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グリモワール×リバース~転生鬼神浪漫譚~  作者: 藍藤 唯
巻之陸『妖鬼 鬼神 共和国』
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第十三話 拓き踏み込みたい道II 『曲芸』




「来たぜ!! 共和国!!」

「……領、っすけどねー」


 シュテンが両手を振り上げて歓喜を示す横でヴェローチェが呆れたように洋傘をさす。二人の間にあるのは、質素な木製の看板だ。素朴にして太い黒文字で板に書かれた言葉は『これより拓き踏み込みたい道』というたったそれだけ。


 しかしながらその言葉だけでシュテンにとっては十分で、とうとう目的地にやってきたのだと全身で喜びをアピールしているのだった。


 岩と砂しかない荒野の道。看板の目の前でこんな会話をしていると、まるでどこかのテレビ番組のようでもあった。もっとも、そのようなことシュテンにしか分からないのだが。


 共和国に至るまでしばらくの間帝国内を進んでいた二人だが、前回のシュテンの帝国入りとは違い全くと言っていいほど帝国書院との接触がなかった。それは喜ぶべきことなのだろうが、あのアスタルテ率いる魔導司書がここまで黙しているのは逆に不気味でしかなく、シュテンは帝国を抜けるまでの間やたらと挙動不審であった。


 それが故の、この無駄な喜びようでもある。


「で、どっちにすすむんですかー?」

「そぉなあ。しばらくはここの一本道を進むとしよう。……なあヴェローチェ」

「なんですかー?」

「ヤタノちゃんのことも、若干気にかかるんだが」

「忘れましょー」

「えっ」

「忘れましょー」


 すたすたすたと足早に目的地に向かって歩きだしてしまう彼女。

 あまりにも洗練された無駄のない動きに、一瞬シュテンは呆けたままで、彼女の後ろ姿を拝む形となってしまった。


 流石にそのまま置いていかれる訳にもいかないので、シュテンはその背を追うしかない。あっさり数歩で隣に並ぶと、一瞥した少女の頬はむくれている。


「そんなにあの阿婆擦れが大事なんですかー?」

「阿婆擦れって……いや前も同じようなこと言ってたか。ちなみにたぶんユリーカより年下だが」

「その情報は要らなかったですー……。てゆか、あの阿婆擦れですら少しは年上の雰囲気出してるのにうちの姉はいったい……」

「こ、個性だろ個性」

「その言葉って便利っすよねー」


 荒野の道を行く二人。

 この後はひとまずこの先にある街"リンドバルマ"に向かわなければならなかった。そこがレイドア州の中心街であり、今回の珠片の在処のような気がするからだ。

 リンドバルマに向かう為にはレイドアの検問をこえなければならないのだが、それについては少し考えていた。


「ひとまずの目的地はリンドバルマ。まあ問題さえ起こさなきゃ通過出来るかもとは思うんだが、向こうさん魔王軍には敏感だしちょっち厳しいかもしれん」

「じゃあ派手に突破って感じですかねー」

「うん待って。初手から暴れ回るのはやめよう。とりあえず、検問は避けて通ろうかなと思ってる。国境付近の険しい山間なら警備も緩いはずだし、俺らにとっては簡単な道だろ」

「そっすねー」


 ぽけー、と無気力な眼で前を向くヴェローチェ。相変わらず焦点があっているのかすらわかりにくいが、それでもどうやら言うことに従ってくれるらしいことだけは理解できた。


「しかしあれだ、一つ絶大な悩みがある」

「へ?」


 足取りも軽く前を進むヴェローチェの背中は、ドレスのリボン装飾が可憐で愛らしい。そんな彼女を眺めつつ、シュテンは腕を組んで唸る。

 振り向いたヴェローチェは少し心配そうであったが、次の言葉でそれは杞憂となった。


「最近、ろくにふざけていない」

「あー、大問題ですねー」

「さらりと流して放置するでないわ」

「いや、わたくしシュテンのおふざけで割を食った記憶しかないのでー」

「そういやそうだったな!」


 具体的には教国に居る間。のらりくらりとふざけて彼女の勧誘をかわしつつやりたい放題していたことが、大きな要因として存在する。あれさえなければもう少し、彼女の教国侵攻はスムーズだったのではないかと思うと少々彼女にとってはやるせないものがあった。


 とはいえ、今こうして居られるのだから特に不満はないが。

 不満があるとすれば、シュテンが次に吐いた台詞にであった。


「……ツッコミとポンコツを兼ね備えた駄尻尾はどこいっちまったんだかなぁ。あいつ弄くり倒してると生命力が漲ったもんだが……さて……」

「ほーん。目の前に女の子が居るのにそーゆーこと言いますかー」

「女の子でなくともなー。あの駄尻尾の扱いやすさというか、雑に扱っても許される感じは他にねーもんよー。元気で生きてりゃいいとは思ってるけど、流石にそろそろ寂しいぞおい」


 顎に手を当てたシュテンの感情の吐露に、ヴェローチェはふいとそっぽを向いた。

 若干赤らんだその頬が意味するものをシュテンが悟ることはできず。


「……いいですよー?」

「なにが?」

「いや、その、だからえっと……」

「一緒にヒイラギ探し?」

「違います死にますかー?」

「待て待て待て待て」


 一瞬で無表情に切り替わりフリルアンブレラを差し向けるヴェローチェは、一つ小さな咳払いをしてから、唇を尖らせて言った。


「いやだから……雑に扱っても……いいというか……」

「んぁ?」


 目を瞬かせてシュテンはヴェローチェを見た。

 少々恥ずかしげに目を背けさせる彼女の肩に、シュテンはポンと肩をおく。


「ヴェローチェ相手にそんなことしねえよ、ストレスがたまってるって訳じゃねえしな。大丈夫だ。きみの性癖は聞かなかったことにしよう」

「…………はい?」


 サムズアップして良い笑顔。

 一瞬でヴェローチェの目は点である。


 彼女に背を向け歩き始めたシュテンの背中に、ハイライトの消えた瞳と共にゆっくりと、それはもうゆっくりと震えながら彼女はフリルアンブレラを向けた。


「わたくしの……性癖? なんですかそれは、わたくしはただただシュテンが少々悩んでいるようだからと身を挺して――」


 わなわなと。wannaではなくわなわなと。それはもう怒りの発露と言ってさしつかえのないものだった。こんなに恥辱を感じたのはいつ以来だろうか。思えば、「わたくしのものになれ」などと大胆な発言をした時も、同じような感覚だったような気がしないでもない。


 まさか、意を決して目の前の男の為に言った言葉を性癖扱い――ましてや被虐体質などと誤解されるなど、あっていいことではあるまいに。


「――混沌冥月」


 シュテンの足下に黒の奔流が放たれ、見事にシュテンは宙を舞った。


「ぎゃああああああああああああ!!」

「……まったく」


 げぱ、と顔面から地面に落ちたシュテン。ヴェローチェは洋傘を仕舞いながら、大きくため息を吐くしかなかった。これだけの辱めを受ければ、少しは先ほどの躊躇った発言も簡単に出来ようというもの。


「別に、わたくしに遠慮なんてしなくていいですー。その……ただの仲間程度よりは、近くてもぜんぜん構わないというか、つまりはそういうことなんですー」

「んぁ……? そうか、悪ぃな。ちいと気ぃ使わせたか」


 大の字に伸びたまま、シュテンは目だけをヴェローチェに向けてそう笑った。

 快活で屈託のないその笑顔に、つい彼女は目を逸らす。

 そして。


「……あれ?」

「んぁ?」


 視線の先に、何かを見つけた。

 少しその眠たげな目を開いた彼女に続いて、シュテンも彼女の目を追って同じ方向へと顔を向けた。少女と、転がった青年の見る先。彼らの行く道から少し外れた荒野の果て。山脈へと差し掛かるその麓に、小さく一軒の家屋が見えていた。


「……おかしいですねー、さっきまではなかったはずなんですが……」

「ヴェローチェ、ここら一帯に結界とか張られてなかったか?」

「へ?」


 よっと。軽々と跳躍して起きあがったシュテンは、家屋のほうを見てそうつぶやいた。言われてみれば、確かに。ヴェローチェは己の手の中に残る魔素の残滓を感じ取って頷く。大した魔力ではないし、それほど強いものでもない。むしろ全くと言っていいほど効果を為さないその程度の魔素で構築された、薄く儚い結界が確かに張られていた形跡があった。


「……こんな道ばたで、それもあんな小さな家屋一軒を隠す為だけにあった幻視結界。不覚っすねー、気づかないとはー」

「ヴェローチェが気づけねえんじゃ俺が気づける訳もねえな。しかし、ヴェローチェが気づかないようなもので思い当たるとすりゃ」

「……何か?」

「いやほら、ここってもう共和国領だろう? なら、あると思ってさ。魔素と共存する、隠行に特化した魔導が」

「……なるほど、忍術ですかー。となればあそこは忍術に縁のある場所ってこと……シュテン?」

「ん?」

「とても瞳が輝いていますけどー。あとなんか足踏み始めてますけどー。そして進行方向が既に道沿いではないんですけどー……行くんすか」

「忍術だぜ!?」

「……だから?」

「行かなきゃ浪漫じゃねえよ! ほれヴェローチェ行くぞ!!」

「あ、ちょ」


 瞬間、ヴェローチェの体が浮いた。


「しゅ、シュテン! お、女の子の持ち方じゃないですー! す、スカート見えちゃう! ちょ、やめ、待ってせめてもっとあるでしょー……!!」


 勢いよく担がれ、全速力。シュテンはあろうことかヴェローチェの腹を肩に背負い、彼女の頭を背に持ってくるような、女の子を抱えるにあるまじき姿勢で走っていた。

 たまらず赤面したヴェローチェが背中をばしばし叩くもどこ吹く風。あわてて彼女はもう片方の手で自分の尻に手を当てるばかりだ。何がめくれるとは言わないが。


「遠慮いらねえっつったのヴェローチェだろー!?」

「その声のトーンがやけに楽しそうなのはおいといて、ちょっとあんまりではー!?」


 たった二人にもかかわらず賑やかな一行。

 久しぶりに全力で他人をからかえて満足のシュテンはとても良い笑顔で、ヴェローチェは彼女を知る人が見れば驚くであろうほどに恥ずかしそうな表情で、二人は道無き荒野を駆けていった。


















「ねーねーお袋ー」

「はい、どうしましたカルムくん」


 その日、孤児院は平和であった。元々は共和国ゴルゾン州首長の一派であるウェルセイアの急進派が作り、今もその恩恵にあることもあって付近には隠蔽魔法が張られているこの施設。であればこそ子供たちは皆忍装束で、ゆくゆくは共和国の立派な忍となるべく日々楽しい稽古を積んでいるこの場所。


 その日はとても平和であった。

 もう九つになった少年カルムは、孤児院の前にある薪割場で、"お袋"と皆に呼ばれている保母の女性のもとで家事の手伝い――薪割りに勤しんでいるところであった。 


 彼も孤児の例に漏れず、二年前に起きた抗争で家を失った少年。だがこの施設に保護されてからの暖かい毎日で、感情を取り戻した優しい子に育っていた。

 そして、忍術の腕もそこそこ以上に上達し、これからが楽しみだと言われている才子である。


 そんな彼は生来なのかとても目がよく、それも忍に向いている一つの理由とされていた。彼が夜に一度見回りに立つのが習慣になっているほどであったから、保母の立場にある"お袋"も彼を強く信用していたと言っていいだろう。


 カルムが声を小さくあげたのは、"お袋"がまだ二歳にも満たない子供を抱いてあやしているその時だった。カルムのほうを見れば、彼はこちらに見向きもせず荒野の先を見据えており。徐にゆっくりと一つの方角を指さした。


「なんか、女の子担いだ鬼が土煙巻き上げながらこっち来る」

「え゛」

「女の子よく見えないけど、妖鬼の背中叩いてるし嫌がってるみたい」

「え゛」

「……あとスカートの中見えそう」

「それはいいです」


 もしかしなくても誘拐犯にしか聞こえなかった。

 しかも鬼とはどういう了見だ。ここが帝国の土地になってから、随分と魔族は排除されたはず。しかし確かに数ヶ月前に触れが出された妖鬼は帝国書院本部を破壊したという話だし、未だにその脅威は衰えていないのだろうか。


 お袋にはまだ小さな土煙しか見えないが、カルムには随分はっきり見えているのだろう。見えなくていいものまで見えそうだが、それはさておき。


「……もしかして、こちらが見えているのかしら。カルム、何か合図をしてみてくれますか?」

「うん。やほー」

「手を振る必要はないです」


 ぶんぶんと大手を振るカルム。

 妖鬼が女の子を担いでこちらに突貫してくるというのは思考停止ものの大問題だが、まだこちらが見えていなければ安心は出来る。


 と、カルムが振り返った。


「どうでしたか?」

「笑顔で振り返してきたよ。きっと良い奴だ」

「気づかれているじゃないですかこの場所が!!」

「うーん……でもさあ」


 あわてるお袋に対して、カルムは極めて冷静だった。

 何故なのかはわからないし、お袋のほうは緊急の発煙筒をあげる準備やらなにやらで頭がぐるぐる混乱状態だったのだが、それはそれとして。


「……あの鬼、おじちゃんがよく話してくれる頭のおかしい妖鬼そっくりなんだよね」

「……サリエルゲートさんが?」

「そうそう」

「……サリエルゲートさんを呼んできます! カルムは、危険を感じたらすぐに逃げて! それまでは状況確認を!」

「ん、わかった」


 カルムと呼ばれた少年は、それでもどこかのんびりしていた。

 サリエルゲートという、カルムが懐いている男が語るお話の中に出てきた頭のおかしい妖鬼。


 出会いからなにからとんでもなくどうしようもない奴で、それでも不思議な魅力があって。突然過去に行くなどと言い出して、体を張って友を守った。


 カルムは、英雄が好きだ。


 自分たちが暴走した魔族に殆どを滅ぼされてしまった時にかっこよく現れて自らを救ってくれた英雄が。その強い背中にあこがれたからこそ、今も強くなろうと一生懸命頑張っている。


 であればこそ、もし目の前からもの凄く良い笑顔で走ってくる着流しの妖鬼が英雄であるならば、それはとても心躍るものであった。


「……そういえば」


 ふと、カルムは思い出す。

 サリエルゲートという男は、その妖鬼について一つ言っていた。曰く、ふざけることに目がない奴なのだと。であればこそ、こちらからのフリにも絶対に逃れられないと。


「よし。……っ」


 大きく息を吸った。フリ、というのがどういうものかはわからないが、ようは何かを強請ればいいのだろう。カルムは子供だ。故にあまり発想に幅はない。

 けれど多感な年頃であるから、色んなものが見たかった。


 既に彼我の差はそこまでない。お袋であっても彼のビジュアルがはっきりわかるほどだ。カルムに気づいてか、楽しげに手を振っている変な妖鬼。あれが、悪事をするとはあまり思えない。だから。


「なんかすごいことやって!!」


 大声で叫んだ。

 その瞬間、妖鬼が盛大にブレーキをかける。


 そして。


 担いでいた少女を腰の周りで高速で回したかと思うと宙に放り投げて自らも跳躍し空中で抱くとさらに高く放り投げ、なすがまま降ってきた少女のかかとを片手で掴むとそのまま大きくスイングしてもう一度放り投げてから落ちてきたところをキャッチした。


 ちなみにその間少女は終始真顔であった。


「すげえ……!」


 カルムは心からそう思った。


 同時に少女が洋傘を妖鬼に向けてぶっ放した。もの凄い威力とともに妖鬼は吹っ飛んだ。


「すげえ……!!」


 カルムは心からそう思った。



 その轟音にお袋と、もう一人。客人のサリエルゲートが慌てて飛び出してきて、そして目の前で起きている状況を見て呟いた。


「なんでここで曲芸やってんだ……ヴェローチェの嬢ちゃんに、シュテンの野郎」

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― 新着の感想 ―
[良い点] おっふぅ.....気づいたら洗脳されてたぜぇ..... [一言] すでに洗脳されてるので、サリエルゲート?誰?ってなりましたwバーガー屋かいなっ!
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