第三話 クチベシティ 『離散』
クチベシティ。
クチベ港という大規模な港がある割には、そこまで大きくはない港町。
ジャポネの唯一の出入り口でもあるここは、どちらかといえば漁業よりも観光業で栄えている場所と言えた。
そんなクチベシティの中央にある、大きな広場。真ん中には巨大な噴水のオブジェをおいた、待ち合わせ場所として来れ以上ないほどの機能を備えたそんな場所に。
一人の妖鬼が、ふらりと現れた。
「あ、シュテンくん! こっちでさぁ!」
「シュテンさん! お疲れさまです!」
「おいーっす、お待たせー」
翌日の昼に、と待ち合わせした総勢七人のメンバーはこれでようやく揃ったと言える。
「やー、なんだかずいぶんとすっきりした顔じゃああらんせんか」
「うむ。いろいろと清算できたのなら、何よりじゃないか」
黒髪に猫のような目をした優男と、紅の髪をツインテールにした少女。
テツミナカンパニーの二人は、笑顔でシュテンを出迎えた。
「せーんぱいっ、結構待ちましたよー? やっぱりちゃんと、こういう時は落とし前いたっ!?」
「全く。すまないなシュテン、このバカにはきつく言っておく。船の時間にはまだ余裕があるから、安心するといい」
「シュテンさん、この後はどうするんですか? これから王国に向かうんですけど、よければご一緒しませんかっ?」
「クレイン……犬っぽい。ボクとしては、本当は帝国に行きたかったんだけど」
銀髪の可憐な娘、赤髪で威厳のある少年。茶髪に、元気な印象を与える少年に、どこかスレた空気を出す少女。
光の神子の一行もまた、元気そうにしていた。
「そうか、クレインたちは王国か。観光に行きたいのは山々なんだが、俺ぁちょっと帝国のほうに用があるんだよね」
「……シュテンが帝国に行くと、またよけいなこと起きそうな気がするのはボクだけ?」
「デジレぶっ殺すのはサブミッションでしかないから安心しろジュスタ」
「安心できないんだけど」
じと、とした目でジュスタがシュテンを睨む。
どういう関係か詳しくは言及しないにしろ、デジレには何かしらの因縁があるらしいジュスタ。そんな彼女の前ではっきりとキル発言をぶっ放すあたりシュテンもシュテンなのだが、もしデジレが同じ質問をされてもシュテンに対しての殺害発言をはばからないだろうからどうしようもないといえばどうしようもない。
「そうですか……それは、残念ですね」
「クレインはせんぱい離れした方がいいんじゃないの?」
「お前が言うか選手権優勝候補だなその発言」
クレインの頭を撫でるハルナの頭をはたくリュディウス。
なんだかんだでこの三人は本当にいい関係だとシュテンは思っていた。
しかし、どこかに違和感。相変わらずジュスタは少々浮いて見える部分、それは一つのイベントをこなすことでようやく解消されるものなのだが……。
もしかしたら、流れが変わってこなしていないのかもしれない。
「じゃあ僕らはこれで」
「ん? もう行くのか」
「王国行きと公国行きは、船のでる場所が違うんです。またお会いしましょう!」
クレインがぺこりと頭を下げたことでシュテンは我に返る。
リュディウスも片手をあげて、相変わらずクールにクレインに続いた。
軽く手を振って応対していると、ハルナは一度こちらに向き直って。
「せんぱいっ!」
「あん?」
「今回は、本当にありがとうございました!! とっても楽しかったです!! クラスチェンジもできたし……あんなぎりぎりの戦いで、あたしもちゃんと、戦えて……本当にありがとうございました!! また、また遊んでください!!」
「……おう!」
「えへへ」
くるり、と銀の髪を靡かせてハルナはクレインの後に続く。
最後にジュスタが、淡泊に手をあげて
「じゃ」
とあまりにも軽い別れの言葉。
シュテンは特に面食らうこともなく、応じるように頷いてからふと思った。
共和国の問題がもし片づいていなかったとしたら、まだまだ彼女にはいくつもの困難がついて回るはずだ。それに対してシュテンができることなど殆どありはしないが、それでも口添えくらいはできるだろう。
「おう。……あ、そうだ」
「なに?」
「なんかあったら、大人を頼れ。共和国関係でも、何でも。俺でもいいし、デジレでもいい。……生きてたらの話だがな」
「……ん。どうして二人とも和解って選択肢ないわけ」
「はっ」
「鼻で笑うな!」
いくらシュテンといえど、譲れないものはある。デジレ殺すとか。
もう、と嘆息混じりにジュスタもハルナたちを追いかける。
その背中を見送って、徐々に彼らが雑踏で見えなくなってから。
「そういやお前らは?」
「ぼかぁ、一度帰ってから教国に行こうかなあと」
「……ぼかぁ、じゃないよテツ。私も行くに決まってるじゃないか」
「なんで教国になんか……あー、そういうことか」
「まあ、シュテンくんの予想通りだと思いまさぁ」
猫のような細い瞳をさらに細めて、テツは感慨深げに頷いた。
教国に行く理由は、おそらく墓参りだろう。ランドルフ・ザナルガンドを始めとした伝説の五英雄の。
教国の霊地に、彼らは祭られている。そこにはテツの墓標もあるはずなので何とも言いがたい感情はあるだろうが、それはそれ。改めて過去と決着を付けられたからこそ、前を向いて生きていける。
その報告を、きちんとしよう。
つまりは、そういうことだろう。
「……シュテンくん」
「あん?」
「短い間だったけれど、本当に楽しかった。どれもこれも、きみが居てくれたおかげだと、ぼかぁ思ってます。ありがとう」
「よせやい照れるべ。それを言うなら、俺も会えて良かったと思ってるしな」
イヤにすっきりとした顔で、テツはシュテンに手をさしのべた。
その意味が分かってか、軽くその掌を握る。
楽しかった、というのは確かだろう。しかし、同時に様々な困難があったことも忘れてはならない。思い出というには実に重く、そして強烈な数日間。激動と呼ぶことさえ過言ではない、そんな毎日だったはずだ。
乗り越えることができたというのは、大きな勲章だ。
手を取り合い、何とか凌いで。ギリギリの状態から、幸せを掴み取ったのだ。
もう、離すことなどできない。出来やしない。
と、繋いだ手の上にぽんと乗せられる温もり。
「まだ別れのタイミングでもないというのに。クレインたちに触発されたのは分かるけれど……それをされてしまったら私も言うしかないじゃないか」
「お?」
「……本当に、ありがとう。私はもう生きることを諦めていたんだ。共に、未来を見ることを捨てていたんだ。それを、もう一度拾い上げてくれた、救いあげてくれた。こんな恩、どうやって返したらいいものか」
「売りたくて売ったもんじゃねえよ。楽しませて貰ったのは確かなんだ。良かった良かった、でいいじゃねえか」
「そうはいかない。……そうだな、きっと何かの時にきみを救うと。必ず助力すると。そう誓おう」
「そいつぁ、頼もしいな」
ミネリナ・オルバ。
楽しげな彼女の笑みが、今の明るい心境を物語っている。
以前は感じた大きな魔力は、本当に小さなものになってしまっているが。それでもきっと彼女には後悔などないのだろう。いやむしろ、後悔さえできないような状態から呼び起こされただけで、十分なのだと。そう、彼女の美しい瞳は訴える。
「私自身には、力がなくなってしまったかもしれない。けれどそれでも人脈は健在だ。きっと、多くのことで役にたてると思うよ」
「人脈、人脈ねえ……あ、じゃ一個頼みたいことがあるんだが」
「私にできることなら」
「……うちの眷属、探してくれねえか?」
「ふむ」