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グリモワール×リバース~転生鬼神浪漫譚~  作者: 藍藤 唯
巻之陸『妖鬼 鬼神 共和国』
142/267

第五話 ウスノロの道II 『猿爺』




 気持ちの良い草原。そのまっただ中。


 晴天を受けて光り輝く銀は、まるで伝説の武具を思わせるような光沢を放っている。


 その名も――かっこいい鬼の英雄だけが抜ける伝説の斧!!





 しばらくその武器の前でフリーズしていたシュテンは、顎に手を当ててしばらく思考してからその武器にくるりと背を向けた。


「俺集合~」


 そんなことをのたまうと、一人しゃがみこむ。


「どうするよあれ」

「ワンチャン抜けなくもない? 俺かっこいい鬼の英雄っしょ」

「どこらへんに英雄要素があるよ。あれは某やつかれさんの特権だろ」

「でもそうすっと鬼の英雄って誰よ」

「やっぱ伝説の妖鬼シュテンパイセン?」

「死んでんじゃん」

「あり得る話ではあるな。まあ有り得たところでどうともならないんだが」

「んじゃ解散?」

「いやいや待て待て、あんな露骨な釣りを目の前にして引きさがれるか? 俺だぞ?」

「確かに。無視云々以前に、何かアクションを起こさないと俺が廃るな」

「んじゃアレに何か仕掛けるのは確定か。んで、抜けるとしたら伝説の妖鬼シュテンのみ、か……」

「なあ俺、言いにくくてちょっと黙ってたんだけどよ、少しいいか?」

「なんだよ、言えよ水くさいな。同じ俺だろ?」

「へっ、ありがとよ。……んで、そもそもあれ本物の武器なのか?」

「っ!! そうか、気づかなかったぜ。もしかしたらあれは釣り以前に罠かもしれねえってことか。ちくしょう!! 俺を騙そうなんざ良い度胸じゃねえか!」

「落ち着けよ、俺。あれを抜いてみるかどうかって結論は、あれの正体を見極めてからでも遅くねえ。だろ?」

「そう、だな……俺としたことが失念していた。ひとまず、あれ何だと思う?」

「斧じゃね?」

「見てくれはな……しかしあの銀の光沢。ちょっと怪しすぎはしないか」

「確かに、幻覚の可能性は捨てきれない」

「それに、満場一致の意見だとは思うが"釣り"くせえんだろ? だったら、あれは釣り餌だというのが一番しっくりこないか?」

「……まさか、あんなナリをして食い物だと……!?」

「その発想はなかった。お菓子の家なんてものが童話の中にあるんだ。RPGの中に食べられる斧があってもおかしくねえ……!」

「ってことはだ。そのまま食うと釣られてしまうかもしれない」

「ふむ……やっぱり針が仕込んであるのか?」

「魔術的なものかもしれないな。いずれにせよ、そのまま食ったら相手の思うつぼだ」

「くっ……卑怯者め……!!」

「ってことは、どう料理するか、がキーになるな」

「生は却下だ。焼くというのがシンプルだが、それは向こうも対策済みかもしれない。思いつきやすいことだしな」

「ってことは揚げる、とか……?」

「油がねえ。このあたりの魔物は基本的に植物だ。わざわざ油を作るのは、正直手間だ」

「……茹でる?」

「が、今のところ一番適してるだろうな。あんなでっかい斧が入るような鍋があるかどうかだが……まあこの辺は岩も多いし、くり貫くのは造作もないだろう」

「んじゃ、試しに茹でてみるってことで」

「おっけー、会議は終了だ!」


 よし、とシュテンは一人立ち上がった。

 鍋になる岩を探すのもそうだが、茹でるには水も必要だ。とりあえず、くり貫ける岩を探して、川辺で水を汲んできてからが本番だろう。シュテンは満足げに頷いて、一度その場をあとにした。

















 一人の妖鬼が、斧を目の前にして嬉々として鍋を火にかけ始めた。


 字面にするとまさに意味不明で、実際目にしても意味不明には違いがないのだが、しかして至って本人はまじめである。


「熱くなるまーでが暇だなー」


 ぼけー。そんな言葉が似合う雰囲気のまま、シュテンは鍋の前にしゃがみ込んでいた。こういう時の時間経過は恐ろしく遅く感じるもので、シュテン自身もその例に漏れずひたすらに時を待っていた。


 口をぽかんとあけて、白目を向いて、上を向いて。

 ヤヴァい薬でもやったかのようなビジュアルのまま、しばらくの間動かずにいた。


 そんなシュテンが我に返ったのは、少し経って鳥のさえずりが聞こえた時のことだった。


 まさに天啓を得たかのような、そんなキメ顔でシュテンは言った。


「……あれ? 茹でるにしても結局抜かなきゃいけなくね?」


 どさっ、と何か重いものが受け身も取らずに地面に落ちたような音がした。


「……あん?」


 まるでシュテンの言葉に驚いて……否、呆れ過ぎて力が抜けてうっかり足を滑らせたかのような、やけに具体的ではあるがそんな感じの表現が一番望ましい感じになんかこう、人型の何かが草原にぽつぽつ生えている木の一本から落ちてきた。


「……いたた。老いというものには勝てんのう……」


 ぷるぷる震えながら起き上がり、腰をさすってこちらに歩いてくるその人影。

 シュテンは彼を視界に捉えて、言った。


「なんやこの猿」

「誰が猿じゃ誰が。……こんな老いぼれを捕まえて」

「老いぼれが元気に木登りすんなよ」


 よっこらせ、とシュテンの近くに腰をおろしたその老人。

 身長はそんなに高くはない。正直、ユリーカよりも少し高い程度か。

 好々爺然とした笑みを絶やさず、かろうじて白髪が生き残っているもののほぼ禿頭(とくとう)。どこか人なつっこく感じられる男だが、そもそもこんな草原でぽつぽつしか生えていない木から落ちてきた時点で怪しさの固まりだ。


 ほぼ間違いなく、この男が斧を仕掛けたのだろう。


 じろりと睨めば、どこか呆れたように石鍋を指さして老人は言った。


「……なんで?」

「なんでってそりゃ、茹でるんだよ」

「……なんで?」

「そしたら魔力が落ちるかもしれない」

「落ちるかバカ者が!!」

「俺は若者だ!!」

「聞いとらんわ!!」


 全く、と懐からヒョウタンらしきものを取り出してくぴくぴと老人は酒を飲み始める。ぴゃー、ととても美味そうに味わってから、赤ら顔のままシュテンを見やった。


「面白そうな若造だと思って絡んでみたら、面白い若造だわい。いや誉めてないからな。胸を張るなバカ者が。……名は確か、シュテンじゃったな。儂はガラフス。ガラフス・ウェルセイア。訳あってお主を追ってきたのじゃが……想像以上に訳が分からんのう、お前さん」

「ガラフスねえ……猿っぽくねえな」

「逆にお前さんはどういう名前だと思ったんじゃ」

「モンキー・ハッピーデイとか」

「頭の弱そうな猿じゃのお……!?」

「そりゃ木から落ちる猿だしな」

「アンハッピーな猿じゃのぉ」

「まあなんでもいいや。ガラフスだったっけか。なんか用か?」


 ふむ、と老人――ガラフスは一つ頷く。あぐらを掻いて火を見ているシュテンを上から下まで眺めて……す、と懐に手をのばした。

 そして自然な動作でシュテンを盗み見る。

 すると彼は特に警戒するでもなくガラフスが何かを取り出すのを待っており、そんな彼の余裕に小さく口角を上げると、お猪口のようなこんまい器を取り出してシュテンに放った。


「っとと?」

「まあ、一杯どうじゃ」

「お、おお」


 ほ、と、わ、と二回三回杯を宙にはじいてようやくキャッチしたシュテンは、ガラフスが傾けたヒョウタンから杯にとくとくと酒を注いでもらい、その表面を眺めて。


「綺麗な酒だな」

「このヒョウタンの中にはサカムシってえ魔獣が居てのう。水を入れておけばいつでも酒が飲めるって優れものよ」

「そりゃいいな……あ、マジでうめえ」


 小さな杯から一気にあおって、シュテンは快哉の声を上げた。

 その無駄に輝いた瞳に映るガラフスも、やけにうれしそうに頷く。自分が薦めたもので喜んで貰えるというのは、誰にとっても嬉しいものなのかもしれない。


「さぁて」

「ん? ガラフスの爺さん、なにをするつもりだ?」

「まあ、見てろ若造」


 ゆっくりとガラフスは立ち上がり、目の前に聳える"かっこいい鬼の英雄だけが抜ける伝説の斧"の前に立った。そして、軽く手をかざすと。


 ぱりっ、とその斧に亀裂が入る。


「うおお!?」

「……幻影、ではないが。儂クラスの忍術使いともなれば、魔法を素手で破ることなど造作もないわ」

「いやそれたぶんもう忍術使いじゃねえよ。っつか、結局なんだったのそれ」

「魔導に疎いものが触れれば、おそらく探知の役割を果たすものだった。まあ、斧としても大した格は持っておらん。お主ならまだ素手の方が強かろうて」

「……ふーん。ん?」

「どうした、若造」

「いや……猿爺さんが仕掛けたんじゃねえのこれ?」

「儂が仕掛けるならもっと上手くやるわい。儂が今ここに居たのは、シュテンという男の人と成りを見る……ただそれだけの理由じゃよ」

「……ほーん」


 ガラスが砕け散るようなエフェクトを残して、斧はきらきらと粒子になって消えていった。ガラフスは笑いながら、シュテンをもう一度その鋭い瞳で見据えると。


「まぁ、楽しかったぞぃ。また近々会えることを祈りつつ……今日のところは帰るとするかのぉ。フェッフェッフェ」

「爺臭い笑い方だなおい」

「それなりに歳は食っておるよ」

「そうかい」


 歯の数本が抜けているのか、どこか違和感の残る笑い声を残して。

 気づけばガラフスの姿は消えていた。忍術使いというからには、やはり忍術を使ったのだろうが。


 斧も砕けてしまったし、シュテンは未だぐつぐつと音を立てている鍋を一度ちらりと見てから立ち上がる。


 ぽんぽんと尻の草を払い、草原の奥――向かう先を見据えて。


「んじゃま、霊域とやらに挑むとしますか。しかし――」


 視線を動かし、大斧が消えた場所を一瞥したシュテンは呟いた。


「――結局だれがあの斧仕掛けたんだ?」


 その問いに答える者の姿はなく。

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