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グリモワール×リバース~転生鬼神浪漫譚~  作者: 藍藤 唯
巻之陸『妖鬼 鬼神 共和国』
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第十一話 白銀の街道 『女の子こっわ』



 ハナハナの森を抜けたところで、シュテンは声を漏らした。


「……あ゛」

「人の顔見てもの凄い顔されると、ちょっと不快なんですけどー……」

「い、いや、別にヴェローチェがどうとかではねえんだが……」 


 思わず、といった様子のその声に振り向いたヴェローチェは少々不愉快そうに眉を寄せる。


 ハナハナの森を歩いている時のシュテンはご機嫌であった。

 ヴェローチェには分かる由もなかったが、ハナハナの森はシュテンにとってそれなりに思い出深い場所であったりする。初めて珠片を持つ相手と戦い、帝国書院と遭遇し、そしてグリモワール・ランサーIIの主役格の一人とも出会った場所。


 戦闘になってしまったこと、そしてその戦いをいまいちシュテンが覚えていないのはおいたとしても、感慨に浸る程度には強く記憶に残っていた。


 それに。


 自分の眷属たる少女と、共に旅するきっかけになった場所だ。


 今彼女がどこでなにをしているかは分からないが、シュテンは再会を願っている。

 胸に手をあてれば、今でもしっかりと繋がっている精神パス。彼女が死んだ可能性は皆無に等しい。だからこそ、どこかで会えることを祈っている。


 それについては、相変わらずギルドに出した手紙が頼りになるのだが……また最新の自分の足取りをわざわざ書き込むと要らんものまで釣れてしまうことが証明されてしまった為に迂闊なことはできない。


 クレインたちがまた探してくれると言っていた。それに頼りつつ、自分はしっかりと目的を果たす。


 そう、心に決めていた。


「……まあ、そこまではいいや」


 一つ、ため息を吐いて、シュテンは改めて前を向いた。

 不機嫌そうなヴェローチェが視界の端に。木漏れ日の心地よかった森を抜けたその瞬間、開けた広野には一本の道がある。


 燦々と降り注ぐ太陽の下、きらきらと石畳の街道がその光を反射する。

 魔素によって作られたこの世界の魔導の結晶ともいえるこの街道の名は、"白銀の街道"。


 以前眷属であったヒイラギと共に旅したこの場所を、今はあのヴェローチェ・ヴィエ・アトモスフィアと一緒に歩いているなど、果たして数ヶ月前の自分に言って信じるだろうか。


「……信じるかもな。『マジで!? なんで!?』とか言って。やっぱ今のなしだわ」

「なにを一人で完結しちゃってるんですかー……? というよりも、さっきのことについて色々弁明をいただきたいんですけどー……」

「弁明らしい弁明もねえんだけどよ。まあ、何というかあれだ」

「あれ?」

「なるようになる」


 どの道、ここを進むしかない。

 帝都グランシル付近は流石に避けるとはいえ、レーネの廃村を抜けるまでは前回と道筋は変わらない。である以上、白銀の街道を通ることは確定していた。


 一歩踏み出す。

 願わくば、はち合わせることのないように。


「ここ行ったところに、美味しいお茶屋さんがあってな」

「シュテン、わたくしはさっきの表情について結局説明を受けてないんですがー……」

「あー、それはな……」


 じとー、と半眼で見据えられれば、流石のシュテンとて若干たじろぐ。

 だが、ヴェローチェは軽くそこで咳払いをすると、シュテンと同じように前を向いてから、一歩先を歩きだした。


「甘いものは、好きですー」

「……あー、はいはい。ごちそういたします」


 暗に誤魔化されてやる、との旨を含んだ彼女の言葉。

 仕方なしにという訳ではないが、シュテンは声を殺して小さく笑って、彼女の後ろを歩いていった。


 しばらくの間、他愛もない話に華を咲かせて街道を行く。

 白銀のタイルをヴェローチェのミュールがこつこつと鳴らすのと、シュテンの下駄刃が軽い音を立てるのが気持ちのいいサウンドになっていた。


「やはりこの凍り付いたタイルを溶かすのはしんどそうですねー……てゆか、めちゃめちゃ魔素含んでて持ち帰りたいくらいですー。動地鳴哭もありっすかねー」

「なしですやめて、素敵な景観を守りたい」

「まあ確かに、綺麗っすねー」


 白銀の街道をその名たらしめる敷き詰められたタイル。

 これは水の町マーミラにある帝国書院の研究院が以前に行った大がかりな魔導の影響であると言われていた。異相からエネルギーを取り出す、その際の温度変化にその原因があったらしい。


「異相からエネルギーを取り出すだけなら、周囲に温度変化なんか起きたりしないんですがねー……研究院、なにやったんだか……」

「え、そうなの」

「同じメカニズム使って魔導行使してるのが魔導司書ですー。神蝕現象(フェイズスキル)は異相の力を自らの媒体に落とし込んで能力として発現させてるはずなんでー……温度変化をもし故意的に起こす必要があったとすればー、ていうかこんなタイルが凍り付くような実験をしたとすればー……いったいそんな冷気を使って何をするつもりだったのやら」

「その辺は知らねえな」


 ふむ、とシュテンは顎に手を当てた。

 今自らが一歩一歩踏みつけているタイル。以前来た時は"ゲームの設定"で流していたが、この世界をこの世界として認め、数多くの"筋書きにない展開"を経験してきたシュテンにとっては"謎の一つ"になりつつあった。


 言われてみれば、多くの設定は語られていない。だが、ここは帝国。魔導においては五カ国の中で最先端を行っていた国だ。何をしようとしていてもおかしくはない。


「そもそもいつこの街道がこうなったのか知らんからな」

「おじいさまなら知ってるんすかねー……帰ったら聞いてみますー」

「ユリーカでもいいんじゃね?」

「あのダメな姉は魔導からきしですから役立たずですー」

「お、おう。まあそうだな」


 この会話をその姉とやらが聞いていたら、あざとく頬を膨らませてシュテンに詰め寄りそうなものである。人差し指でもシュテンに突きつけて、上目遣いで不機嫌そうに。


『そーゆーこと言うんだ? いーですよー、シュテンだってぜんぜん魔法使えないんだし、そんなものなくても強いもん。ふんだ!』

 

「……脳内再生が余裕すぎる」

「シュテン、わたくしの前でユリーカの想像に浸るとは、随分いい度胸ですねー……」

「待て、傘をこちらに向けるのは洒落にならん。ほ、ほら見えてきたから! あそこが目的の甘味処だから!」

「……まったく」


 シュテンが指さした先。

 仕方なしといった風にヴェローチェもフリルアンブレラを肩にかけるように抱えてから、ふよふよと浮いて先に行ってしまった。


 しばらく脳内にいる某姉には黙って貰うことにして、シュテンも彼女を追いかける。

 駆けるほどではなく、さりとてゆっくりでもなく。それなりに、急ぎ足で。


「どもー、まおうぐ……じゃなかった、おきゃくさまですー」

「うん……? まぁ綺麗な子だねぇ、旅人さんかい?」


 シュテンが、懐かしの甘味処にたどり着くと。すでにヴェローチェが店主である女性と会話をはじめていた。しばらくの間ここを訪れることがなかったシュテンは、久々の店内にぐるりと視界を巡らせた。


 白銀の街道沿いにぽつんと建つ一軒の甘味処。旅人の安らぎになればとの気持ちがありありと伝わってくるそんな場所なのだ。シュテンが嫌いなはずもなく。


「マチルダさん、おひさ」

「……ん、誰だい?」

「うっそおおおおお!?」


 ヴェローチェの後ろから顔を出したシュテンに対し、マチルダの反応は案外淡泊なものであった。ヴェローチェには「いい場所があるんだ」という常連ぶった言い方でこの店を教えたせいもあり、やたらと恥ずかしい。


 が、マチルダは一拍遅れてげらげらと楽しそうに笑いだした。


「あんたみたいな特徴的な客、忘れたりしないよ。久しぶりだねえ、数ヶ月くらいかい? そもそも魔族ってだけで珍しいんだ。シュテン……だったね」

「おうよ。団子くれ団子。こいつにも」

「あいよ……味は?」

「三つ全部」

「まっかされたー!」


 ぴらぴらと後ろ手を振って、カウンターの奥にマチルダは消えていく。

 それを見送ってから、シュテンはヴェローチェに先立って店を出た。


 外にあるベンチに腰掛けて、あの時のようにまったり。


 それができれば何よりだと。


 シュテンが、店の壁に沿って置かれたベンチに視線を動かして――


「……どういう、おつもりですか?」


 ――フリーズした。


 そこには、すでに先客が居た。


 いつからかなんて、分かったものではない。だって、店に入る時には間違いなくそのベンチには誰も居なかったのだから。


 俯き、座ったままの小柄な影。


 気持ちの良い陽光の下なのだ、そのシルエットが誰なのか分からないなどということはない。


 番傘を握りしめ、凄まじい覇気を発する彼女。

 金の前髪がそよ風に靡いた。その瞬間、紺碧の鋭い瞳がシュテンを射抜く。


 その瞳にあるべき何かが、足りていないとシュテンは気づかない。


「魔王軍が導師、シャノアール・ヴィエ・アトモスフィアの孫娘。人間を裏切った人間。……彼女とて、その例に漏れず多くの罪なき人々を殺めている身。そしてそれを、シュテン。貴方は知っていたはず。そしてわたしは言ったはず。……あんな訳の分からない女に引っかかっては、ならないと」


 ゆっくりとその影は立ち上がる。

 そして、番傘の先端をゆっくりとシュテンに構えて言った。


「わたしは……裏切られた気持ちです。どうして、貴方が……きっと魔族が人間と心からの友になれると、そう信じさせてくれた貴方が……魔王軍の重鎮と一緒に」


 それは、と言い訳程度に軽い気持ちでシュテンが口を開こうとした。

 童女の言葉は、全てがそのままいつか語られたままの内容だ。それが分かっている上で、シュテンは確かに魔王軍導師の孫娘とともに行動している。だからといって、別に魔王軍として行動するつもりはないし、敵対するつもりもない。そう、弁明のような気分で言葉を吐こうとしたその時。


 シュテンの前に、まるで童女に立ちふさがるように現れた黒。


 ゴシックドレスに身を包んだ、もう一つの、金の髪。


「――個人の自由じゃ、ないっすかねー」

「貴女……」


 ありありと、悪意をはらんだその声に、たまらず童女はシュテンからもう一人の少女に目を向けた。


 シュテンから、彼女の表情は見えない。


 そして、男に見えないところの女ほど、怖いものはない。


 ヴェローチェの口元は歪み、流石は魔王軍といった笑みを浮かべて言う。


「シュテンはわたくしが頼んで、仲間として一緒に居るんですー。それを、とやかく外野からごちゃごちゃ言われるのは、とても不快っすねー」

「感情の話を、しているわけではありません。貴女のような世界を破滅させかねない人間が……彼を、仲間と言いましたか? 随分とおふざけが過ぎますね」

「……昔は、逆の立場に居ましたからねー。貴女が庇おうとした彼に、勿論洗脳なんかしてませんからご安心をー……そんなことしなくても、わたくしの味方ですからー……」

「彼の何を知った上でそのようなことを言っているのか、ちょっと分からないんですけれど。……シュテン、どういうことか説明を、してもらえますね?」


 口調こそ疑問系。しかしながら、有無を言わさぬ視線がシュテンを射抜く。

 ヴェローチェの攻撃的な口調に流石は腐っても魔王軍だなどとくだらないことを考える余裕はどうやらなさそうだ。シュテンとしても、波風を立てるつもりはない。だから、素直なところの意見を口に出そうとして。


 ヴェローチェは、先ほどまでの苛烈な笑みをあっさりと消すと、優しげな笑顔でシュテンを振り向いた。


「別に、わたくしたちの旅の目的を帝国書院(・・・・)に売る必要ないんじゃないですかねー。ていうかシュテン、この子供までひっかけてたんですかー? ちょっとないですー……」

「うぉおい! あらぬ誤解を生むんじゃねえよ! 別にヤタノちゃんとそういう関係じゃねえから!! わりと世話になってるだけだから!!」

「世話になってるだけ……っすかー……ふぅん……?」


 ヴェローチェの口元が弧を描く。怪しげに、そして美しく。


「じゃあ世話になった分だけちゃちゃっと話して、旅に戻るとしましょうかー」

「最初からそのつもりだっての」

「――そうですか。この女と離れるつもりは、ないんですか」


 その瞬間、シュテンは自分が選択肢を間違えたことを悟った。

 というよりも、ヴェローチェの恐ろしさを知った。

 完全にヴェローチェに誘導された。ヤタノとの会話に割り込んだ時から、この流れにする仕込みは始まっていたのだろう。


 シュテンの口からはっきりした言葉を引き出すのではなく、相手への義理を最低限に押さえ込ませて"当たり前のように"シュテンとヴェローチェの繋がりを主張する。


 なまじ、元々からヴェローチェをおいていく選択肢がシュテンになかったこともあるのだろうが、このタイミングでこの言いぐさが、ヤタノにとってどう映るかなど自明である。


「わたくしには、辛い時期にたった一人出会った希望を踏みにじられた恨みがあるんですよー……」


 ぼそりと呟かれたその言葉は、果たして誰の耳にも入りはしない。


「シュテンのことを、わたしは――」


 勢いよく顔を上げた童女――ヤタノの頬を一つの滴が伝う。


 信じていたのに。その呟きがシュテンの胸に突き刺さる。ほかの男ならいざ知らず、シュテンはそんなことを言われて動揺で動けないような男ではない。


 ヤタノに近寄り、手を伸ばして。


「待て待て待て待て、そもそもヴェローチェさんは――」

「――触らないでください」


 瞬間、シュテンとヤタノの間に土の鎗が噴出した。

 慌ててシュテンが飛び下がると同時、ヤタノは小さくシュテンを睨んでから。


「…………それでは」


 そう、一言だけ残してどこへともなく消えていった。


 一瞬の沈黙が、一帯を支配する。


「……あー」


 うめくような、シュテンの声。

 がしがしと、笠に隠れた後頭部を掻いてからヴェローチェを見据えると。


「この前、こっぴどくあの女に追い払われましたし……おあいこじゃないっすかね。少なくとも、わたくしにとってはー」

「……ヴェローチェってメンタルつええよな。色々と。十五年耐えただけあるわ」

「黒歴史をえぐるのは勘弁ですー」


 ヴェローチェはくるりとシュテンに背を向けた。表情は、また分からない。


『――触らないでください』


 冷たい声だった。


 だが、シュテンの心に残っているのは楔というよりも、違和感だった。


「……反対に、ヤタノちゃんメンタルめためた弱くなってるというか」


 ヴェローチェの、魔王軍秘伝の煽り術は確かに凄まじかったが、シュテンの知る限りあの童女も相当の煽り勢のはず。


 メンタルが弱くなった、というよりは。


「なんかすっげえ、焦ってるというか余裕がないというか。変な感じだったな、今回のヤタノちゃん」


 いったい、何があったのだろうか。


 その答えは、シュテンが今知る由もなく。


 一つだけ分かることがあるとすれば。


 彼女の瞳にあるべき(もの)がなかったこと。


 WEB小説なら許されるというか、むしろ連載形式だからした方がいいなと思ってここで一つ補足(ネタバレ)を。第七章がヤタノちゃん章なので、ファンの皆様はここで石を投げないでいただけると助かります。ヴェローチェさんも、シュテンの周りに女が多くて大変なんや……。誰のせいだって言われると、僕かシュテンのせいなんだけども。



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