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グリモワール×リバース~転生鬼神浪漫譚~  作者: 藍藤 唯
巻之陸『妖鬼 鬼神 共和国』
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第七話 アルファン山脈II 『神髄、或いは離散』





 どこかで、鐘の鳴る音がする。

 重苦しく、厚く、そして荘厳さを感じさせるそんな鈍い音。反響に反響を重ねて、どこから響いているのかなんてもはや分かりはしない。だが一つだけ理解が出来るのは、その鐘以外には何の気配もしない空間であることだけだった。


 フィールドは広大にして狭小。どこまでも広がる円のように見えて、動ける範囲はそう広くないようだ。虹色の結界が引かれたこの場所の外に出ようとすると、見えない壁にぶち当たる。


 シャボンのように不可思議な七色が、白を背景に漂う空。そして、まっさらな大地。

 障害物など、この場には存在しない。


「オオオオオオラアアアアア!!」

「爆ぜろ、シュテン」


 地面を蹴ったシュテンが、拳を振りかぶりイブキに踊りかかる。

 それを一瞥したイブキは、カウンターのようにシュテンの右拳に向かって自らの拳を繰り出した。


 空気の輪が弾けるように広がる。風圧とともにシュテンの髪が後方に靡いた。


「っ!?」

「吹っ飛べ」


 延びきったシュテンの腕とは違い、イブキの腕は振り抜かれてはいなかった。

 力づくという言葉が似合うその膂力で、イブキは今度こそシュテンの拳を起点に勢いよくその右手を振り抜く。穿つような力が加わって、シュテンの腕から朱が吹き出た。同時に背中から打ちつけられ、三回ほどバウンドして地面に転がる。


「ってえなっ……! ……ッ!!」


 何もない空中で波紋が爆ぜた。

 シュテンは転がるようにしてその場を離脱する。


 刹那、巻き起こる旋風は刃を纏い、両腕で顔を庇うシュテンを容赦なく狩り立てる。


「洒落にッ……ならん……!」

「どうしたシュテン、動きがとろいぞ」

「背後ッ――うのおあああああ!?」


 後方に跳躍したシュテンの耳元で囁かれたその言葉。意地で振り向いたその直後、激痛を伴う浮遊感。


「おいおい、空じゃあ何も出来ませんってかァ!?」

「オカンこそ何で平然とお空歩いちゃってんですかねえ!?」

「妖鬼は空を飛べないからだ」

「だからッ!?」


 蹴り上げられ、空中でもがくシュテンの前に悠然と、まるで階段でも上るかのように歩いてやってきたイブキの痛烈な踵落としが鳩尾に決まる。

 地面が陥没する勢いで叩きつけられたシュテンはたまらずバウンドして転がるが、そんな退避を認めてくれるほど"鬼神"は優しくない。


「修羅・煌炎」

「うおおおおおおお!?」


 シュテンの真上に落下してきたイブキの右拳。纏うは紅蓮の九頭竜。

 必死の思いで地面を蹴り、その魔拳をすれすれで回避する。

 燃え盛る竜の咆哮は大地を穿ち、先ほどシュテンが叩き込まれた地面の数倍はあろうかというクレーターを作り上げた。

 当然のように余波にさらされたシュテンは派手に吹き飛び、しかし空中でようやく体勢を整えて一回転して着地する。


「なんで魔法使えてんですかァ!?」

「魔力がなくとも、体内には大量の魔素がある。それを循環させ、一点に留めればいいだけの話だ」

「……そういやシャノアールがそんなこと言ってたような気も」

「そのシャノアールに教えて貰った」

「あの野郎誰にでも喋るのか!!」


 両拳に炎を纏わせ、戦闘態勢を整え構えるイブキ。

 既に何度も乱打を受けたシュテンは、それでも当たり前のように立ち上がる。

 おーいて、と首を鳴らす彼を見て、イブキは小さく目を細めた。


「頑丈だな」

「痛みだきゃー……耐性があんのよ。あとはまあ、体は強化されてるか」

「テメエの体はタフだ。そりゃ二百年前から思っていたことだ。……だが、テメエの神経は並だ。いや……成長してねえって方が分かりやすいか。だから――」

「っ!?」


 ばぅ、とイブキの存在が弾けた。どこに消えた、とシュテンが周囲を見渡すよりも先に、右頬に苛烈な激痛。顔を起点に吹き飛ばされ、二転三転と地面を跳ねる。


「がっ……あ……! いって、クソが……」

「アタイは今、フェイントもかけずに右から殴った。最速でな。……アタイの知り合いにゃとんでもねえ化け物が居てな、そいつなら一瞬で反応して迎撃してたぜ」

「どんな奴だよ。そんなんテツクラスだろもう」

「テツってのが誰かはしらねえがな。とにかく、目と反応を鍛えやがれ。今のお前の素養があれば、出来ねえはずがねえんだ」


 よろり、とシュテンは起きあがった。ふらつきながらも、大きなダメージを負ったような雰囲気はない。イブキが加減しているのか、それとも相当にタフなのか。

 そもそもこうしてシュテンが一方的に殴られるという状況が稀であるのだが、それでもシュテンはあきらめる様子もなく、イブキを見据える。

 

「あーあもう、ボッコボコにされちまってまあ……。目、ね。了解了解、やってやらあ」

「修羅・煌炎」

「それも、後で教えろオカン」

「フン……やれるもんならなッ!」


 炎の九頭竜がイブキの両拳を纏う。ガントレットのようなそれを構え、イブキは消えた。

 消えた瞬間、確かに若干左にブレた。


 と、回避が間に合わず案の定左から弾き飛ばされる。


「いって……あっつ……!」

「目に集中し過ぎるからだ。どっちか分かった時にはもう動いてなきゃ、間に合わねえのは道理だろうが」

「いや、ちょぉおっと難易度たっかいよこれ。……ま、いいや」

「うん?」


 ぐ、とシュテンは拳を構えた。


「攻められるだけじゃあ、性にあわねえんでな」

「ここまでボコられて、そんな発想に至る気概だけは認めてやるよ」


 足を踏み込む。普段ならば大地を割る勢いのそれはしかし、軽く地面にめり込むのみに終わる。生じた違和感をそのままに、シュテンはイブキに肉薄した。


 蹴撃。側頭部をねらったその一撃は、イブキが首を傾けて回避する。


「ここは霊域だ。そう簡単に地面が壊れるかよ」

「の割にさっきからばかすかクレーター作ってんのはオカンだろうがッ……!」


 お返しとばかりに腹部をねらったストレートが飛んでくる。

 シュテンはそこで、回避するでもなく、力を込めた。


「むっ」

「あああああああ!!」


 思ったより吹き飛ばなかったことに対してイブキが一瞬見せた隙。そこに、渾身のフック。

 が。


「フンッ」

「……おおう、殴りに行った拳を掴まれたのは初めてだぜ」

「なら、次はそんなことで動揺すんじゃねえぞ」

「うおおおおおおお!?」


 フックを放った拳を、まるで握り潰すかのようにして凄まじい力で掴まれる。

 そのまま宙に持ち上げられ、さらに地面に打ちつけられた。


「またこのパターンかよ!」

「近接の基本はハメ殺しだ」

「なんだその理論!!」


 痛烈な踵落としを、転がって回避。当たり前のように大地を割るイブキの蹴りに戦々恐々としつつも、シュテンはその余波の勢いに乗って跳躍した。


「っぶねえ……」

「今のは悪くねえな。利用の仕方、体の動かし方……我流にちょっと毛が生えた程度だが、まあいい。その調子でかかってこい。それなりに……強くしてやるよ」

「鬼神……鬼神ねえ……。一発くれえ、ぶちこんでやりたいもんだ!」


 こいこい、と手でジェスチャーするイブキに対してシュテンの口角が獰猛につり上がった。


「――教えてやるよ……妖鬼の神髄を、鬼神へと至るその道程を」
















 ところ変わって、王国は王都、その中心街。


 光の神子クレイン・ファーブニルとその一行は、新たな旅のヒントを求めて再び国王への謁見を求めた帰りであった。以前、クレインが一人で旅をしていた際に初めて訪れたこの場所は、一年近く経って戻ってきた今とあまり変化はない。


 懐かしむ気持ちも少々あったが、その役目は隣に立つ赤髪の剣士のほうが向いているだろう。


 リュディウス・フォッサレナ・グランドガレア。

 この王国の第二王子である彼は、周囲を見渡していた。

 一年振りの帰郷である。極東の島ジャポネで共に旅した妖鬼シュテンがちょうど里帰りを終えたという話もあり、少し郷愁の念に浸る部分もあったのだろう。リュディウスはきわめて険しい表情ではあったが、周囲を見守っていたように見えていた。


 そう、先ほどまでは。


「王国が……アレを指揮していたのかッ……!」

「……」

「答えろよ、リュディウス!!」


 中心街から少し離れた広場。

 相対するは、そのリュディウスと――旅の仲間であるジュスタだった。


 ようやく和解をして、共に肩を並べて歩んでいたその幼い友人はしかし、烈火のような怒りを瞳に宿してリュディウスを見据えていた。反対に、普段は熱の籠もった言葉を吐くはずの赤髪の彼は、そんなジュスタを睨み返すのみ。


 買い出しに出かけたハルナはまだ戻ってきていない。クレインは、尋常ではない様子の二人に挟まれて何も言葉を発することが出来なかった。

 さもありなん、ジュスタの境遇を鑑みて、さらにリュディウスがこれ(・・)を黙っていたとなれば、何をこの場で言うのが正解なのかなど分かるはずもない。


「知ってたよね……!? ボクの住んでいた場所が()に攻撃されたかくらい……! 帝国が攻め寄せ、乗っ取られたあと。まるで最初から共和国なんて無かったみたいに、元共和国領を"帝国"と見なして攻め寄せた……あいつらを!!」

「……」

「王子なんて階級の人間が、知らないはずないよねぇ!? 黙って仲間面しているつもりだったのか!! リュディウス・フォッサレナ・グランドガレア!!」


 ジュスタ・ウェルセイア。

 彼女は共和国領の忍だ。"領"――既に国としての機能は失っているその場所の、再興の為に戦っていたのが彼女だ。しかし、既に帝国に併呑されていたその国は、帝国の末端として戦場に変わった。


 その相手は、"謎の狂化した魔族たち"。


「……聖竜騎士団の魔狼部隊。秘密裏に運用されている、狂化魔族の特攻部隊だ。これが露見すれば、魔王軍からの一斉放火は免れない。だから、黙っているしかなかった」

「お前は、あれだけ買っている男の同類を人非人として扱うことに、何ら疑問も持たないのか……!」

「止めようとしたに決まっているだろうが! ……王国は今、何者かの手のひらの上で踊らされているんだ。それをどうにかする為に、外に出たと……俺は言ったはずだ」

「ボクが、何を恨み、何と戦おうとしているか、承知の上でそれなのか。帝国書院とその魔狼部隊というののせいで、共和国がぐちゃぐちゃになって!! 故郷が滅んだと知った上でそれなのか!!」

「――」

「自分は故郷に帰ってきて、随分気の抜けた笑みまで見せて!! その裏で、お前は!! ボクの思いを知っていながら黙っていたと!! そういうのか!!」


 クレインたちは王城を訪ねた際に、国王の多大な信頼もあって一つの秘密を教えられた。不自然なまでに笑顔を絶やさず国王が見せてくれたのは、"魔狼部隊"という狂化魔族の特攻部隊……その実験場だった。


 投薬にもがき、暴れる者。既に光のない瞳で虚空を見つめる者。体の幾分かが欠損している者。実際、リュディウスですら間近で見るのは初めてだったのだろう。国王に声を荒げて問いを投げたが、それすらどこ吹く風といったように取り合われなかった。


 その時のリュディウスのあきらめの表情を、クレインはよく覚えている。


 そして、狂化魔族を見せつけられたその時の、ジュスタの絶望した瞳も。


「……ああ」

「っ――」


 肯定したリュディウスに、とうとうジュスタの瞳から涙が溢れた。


 あれほどまでに自分を追って、これから共に、世界に問おうと。そう手をさしのべてくれたと思ったのに。蓋をあけてみれば、知らない場所で裏切られていた。


 同じではないか。ジュスタを良いように操ろうとした、共和国レイドア州の首長と。


「――もう、お前らと居る理由なんてないっ!!」

「あ、ジュスタ!」


 忍の敏捷を活かして一瞬でその場から消えたジュスタ。ぎりぎりその姿を目で追えたクレインが駆け出そうとするのを、リュディウスが腕を掴んで引き留める。


「っ、リュディ!?」

「……今は、きっと追いかけても意味がない」

「そうかもしれないけど!」

「なあ、クレイン」


 ぼう、と空を見上げる赤髪の剣士。その紅が、風に靡く。

 さわさわと葉摺れの音を聞きながら、クレインはリュディウスを見据えた。


「……俺は、この国を出て原因を探るつもりだった。けれど、それは間違いだったのか……今の俺には分からないんだ」

「……リュディ」

「自分一人で、解決する。そう決めていたんだ。けれど、世界には俺の知らない強者が蔓延っていた。そして、一年経って戻ってきたら……俺の知らないところで余計に王国の闇は広がっていた。もう父上は、危ない。あの人は、魔狼部隊には反対していたはずだったのに」

「……操られて、る?」

「かもしれない。いつからそうなってしまったんだろう。……だが」


 土を踏みしめて、クレインの方を向いた。

 リュディウスの瞳には、確かな意志。


「すまない、俺の一本の剣では……もうどうしようもないところまで来てしまった。頼らせて貰って、いいか」

「当たり前じゃないか。僕たちは、仲間のはずだ」

「……そう、か。黙っていて、すまなかった」

「とりあえず、ジュスタを追いかけよう。それから、共和国だ。魔狼部隊が帝国書院と戦ったその場所に、きっとこの事件のヒントはあるはずだ」

「……ああ」


 クレインの言葉に、リュディウスも大きく頷いた。


 まずは、ハルナを待ってから。仲間を、追いかけよう。

 頭を下げて謝罪して……共に仇敵を追う為に。

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