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グリモワール×リバース~転生鬼神浪漫譚~  作者: 藍藤 唯
巻之伍『妖鬼 企業 吸血鬼』
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第二十七話 ネグリ山廃坑XI 『ランドルフ・ザナルガンド』

「きみとはもう会えないのだと……ぼかぁ思っていたんですが……こんな形で、きみを見ることになるなんて、もっと思っちゃいなかったッ……!」


 右方で燃え盛る炎の壁に、ちりちりと頬が焼かれるような感覚。右手に握りしめた青虹が少々熱を持ち、その熱さに合わせるようにアイゼンハルトの激情も高ぶっていた。


 目の前に居るのは、二年前までともに旅した親友にして、最大のライバルであった青年。二年前のまま、あの頃のまま、幻影は無表情にアイゼンハルトを捉えている。


「……」

「二秒あれば十は喋ったはずのお前さんが……随分と大人しくなっちまって……ぼかぁ、どうしたらいいんでしょうや」


 一つ、大きく息を吐いた。周囲の熱のせいで、少しばかり喉元が暑い。

 額を走る汗は果たして暑さから来るものなのか、それとも正面から来るプレッシャーか。


「その威圧は、変わらんものと。本当に、幻影らしくない気丈っぷりで」


 青虹、偉天の二振りを構える。

 アイゼンハルト・K・ファンギーニの放つ覇気は、おそらく他の追随を許すことはない。その威圧に気づいてか、ランドルフも円月輪を深く握った。


「ああああああああああ!!」

「……!!」


 両者、今の今まで立っていた場所が陥没した。

 その瞬間、もうそこに双方の姿はない。


 空中で一瞬火花が散った。その次は、地面。さらに、炎の壁の付近。


 姿を見ることはかなわない。しかし双方の武器が散らした烈火は間違いなくそこに彼らが居た証。


「はあああああああああ!!」


 だん、と地面を蹴る音。旋回しながら青虹偉天を振るう。


「……!!」

「ちぃ!」


 エンシエント・ロードのスキルが発動した。ランドルフの体から、淡い虹色の光が漏れて出る。と、同時にぶれた。偉天での最高速の刺突が、ランドルフの腹部を貫く。が。


「……」

「あああああああ!!」


 残像。それも、質量を持ちばらけるように動くせいで、本体を捉えたと思った時にはすでにランドルフはそこにはいない。


 だが、アイゼンハルトも何度となくランドルフと戦った男だ。その特性くらい、ランドルフ以上に熟知している。

 すなわち、そのぶれたランドルフの中でもっとも先頭に居る者こそ本体なのだと。だから、つまり。奴が動く方向から凪いでやればいい。


「……!!」

「捉え……たぁ!!」


 が、と円月輪と双槍がぶつかり合う。青虹の青い切っ先が、円月輪の刃とぶつかりあってギリギリと火花を打ち鳴らす。


「実力は、健在。その反応も、きみのもの……なぁ、ランドルフ。……どう足掻いてもきみじゃああらんせんか!! 幻影なんて紛い物じゃあない、きみ自身じゃああらんせんか!!」

「……」

「答えろよ……ランドルフ!!」


 盛大な炸裂音とともに、両者の距離が大きく開く。

 地面を滑る靴音は、燃え盛る炎の轟音にかき消されて殆ど聞こえやしない。


「ああああああああああ!!」

「……!!」


 偉天を振りかぶる。直進してくるランドルフに向かって投擲されたそれは、風を斬り裂く悲鳴のような音をかき立てながら彼に迫る。当然のように回避したランドルフを待っていたのは、聞こえるはずもない"何かを手に取る音"。


「ッ!!」

「……!!」


 いつの間にか眼前に現れたアイゼンハルト。逆手に握るは、投擲したはずの偉天。


 自ら投げたものに後から追いつくなどというふざけた芸当を出来る男は確かに、アイゼンハルト・K・ファンギーニという化け物のみ。


 しかし、その驚嘆に値する事実を、ランドルフは目を見開きながらも円月輪で器用に防いだ。美しい受け方だ。すべての勢いを殺し、あまつさえ自らの手首にダメージなどいっさい行き渡らないであろうその技術。


 その威力を殺しながらのバックジャンプで、ランドルフはくるりと一回転して着地した。


 たまらないのは、アイゼンハルトだ。


「どうして……」


 二鎗を握り、その場に佇んで、俯いた顔は見えず。


 それでも。


「きみじゃああらんせんか、ランドルフ!!」


 その身から溢れ出す激情は、誰の目にも明らかだった。


「……」


 ランドルフは答えない。

 幻影であるランドルフに、感情など存在しない。


 だが当然、アイゼンハルトには感情が在る。だからこそ、両手に握った双槍の先が震える。


 怒りに、悲しみに、焦燥に、そして、喜びに。


「お前さんとの……模擬戦は楽しかった……!」


 ひゅん、と風を切る鎗の音。軽く振り払っただけでヘッドスピードは尋常なものではなく。

 青と赤が、まるで閃光のようにアイゼンハルトの周囲で瞬く。


「ぼかぁ、一番強かった。けどきみが居たから孤独じゃあなかった。技能、力量、思考、反射。戦いにおいて唯一、きみだけが対等だった……いや」


 だん、とアイゼンハルトは地面を蹴った。何度目になるか分からないランドルフとの打ち合い。一瞬にして十数合と打ち合うそれは、いつの日かの当てつけ。


『何驚いてんだよテメエ……!! 光の神子が前衛出来ねえとでも思ったか!!』


 初めて会った日に、ランドルフは世界を縮めるほどの速度でアイゼンハルトへと襲いかかってきた。そうであるがゆえに、アイゼンハルトも同じように今、ランドルフへと突貫した。


 そして、一瞬に打ち合う三十合。


 三十合、四十合。世界最強が全力の鎗捌きで、五十合。


 がっ……と双槍が円月輪によって防がれた。力の押し合いになっても、アイゼンハルトとランドルフの力の差は殆ど無い。


「今も……今も対等じゃああらんせんか……!! ただの幻影に、こんな芸当が出来るものかッ……!!」

「……」

「っ!?」


 円月輪を器用に回転させ、アイゼンハルトのバランスを崩す。彼の動揺もあっただろうが、ランドルフの技量は凄まじい。神蝕現象を使わずに居る今、ランドルフとアイゼンハルトの間にある差は微々たるものだ。


 そして今のアイゼンハルトの動揺は、その微々たる差を埋めるには十分だ。


「返事を……してくれりゃしませんか……!」


 アイゼンハルトの声に答える者はいない。

 分かってはいても、己の胸を締め付ける。


「……なぁ、ランドルフ」

「……」

「ぼかぁ、生き延びることが出来た。お前さんに、生きろと言われて。命を救われて。生きることが、出来たんだ。それで……生きることが出来て良かったと……思ってるんですわ」


 弾かれ、距離をとって。

 アイゼンハルトの声は小さい。ランドルフに聞こえているかも分からない。


 どちらかと言えば己に向かって呟く独り言のような、そのくらいの声量だ。

 青虹、偉天を握りしめる両手に視線を落として、アイゼンハルトはそう言った。


「目標も、出来た。友達も、出来た。あと、気がかりは。きみに礼を言えるかどうかだけだった」


「墓に行くのも、怖かった。そもそも、お前さんの墓があるのかも分からなかったし、何より本当に死んだのだと突きつけられるのが怖かった」


「光の神子が、居るんですわ。まっすぐで、がんばってて、見てて、眩しくて。ぼかぁ、きみの死を受け入れるしか、なかった」


「けれど、目の前にお前さんが居る。幻影なのか、偽物なのか、そんなことも分からない曖昧な状態で。ぼかぁきっと頭がおかしい。打ち合って、昔と同じ強さをもっていることが、嬉しくてしょうがない」


 なぁ、ランドルフ。


「幻影に、こんな強さがある訳がない。きみじゃあ、ないのか。ランドルフ。ぼかぁ、お前さんに言いたいことがいっぱいあって、どうしようもなく、苦しくて」


 本当は、伝えたかった。


 ありがとう、と。


 力を込める。アイゼンハルト・K・ファンギーニの全力。


「……」

「……はぁあああ……!!」


 ランドルフも、それを察したか身構えた。

 アイゼンハルトは全力で、迎え打たねばやられると。


「ぼかぁ……今、助けなきゃいけない人が居る。きみに礼も言いたいし、出来れば最後の話をしたかった。けれど……ぼかぁ、あの子が大事なんだ。だから、そこをどいてくれりゃしませんか」

「……」

「そう、ですか」


 アイゼンハルトは瞳を閉じる。

 一撃で決める、その為に。


「ぼかぁ、ミネリナを助ける。約束、したんだ。理想の未来を作る、と……!!」

「……!!」


 構える。そして、一撃の刺突。


 目を見開き、一気に最高速度での刺突。


「あああああああああああああああああああああ!!」


 ぴくりと。ランドルフが動いた。






 動いた、だけだった。


 ずぶり、と。あまりにもきれいに、肉を穿つ感覚。


「……ぇ?」

「………………よォ」


 顔を、あげた。

 瞬間、ランドルフを貫いたはずの偉天がからんと落ちる。

 いやにその金属音が耳に触る中、しかしアイゼンハルトはあまりにも呆然としていて。


 口元から、一筋の血を流しながら。

 それでも、あのころのようにニヤニヤと悪童のような笑みを浮かべている、青年。


「少し、老けたなお前」

「……な……ぇ……」

「あー……、ようっやく解放されたわ。顔が動かねえって、結構辛いな。ヴォルフ、何であいついつも平気だったんだ?」

「……らん……」

「そうだよ僕だよ。悪かったな。意外と魂の縛られ方がえげつなくてよ……ようやく、逝けそうだ」

「…………」


 けほ、と血を吐きながら。当然死の間際だろうに、努めたように明るく振る舞う、ランドルフ・ザナルガンド。

 あまりにも予想外の展開に、アイゼンハルトは凍ったまま動けない。

 まるで先ほどの真逆の状態に、ランドルフは苦笑する。


「いやしかし、腕なまってっかなと思ったらわりかし平気そうだし。相変わらずつええな。……なんつー顔してんだよ。この世の終わりじゃあるまいし」

「ランド……ルフ……」

「ま、僕にとっちゃおしまいだけどな! 元々二年前に死んだことは分かってたし、諦めもついてんよ。やー、最後にお前とこうして話せただけでラッキーラッキー。……だから、泣くな、みっともねえ」

「なん……で……!?」


 つう、と両頬を何かが伝っていくのが分かった。血などではない。もっと透明で、透き通っていて……体ではない、人の心が流すものだ。


「なんでって言われりゃそりゃ魂縛りつけられたからだが。やっべ、もう時間ねえじゃん」

「っ……!?」


 焦ったように、手のひらを見るランドルフ。その手はすでに、透過してしまっていた。


「い、いくなランドルフ!! お前さんには、まだ……何も……!!」

「みっともねえなすがりつくな! 鎗ぶちこんだのはテメエだろうがボケ!!」

「お前さんが意識を取り戻すなんざ……そんな……!!」

「ったく。あー、結構色々話したいことあったんだけどな。アレイアの奴がぼろぼろ泣いてたり……ああそうだ、カイザルハーンの爺とかまだくたばってねえの?」

「健在でしょうや……、けど、それよりもっ……!!」

「なぁんだよお前。らしくねえな」

「らしくなくもなりましょうや……! お前さんのおかげで、ぼかぁ生きて……生き延びて……」

「ああそれか」


 耳をかっぽじろうとして、もうその手が無いことに気づいて盛大なため息をかますランドルフ。ついでがしがしと後頭部を掻こうとして、どの道手がなくて諦めると。


「それで何もお前に残ってねえってんなら、ぶっちゃけお前さん殺してもいいかなーなんて思ってたんだが。ちゃんと目標が見つかったみたいで、まあ良かった良かった」

「ぁ……」

「なんだよ、あれだろ。あの子だろ、ミネリナちゃん。やー、ヒロインレースなんて呼ぶとアレイアに殺されそうになるんだが、もう僕ら死んでるしいいか。誰がテメエとくっつくのか色々考えてたんだが、まさかミネリナちゃんたあ大穴だな」

「……ぇ……」


 手が無いので、ぽん、とアイゼンハルトのすねを蹴ると。


「ちゃんと生きてんじゃねえか。生きる目標があるってえなら、僕もお前を邪魔する訳にゃいかねえよ。いや邪魔しようってことじゃあねえが、……逆に、あん時お前だけ生き延びさせたこと、実は少し後悔してたからよ。一緒に死んだ方が、お前も幸せだったんじゃねえかって」

「……」

「懸念に終わって良かった……いいダチを持ったな」

「らん、どるふ……!」


 泣くんじゃねえよ。


「っとと、もう本当に消えるわ。やっべ」

「待て! 待ってくれ、ランドルフ!!」

「ええい鼻水だらけの野郎が寄るな気持ち悪い!! 胴体ももうねえし足もねえし終わりだよ!! ラスト!! 一個だけ喋れ!! それで仕舞いだ!!」


 そうランドルフが言う間にも、みるみる彼の姿は消えていく。

 もう別れなのだと。

 最後なのだと。


 突きつけられて、アイゼンハルトは。


 息を吸って……言った。


「――ありがとう」


 一瞬、きょとんとしたランドルフ。

 が、にこやかに、それはもう、この世に思い残すことなど何もない、とでも言うような、さわやかな笑顔で、頷いた。


「――おうっ!」


 それが、最後の言葉で。


 ランドルフの姿は、風にのって粒子となって消えていく。


 さらさらと髪の一本に至るまで消滅してしまうのを、アイゼンハルトは呆然と見つめる他なくて。


「……ぁ……」


 声が、漏れた。


 漏れた声は、決壊する何かの予兆のようで。


「……あああ……」


 膝をつき、くずおれて。空に向かって、アイゼンハルトは慟哭した。


「あああああああああああああああああああああああああああああああああ!!」


 その涙は、燃え盛る炎の側にあってもただただ流れ続けていた。

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