第二十話 ネグリ山廃坑IV 『けっ、使えねえなあのアスパラ』
「……ミネリナ遅くね」
「少し心配になってきたんで、ちょぉ見てきまさぁ。……日傘も、ここにあるわけですし」
「んー……ついてこうか」
「いやぁ、そいつぁ大丈夫でさぁ。その子たち、見といてくれっと助かります」
「んじゃ、そうするわ」
「なんて会話をしてからしばらく経つが……なんかイヤな予感がしてきたな。もしかしてあれか? 一人ずーつ一人ずーつ別世界へと送られてしまうホラー的な。気づいたらミネリナもテツも渋谷の交差点とかに居て六畳一間で生活を始め……るならまあいいか。うん。日本はいいぞ、おもしろいゲームあるし」
夜が白み始める頃。
シュテンは一人腕を組んで仁王立ちしていた。
鬼殺しを背負い、既に消えてしまったたき火の前で目を閉じて。
テツと軽く話をした時にはほぼほぼ真っ暗だった夜空に、淡い色が混じり始めていた。結局一夜眠らなかったが、シュテンにとっては大したことではない。
人間とは違って、そもそも必要な睡眠もそう多くはないのだから。
「もし日本に戻れるとして、しかし俺こんな格好だしな。外国の方々からは「オーウサムラーイ!」とかテンションあげて貰えそうだが、この角バレたらイヤだし。削る? 痛いしなー。今更一度死んだ世界に戻るのもなーんかアレだし、こっちでやり残してること多いし、うん、俺は帰らなくていいや。テツたちが渋谷に行った保証もないけど」
「シュテンせんぱい、なに自己完結してるんですか」
「うのぉ!?」
背後からの声。
まさか起きているなどとは思わず、完全に警戒を怠っていたのが仇になったようだった。振り返れば、ちょっぴり眠そうに瞳の端に涙を溜めて小さくあくびをした少女。
「おはようございますっ」
「起きんの早ぇな」
「最近早寝早起きなんですよ。ほら、みんなを起こすのも楽しいですし」
「なるほど、ダイビングか」
「なぜばれたっ!」
ぎょぎょ、と目を丸くして。薄桃色の髪をふわりと浮かせてハルナは笑う。
「なんて。あたし分かってます、その理由くらい」
「ほう、言ってみろ」
「シュテンせんぱいもそういうのが大好きだからですっ!」
「なぜばれたっ!」
ハルナと全く同じ体勢をとって、オーバーなリアクションを取るシュテン。
それに気分をよくしたのか、ハルナは今度こそ躊躇いなく楽しそうに声をあげた。
シュテンも併せて笑い、朝靄の中二人の声が響きわたる。
鳥が驚いたように羽ばたく中で、ハルナは一つ咳払いをした。
「それもいいですけど、テツさんとミネリナさんはどちらに?」
「湖から帰ってこねえから、迎えに行こうか悩んでたところだ」
「あ、じゃああたしも行きます。顔洗いたかったですし」
さらっと流した言葉にのっかって、ハルナが同行を申し出る。
それが予想外すぎて、シュテンは二、三回頬を掻いた。
あー、と軽い唸りのような声をあげ、思考する。
そもそも行くべきかどうか悩んでいたのだ。もしミネリナとテツに異変があったとすれば、ここに居るクレインたちにも影響が出る可能性がある。そんなことを考えて今まで悩んでいたのだが……。
「いや、行こうか迷ってたんだが……」
「迷うようなことあったんですか?」
「……ねーな。まいっか、行くかぁ」
「ふへ~?」
何のこっちゃ分からないと言ったふうのハルナの隣から、一歩前に出る。
何ならちょろっと様子を見てくればいいだけの話だ。
それに。
「あ、待ってくださーい!」
「ハルナが居れば何らかの魔力変化あれば分かるだろ」
「え、本当にまずい感じっ?」
ぎょぎょ、と相変わらず目を見開いて驚く彼女。
だがプリーストとしての実力はそれなり以上であるし、以前会った時よりも格段にレベルがあがっているのだ。それならば、何の心配もする必要はないかもしれない。
「せんぱい、本当になんかあったんですか?」
「いや、単純にあいつら二人が帰ってこねえってのがな。……逢い引きかもしれんが」
「あ、やっぱりあのお二人そういう関係で?」
「だったらいいんだが、お互いすれ違ってる感がすご……なんでそんな目輝かせてんの?」
「え!? いえいえ!」
確かに他人の色恋沙汰が好きそうな印象はあったとはいえ。
それが知人同士のものとなると妙に居心地が悪いものである。
「なに、そういうの好きなの」
「あ、あはは~! やっぱりこう、気になっちゃうんですよね。シュテンさんはヒイラギさんとは」
「俺はいい相棒だとは思ってるが、そういう感情はねーな。向こうはなおさらねーだろ」
「そっかぁ、残念」
ちろりと舌を出す彼女の表情はいたずらっこのそれだ。
街道に繰り出し、二人で歩いているとケトルブルグ港を思い出す。
しかしずいぶんとあの時よりも明るく、楽しそうで。
それだけに、シュテンもあの時よりも居心地がいい。
「そういうお前さんは、どっちなんだ?」
「ふへ!?」
「いや、クレインか、リュディウスか」
「あ、あはは~。リュディはちょっとないかなーって」
隣を歩きながら照れくさそうに笑う彼女に、シュテンはニヤニヤとしながら
「やっぱりクレインか」
「ええっと!! まだあたしは! 恋とかよくわかんないんで!! 別の話しましょう!!」
「すげえ強引」
「ええっと、テツさんにこの前クラスチェンジってものを教えてもらったん」
「よしその話をしよう」
食い気味だった。
「クラスチェンジ、いつするんだ!?」
「ああいえ、なんかまだ足りないみたいなんです。でもそれがどんなものなのか、テツさん教えてくれなくて」
「けっ、使えねえなあのアスパラ」
「そんなに当たり強かったっけシュテンせんぱいってテツさんに!!」
「それはそれとして、悪ぃが俺も知らねえわ」
「けっ、使えないせんぱいですね」
「きみ俺にそんなに当たり強かったっけ!?」
えへへ、冗談です。と笑うハルナ。
実に相手の境界線ギリギリを弁えているというか、どこまでが冗談で済むのか心得ている節があるからこの少女は恐ろしい。イイ意味で少女的というか、とても毎日が楽しそうであった。
人生エンジョイ勢っぷりでいえば、もちろんこの男も負け知らずなのだが。
「はっはっはこいつめ空まで投げ飛ばしてやる」
「目がマジ!! 目がマジ!! 目がマジ!!」
「目だけじゃねえぜ?」
「激マジだったー!!」
襟を掴まれてわたわたするハルナは、きゃいきゃいと楽しそうだ。
本当に、シュテンのような年上との絡みが今までなかったのか。それとも、こうした半ば甘えた関係にあこがれていたのか。それは分からないし、シュテンもそこを考えるような野暮なことはしないが、それでもお互いが人間魔族の垣根なくただの年上年下ののんびりした関係を築けていることは、とても楽しいことのように思えていた。
「えーっとですね。シュテンせんぱいに聞きたかったのは、ちょっと別のことについてなんですよ」
「クラスチェンジについての、別のこと?」
「そうですそうです。あの、襟離してもらっていいですか――ってふつうに離してください持ち上げないで必要以上に持ち上げないで飛べないあたし飛べない!!」
クレーンのように宙に浮いて、ハルナは慌てたようにぎゃーぎゃー喚く。それがまた愉快ではあったのだが、シュテンもさすがに落っことすようなことはせずにゆっくり着地させた。
胸をなで下ろす彼女は、思った以上に空中に耐性がないらしい。
「あー、びっくりした。えっと、クラスチェンジってたとえばあたしの場合、どっちか選べるらしいじゃないですか」
「ああ、そうだな。どっちがいいかってこと?」
「ですです」
ふんふん、と頷くハルナを一瞥して、シュテンは顎に手をやった。
クラスチェンジ。今はもうこの世に殆どその姿を見ない"精霊族"が人間を祝福することによって身体的強化を施す秘術。
魔王軍によって滅ぼされかけた結果、今はクラスチェンジが出来る人間など両手の数ほども居ないやもしれない。そんな中で、秘術を可能としたのはひとえにあの鍵の存在があってこそ。
精霊族の魂の結晶にして、その恩恵を宿した産物。
であればこそ、逆をいえば人間の方に資格がなければその力を発揮することが出来ない。
資格が何か、に関してテツから答えを得ることは出来なかったが、ヒントなら得ることが出来ただろう。
クラスチェンジは最大で三度。しかし、"アップ"ではなく"チェンジ"というだけあって恩恵を授かる側には選択肢が存在する。
たとえばハルナは"プリースト"だ。サポート型後衛である彼女の役職は、次の二つに変化させることが出来る。
それが、"精錬術士"と"聖神官"の二つ。
「どっちもいーなーって」
「んー……確かにどっちも死にステにはならないな」
「え?」
「いやこっちの話」
シュテンの脳内にあるのは、案の定"グリモワール・ランサーII"。
ハルナのクラスはどちらにクラスチェンジしても戦えるが、結局はバランスが重要になってくる。どちらもヒーラーである普段のスタイルに影響はないが、今のプリーストの職を高めたいのならば"聖神官"の方がいいだろう。
では、"精錬術士"はといえば、補助魔法をより使役出来るようになるクラスだ。相手の攻撃力と魔法攻撃力を入れ替えたり、魔力や体力を強奪したり、自らの魔力や体力を分け与えたり、今ハルナが覚えている仲間の力を高める魔法を強化したり。
「クレインもジュスタちゃんも回復魔法自体は使えるけど、やっぱりあたしがやるのが一番かなとも思うし」
「精錬術士はハルナに別の技術が求められるからな」
「むむっ、それは初耳です」
「聖神官は味方に魔法をいつでもかけられるようにしていればいいから、今までの立ち回りでいいんだが。精錬術士となると……」
「あそっか。敵にも常に魔法かけて妨害出来なきゃだめなんだ」
「そういうことだ」
「……なるほどぉ」
腕組みして悩むハルナは真剣だ。
一歩一歩足を前に進めながらも、なにやらじゅんぐり思考が巡っている様子。
「どうしましょうかねぇ……、っ?」
「どした?」
「強い魔力反応が、湖に。ちょっと心配ですっ!」
「あ、ちょ」
突然かけだしたハルナについて、シュテンも軽く跳躍する。
あっさり追いついてしまった辺りが何とも微妙だが、ハルナはそんなこともお構いなしに湖のほとりに躍り出た。
「テツさ――」
「……テツ」
テツが、居た。
膝をついて、呆然と湖を眺めている。
声をかけるのもはばかられて、ハルナは途中で言葉を途切れさせるしかなかった。
敵の気配はなさそうで、ゆっくりとテツの近くへシュテンとハルナは歩みをすすめる。
彼の付近から、水面を覗き込むと。
おそらく、血で書かれたであろう文字が、浮かびあがっていた。
『テツに向けて、メッセージを贈る』
その一文から始まった、長くなどない伝言は。
テツがその場でただ一人、日が昇った今の今までずっと呆然としている理由として、あまりにも十分すぎた。




