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グリモワール×リバース~転生鬼神浪漫譚~  作者: 藍藤 唯
巻之壱『妖鬼 放浪 一人旅』
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第十五話 ハナハナの森V 『VS第十席グリンドル』

 人の形をした化け物だ。


 狐火を打ち消し、お返しとばかりに炸裂属性の攻撃を仕掛け、さらには増幅させた力で近接格闘まで自分と互角以上にこなす目の前の人間を見て九尾が抱いた感想はそれだった。


 何らかの薬品や援護で力を増している訳でもないのに、己の力だけで魔人を圧倒する人間など九尾は見たことがない。


 百年前の帝国には、こんな人間は居なかった。


「帝国……書院……ッ!!」

「おや? 百年前に封印されたのなら、帝国書院の存在は知らないのでは?」

「関係ないでしょうがッ……!!」


 九つの尾を操り、グリンドルの徒手格闘を高速で捌きながら九尾は歯噛みした。

 目の前の男の涼しげな表情が余計にこちらの苛立ち、焦燥を募らせる。


「隙は無い良い格闘術なんだけど……動きが僕についてこれてないね」

「がっ……!?」


 掌底。

 鳩尾に叩き込まれたその一撃の威力は強烈で、胃袋がひっくり返るかと思うほどだった。宙に浮いた、と思ったのも束の間、瞬間的なGにおそわれたかと思えば急激にグリンドルが遠のく。


 吹っ飛ばされた、と気付いたのは散々に木々をなぎ倒し、ようやく大樹にぶつかって動きが止まった時のことだった。


「ぐぁ……」

「休みは無いよ」

「がッ!?」


 脇腹で強烈な焼痛。赤の球体が容赦なく抉り込むように激突し、爆散。

 瞬間、眼前に迫るグリンドル。振り被られた拳に、本能が警鐘を鳴らし、必死で首を傾ける。その真横を通り抜け、背後の大樹を貫通するグリンドルの剛腕。


「あつっ……!」

「避けたか」


 左耳を掠め、熱されたような摩擦の痛み。だが、気にする余裕さえ残されていないのだ。


 大きく跳躍して距離を取り、彼の周囲を徘徊する三つの球体共々睨み据える。


「うっ……」


 炸裂弾を受けた脇腹と、先ほどの掌底のせいで胃を逆流するようなムカつきが抑えられない。よろ、と覚束ない足下に不安を感じながらも、敵の動向を五感を使って探る。


 と、グリンドルはふわふわと浮かぶ三つの球体を自分の周囲にゆっくり周回させながら、肩に手をやって凝りをほぐし始めた。

 臨戦態勢のかけらもない態度に、舐められたものだと嘆息する。だが、あの状態のグリンドルですら、もう倒せる自信が無くなっていた。


「ふむ。まだやるかい? その数えるのも面倒な数の尻尾を巻いて逃げてくれると、こっちとしては楽なんだが」

「随分、安い挑発……ね……」

「満身創痍の相手に挑発は無意味だよ。これは単なる善意だ。魔族を帝国に入れる訳にはいかない。だから僕は戦う。きみが消えれば理由はなくなる」

「ふざけないでよ……百年前、滅茶苦茶にした癖に……」

「百年前は知らないけど、滅茶苦茶にしたのはきみなんじゃないか?」


 ふっ。

 思わず、笑みがこぼれた。楽しい訳でも、嬉しい訳でもない。自嘲だ。自嘲の笑みだ。情けない自分への、百年経ってもそんな扱いを受けている自分への嘲りだ。


 表情を緩めた九尾を見て、訝しげに眉をひそめるグリンドル。


 勝ち目はたぶん、無い。けれど、このまま帝国を目の前にして引きさがれるほど、九尾の感情も安くない。小さく息を吐いて、目を閉じる。


「行きたい場所があるから」

「そうか」


 視界を開く。覚悟を決めて、クリアになった脳内。

 どんなにぼろ雑巾にされようと、引き下がるつもりは無かった。


「なら……容赦せず消しとばすだけだ」

「っ!?」


 グリンドルの雰囲気が、変わった。

 くるくると周回していた三つの球体の勢いが目に見えて増していく。

 徐々に徐々に小さくなる輪、それがグリンドルにふれるか触れないかという瀬戸際になった、その瞬間だった。


「【大いなる三元素】」

「くっ!?」


 白きエネルギーがグリンドルを包み込む。両のグローブには赫が輝き、周囲に緑色の粒子がまき散らされた。


「これはっ……!?」

「僕の神蝕現象(フェイズスキル)。あらゆる僕の行動能力を増幅し、僕に刃向かう全ての攻撃を無効化し、常時炸裂する両拳。……さて、何秒持つか――」

「ぐっ……狐火!」

「――試してごらん」


 神蝕現象(フェイズスキル)。魔導司書の固有魔法。

 シュテンであれば知り得たかもしれないその未知の帝国魔導を、残念ながら九尾が理解できるはずもなかった。


 真っ向から狐火を繰り出し、危険を察知して背後に跳躍する九尾。

 だが、グリンドルは馬鹿正直にそのまま突貫してきた。


「っ!?」

「全ての攻撃を無効するって――」


 "緑"で常時増幅状態にあるその速度で狐火を一瞬で消し飛ばすと、そのまま九尾に肉薄する。まずいと思った九尾がその尾でグリンドルの攻撃を防ぐのと、彼の拳が文字通り炸裂するのはどちらが速かっただろうか。


「――言ったよね?」

「きゃああああああああああああ!!」


 指向性のある爆撃を真っ正面から受ける羽目になった九尾は、そのまま上空へと弾き飛ばされた。あまりの勢いに一瞬意識を失いかけ、そのまま岩壁に強かに打ちつけられて脳天が真っ白に染まりあがる。


「かはっ……!?」


 まるでクレーターが仕上がったかのように半球状の凹みができた岩壁は、亀裂を走らせて岩片を地面にぼろぼろとこぼした。九尾も、ずるずると重力に任せるように滑り落ちる。


 これは……無理だ。あと一発でも食らえば、死ぬ。


 はっきりと認識できるのは視界でも聴覚でもなく、敗北に対する達観だった。あまりにも戦力差がありすぎた。神蝕現象(あんなもの)を見せられる前であれば、敗北必至の戦いでもまだ活路を見いだす元気があったかもしれない。だが、あれは、ダメだ。


 このまま地面に落下して、そこを一発殴られればジエンドだ。出血はまだ何とかなるが、そんなことを気にできる猶予すらないだろう。


 ぐらり、と体が前傾する。そのまま頭から落下して、視界にはいっぱいの地面が――



 ぽすっ。



 えっ。


 温かな何かに、体を包まれるような感覚。

 最近どこかで嗅いだことのあるにおいに、ぴくりと鼻が反応する。


 衝撃は無い。

 朧気な視界に、自らを抱きかかえる何者かの姿が映った。

 黒く捻れた、二本角。


 あの、随分恥ずかしいことをしてくれたふざけた男だった。


 彼は何も言わず、ゆっくりと彼女を岩壁に寄りかからせると、森の方へと顔を向ける。その視線の先には、三つの球体を周囲に漂わせた魔導司書。もうあの冗談のような魔法は解除しているらしかった。


 魔導司書と妖鬼が対峙する。

 妖鬼は、やる気だった。

 どうしてこんなところに現れたのか。ハナハナの森に用があるだけだったはずなのに、なぜ明らかに危険な場所に顔を出したのか。


 それが自分にかける情なのだとしたら、とんでもない。

 わざわざこんなところで死ぬ理由は、彼には無い。


「やめてよ……妖鬼で敵う相手じゃない。逃げて……!」


 九つの尾がはえるほど生きて、百年封印されて、無駄に長い時を過ごしている自分とは違う。目の前の青年はまだ若く、死ぬにはあまりにも早すぎる。


 そんな思いを込めて放った台詞に、一瞬妖鬼はこちらを向いた。


「何言ってんのかわかんねーよ」

「あんた死ぬ気……!?」


 相変わらずふざけた口調で、ふざけたことを言うふざけた男。

 しかし止めようにも、凄まじいダメージのせいでまだまともに動くことさえ出来なかった。


 そして、次の瞬間グリンドルと妖鬼の戦いが始まる。


 だが、現実逃避するように一瞬目を閉じた九尾の想像とは違い、壮絶な死合が繰り広げられていた。

 あんな巨大な得物を神速で繰り出す妖鬼。それを凌ぎ、赤の球体と緑の球体の性能を巧みに使って反撃するグリンドル。


 火花の飛び散るほどの超絶技巧の殺し合い。余裕そうな顔で拳を振るうグリンドルの頬に一筋の汗が浮かんでいるのを、九尾は見た。


 あの妖鬼はいったい何者だ。

 ただの妖鬼だとは思っていなかったが、明らかに自分よりも格上の戦いを見せつけられている現状。悔しさもあるが、それ以上に理解不能という言葉がしっくりくる。

 どこの世界に、九尾以上の実力を持つ若い妖鬼がいるというのだ。


 もしかしたら、このままグリンドルを倒してしまうのではないか。

 そんな淡い期待が一瞬生まれるが、当然そんなにうまくいくはずもない。

 グリンドルには神蝕現象(フェイズスキル)が残っており、まして得物の差でじわじわと妖鬼は追いつめられている。

 薙払い、振りおろし、斬り上げ、斬り返し、その動作一つ一つがどうしても大振りになってしまう妖鬼は、まず相手を必要以上に接近させないことが第一だ。

 だがグリンドルは球体の機動をうまく使い、隙を突くのではなく隙を作り出す。そうして潜り込んで確実に一撃を当てる。


 戦いそのものに、彼は慣れていた。


「……っ」


 歯がゆかった。

 目の前で行われている戦いは、自分が魔導司書を下していれば起きなかったもの。もっと自分が強ければ、妖鬼に敗北必至の戦いを強いることもなかったのに。


 だというのに、この体たらくだ。

 空しさと悔しさ、歯がゆさ。ない交ぜになった感情で戦闘を見据えれば、ちょうど強い打撃を一発妖鬼が受けたところだった。


「っ!」


 立ち上がろうとして、動けない。背中が完全に麻痺していた。しばらくすれば治るだろうが、助けに行くことも出来やしない。ならばせめてと手に狐火を灯しても、彼らの戦いで起きる風圧にたやすくかき消される。


 なんだこの、哀れな生き物は。


 自分の失態で他人を死の直前にまで追いつめておきながら、何も出来ない無力な状態でただただ殺し合いを目の前で見せられている。


 力無く地面に垂れ下がった右腕。ざり、という土の音に目を向ければ、感覚がないはずの右手が強く地面を握りしめていた。


 そうか、そんなに、悔しいか。


「……死なないで……妖鬼……」


 ならばせめて、とでも思ったのだろうか。口からでたのは自分でも意外な言葉だった。応援、などという言霊使いでもなければまともに効力を発揮しないものに頼ってしまうほど、今の自分は情けないのか。


 だが、その願いも空しくグリンドルの掌底が強く妖鬼の胸に打ちつけられた。


「っ!」


 ああ、と表情を歪めてしまう自分がいた。

 こんなことってないだろうと。まるで関係ない他人が、自分のせいで、自分の身動きのとれない時に、目の前で死んでいくなど。


 しかしその瞬間、状況が動いた。



「あああああああああああああああああああああああああ!!」


 痛みに耐える叫び、というにはあまりにも雄々しすぎるそれ。

 彼の身の内から巻き起こる、先ほどまでよりも数段上の覇気。


 あまりに強烈なその威圧に、さしものグリンドルも得体のしれないものを感じてか一歩退いて様子を見る。


 咆哮。その力強い雄叫びに、彼の周囲の大地が割れる。噴き出すオーラはあまりに強く、森の木々が風に靡くようにざわめいた。


「……おいおい、今までのは遊びだったのかい」

「フシュゥ……!」


 肩を竦めるグリンドルだが、その表情は焦燥を隠し切れていない。額に皺が寄り、口元はひくつき、冷や汗すら掻いている。

 それほどに、今の妖鬼は尋常でない気迫を纏っていた。


「っ!?」


 ぎろり、とグリンドルを睨んだかと思ったその矢先。底知れないものを感じて背後に飛び下がったグリンドルの直感は正解であった。

 消えたかと思うほどの速度で、今の今まで彼がいた大地は大斧によって粉砕されていたのだ。

 飛来する小さな土くれに、目をむくグリンドル。


 このままではやばい。そう思った彼の判断は速い。


「【大いなる三元素】」


 先ほど、一瞬の内に九尾を仕留めたそれ。

 緑色の粒子が散布され、白いエネルギーが彼を包みこむ。極めつけは赫に染まったその両拳。焔を握り潰したようなその凶器を、妖鬼に向かって振るおうとして、


 突如眼前に現れた妖鬼の一撃によって砂嵐が舞い起こる。


「なっ……」


 九尾の目に見えたのは、グリンドルの前に一瞬で現れた妖鬼が大斧を降りおろすところまで。グリンドルの反応速度も緑の粒子によって上がっているのか、焔拳を防御の為にぶつけあったように見えたが、その瞬間巻き起こった砂嵐によって何も見えなくなってしまった。


「がああああ!!」


 果たして弾き飛ばされたのはグリンドルであった。

 攻撃無効化を誇る彼が、地滑りするように大地へと放り出される。ずざざざと引きずられるような音に、点々と続く赤い痕。


 無敵状態にあるはずの彼から流れているらしき血痕だった。何事かと目をやれば、ふらりと立ち上がるグリンドルの両手から血が滴っている。


 無効化空間は、赤を纏う拳には通用しないのか。しかし、触れた瞬間炸裂するあの凶悪な武器に、どうしてあの妖鬼は攻撃を加えられたのか。どんな技巧を使えばそんなことが可能なのか。


 その疑問を解消するよりも先に、グリンドルの表情がさっと蒼白に染まり上がる。


「っ!?」


 上を見上げたその瞬間、ブレたように上空に現れた妖鬼が位置エネルギーを叩きつけるように大斧を降りおろした。


「があああああ!!」


 拳で防ぐのは愚策と見たか、今度は白い無効化空間を展開している右足で回し蹴りを放つグリンドル。強烈な"力"のぶつかり合い。じりじりと魔素がはじき出されるように火花を散らすその状況は、長くは続かなかった。


 九尾には、グリンドルの無効化空間……つまり"白の球体"のギミックが理解出来ていた。たった今大斧を盛大に降りおろした妖鬼の位置エネルギーや運動エネルギー、刃の一点に集中したそれらの物理エネルギーを吸収する力があった。


 狐火を消されたところを見ると、魔素エネルギーや熱エネルギーといったものも全てあの"白"は吸収するのだろう。


 だが。


 ようやく九尾はあの妖鬼がグリンドルの"赤"を貫通して彼にダメージを負わせたのかに納得が行った。


 どんな超絶技巧を使った訳でもない。


 ただ単純に、吸収仕切れないほどの凄まじいエネルギーを、馬鹿正直にぶつけているだけなのだ。


「ぐ、あああああああああああああああ!!」


 ばちばちと音を立てて、グリンドルの纏う白いエネルギーに亀裂が生じる。

 妖鬼はただ、落下に併せて大斧を降りおろしたにすぎない。たったそれだけの行動が、大量の狐火を吸収したあの"白"の魔法に勝っている。

 両足が地面にめりこみ、骨も肉も軋ませて悲鳴をあげるグリンドル。

 だが、次の瞬間妖鬼はその手を緩め、返し手で横薙に大斧を振り払った。


「っかはっ!?」


 ばり、と"白"が完全に破砕する音とともに、グリンドルは横に吹き飛ばされる。


 あまりの威力に大樹三本をへし折り、ようやく四本目の木に亀裂を入れてとどまった。


 唖然としているのは、何も状況をずっと見ていた九尾だけではない。

 グリンドルも、何をされたのかわからないうちに己の"神蝕現象(フェイズスキル)"を破られて、一瞬呆けてしまっていた。


 だが。


「……これ、は。恐ろしいね……。ひとまず、逃げることにするよ」

「ぁ……!」


 血の噴き出した両手、疲労の溜まった足を一瞥し、不利を悟ったグリンドルは、嘆息してすぐさま掻き消えるように姿を眩ました。



「……って、追う理由は一つもない、か」


 留めようと声をあげかけた九尾だったが、今満身創痍の相手を留めたところで、自分もずたぼろなのだ。助かったと考える方が、自然だった。


「……ありがと。助かった」


 それよりも。

 グリンドルをあそこまで徹底的に圧倒した、青年に礼を言うべきだった。まさかあれほど強いとは思わなかったが、死ななかったことが何よりも安堵の理由だった。


 ほっとした途端、ぴくりと指が動く。


「……戦いが終わったら動くなんて……ほんと、情けない……私……」


 しかし、悔しさに浸るよりもあの青年を――


 がらん、と何かが落ちた音。


「えっ」


 慌てて青年の方を見れば、地面に倒れた鬼殺し。そして、ふらりと体幹を崩して今にも倒れそうな彼の姿。


「っとっと」

「……」

「息は……ある。……寝ちゃったのか」


 慌てて支えると、やっぱり男の子だからか重かった。自分の受けたダメージが今になって堪えるが、助けてくれた相手を思えばここで彼を倒れさせる訳にはいかない。


 思わず綻んだ表情が、しかし次の瞬間ひきつった。


「けど……魔力の消耗が尋常じゃない」


 苦しそうな彼の容態。息が浅く、脂汗も吹き出ている。


「ちょっと! ……やっぱりさっきのはスゴい無理してたって訳!? 冗談じゃないってば……どこか……休める場所は……!」


 妖鬼を支えながら周囲を見渡せば、岩場の中に穴蔵らしきものを見つけることが出来た。ふう、と息を吐いて、九尾はつぶやく。


「……今回だけなんだから」


 自らの九つの尾を器用に使って、彼をその上に乗せた。ベッドに包まれるような感覚のする狐の尾。九尾を含む狐族にとって、尾を自分から触れさせることには特別な意味がある。


 意識が無い今だから出来ること。


 よろ、とふらつく足元に気を遣い、壁伝いに歩く。尾に乗せた妖鬼が落ちないように、慎重に。ぽたぽたと垂れる自身の血も、今は気にする余裕がなかった。


 岩場にまでつれてきたところで、ひんやりとした床に妖鬼を寝かせた。

 自分の身もボロボロだが、彼の状態は輪をかけてひどい。


 右肩の裂傷と、胸部の打撲。加えて、過負荷がかかった両腕に、自分の衣服を引きちぎって作った布を巻く。実は今着ている服は書稜部の人間からはぎ取ったものだが、それだけに乱雑でもいいかなと考えていた。

 あとは、自分の抉れた傷に手当をして、薬草を取りに行こうとしてふと考える。


 魔力の枯渇を治すような薬草は、南の方にしか生えていない。

 運よく商人が通ればねらえばいいが、ちょうどクチイヌ騒ぎがあったこの森を通過するような奴がいるとも思えない。


「……魔力なら、私はまだあるし」


 ふと、魔が差した。


 時折節々が痛むのか、うめき声をあげる青年。計らずとはいえ、守られてしまった相手。ふざけた男。


「……恩は、返すわ」


 す、と手を彼の胸に当てた。


 今から行うのは、眷属契約。


「命を救うためだったって言えば、こいつも納得してくれるだろうし」


 彼を九尾の眷属にすることで彼と自分の間にパスを通し、それで魔力を常時供給状態に出来れば、それだけで彼の命はすぐに助かる。


 だから。


 ゆっくりと彼の顔に自分の顔を近づけて。

 黙ってればマシな顔してるのにとか、角に少しさわってみたいとか、そんなようなことを考えつつ、九尾は。


「……ぇぃ」


 小さく彼の口に自分の唇をくっつけた。





 この行為を、彼女はすぐさま後悔することになる。

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― 新着の感想 ―
[一言] たった15話で女2人をたらし込む女垂らし主人公らしい もしヒロインならもう少し感情移入出来る時間が欲しい 突然現れて鬼にキスするやばい女でしかない
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