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グリモワール×リバース~転生鬼神浪漫譚~  作者: 藍藤 唯
巻之陸『妖鬼 鬼神 共和国』
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第十四話 アーシア孤児院I 『ただバーガー屋と駄弁るだけ』



「サリエルゲートさんのお知り合いだったのですね」

「いや、そんな奴は知らない。俺が知ってるのはこのハンバーガーみてえなナリしたオーク野郎だけだ。……なぁんでここに居るんだ、バーガー屋」

「バーガー屋じゃねえっつってんだろうが!!」


 ちーっす、こちら現場のシュテンでっす。

 ちょっとヴェローチェに弾き飛ばされたりして一悶着あったわけだけれど、まあそれはそれだな。俺もちょっとやりすぎた。担いだり振り回したり、まあその結果あの子のまきまきロールが若干乱れてしまってるし、真っ赤な顔でその半眼向けてくるしで……可愛いからいっか。


 俺たちは今、街道の外れにあった孤児院のようなところに来ている。居間に案内されて、ちょっちボロいけど上等なソファに座らされて。んでなぜか正面にはバーガー屋が居るときた。バーガー屋の隣には、周囲の面々から"お袋"と呼ばれている女性もセットで座っている。なるほど、これが本当のハッピーセット……。


「くだらねえこと考えてんのだきゃあ分かんだよ……! いいから本題に入らせろや」

「さっきから名前程度に固執して本題に入らせなかった奴がなんか言ってる」

「名前程度!? 名前を程度っつったか今オイコラテメエこの野郎!」


 ぐああ! とその潰れた鼻とごつい牙と一緒に食いつかれると、割と本気で生命の危機を感じる。こんななりして移動特化の魔導使うってんだから世の中分からんもんよなあ。


 レックルス・サリエルゲート。古代呪法・座標獄門を得意とする魔界四天王の一角にして"秤"を司る者。そしてユリーカの狂信者もといファンと、まあ俺が知ってるこいつのプロフィールはこんなもんだ。


「……ええと、シュテンさん、でしたか」

「んあ? ああ、そういうあんたは……」

「"お袋"と。コードネームのようなものですので、お構いなく」

「コードネームから母性を感じさせるってやべえな」

「はい」


 落ち着いた、それでいて穏やかな笑み。

 彼女は随分と余裕を持った雰囲気のまま俺、とローテーブルを挟んで向き合っていた。

 先ほどまで狼狽していたなどととても思えないが、実際慌てさせてしまった原因はほぼほぼ俺にある訳だから特になにも強くは言えなかった。


「ここを知ったのは偶然、というのは分かりました」

「ヴェローチェの嬢ちゃんが混沌冥月なんざぶっ放したんなら……そら結界も解けて当たり前なのは分かるしな」

「ええ。……ですが、ええとその。なんともうしましょうか。なにか、ご用ですか?」

「いや、隠しエリアが見つかったら一度突貫するのは鉄則だろう。そしたら次はキメラのつばさでも来られるようになるんだし」

「きめ……?」

「いや別のゲームだけど」


 バーガー屋の補足を受けつつ、お袋が事情を伺うかのように問いかけてきた。

 とは言われても俺には観光以上の理由はない訳で、ちょっとした様子見でしかなかったんだがな。こんな場所、知らなかった訳だしよ。

 そんな俺の回答に一瞬きょとんとしたお袋だが、バーガー屋は嘆息してがしがしとその太い首を掻くとお袋に向き直った。


「ああ、うん、こいつはこういう奴だ。気にするだけ負けかもしれねえわ」

「そ、そうですか……?」

「おい何だその雑なマトメはよ。ってか俺もバーガー屋がここに居る理由は聞きてえな」

「バーガー屋じゃねえと何度言えばテメエは……! 俺ぁ導師に頼まれてな、共和国領の事情を探りに来てたんだよ」

「ああ? シャノアールの奴なんか懸念でもあんのか?」


 あるよ――このボクにはね!!

 

 なんか幻聴が聞こえた気がする。

 ついでにさわやかな笑顔とまぶしいエフェクトも。

 俺が過去から戻ってきて、導師と呼ばれるべき人物は変化した。

 具体的には、そこで少年少女に強請られてふわふわと彼らを浮かせて遊んでやってるツインドリルの少女から、その祖父に当たる人物へと。


 んでまあ、その祖父って奴と俺は結構仲が良い。お互い、死線を一緒にくぐって助け合った仲だ。対等な友人の一人として、俺は思わせて貰っている。冷静に考えたらふつうに気のおけない同性の友人ってあいつとどこぞの最強系主人公の二人しかいねえんだが。


「導師はほら、人間だろ?」

「その枠に納めていい奴なのかは知らねえが」

「……そこはおいておけよ。んで、同じように人間の枠に居ながら人間たちの中に居場所を失った奴とかをメチャメチャ抱え込んでる。例えば、指が片手に六本あるから迫害を受けた奴とか、人間と魔族のハーフとか、運悪く悪魔憑きなんつー裁定を下された奴とかな。……人間ってえのは狭量なもんで、多少の差異をすぐツツくんだと。そいつらを集めて魔導を教えて、魔族の間で生きられるようにしてんのが導師だ。つまりはまあ、魔族でありながら人間を庇う立場って奴よ」

「んで?」

「おまえ、王国の魔狼部隊って知ってるか?」

「捕らえた魔族を狂化させて突貫させるっつー、クソみてえな戦い方の部隊。としか、知らねえな」

「いや、それだけ知ってりゃ十分だ。……導師は今、その魔狼部隊を人間から救出するべく尽力してる。人間贔屓だなんだっつってた馬鹿共も、気付くだろうさ。導師は虐げられる者を救う。その為だけに動いてるってことを。……つまりはなんだ。魔狼部隊に関するヒントを探る為に、王国や共和国に人員を派遣してるって訳よ。俺もその一例だ」


 ふん、と鼻を鳴らすレックル……じゃねえバーガー屋は得意顔だ。

 腕組みをしてふんぞり返ってる様を見ると、自分がやってることに誇りを持っているようでなによりだ。ムカつくけど。それはそれとして、シャノアールがそんなことやってたなんてな。……人間を受け入れるって、その"人間"を食い物にしてきた魔王軍にとっちゃ相当なことだと思うが。あいつが二百年トップ3を張ってきた以上、その辺りは徹底して事業を進めてたのかもしれねえな。


 また魔界に行くことがあったら、ゆっくり遊びたいところだ。


「で、魔狼部隊について調べるは良いが……なんで共和国領なんだ?」

「共和国領で少し前に魔狼部隊が暴れたってのが一番の理由なんだが、実はもう一つある。この旧ゴルゾン州……現レイドア州だな。そこのトップがどうにも、最近動きが怪しいらしくってな。実際、何人もの魔王軍のエージェントがこのレイドア州で消息を絶っている上に……一人この前無惨な死体で発見された」

「へぇ……?」


 ちらりと、バーガー屋の隣に座る"お袋"に目をやれば、少々思うところがあるようで目を伏せていた。何か知っているのか、それとも心を痛めているだけなのか。

 ぶっちゃけこの施設についても具体的に何なのか分かってねえしな。その辺はあとで色々聞くことにでもしよう。


「まるで自分で喉をかきむしったかのようでな、血がその周辺に飛び散っていた。それだけでも十分むごいんだが……どうやら胸元が内部から破裂でもしたようでな」

「っ……?」

「ん? シュテンテメエ、なんか心当たりでもあんのか?」

「いや、確証はねえ。後で話すから続けてくれ」

「そいつはオーガ族だったから、相当に生命力が強いんだ。おそらく胸をやられてからしばらくの間逃げることは出来たんだろう……が、結局死体で発見されるまでに救助されることはなかったらしい」

「なるほどなあ」


 珠片か?


 胸が内部から破裂なんざ、そう思わずには居られない要素だ。おそらく、暴走か破裂かの二分一で破裂の末路を辿ってしまったのだろう。そう考えると、やはり人為的に珠片が利用されていると考えた方がよさそうだな。いや、どちらかというと実験か? いずれにしたって、ろくなもんじゃねえ。


「で、シュテン。なんか分かったか?」

「……まあ、後で話すわ。少し仮説を組みたいしな」


 ちらりとお袋に目を向けると、それだけでバーガー屋は察したらしい。

 一つ呼吸をおいてから、いくつか情報を整理することにした。


「そんで、さっきから聞かずに居たんだが――」


 振り返れば、ヴェローチェが子供たちに何かの読み聞かせをしていた。あの独特の間延びする声にうつらうつらしている子もいれば、目を輝かせて話を聞いている子も居る。寝そうな子になんかの魔導使ってくすぐり起こすのはやめてあげて。


「――ここ、どういう施設なんだ?」

「ああ、それですか」


 俺の問いに答えたのは、当然と言えば当然、お袋だった。

 バーガー屋は既に聞いているからか、先ほど童女に出された紅茶をすすっている。

 あとスナック感覚でバゲットに入れられているナゲットを食べている。やっぱこいつバーガー屋じゃねえか。ちなみに俺はマスタード派。ここにソースはないけど。カルダモンっぽい実が添えられてるからそれと一緒に食べるっぽいな。


「広義では、教国にあるような孤児院という解釈で受け取って貰えれば結構です。場所が隠蔽されていた理由は、彼らの出自もありますが……それ以上の理由がありまして」

「ほう?」


 それについて詳しく聞こうとしたところで、背後から声が上がった。

 主は、俺らがこの場所を訪れた際に無茶振りをしてくれたカルムという少年だった。


「すげえ! 忍術弾かれた!」

「もうちょっと術式絞って威力上げるべきですねー。これだと、きみの攻撃が連続で千発来ても貫けないですー」

「そんなに!?」


 いや少年、千発撃てばワンチャン穴が空くってだけで相当やべえからな。目の前のおねーさん元導師だから。魔王軍でも指折りの猛者だから。

 まあでも、分かるわ気持ち。攻撃が当たった! と思った時に相手のダメージに0って出た時の絶望感尋常じゃねえよな。0て。減らねえって。プレイ中に間抜けな声出るわ。

 ……ってえかヴェローチェさん丸くなったなー。人間の子供に対してこれほど優しく接せるなんて、教国で会った時は想像もつかなかったんだが。


「次代の忍の養育機関なんです。それも、ゴルゾン州の」


 視線を戻すと、困ったような笑みを浮かべてお袋は言った。


 ゴルゾン州ってこたあ、今はもうレイドア州に併呑された土地だ。んで……ジュスタの故郷。


 って、あれ?


「おいどうしたシュテン。鳩が混沌冥月食らったような顔しやがって」

「欠片も残らねえよ」

「ねらって外せば片足くらいは残せますよー?」

「聞いてたのかよやめろよ撃つなよ可哀想だろ」


 怪訝そうに俺の顔を覗き込むバーガー屋。いやまあ、無理はねえかもしれん。


 だってよ、もうこの時期だろ?

 既に教国編が終わってから四月は経ってるのに、所謂原作でいう"ジュスタ編"が終わってない……ってこと、か……?


「……なぁんか事情がありそうだなテメエ。そういや魔界に来た時も旅の目的がありそうだったし、もしかして今回それが絡んでんのか?」

「妙に鋭いなバーガー屋。ソースのショットだけは一人前か」

「だからバーガー屋じゃねえっつってんだろテメエオイコラこの野郎!!」

















 そんな訳で、ちょっと場所を変えて屋外。

 木造のバンガローのような雰囲気のこの施設は、陽光と合わさるととても木々の暖かさを感じられて素晴らしい。そのバルコニーにバーガー屋と二人で出てきて、庭を眺めながら柵に寄りかかっていた。


「……んで、仮説ってえのを聞かせて貰おうじゃねえか。シュテン」

「俺も少し混乱しててな。……じゃあなんでジュスタはあの三人と一緒に居られたのか、とか……明らかに珠片が絡んでやがることとか……」

「なにをぶつくさ言ってんだ」

「ま、そうカッカするなや。ケチャップはみ出るぞ」

「出ねえよ!!」


 ケチャップが赤くて美味しいトマトソースの一種だ、というざっくりとした説明は既にしてあった。ていうか、教国にはあるしな。


「ったく……。導師がテメエを信用してっし、ユリーカちゃんも、腹立つがお前のことを信頼してる。だから俺が言うが……テメエ、結局なにもんなんだ」

「一般通過鬼マン」

「うるせえ」


 ボケをあっさりと殺されて、ちらりとバーガー屋を見れば。

 わりかしマジな目でこっちを見ているもんだから肩を竦めてみる。

 あ、額に青筋が増えた。


「テメエのすまし顔ほど腹のたつこともねえな」

「大丈夫安心しろ、たとえ一つ立ったところでおまえならまだ二個くらい腹の予備あんだろ」

「誰が三段腹だぶっ殺すぞテメエこの野郎!!」

「昇段試験とかあんの?」

「なんの!? なにお前これ俺の階級でも示してると思った!?」

「レックルス・サリエルゲート三段、今日も階級を見せつける腹してますね」

「嫌味な奴みてえな扱いやめてくれねえ!? 引っ込めようと思って引っ込められんなら最初からやってるわ!!」

「段位を下げられるなら下げたい、と。……ハッ」

「だから嫌味な奴扱いすんのやめてくれる!? 段位じゃねえからこれ!!」

「分かってるよ、お前の贅肉だろ?」

「そう言われるのはそれはそれで殺したくなるなァ!? 恰幅がいいのは種族的なもんなんだよ!!」

「体質を言い訳にするなよ」

「本格的に殺すぞテメエ!? 魔素たっぷり含んだ強化手段の一つなんだよ!!」

「自分の肉栄養満点みたいに言うの気持ち悪い……」

「アアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!」


 バーガー屋が発狂したところで少し冷静になろう。


 俺の知ってるシナリオでは、既にこの時期ジュスタは完全に三人ととけ込んで仲間になっており、その裏側にはこの共和国で起こる事件の解決があった。

 もしそれがないとすれば、ぶっちゃけ結局はジュスタはただの同行者であり、プレイヤーとしても所謂"ゲストキャラ"のような印象を受けていたあの時のままということになる。


 まあ、俺のせいもあるだろう。ヒイラギが一時期あいつらに同行していた時点でストーリーは違うし、突き詰めればあのイカレシルクハット"あばばばば"のブラウレメントの野郎がもうおかしい。


 ていうか珠片のせいだこれ。


 じゃあどうするかといえば、それでも俺は珠片の回収を優先した方がいいんだろうなぁ。実際もはや筋書きなんて参考程度にしかならねえし、そもそもこのタイミングでグリンドルが仲間になる影も形もないってのでシナリオは十分狂ってる。


 そこまで考えてなお俺に出来ることがあるとすれば、ちょっとしたクレインくんたちへの支援と、あとは道のじゃまになるであろう珠片を取り除くことだけ。


 ……お、なんかRPGに出てくる兄貴キャラみてえで楽しくなってきたゾ。主人公の知らないことを知ってて、それが故に奮闘するとかカコイイ!! ぐへへへ……。


 嘘です、ちょっとふざけすぎている自覚はあります。


 いずれにせよ俺はこの出来の悪い珠片センサーで珠片を回収することしか出来やしねえんだ。ジュスタ含めクレインくんたちが心配ではあるが、頑張るしかねえよなあ。


「おいシュテン……!!」

「お、ステータス異常終わった? 何ターン経ったよ?」

「ああ!?」


 毒やら睡眠やらをステータス異常と呼ぶ派と状態異常と呼ぶ派が居ることは知っているが、俺はゲームによって使い分ける派だ。どうでもいいな、うん。


「まあそろそろ仮説について話すとすっか。それにゃ、俺の旅の目的も絡んでくるしな」

「……最初からそれを話せテメエこの野郎」

「まああれだ。ちゃんと目的を話した相手なんざ、片手の指ほども居ねえんだ。そう怒るなよ」

「……なんだと?」

「シャノアールも知らねえだろうし、俺の眷属にも言ってねえ。実際ちゃんと知ってるのなんてクソハゲと和装童女とやつかれパイセンくらいのもんじゃねえかな。まあ、みんなが知ってる程度の情報を話すなら、"捜し物"だよ」


 陽光を背に……というかもう沈みかけの夕日を背に、笑って言った。

 バーガー屋はどこかひきつった表情で口を開く。


「……なんつーか、あれだわ。味方だと思っていた真の黒幕にでもぶち当たった気分だわ」

「おいおい寄せよ。俺はどっちかってーと、兄貴分を目指してんだからよ」

「不気味には変わりねえよ今のお前は。んで、捜し物っていったいなんだ」

「"珠片"」

「珠片……?」

「この世界に散った15の欠片。魂を変革する劇物で、魂の格が低ければそれを取り込んだ瞬間に暴走……または破裂する恐ろしいもんだ」

「破裂……!? おいまさか」

「俺は、今回起きてる事件に珠片が絡んでると見ている」


 バーガー屋は口元に手を当てて、目を閉じた。

 数瞬の思考ののち、顔をあげる。


「おい、これ聞いたは良いけどよ……話しちまっていいのか? 導師に」

「珠片そのものの存在については知ってるかもしれねえし、構わねえよ? シャノアールにしろほかの奴にしろ、俺がそれを追ってるってことを知らないってだけだし」

「……そう、か」


 やたらシリアスなバーガー屋が面白い。

 いや、そんなことを言ってるばやいじゃないんだけど。ばやいとか言ってる時点でふざけてんな。


 それはそうと、珠片が人為的に使われていることが気になる。共和国がそれを掴んだにしろ、何にしろ。


 きゃー、きゃーと楽しそうな声が階下から聞こえてくる。庭先で遊んでいる子供たちは、派手に忍術を放ってはヴェローチェにあしらわれていた。そもそも忍術を派手に、って時点で色々どうかとは思う訳だが……その辺りは子供だし、楽しければいいのかもしれないな。いずれにしても俺よりずっと魔導の才能があって羨ましい。


「ヴェローチェの嬢ちゃんには、言ってねえのか」

「ねえな。別に隠してるつもりはねえんだけど」

「なるほど、な」


 俺の隣にきて、庭の子供たちを眺めるバーガー屋。そういえば、こいつは何でここに留まってるんだったか。


「お前、このあとどうすんだ? 俺はヴェローチェとリンドバルマに行くが」

「俺は……そうだな。しばらくここに居るつもりだ。一応座標獄門で導師に報告はするが、そしたらここにとんぼ返りだ」

「……なんで?」

「ここが、レイドア州にバレたら襲われる可能性が高いからな」

「は?」


 バーガー屋は、意外そうに俺の方を見る。いやいや、分からんって。


「ここはゴルゾン州の次代の忍を育成する施設だ。つまりは……レイドアに対して反旗を翻す準備の一つなんだよ。ゴルゾン州の忍たちは、レイドア首長シュラークに心から従ってなんざいない。半ば騙されて土地を奪われたようなもんだからな。首長夫妻も、レイドアの策略で行方不明になっちまってるしな。死んだんだったかな? 息女も一年前に行方を眩ましてるし、どうしようもねえ」

「なるほどなあ。水面下の行いの一つってことか。どうなのよ、相手は子供も問わず殺しに来るような連中なのか?」

「無力の民なら知らねえが……」

「……ああ」


 目下、楽しそうに忍術を放つ子供たちを見て色々と察した。

 この子供たちは幼くとも戦える力を持った忍なんだ。であれば、利用されたり殺されたり、少なくとも無血釈放なんて路線はないってことか。


「それに、妙な噂もある。魔王軍の連中が失踪してることもそれに一役かってんだが……魔狼部隊もどきを、向こうさんが作ろうとしてるってな」

「……へぇ。そりゃあ、おっかねえわ」

「全くだ。意外かもしれねえが、俺はわりと子供好きだからここを墓場にはしたくねえのよ」

「殊勝なこって。……ふむ。魔狼部隊ってえのは確か、魔導でもって強化と狂化を施した魔族を、餓えた獣みてえに檻から放つような、そんな部隊だったよな」

「ああ、そうだな」


 なるほどねい。

 俺らは今からここを離れるし、手助けは出来ねえ。座標獄門で呼んで貰う手もあったが、正直リンドバルマみてえに馬鹿広いところから俺たちを呼ぶなんざ至難の業だ。


「そういやバーガー屋、お前教国は行ったことあったか?」

「まあ、聖府首都エーデンに侵攻したくらいだしな」

「……メリキドには?」

「メリキドォ? いやまあ、あるっちゃあるが、随分昔だな」

「んじゃ、ちょっと一個危機的状況になった時の為に軍師シュテンから包み紙をやろう」


 くるりとバーガー屋に背を向ける。


「お袋さんやーい! 筆と紙を貸してくれーい! 何なら買うぜー!」


 そのままバルコニーから部屋に引っ込む俺の背中に、小さくバーガー屋のつぶやきが聞こえた。


「なんだってんだ、いったい……」

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