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グリモワール×リバース~転生鬼神浪漫譚~  作者: 藍藤 唯
巻之壱『妖鬼 放浪 一人旅』
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第十四話 ハナハナの森IV 『帝国書院の魔導司書』

 砂塵の吹き荒ぶ中、戦いを盗み見ていたらしき帝国書院の人間たちが逃げ出す姿を見た。


 まるで化け物を見るような目だな。って俺化け物だった、いっけねぇ!


「……虚しい」


 すたこらさっさと連中が逃げ出してしまったことに関してはひとまずどうでもいいとして。足元にからんと転がった石ころを拾い上げる。


 相変わらずどす黒い、珠片だった。


「フレアリールちゃんにあげたらすげえ綺麗になったところを見ると、やっぱり二つ目以降は毒なんだぜッ! っていう珠片のお茶目なアピールなんだろうなあ」


 とはいえ現在は珠片をあげられるような相手も居ない。

 だからと言って俺の体内に送り込んで、激痛を浴びたいと思う心も今のところない。

 というか、最初は問答無用で飛び込んできた珠片だけど、どす黒くなってからは全然そんなそぶりを見せることが無い。その方がありがたいといえばありがたいんだが、自分の意思で激痛をぶちこまなければいけないというのも何とも。


 巨大クチイヌの死体を処理するのは面倒なので放置するとして。


 珠片をつまみあげて、懐に仕舞う。着流しだと懐に仕舞うのも雰囲気が出ていいよね! 女の子の着物の懐から出てきたものとか、必要以上にぺたぺた触ってみたいよね!


 閑話休題。


 珠片を手に入れた瞬間から、俺の中にある感覚的な珠片レーダーが別の方角を指示した。ネグリ山廃坑の時もそうだったが、誰かの体内に入れなくても俺が発見したことになればレーダーは任務完了だと考えるらしい。


 体内に入れる必要がないというのはありがたい。さて、次の方角はっと。


「このまま北西。ってことは、九尾ちゃんが向かった先か。……ん?」


 帝国のある方じゃねえか。

 うわ行きたくねえ。超行きたくねえ。魔族に対するあたりがめちゃくちゃ強いのもそうだけど、普通にラストダンジョンの魔族共より強い人間うじゃうじゃいるじゃん。

 魔界地下帝国(ラストダンジョン)クラスの実力がある、って太鼓判押された俺でも普通に蒸発しそうな化け物揃いじゃん。すげー嫌だ。


「というか魔導司書連中が珠片とか取りこんだらどうなるんだろ。うっへ、考えたくもねえ」


 だが間違いなく珠片は帝国の方角にある。そして回収は俺の仕事だ。不本意ながら。パワーバランス壊れて欲しくないしな。


 最悪クレインくんたちに珠片を分け与えるとかも面白そうだが、下手すると俺が彼らに蒸発させられるから怖い。普通に。


 残り12個もそんなものがあるという時点ですこぶる憂鬱だ。


「さて、と。行きますかね」


 鬼殺しを背負い直し、すきっ腹を抱えて動こうとして、ふと気づく。


「……この森入ってから食料ねーなーと思ってたけど、出来たじゃん。目の前に」


 巨大な肉が目の前に転がっていたのに何故気づかなかったんだろう。

 焼肉で腹拵えをしてから帝国へ向かうことに決めて、鬼殺し片手に巨大クチイヌを掻っ捌く。胸肉を引き摺りだし、血抜きして、火を熾して即席焼肉セット。


 じっくり焼いて、さあ食べよう。


「……くっせえ」


 クサミが強すぎて食欲が失せた。


 胃に何か入れたい。


 そんなことを思いながら、北西に向かってちんたら歩く。

 肉は諦めた。無理だ、魔獣の肉というか肉食獣の肉美味しくない。

 鬱蒼とした森は広く、流石は随一の広さを誇る一階層ダンジョンだと感心もひとしお。ハナハナの森ほど迷いやすい平面ダンジョンはグリモワール・ランサーには存在しない。確か攻略本に書いてあるマップだけで十五枚くらいあったはず。


「お、岩場」


 進んでいると、森の中には珍しい岩の穴倉を見つけた。

 ハナハナの森の、北の突き当りは反り立つ岩壁になっている。北西と、南東に出口があるこのダンジョンは、他の部分は川や壁で遮られているのだ。


「この岩の向こうは、もう帝国なんだよなあ」


 ぺたぺたと岩に触れながら、感慨にふける。


 帝国。


 グリモワール・ランサーIIの世界観では、人間界に存在する国家の数は四つ。


 王国、教国、公国、帝国の四つだ。Iでは共和国もあったのだが、IIまでの二年間で完全に帝国に吸収されてしまった。

 それに危機感を持った他の三国は三国同盟を締結し、公国の冒険者協会(ブレイヴァーズ)を共有することで国防能力を強めている。Iの世界では公国だけのものだったブレイヴァ―制度が、他の二国でも使われることになったおかげでIIの主人公たちは冒険がしやすくなっているんだよね。


 まあ、その中で一国だけハブられている帝国なわけだが、実際それでパワーバランスが互角かというとそうではない。


 これだけのことをしても、帝国の一強状態なのだ。


 王国の"聖竜騎士団"

 教国の"十字軍(クロスレギオン)"

 公国の"冒険者協会(ブレイヴァーズ)"


 というようにそれぞれの国が組織を持つ中で、帝国書院の地力だけは段違いだ。

 このグリモワール・ランサーの世界は国によって魔法の使い方が全く異なる。

 しかし魔素と呼ばれるこの世界全体に漂う分子に、"祝詞"や"詠唱"による発声波で影響を与えることだけはだいたいの国で共通だ。


 しかし帝国は違う。厳密に言えば、"魔導司書"は違う。

 "異相"と呼ばれる別空間から"強力なエネルギー体"を引き摺りだし、そのエネルギーの凶暴性をそのままに、自らの持つ魔力で使役する。


 "異相"とのコネクティングを可能とする才能。膨大な魔力。エネルギー体を行使する精神力。

 この三つの才能を併せ持つ人間だけが魔導司書になる資格を所有し、尚且つ人の身でありながら遥か高みへと至ることが出来る。


 強力無比なエネルギー体を操るために必ず媒体を所有し、それを魔導書(グリモワール)と呼称するからこそ、彼らは魔導司書と呼ばれるのだ。


「……まあ、要は媒体になる武器と固有魔導の両方を操るヤバい敵だ、今の俺にとっては」


 思わずため息を吐いた。連中も帝国の人間だからか魔族に容赦しないだろうし、一人ならまだしも三人四人……十人纏めて来られたら一瞬で蒸発出来るんじゃないかな。あんまり連中覚えてないけど。


 ……そういえば。


 先ほど逃げていった連中は帝国書院所属の連中のはず。

 クチイヌの討伐に来ていたのだとしたら戦闘部隊……書陵部の奴らのはずだし、もしかしたら居るんじゃねえか? 魔導司書。


 降って沸いた天啓のような何か。


 もし複数いたら撤退だが、一人や二人だったら今の自分の実力を試すくらいにはちょうどいいだろう。全力を出せる相手なんて、中々お目にかかれないし……何より、危険物の数は減らせる時に減らすのが良い。


「……グリンドルだったらどうしよう」


 問題は、第十席のグリンドルだけだ。

 何故かといえば答えは簡単で、のちに主人公クレインのパーティに加わる最後の仲間だからだ。

 帝国の魔導司書が仲間になった時のテンションの上りっぷりは尋常じゃなかったなあ。

 ステータス画面開いたら、仲間になった時点でも断トツでレベル高かったし。

 みんなレベル35らへんなのに、一人だけ48とかなんだもん。流石帝国の魔導司書。……まあ、一緒に戦ってる内に追い付くんだけどね。一人だけレベル変に高いと経験値幅も大きいし、レベル上げもしづらいから。


「ま、その時はその時か」


 魔導司書は全員が全員、魔界地下帝国(ラストダンジョン)クラスの強さだし……俺が全力出しても死なないだろ、きっと。全クリ後に魔導司書連中と戦う機会があって、ボロボロに負けたのは良い思い出だ。


 というわけでえっちらおっちら岩壁沿いに歩く。

 ダンジョンの北端に来た以上、あとは西に向かえばいいだけ。


 帝国に行くのは憂鬱だが、最悪とんずらかませば何とかなるのではないかと楽観視。


 急用を思い出したぜ! とか、これくらいにしといてやる! とか言って逃げればいいかな。うん、それで行こう。


「……そういえば、九尾の子も帝国に向かったんだったか。百年前は知らんけど、ぶっちゃけ魔導司書と相対したらあの子もまずいんじゃにゃーの?」


 そうそうエンカウントするものでもないとは思うが、さっきクチイヌとの戦いの時に書陵部の人間が逃げていったことを考えると、魔導司書を呼びに戻ったとしてもおかしくない。


 そうでなくても、最初から魔導司書が一人派遣されていて、九尾と戦闘に入ったから書陵部の人間だけが先遣隊としてクチイヌの元に送られたとか。


「ありそうだなー」


 鬼殺しを担いでえっちらおっちら。

 しかし、魔導司書の中では最弱のグリンドルと、百年間封印されていた九尾がもし戦ったとしたらどっちが勝つだろうな。

 百年前に封印するしか方法が無かった相手だろ? もしグリンドルが、例の魅了にかかっていたらワンチャン……いやそれはないか。付与魔法なんざ基本的に自動レジストする化け物集団だ、魔導司書ってのは。


 だったら地力で勝負。……そうなると、九尾少女の本気を見てないから分からな――


 その瞬間、俺の前方上空に盛大に何かがぶつかり、岩壁を揺るがす盛大な音。


 大きな岩片がいくつもばらばらと地面に叩きつけられて、すわ何事かと思えば。


「……あー、まあ魔導司書のが強えか」


 吹き飛ばされたのだろう。

 岩壁に強かに打ちつけられた九尾の少女が、ずるずると重力に吸い寄せられて、地面に落下する。冷静に考えればあれだもんな、この九尾って百年前に封印が云々以前にゲームでは主人公のクレインくんたちがもうそろそろ戦う予定だった中ボスでしかないもんな。そりゃ、魔導司書には敵わねえよ。


「……ふむ、きみが報告にあった妖鬼かな。そこの九尾よりも数段強そうだ」

「やあやあ魔導司書さん。まさか、その中でもグリンドルさんとは恐れいったよ」

「ほう、僕を知っているのか」


 危うく地面に顔面強打するところだった九尾の少女を抱き留めて、とりあえずそこらへんに転がす。

 森の中からゆっくりと歩いてきたのは、割と余裕そうな雰囲気の魔導司書。

 それも、さっきまで俺が想像していたグリンドルだった。


 第十席。末席ではあるが、別に実力順というわけではない。最弱の魔導司書と呼ばれる理由は、純粋に目の前のグリンドルが戦闘能力にそこまで長けていないせいだ。


 とはいえ、"そこまで長けていない最弱の魔導司書"ですら、魔界地下帝国(ラストダンジョン)に現れる敵に匹敵する化け物だということを忘れてはならない。


「悪いが、帝国に魔族を入れること自体許される行為ではないのでね。死んでもらおうか。そこの九尾共々」

「いやあ、そいつはちょいと勘弁だ」


 ぴくりとその端正な顔を反応させるグリンドル。綺麗に流した金髪を搔きながら、半眼をこちらに向けてきた。


「なるほど、実力的には九尾よりも上のようだが……逆らう相手を間違えているよ。そこに直れ。徹底的に叩き潰してあげよう」

「それも、勘弁して欲しいね」


 ちらりと背後に目をやれば、まさにボロ雑巾と呼べるほどに酷い有様の九尾少女。魔族ってだけでこの扱いか。いや、九尾の方からケンカを売ったのかもしれないが……それにしても、脇腹は抉れてるし尻尾は焦げ付いてるし耳は擦れてるし脚からは血が垂れてるし……これ俺に標的が変わってなかったらそろそろ死んでたんじゃないの。


「やめ……にげ……」

「はっきり喋れよ」

「あんた……!」


 何言ってるか分からん。女の子を守るために颯爽登場的なシーンじゃないのここ。もうちょっとほら、「シュテンくん……わたしのために……(うっとり)」みたいなさ、こうさ。やめにげあんたってなんだよ。


 って名前教えてなかったや。そりゃ俺の妄想は達成されないか。


「よそ見をする暇なんて、与えないよ」

「最初からするつもりはねえよ」


 グリンドルが放ったのは、白、緑、赤の三種類の球体。

 俺は、ゲームでこの三つの役割を知っていた。


 白は全ての攻撃の無効化。緑は力の増幅。そして赤、あれは当たるとヤバいヤツや。


「行け」

「っしゃあ!」


 赤い球体が躍るように右へ左へぶれながら俺に向かって襲い掛かってくる。あれ、当たった瞬間に防御力無視の爆散攻撃なんだよね。当たると本当にヤバいヤツ。


 対抗して、鬼殺しを地面に叩きつけた。大地が隆起し、波を打ってグリンドルに迫る。その過程で、赤い球体を弾き飛ばす。


「フッ」


 直線で向かう俺の土波。グリンドルは両手にはめた黒いグローブを構えると、乾坤一擲殴りつけた。同時に、彼の周囲で緑の球体が共鳴するようにその体を輝かせる。


 爆散。

 土の波が、彼の拳で粉砕された。


 弾け飛ぶ土くれの向こうで、不敵な笑みを見せるグリンドル。


「まだ、やるかい?」

「……ごめん、俺まだ何もしてない」

「む……そうか。ならきみの自信を打ち砕くまで全て壊してみせよう。わりと手応えがあったから、本気の攻撃だと思ったよ」

「あー、褒め言葉として受け取っておくけど」


 そりゃねーぜ。


 けど、あの緑の球体がある限りグリンドルの攻撃力は上がり続ける。

 赤の球体も、弾き飛ばしただけでまた俺に向かって襲い掛かってくる。自律機動ではなく、グリンドルが一つ一つを操っているのだ。その縦横無尽な軌道も全て彼の計算の内。凄まじいことではあるが、同時に弱点足り得る要素だ。


「っし」

「妖鬼なら、近接戦は当たり前か」


 地面を駆る。

 瞬間速度には自信があった。懐に潜り込んで、鬼殺しでの一撃。

 しかしそれを、グリンドルはグローブで受ける。


「ぐっ」

「んのッ……!」


 おいおいおいおいちょっとパワー強すぎねえ?


 拮抗した力。

 グリンドルの足が地面にめり込む。そのまま押し切れるかと思ったが、緑の球体の輝きと同時に、背後に――


「しまっ」


 爆発。

 右肩に炸裂した赤の球体。

 びりびりとした感覚がどんどんと痛みに変換されていく。

 ……この着流しで良かった。

 感覚的にはこれでもダメージが軽減されているようだった。本当に危ねえ。


「ふむ、妖鬼にしては洒落た服装だと思ったが……見かけだけではないようだ」

「お前の部下は一目で見抜いたぜ」

「どうも、僕はそういうのは苦手でね」

「そうかい」


 余裕そうに手首の感覚を確かめるグリンドル。

 ツッ、右肩を痛めたせいで鬼殺しのヘッドスピードが鈍らないかが心配だ。


「そろそろ、僕から仕掛けようか」


 瞬間、眼前に迫るグリンドル。

 その速度はさっきの俺と比べても遜色ないレベル。顔面にグローブが直撃する寸前、バックジャンプから鬼殺しを振るう。

 横薙ぎに放ったそれを、掻い潜るようにしゃがみ、さらに連続して加速するグリンドル。クソ、攻撃だけじゃなく速度も増幅させやがった。


「得物の差だね。格闘術相手に、その大きな斧は向かないよ」

「っく、させるかよッ!」

「っ!?」


 斧を地面に叩きつけ、返す刀で斬り上げる。大地を揺らして一瞬の躊躇を誘い、そのまま――

 と、背後に気配。慌てて横転すると、赤の球体が突き抜けるところだった。


「よく避けたね」

「あっぶねえ……!」

「でもさ」


 両拳を叩きつけ、獰猛な笑みを浮かべながらグリンドルが呟く。

 何だ、と視線を合わせれば。


「僕の球体は、三つそろって意味がある」

「っ!?」


 おい、さっきから白いのどこ行った!?

 鬼殺しに取りつかれたら、ただの棒切れに成り下がる……!


 白の球体は、果たして俺の右半身を狙って迫っているところだった。


 回避し、次いで迫っていた赤の球体を鬼殺しで対応する。


「よそ見のし過ぎだ」

「しまっ……!!」


 球体に気を取られているその隙に、グリンドルがいつの間にか懐に潜り込んでいた。

 そのまま、放たれる掌底。


 俺のちょうど心臓部目がけて――やっべ避けきれッ……!?

 体を捻って回避しようとするも、時すでに遅し。

 グリンドルの右から放たれた掌底は、左胸を強かに打ちつけて俺は宙に浮く。



 あ、れ



 なんか今、掌底じゃない何かが俺の胸の中に叩きこまれたような。


 いて。


 なんか、体全身がものっそい痛い。

 ぶわりと脂汗が全身から噴き出す。


「あ……ガッ……!?」

「むっ?」


「ああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!!!!!!!」


 これ、あかん。


 さっき懐に入れた、





 珠片取りこんじまった。


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