第二話 イブキ山II 『ばたばたばたばた』
「シュテンの大将!!」
「シュテンの大将が帰ってきたぞおおお!!」
「アホの子の大将!!」
「お散歩中に拉致られた大将!!」
「知ってんなら助けにこいや誰か一人くらいはヨオオオオオオオオ!!」
思わず叫んだよね。いや、なんで俺そんな間抜けっぷり晒してんだよ。ちょっと、隅っこの方で妖鬼の女の子たちが固まってこっちちらちら見てるんだけど。ものっそい気まずいじゃんよ。あと、なんで俺が帰ってきたってだけでこんな大騒ぎなんだよ。
アホの子が帰ってきて宴会とかやめろよ。メンタルやばいよ俺。
そんな訳で、毎度現場のシュテンでっす。
無理くりタリーズに連れてこられた、懐かしい妖鬼の里。
俺の知ってる歴史じゃあ滅んでしまった、というか滅ぼされてしまったはずのふるさと。
それが、こんなどんちゃん騒ぎしてりゃあ少し気も緩むというか何というか。
「お、大将泣いてる!? おうちに帰ってこられて大将が泣いてるぞおおお!!」
「そうじゃねえんだよ!! あとことあるごとに俺の一挙手一投足大声で告知すんのやめてくんねえかなぁ!?」
無駄に広い、まさに妖鬼たちが騒ぐ為に作られた広場。
これだけが里唯一の特徴と言ってもいいくらいの、野外宴会場。
そのまっただ中で、何故か上座に押しやられて、さんざっぱら色々飲まされていた。
「……おかわり、する?」
「しねえよ! 杯空ける間もなく他人の酒瓶から口にダイレクトアタックされてる奴に言うせりふじゃねえよそれ!! まだたっぷり入ってるでしょうが透き通ったお水がよ!!」
「……関係あるの?」
「ねえの!?」
「……遠慮、しない」
「ちょ、やめもがおぼぼぼぼぼぼぼぼぼ」
そして何故か、飲めや歌えと完全に祭り状態の野外宴会ながら、タリーズはずっと俺のそばから離れようとしなかった。誰か助けて。具体的には、口につっこまれたひょうたん取って。この子、STRおかしい。
「相変わらず大将はタリーズの姉御にべったりだなあ」
「ぶはっ……どう見ても逆だろうが!! どうにかしてくんねえかなあ!!」
変わるがわる俺のとこに酌しにくる面々。
俺も広場いきてえよ。なんでこんな端っこで座らせられてんだ。あっちでブレイキンやってんじゃん混ぜろよ。
「……義母さんがくるまで、待ってて」
「分かった分かった」
「……ん、いいこ」
「だからってその酒樽持ち上げないでくれませんかねえ!? もう飲まないよ!? 飲みたくねえよ!? むしろ俺が酒樽になるよそろそろ!!」
「……ならないよ?」
「ならないけど!!!!!!」
しっかしこのタリーズよ。
二百年で何があった。いや二百年もありゃ色々あるか。
にしたってこれはない。というか、俺も流れに任せてこんな状況になっちまったが、こんなのは俺の本分じゃないはずだ。今すぐタリーズに逆に酒樽ごと飲ませて俺はブレイキンの大会にッ……!!
「……どうしたの、シュテン?」
「何故できない!!」
がん、と両腕を地面に叩きつけた。タリーズのつぶらな瞳と、漆黒のサイドテールが軽く揺れる。なんかこう、こいつをヒドい目に合わせるのだけはダメだと思ってしまう俺が居る! どっから出てきたそんな俺が!!
「なあタリーズの姉貴よ、聞きたいことがあるんだが」
「……お姉ちゃんに答えられることなら、なんでも」
「まず一個目。俺は凄くあっちに混ざりたい」
「……ごめんね」
「いや、普段の俺なら誰が止めようとぶっぱして突っ込むだろう。けどなんか、お前さん……俺になんかした?」
「………………? お酒、飲ませてる?」
「うん、そうだね! でも聞きたいのはそうじゃないんだよ。いやそれもそろそろ止めてくれると助かるのは間違いないんだが。……あー、冷静に考えて、だ。俺、生まれた時からタリーズ、の姉貴と一緒に居た、んだよな?」
「……うん。シュテンがかっこよくなるようにって、いっぱいいっぱいお世話した」
「たぶんそれだな!! これきっと逆光源氏計画されてる!!」
ガッデム!!
歴史と同時に俺の精神まで軽く作用してやがる!! やだこれ怖い!!
歴史改変超怖い!!
けど、それでも!!
俺はあっちでブレイキン大会に参加したい!!
「な、タリーズの姉貴も、ほら、一緒に行こうぜあっち」
「……まだ、シュテンへの挨拶周り……終わってない人がかわいそう」
……挨拶周り。
おーけー、そういやもう一つ聞きたいことがあったの忘れてたぜ。
「二つ目の質問いいか」
「……うぇるかむ」
「うむ、歓迎されてなによりだ。さっきからさ、覚えのあるお偉いさん方が、というか里の幹部がやたらと愛想よく俺のとこ来るんだが……っつーか突き詰めれば俺が帰ってきただけでこの馬鹿騒ぎなんだが、なにこれ」
「義母さんが望んだから?」
「オカン権力パネェ!?」
「……凄いよね、里長」
「やー、里長かー、そりゃすげえわ……」
ん?
「そりゃすげえわ!!!!!!」
「……シュテン、今日ちょっと面白い」
「そりゃ何よりだわちくしょう!! え、なに!? オカン里長!? じゃあ俺里長の嫡子!? そら帰ってきただけで歓迎もされるわ!! なんだそれ初耳だぞオラァ! オラァ!」
「……ええと」
「いやうん、諸々分かったわ。そりゃ色々タリーズの姉貴も大変だわな。しばらく帰ってなくて悪かったな」
ぽん、と巫女っぽい衣装の肩に手をおいて、サムズアップ。
いやほんとなんだこれ。訳わかんないことだらけだったが、なんかすっきりしたせいで逆に怖い。タイムパラドックスやべえな。ここまで歴史変わるんだ。
ユリーカの方もちいと心配だが。あっちは無事かねえ。
それはそれとして、タリーズが少々困惑した様子で頬に人差し指を当てた。なにそれあざとい。
混乱してんのは俺の方だが、確かに俺の発言って怪しいわな。もしかしてこいつ、にせもの!? とか思われててもしょうがない。。よしここは先手を打って……
「ニセモノジャナイヨ」
「……シュテン、もしかして……もう、"行った"?」
「へ?」
ガンスルー。
ついでに、なに行った、て。RPGで言う、まだ行ってない大事なところを示唆してくれる感じのヤーツ? 大事なところで行ってないとこなんて、まあそりゃいっぱいあるんだけども。
観光なしで考えたら、むしろあれか、どっかにおいてきちまった眷属探しか。
あいつ本当に今なにやってんだか。しっぽ切り売りして飢えをしのいでたりしないだろうか。やっぱ危機になったらしっぽちょんぎって逃げるのかな。
……ツッコミが恋しい。
と、そんなことを考えていると。
瞳を動揺に震わせながらも、ゆっくりとタリーズは口を開く。
「……もう、助けて、くれた?」
もう"行った"? の意味を理解した。
言われてみりゃ、そりゃそうか。タリーズに取っちゃ、過去で出会った奴が"シュテン"であっても、生まれた時から一緒に居た"シュテン"は過去でタリーズに会ってないんだからこの会話が通じるはずもない。
つまり、俺が過去に行った後にしか、意味をなさない会話だ。
「あー……そういうことか」
「……っ」
目に見えてタリーズが息を呑んだ。
そして、一筋の滴が頬を伝うと共に、唐突に抱きしめられた。
やぁらかい。
「…………あり、がと」
「……なんだ、二百年前とおんなじこと、おんなじくらいカタコトで言いやがって」
「…………助けて、くれて。ありがとぉ」
「おう。当然だろ、"お姉ちゃん"」
「もう…………ばかな弟……」
ぎゅ、と俺の両肩に感じる力が強くなる。あの頃はやたらよわっちかった力も、下手すりゃ俺より強くなりやがって。本当に、成長したんだなあと実感さえするってもんだ。
「……ねぇ、シュテン」
「あん?」
「……また、どこか行くの?」
「まあ、そうだな」
「……じゃあ、連れてって欲しい」
「こりゃまた大所帯になりそうだなあ」
いや、別にいいんだけどね。パーティメンバーが増える分には。
ヒイラギ拾って、フレアリールついてくるとして、タリーズが来るとこれで四人?
ってことはちょっと男少ないから、やっぱここは爺さんとかが欲しいとこ?
RPGのパーティつったらやっぱ多くて五人だよな。
(年齢上は)爺さんのどこぞの導師でも声かけるか。一緒に冒険しようぜ!! つったらなんだかんだついて来そうでちょっと期待がかかるところ。
「残念だけど、そういう訳にはいかねえわ。ってか、いい姉弟愛じゃねえの、見せつけるねえ」
「っ!?」
「よう、オカン」
びく、と両肩にかかった手が震えた。そりゃびびるわな、突然真後ろから声かけられちゃ。
そんな訳で、ナイスなボディラインを強調するようなぴっちりした服装でうちのオカンが現れた。その背後に、何故か放心状態のフレアリールが居るわけだがどういう状況だ。
「フレアリール?」
「ひゃ、ひゃい! す、すてきなおかあさまですね!!」
「オカン、フレアリールに何をした」
「あっはっは! こう、ちょっとね」
「こええよ!!」
好戦的な笑みを絶やさないオカンは、そのまま俺とフレアリールの間にあぐらを掻いた。なんだかかわいそうなので、フレアリールを近くに呼ぶ。
てこてこと寄ってきて、すぐそばに正座した。正座て。
「まあ、こんな宴会場で、しかも大衆監視の中でするような話でもねえんだが」
「そりゃ一家揃ってて何故か吸血鬼の女の子まで居りゃそうなるわな」
腰のヒョウタンから酒を飲みながら、全く酒気を感じさせない素面のままオカンは笑う。
「シュテン、テメエこの後どうすんだ」
「まずはクチベ港かね。ダチ待たせてんだわ」
「ほう……で、旅ってえのはまだ続くのか」
「そうだなあ……ってかオカンは気づいてたのか、俺が過去帰りってこと」
「そりゃあんだけネグリ山で派手にやってりゃな。前のお前の強さなんかじゃ、一瞬で消し炭だろうよ」
「言い過ぎじゃねえ!?」
くぷ、くぴ、と喉を鳴らして、やけに美味そうに酒を呑む。んなもん見てたら俺も呑みたくなるだろうが。
近くにあった酒樽から升を取ろうとしたところ、隣に居たフレアリールがさらりと血を操って柄杓と升をもってきた。
「お酌いたします」
「便利だなー……」
「お褒めに預かり、恐悦至極です」
フレアリールに貰った升で粟酒をあけながら、オカンを見れば。
「テメエがなんかの理由で旅してんのは知ってる。二百年前にようやく繋がったわけだしな。……次の目的地はどこだ?」
「一応……帝国の方だな。もうちっと奥な感じがすっから、下手すりゃ共和国領に食い込むかもしんねえ」
「ってえこたぁ、公国通り抜けてハナハナの森通って帝国入りか」
「そうなるな」
「……なら、アルファン山脈に寄れ」
「あん?」
アルファン山脈?
って言えば初めてクレインくんたちと会った場所だ。そんなところに今更とくに用はねえんだが、なんだ急に。訝しんだその気持ちを受け取ったか、オカンはからからと笑うとサムズアップした。
「ようやくそれなりに力を付けたみてえだからな。必ず寄れ。いいな、霊域だ」
「霊域……そういや、霊域はしらねえな」
思えば、霊域なんてグリモワール・ランサーでも行ったことがない。
アルファン山脈のイベントは、山頂で四天王の一人"力"のグルフェイルを下すことだ。逆に言えば、その奥地である霊域は設定こそあれど最後まで行かなかった場所。
「……なんだよ畜生、わくわくすんじゃねえか」
「それでこそだ、バカ息子」
「一度行った場所の、さらに奥が解放される。そんなイベント、浪漫じゃなくてなんだってんだ」
そうと決まれば、さっさと準備しねえとな。
「……準備、する」
「誰がお前も行っていいなんて言ったよ、タリーズ」
「……え?」
立ち上がろうとするタリーズの裾を握り、オカンがストップをかけた。
そういやさっきもオカン、否定的なこと言ってたな。『そういう訳にはいかねえわ』って。
珠片センサーの言うには、以前ヴェローチェさんとのボートを沈めてくれやがったイカの珠片がおそらくは共和国にあるっぽいんだが。旅のお供に、傘でもかぶれば人間に擬態できる妖鬼の存在はありがたいんだけれども。
「タリーズはまだ弱ぇ。ついでにいや、そこの吸血鬼もだ。ってーことで、少しここで鍛えさせて貰う。……さっき聞いた話じゃ、お前の為に生きるとまでぬかしやがったからな、そこの吸血鬼」
「仲間が減っていく!!」
「あとで合流させらぁな。黙ってな、シュテン」
「へえへえ」
まさかのフレアリールまで離脱。ちらりと見れば、何故か知らんが決意に燃える瞳でオカンを見据えていた。おい、何を吹き込まれたんだお嬢さん。
「まあそんな訳だ。クチベシティからの船で公国に渡るってえなら、しばらくはまたご無沙汰だが……また今度顔出せよ」
「……ああ、そうだな。今度はちゃんと、定期的に実家に顔出すようにするわ」
それもできずに、前は無くなった訳だしな。