教唆犯は存在しない。彼女は幼い時分に利用され、唆されてこの復讐の道を選んでしまったのだ。怒りのままに、他人の命を消すことを知ってしまった。
もちろん、彼女の過去はデジレがとやかく言えることではない。
が、その憎しみの刃が為した重みを自らが体験しているが故に、思うのだ。純粋に闇を宿した者の感情を私欲の為に利用するような者は、絶対に許せないと。
そういう意味では、共和国へ向かうこの任務はちょうどよかったのかもしれない。
彼女のような経験を持つ少年少女は、まさか彼女一人ということはないだろう。
共和国の好戦派が、反帝国派が生み出した闇。己の圧政を、民への仕打ちを帝国の手によるものだと言い触らし扇動した罪は重い。
「おーいデジレー。これからどーするのさー」
「昼飯だ。どっか美味い飯屋ないのか?」
「あー、うん。たぶん、まだあればこっち」
デジレよりも数歩先に行ったところで、ジュスタが声を上げる。
元々この場所は州都だったはずだ。とすれば首長の娘である彼女の顔を知っている者も多そうなものだが、今まではバレたような形跡はない。どういうことだろうかと首を捻りつつも、デジレは街道沿いの店の並びを眺めてひとまずどこかで食事をとろうと考えた。
ジュスタはきょろきょろと周囲を見渡すと、何かを見つけたように街道脇の道を指さして、こっちこっちと手招きする。
「意外と道はしっかりしてるんだな」
「州都をなんだと思ってるのさ。……まあ、元だけど」
彼女の先導で、中央通りから一本はずれた道を行く。住宅も混在しており、区画の整理はあまり出来ていないようだ。曲がりくねった細道に入ったところで、一つ下がった看板を見つける。猫が二匹、互いの尾を追いかけているようなその看板のもとに木製の扉があった。
「こんにちはー……」
おそるおそる、だろうか。
彼女がゆっくりと扉を押すように開くと、上に取り付けられていたカウベルが鈍く鳴る。と、彼女は何かを察したように慌てて顔を引いた。
背後に居たデジレが「どうした」と訪ねるよりも先に、扉の向こうで怒鳴り声が響きわたる。
「――うるっせえ!! こんなもんに金が払えるか!!」
こっそりと覗き込むようにジュスタが屋内に顔を出すと、カウンター席しかないその狭い店の店員と、客がもめているようだった。酒精に顔を赤くした、鎧姿の男。さすがに食事のあとだったからか兜は外しているようだったが、屈強な体躯とその禿頭が尋常ではない威圧を発しており、店員らしい青年は怯えたように表情をゆがませている。
だが、それでも食い下がっているのは何らかの理由があるのだろう。
何らか、というほどでもないか。先ほどの男の叫び声と、彼の周りに転がっているいくつもの酒瓶を見れば、簡単に察することが出来た。
皿も、ソースのついた明らかに食べ終わったものを幾つも重ねているのだ。
それで金が払えませんでは、とてもではないが店としてはどうしようもない。
見ればその客と店員以外に人間はいないようであったが、であればこそ尚更いちゃもんもつけやすいのだろうなとジュスタは達観した視線でそのやりとりを眺めていた。
それよりも気になるのは、客の鎧だ。
デジレとともにこの町に入った時も何人か居たこの鎧はゴルゾンの兵士のものでもなく、ましてや知っているレイドアの鎧でもない。そして帝国に軍はない。
いったい?
「――そんなことを言われても、こんなに召し上がられたのに代金がいただけないというのは」
「――不味かったっつってんだよ!! テメエ、この特導兵の鎧が分からねえとは言わせねえぞ……!?」
「――いえ、その……」
しかし、権力をかさに着た目に余る言動だ。
やはり苦言を呈するべきかとそうジュスタが思ったとき、己の力ではない何かが扉を開いた。
つんのめるジュスタをおいて、つかつかと奥に進む青年の姿。誰なのかなど、今更言う理由もないだろう。
「――なんだテメエ!?」
赤ら顔で振り向いた男はむせ返るような酒の臭いをさせたまま、いきなり入ってきた青年に向き直る。酒が入っているからかどうかは分からないが、どうやら持っている大薙刀にも目がいかなかったらしい。
つっかかるように長身の青年に向かってガンを飛ばし、胸ぐらを掴むと低い声で男は言う。
「俺ぇに、文句があるってんなら、相手になって――」
その瞬間、天地がひっくり返った。
脳天から地面にたたき落とされ、転がされたのだと気付いて思い切り青年を睨む。
「何をしやが――」
すべてを言う前に靴の裏が顔面に襲いかかった。
派手に顔を地面にうち付けられ、何も言えずに鳩尾にさらに踵が急襲する。
「げぇ……」
「店で吐くんじゃねえよ」
「くぺっ!?」
内臓が反転するような気分の悪さに思わずこみ上げた何かを吐き出す前に、顎を蹴り上げられて一回転。うめきながら腰の剣を抜こうとして、その手を踏みつけられる。
「いだいだだだだだだ!?」
「特導兵ってのは何だ?」
「あ、ひぇ、ひぇめえいきなり――」
手を押しつぶす踵の力が倍増した。
「いだだだだだ!! 潰れる!! やめてくれぇ!!」
「特導兵とはなんだ?」
「し、しらねえのいだだだだだだ!?」
「……三度目は潰す」
「と、特導兵はレイドアの選ばれた兵士だけが任命される魔導兵だ!! 魔族を操る魔法を使える!! それだけだ!!」
「魔族ァ……!?」
「潰れるってええええええ!!」
悲鳴を上げる男から、気付いたように足をどけるデジレ。明らかに格上で、かなわないと察したのだろう。男は必死で脱走を図り、店の出口へと向かいかけて、背中に鈍い衝撃を受けた。
「鎧は煩わしいと思って避けて蹴っていたんだが、なんだ、モロいな」
「がぺ!?」
鎧が陥没し、背中にくっきりと靴の痕。
地面に縫いつけられた男に、背中からかかる声。
「金払っていけ。店の者に迷惑をかけるな」
「な、ないんだ! ほんとに!」
「……そうか。クソが」
「くぺっ!?」
男の額に思い切り蹴りを入れて気絶させると、デジレは鎧を外し、男が持っていた小さな魔導石や胸に下げていた宝石を一通りむしりとると、身ぐるみはがして肩に担いで、ひきつった表情のジュスタの横を通り過ぎてどこかに消えた。
沈黙の数分。店員も何も言えず、ジュスタも思考停止していたせいで声が出ない。
少しして戻ってきたデジレは、けろりとして青年に向かって言った。
「こういう場所で商売をするなら力のある奴を雇うんだな。さて――」
カウンター越しに店員の目の前に座ると、そのまま続けて。
「――今日のランチは何がある?」
荒事は、多く経験してきたのだろう。戦いに関してもスペシャリストなのは承知している。彼の中では、今の一連の流れが最も正しかったのだろうともわかった。
だが、その上でジュスタは言った。
「容赦ねー……」
「中央通りに捨ててきた。別に誰かが回収するだろう。……きみ、どうした?」
「へ!? あ、はい!! きょ、今日のランチはグレンポークのソテーとホールブレッド、豆のスープです!!」
「ではそれを二ついただこう。ああ、先ほどまで居た客の代金もオレが支払うから安心したまえ」
「はい!!」
変なことを言ったら殺される。とでも思ったのだろうか。
モノクルをかけ直したデジレに、凄まじい緊張度で相対する店員の姿を見てジュスタはどこか諦めたように、床に散らばった酒瓶を拾い集めてカウンターに出した。
「まあ、あれだけ派手にやって一つも割らずに居たのはスゴいと思うよ、うん」
「何でそんなにひきつった顔してやがるんだお前」
「店にいちゃもんつけるような奴を殴りとばすのは、もうちょっとすっきりするもんだと思ってたけど……や、なんかあそこまでいくと不憫だなあと」
「報いだ。それが許容出来ないようじゃ、お前に復讐なんつーのは無理だろうよ」
「……なんか、その辺もうちょっとちゃんと考えるよ。だから茶化すな」
「茶化したつもりはねえよクソが」
いそいそとデジレの隣に座るジュスタと、そんな軽い会話をして。
その間、店員はぺこぺこと頭を下げながらジュスタに出された酒瓶を片づけていた。
が、彼は調理に取り組もうとしてちらりと客二人の顔を見てフリーズした。
何かあったのかとデジレが問おうとしたその時、店員は小さく呟いたのだった。
「……姫?」
その言葉に、二人とも苦虫を噛み潰したような顔になる。
「げ、バレた」
「……………………うっわ」
「ねえちょっとデジレ。いくらなんでもその反応はないんじゃないの。ねえ」
「似合わないとか、そういう次元じゃねえな。酷すぎる」
「その発言が酷すぎる!!」
うがー、とデジレに噛みつかんばかりのジュスタを見て、店員は目を白黒させていた。
が。その瞳から一筋の滴が流れたのを、ジュスタもデジレも見てしまう。
「え、ちょ、え!?」
「ジュスタ姫!! やはりそうでしたか!!」
思わず、といった様子でどたどたとカウンターの端を開いて店員は飛び出す。
そしてジュスタの前までやってくると、先ほどまで乱闘……というよりも一方的な暴行が起きていたその場所に膝をつき、頭を垂れた。
「お、覚えておいでかどうかはわかりません。私がここに見習いで入っていた頃、何度も訪れてくださったのを、私は覚えております……!!」
「……そう、だったんだ」
「生きておられた。ジュスタ姫が生きておられた。それだけで、私は感無量です! 信じておりました、貴女が存命であることを……!! きっと、親方も皆も喜ぶはずです!」
「あ、よかった。マスターも生きてるんだ」
「勿論です! ……今はゴルゾンの忍団は全てレイドアの首長のもとにおりまして、その」
話が思ったよりも大事だ。
ジュスタとデジレは顔を見合わせてから、目の前の店員を見据えた。




