第十六話 クチベシティIV 『いざ、戦場へ』
魔王討伐の五英雄
教国法術の最終兵器・光の神子――ランドルフ・ザナルガンド。
教国のクルネーア教会牧師の子として誕生したランドルフは、生後すぐに祝福を得た。神に与えられし恩恵を手に、人類最高峰の法力を携えて、十字軍の次代の主軸を期待されていた彼。
そんな彼が十三の年に、恩師であった先代光の神子が逝った。
代々光の神子というのは、その者が死ぬまで引き継がれることはない。そして、誰が次代の光の神子になるかというのもランダムだ。その中にあって、ランドルフは恩師の力は自らが受け継ぐといってはばからず、その自信に満ち溢れた言葉はすぐに現実のものとなった。
運命をねじ曲げたかと思えるほどに偶然というのは恐ろしく、ランドルフ・ザナルガンドは光の神子の恩恵すらもその身に宿すことになる。
神の祝福で得た"現人神"の力。
人類最高峰の保有法力。つまりは、保有魔力。
光の神子の力を使い、交友を深めた精霊族から得た最高クラス――エンシエント・ロード。
そして、光の神子の恩恵。
至上最強の光の神子。単独で魔導司書全員を相手取ることが出来る、とまで謡われた彼。誇張ではあったが、それでも確かに下位の魔導司書五人であればあっさり片づけることくらいは出来るほどの力があった。
そしてランドルフ自身、その力を誇りに思い、教国の為に尽くそうと心に誓っていた。
事実、何度も帝国との戦いでは前線に出張った。
魔導司書が挑んでこようと造作もない。彼の行くところ無敗。教国の最大の支えとして、彼は戦いに明け暮れていた。
実力に裏打ちされた自信。
それがあればこそ、ある日受けた勅命は彼に疑問を抱かせるには十分だった。
『僕が居れば十分じゃねえの? なんでまた、五カ国なんざ……しかも帝国と手を組むとか。アホなのかシュルト』
『四神官としてはな、ランドルフ。お前一人を疲労させる訳にはいかないのだよ。他の四カ国からも強者を募り、パワーバランスを取る。むしろお前が一人魔王城に向かっている間に他国が攻めてこないようにするのが、大事なんだ』
『……納得いかねえけど、理解はした。んじゃちょっくら行ってくるわ』
最強の光の神子だ。王国のカテジナ、共和国のヴォルフガング、公国のアレイアの三人とは、手合わせや軽く会話をしたこともある。そして、自分が頭一つ抜けていることもわかっていた。
単純な力量、センス、継戦能力、統率力、知力、法力。
その全てにおいて、劣るところなどどこにもない。
足手まといになるほどではないが、ランドルフが最強だった。
その自信が、顔合わせの際に問題を起こすことになる。
『一応……第二席ってぇポジションにつかせて貰ってますわ』
"各国最強"が集う場所に、"第二席"などというなめた人選をした帝国。
第一席がくるのであれば、まだ納得は出来た。顔を合わせたことはなくとも、"アスタルテ・ヴェルダナーヴァ"の情報はランドルフの耳に入っている。
魔導司書たちを束ねるリーダーであり、帝国の英雄と謡われていると。
だが、この目の前のアスパラガスはなんだ。
体もひょろければ得物もひょろい。バカにしているとしか思えない下手の態度。
自らが強者として頂点に立ち、仲間を指導してきたランドルフであればこそ、あまりにこの男が気に食わなかった。
『テメェ……なめた雑魚だったらぶち殺すぞ』
『なんていうんですかね。ぼかぁ、一応帝国の代表として来てるんで……雑魚呼ばわりされちゃあ、メンツが持たないんですが』
『なら、話は簡単だ』
す、とランドルフが円月輪を構えると、アスパラガスもその二鎗を手に取った。
確かに、強者の気配はする。だが、脅威ではない。
一歩、下がって。
世界を縮める速度で青年に襲いかかる。
『っ!?』
『何驚いてんだよテメエ……!! 光の神子が前衛出来ねえとでも思ったか!!』
一瞬に、三十合は打ち合った。お互い手数で勝負する武装。であればこそ、得物の有利な間合いを取りにかかる。
『潰してやるよ!』
クラスチェンジの恩恵と、光の神子が持つエネルギーブースト、現人神としての力を全て引き出す。全力で、放つは最高の一撃。
が。
――神蝕現象……
『がっ……?!』
『お互いの力量は把握出来た……そんな風には、取れませんかね?』
気づけば、鎗を喉元に突きつけられていて。
その日、ランドルフは生まれて初めて、戦いに敗北した。
帝国最強――アイゼンハルト・K・ファンギーニ。
相性が悪かったと周囲には言われた。だがあまりにもそれが屈辱すぎた。
再戦の申し込みは受け入れられず、生涯無敗であったはずのランドルフはその身にまざまざと敗北を実感させられて、一言。
『僕ちょっと修行してくる』
とあっさりとパーティを離脱した。
今のところ自分より強いアイゼンハルトが居れば、だいたいは大丈夫だろうと高をくくって。
それからしばらく精霊術の行使や己の力量の向上を求め、各地を魔王軍討伐しながら巡りに巡った。試行錯誤の繰り返し、行く先々での様々な使い手との遭遇。それは確かにランドルフの実力を高め、いかに己が修行を怠っていたかを痛感出来た。
そのせいで、アイゼンハルトたちは旅の先々で『ランドルフによって魔王軍が制圧された』という噂や、現地に赴くことになるのだがそれはまた別の話だ。
彼らの再会は、それからしばらくしてのこと。
とある城塞の攻防戦、相手は導師シャノアール・ヴィエ・アトモスフィアと四天王"理"のグラスパーアイ。大量の魔王軍を相手に、アレイアは守備と救護に全て魔力を使わなければならず。ヴォルフガング、カテジナはすでにシャノアールとその配下を相手取って満身創痍。グラスパーアイと戦うアイゼンハルトだけがぎりぎり持っているところに、ランドルフは現れた。
『僕に昔勝った奴が、まさかこんな七三に負ける訳が……ねぇよなァ!?』
『いやぁ……人質取られちゃ中々しんどくて』
『あっそ。前衛しか出来ねえ野郎は引っ込んでな』
だん、と地面を踏みつければ、突如起きた地割れが魔王軍を全て飲み込む。
空中に逃げた連中に向かって、強誘導の破魔刃を大量投擲。
ランドルフ自身は地面を蹴り、グラスパーアイの背後に居た少女を救出。
『貴様……光の神子か……!』
『はぇえなこの野郎ッ……!』
と同時に背中から殺気を感じ、振り向けば。
『まだまだお宅とぼくの戦いは終わってないはずなんですが』
『ちっ』
『タイミングだきゃーいいなオイ、アイゼンハルト』
ランドルフとアイゼンハルト。たった二人の働きによって、一気に人間側が勢力を盛り返す。導師はそれを知ってあっさりと引き、グラスパーアイも唾を吐いて消え去った。
『……うっし、邪魔は消えたし久々にやろうか』
『いやぁ、もうへろへろで』
『嘘つけアスパラが!』
『……聞き捨てなりませんなぁ!!』
ようやく敵が居なくなった、城塞の外で。
ある種今までよりもいっそう激しい戦いが勃発して。
『なんだか……スゴいことになっているんだが』
『ほっとけば? 別にあたしらに害ないし』
『……邪魔をするのは、無粋だ』
仲間たちが見守る中で、ズタボロになったランドルフと、同じくぼろ雑巾のようになってしまったアイゼンハルトの二人が。お互いに倒れ伏して。
同じステージには立てた。ここからは共に研鑽を積んでいく。
そう言ったランドルフが、アイゼンハルトにとっては唯一の"ライバル"となり。
それからの冒険は、彼ら二人の関係がとても強いものになっていった。
そして、魔王城に至ったあの日。
死力を尽くして戦い、三人の仲間を失って尚も食らいついていた二人。魔王は想像以上に強大で、また卑怯な敵であった。ランドルフは全ての魔力を吸収され、瀕死にまで追い込まれて。
一年以上の旅で絆を深めた友人が、一人で死闘を演じているのを見ていられず、ひたすら法力の充填に努めて、いつでもトドメを刺せるように待機していた。
だが、その時割って入ってきた、一人の妖鬼。知っていた。あいつはアイゼンハルトを目の敵にして追い回していた、やたらと強い奴だったと。だが、何故このタイミングで。
あっさり魔王にはじきとばされながらも、一瞬の隙を作った妖鬼シュテン。
その援護により、アイゼンハルトは魔王にトドメを刺すことに成功した。
魔王を殺し、全てに勝利したことで安堵した。
これで全ては終わったのだと。仲間は失っても、目的は果たせたのだと。
よくやった、と言ってやりたい気持ちもあったが、中々動けずに居たその時。
帝国書院が、現れた。
多くの書陵部職員を引き連れて、数人の魔導司書さえ従えて、アスタルテ・ヴェルダナーヴァは悠然とそこに居た。
アイゼンハルトを、始末するために。
ふざけるな、と声を大にして言いたかった。あれほどまでに戦い、国の為に尽くした奴をあっさりと殺すなど。そんなことは許されてはならない。叫びたかった。だが呼吸さえも覚束ない状況で、何が出来るはずもない。
ちらりと、妖鬼シュテンがこちらを見た気がした。何をする気だ。わからなかったが、それでも法力を使う準備は出来ていた。わかっていた、もう自分は死ぬ寸前だと言うことくらい。
だから、そんな死に体で出来ることは、ただ一つ。
満身創痍で、動くことさえままならないのはアイゼンハルトも同じだった。あっさりと、ヴェルダナーヴァに殺されてしまうかと、そう思った時。妖鬼シュテンが、その部下の凶刃からアイゼンハルトを庇う。その勢いで、ランドルフをアイゼンハルトの方に蹴りとばした。
アイゼンハルトが、驚いたようにランドルフを見る。
そんな間抜けな顔を、間抜けな奴にされたら笑いがこみ上げてくるじゃねぇか。肺がやられてるってのに、そんな変顔すんじゃねえよ。
口元から血を流し、喉をこみ上げてくるどろりとした血液を耐えながら、息を軽く吸う度に軋む喉を抑えながら。努めて笑って、アイゼンハルトにこう言った。
『お前は、生きろ……!!』
最大限の法力を。全体の一割にも満たないその法力を全力で使って、アイゼンハルトを出来るだけ遠くに転移させた。願わくば、その先でのたれ死なないことを祈って。
「……あり得ない話ではないね」
カップを手に取って、優雅に香りを楽しみながらミネリナは頷いた。
赤髪のツインテールが、彼女の頭の動きに同調してふわりと揺れる。いつものように足を組み、チェアに深く座る彼女の立ち振る舞いは吸血皇女さながらと言ったところだろう。
「あちっ……」
猫舌でさえなければ。
「だから冷ますことも出来ると店員さんが言ってたでしょうや……」
「う、うるさいな。私はそういう部分にこだわりたい吸血皇女なのだよ」
隣からの白い目をスルーして、テーブルを挟んだ正面に座るシュテンに向けてミネリナは視線を向ける。というのも、シュテンが今日持ちかけた話が問題だった。何でも、吸血鬼の少女が結界に自分が入ったことを感知して夢にでたというのだから。
「……やっぱり主ってシュテンさんだったんですね。最初からシュテンせんぱいの名前出せばフレアリールちゃんの説得簡単だったのかなあ」
「いや無理な話だろそりゃ。それで自分責めんな。あとふつうに先輩呼びすんのな」
「後輩の特権です」
光の神子一行からは、今日は代表してハルナが一緒に居る。
薄桃色の髪をくるくると弄りながらはにかむ彼女の発言を流しつつ、シュテンは本題へと戻った。
宿屋の食堂は、昼前という時間もあってか微妙に空いている。それだけに話もしやすかった。
「で、あの子の言うには帝国書院と冒険者協会のほかにも、吸血鬼が押し寄せてくるらしい」
「……」
「ミネリナ?」
「え、あ、ううん。何でもない何でもない」
一瞬ぼうっとしていたミネリナに声をかけると、わたわたとあわてたように首を振った。何のこっちゃと思いつつ、それでも本題の為にシュテンは口を開く。
「俺はぶっちゃけあの子に死んで欲しくないし、帝国書院と吸血鬼の軍団が鉢合わせたら洒落にならんとも思う。この少人数で上手くやるには、もう先んじるしかねぇと思うんだが……どうよ」
「シュテンの言う通りだね。いくら秘匿を重んじる吸血鬼だからといって、そのやり口は横暴極まりない。絶対に、そんなことをさせてはならない」
鷹揚にミネリナは頷いた。
そうなれば、話は簡単だ。シュテンは椅子から立ち上がると、三人を見渡して言う。
「んじゃ、さっそくネグリ山に殴り込みますか。ハルナ、ほかのメンバーは?」
「リュディは修行、クレインとジュスタちゃんは買い出しかなって」
「オッケー、それが片づいたら出発だ。やったろうぜ、ネグリ山突貫」
おー、という軽いかけ声。テツは相変わらずのんびりとした声であったが、それでも意志は感じられた。まあいいだろと席を立ち、宿屋の奥へとシュテンは向かう。
解散ということもあって、ハルナも外に出て行こうと立ち上がる。と。
ちゃりんという音を響かせて、慌ててハルナはそれを拾った。
「あ、いけないいけない。落としたらダメだよね、うん」
「……ハルナちゃん、そいつぁ……」
「え?」
驚いたように目を丸くするはテツ。
彼もよく知る精霊族の気配をその"鍵"から感じ取って、テツはハルナに問いかけた。
「ハルナちゃん、それが何か、知ってるんで?」
「一応、シュテンさんからリュディがいろいろ聞いたみたいです。あたしの見立てだと、精霊族の魂を濃縮して精製されたものに見えるんですけど……使い方はよくわからなくて」
「……なるほど。ぼかぁ、精霊族にゃあスゴく世話になったんで」
感慨深げにその鍵を手に取ったテツは、そっとその鍵を撫でてから。
「ハルナちゃん。クラスチェンジの正しいやり方……お教え、しときます」




