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グリモワール×リバース~転生鬼神浪漫譚~  作者: 藍藤 唯
巻之伍『妖鬼 企業 吸血鬼』
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第九話 ホワイトスカル号I 『せんぱい』




 ケトルブルグ港での一夜が明けて、心地の良い潮風を感じる朝が来た。


「……んむ?」


 ぐーすかと、宿屋の一室で眠っていたシュテンはうっすら目を開けて。眠った時よりもやけに天井が遠いような気がして、疑問の声を漏らした。若干、じんとした痛みを感じる背中。


 どうやらベッドから落ちていたらしかった。


「あ~……!! 久しぶりにベッドで眠るっつー素晴らしいイベントをこなしたってのにどちくしょう……テンション上げすぎて意味ねえじゃねえか俺の体」


 勢いよく上体を起こして、こきこきと首を回す。あんまり首によくないらしいことはユリーカから聞いていたが、今更止められる癖でもなかった。


『体、大事にしなきゃダメ。シュテンが怪我して痛いのは、きみ一人じゃないの』


 むぅ、と膨れた顔の桃髪の少女を思い出す。


 魔界でも元気にやっているだろうか。


 しかし、あの時唇にふれた感触を思い出すと今もどこかもやもやとした気持ちに囚われる。やっかいな呪いでもかけられたのかと濡れ衣同然の八つ当たりをユリーカにしつつ、シュテンは大きく伸びをした。


「んー……おし、体の調子は悪かねえな」


 うんうんと一人頷いて調子を確かめて。


 立て掛けてある鬼殺しを手に取って、寝相で崩れたベッドシーツを整えようとした時だった。


 軽いノックの音とともに、可愛らしいソプラノの声が響きわたる。


「シュテンさーん、起きてますかー?」

「ああ。用があるなら入ってきていいぜ」


 扉の向こうからひょっこりと顔を出したのは、ちょうどさっきまで思い出していたユリーカとはまた違う薄桃色の髪をした少女、ハルナ。


 照れ隠しのように軽く笑いながら、「お迎え来ました」と一言。


「さんきゅーな」

「いえ。あ、それと」

「あん?」


 迎え。


 ということはもうそろそろ出なければいけない時間なのだろう。

 ジャポネ連絡船ホワイトスカル号。昨日シュテンたちがジャポネに行く旨を告げると、クレインたち光の神子一行も付いてくるという話になったのだ。


 勿論反対する者もおらず、何なら目的が吸血鬼の救出だと聞いてむしろ団体行動をした方が良いだろうという話にまでなっていた。


 そんな訳で、ハルナは待ち合わせ時間までぐーすか眠っていそうなシュテンを迎えに来たというところだろう。


「昨日は、ありがとうございました。おかげですっきりしましたし、あたし自身もっと頑張ろうって思えたんです。シュテンさんに言ってもらえたこと、大事にします」

「あんなもん、通りすがりの妖鬼の戯れ言だ。礼を言われる筋合いなんてねーよ」


 ぺこりと頭を下げるハルナの側を通りすぎ、シュテンは彼女の背後にあった扉を開く。準備はもうできているのだ。もとより荷物などほとんどない。よせやいよせやいと手で払いながら、シュテンは笑う。


 ハルナはそんなシュテンの若干気恥ずかしそうな表情を見据えて、小さくはにかんだ。


「おい何だ今の笑い。あれか、失笑か」

「ち、違いますよ! なんだか、頼りになる冒険者(ブレイヴァー)の先輩みたいだなって。ああすみません、冒険者(ブレイヴァー)よりずっと強いですよね……?」

「まあ、冒険者(ブレイヴァー)じゃねえにしろ旅はしてるからなあ。しかし先輩か……」

「えっと、ごめんなさい。失礼でしたよね」

「いや、懐かしいなと思ってよ」


 そっと顎を撫でて、シュテンは頷く。前世の記憶をまさぐれば、学生であったあの頃はよく先輩後輩と名前のあとに付けられて呼ばれていたものだ。


 この世界に来てからはそもそも学校らしい学校も公国にしかない上に、そもそもシュテンがそこに入学するなどあり得ない話であるから"先輩後輩"という間柄が酷く昔のものに思えていた。


「まあ、それなりに先輩らしく何かできたってえなら、まあそりゃ先輩だからだよ。年上が年上であるためには、年上らしくなきゃあならねえ。ハルナが俺のことを先輩として見てるなら、そう迂闊にふざけられねえか」

「あ、いえいえ。楽しいですから。ぜんぜん、そういうのは気にならないというか……なんか自由に生きてるのが楽しそうだなって」

「お、きみも人生エンジョイ勢になるか!?」

「え、遠慮しておきます」

「なぜだ!!」

「え、ええ~……」


 頭を抱えて「最近の若者は」だの何だの言い出したシュテンを、若干額に汗を浮かべて眺めるしかないハルナ。パーティ内ではそこそこお転婆で通っていたはずなのだが、常識の埒外に居る"先輩"を見ているとまだまだ自分は"常識的な後輩"なのだと実感させられる。


 そしてどうしてか、それがたまらなく楽しかった。


 修道院では、幼い頃から先輩でなくてはならなかったからか。それとも、頼る者が居なかったからか。何れにしたって相談相手など居ない状況であったことには変わりないから、今の状況がとても新鮮に思えて、ハルナは笑う。


「えっと。最近の若者でいいですから、行きましょうシュテンさん。ほら、もう時間無いですし……ね?」

「何もかんも今の公国の政治が悪いんじゃぁ!! 首都のパレードに山車持ち出して参加してやらぁ!!」

「大問題になるので辞めてください!」


 思わずツッコミを入れて。


 シュテンが一瞬きょとんとしてから、笑って言った。


「お前さん、昨日のエンカウントの時も思ったけど中々やるじゃねえか。うし、行くか」

「あ、は、はい!」


 いったいどこからが予定調和のおふざけだったのかは全く分からないが。

 訳の分からないままにシュテンはすたすたと先に行ってしまう。


 呼びに行って自分が遅れる訳にもいかないと大慌てで後を追いかけるハルナに、シュテンが前を向いたまま軽く口を開いた。


「ま、頼れる奴がいねえってんならいつでも相手してやるよ。あいつらに話せねえようなことがまた合ったら……そんときゃこのシュテン先輩を呼ぶといい。な?」

「あ……。はい! ……シュテンせんぱい!」

「え、マジで呼ぶの!?」

















 さざ波の音が耳に触れる。


 クチベ・ケトルブルグ間連絡船ホワイトスカル号は、二十人ほどの乗客を乗せて先ほど港を離れたばかりであった。ジャポネのクチベシティに到着するまでは、まだ一泊するほどの時間がある。乗客たちは各々が好きなように船旅のひとときを過ごしていて、甲板に出ている者も少なくなかった。


 シュテンもまたその一人。


 欄干に体重をかけてぼんやりと外を眺めながら、船がかき分けて進んだ後の波の音に耳を傾けていた。


「いやぁ……船旅ってぇのも、浪漫だねえ」

「そうですなぁ。ぼかぁこの海の香りって奴が大好きでして」

「おおう、居たのかテツ」

「やあやあどうも」


 思いの丈を言葉にした、たった一人の呟き。それがさらりと隣から拾われて、シュテンは少々目を丸くしてテツを見た。彼も同じように欄干に両腕を預けた姿勢で、潮風に靡く己の髪をかきあげてニヒルな笑みを見せた。


「鬼のお兄さんなら、ケトルブルグからクチベくらい泳いでも渡れるんじゃあないか、なんて思ったりもするんですが、それは野暮ってもんでしょう。こうしてゆっくりとした旅に自然に身を任せられるってぇのが……ぼかぁ好きなんでさぁ」

「まあ実際泳いだしな。公国とジャポネの間」

「……冗談のつもりだったんですが、マジですか鬼のお兄さん」

「マジマジ。あれ飽きるぜ結構」

「はっはっは……いやぁ、体力を考慮しないあたり、流石ですなぁ」


 楽しそうに、テツは笑う。


 ふと、シュテンはそこで思った。


 そういえばテツはクレインたちと挨拶は交わしたのだろうかと。


 ミネリナは光の神子たちに何か思うところがあったようであったが、テツの方はどうなのだろうか。魔王討伐に出向く彼ら。魔族と人間が争うことを嫌うテツが、彼らを見てどう思ったのかは気になるところではあった。


「……ちょっと、話ぁしませんか」

「あん?」


 それを、問いかけようとしたのとほぼ同時か少しテツの言葉が早かったか。

 潮騒(しおざい)の音をバックに、テツがゆっくりとシュテンの方を向き直る。


 そして、ぼんやりとした口調のまま彼は呟いた。


「シュテンってぇ名前の妖鬼……」

「おう。どうかしたか?」


「なあ、鬼のお兄さん」


 問いかけはゆったりと。

 しかし、口調ははっきりと。

 黒曜石のような瞳をまっすぐシュテンに向けて、テツはゆっくりとその言葉を口にした。


「お前さん、アイツと何の関係があるんですかい?」

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