第十一話 ハナハナの森I 『帝国の玄関』
九尾の彼女と別れた俺はそのまま野宿で夜を明かし、また鬼殺しを担いでハナハナの森へと向かって歩いていた。
予想でしかないが、ハナハナの森内部に珠片があると踏んでいる。今までに訪れたどのダンジョンよりも敷地が広大なことが一つと、あともう一つ。
そのせいで俺は朝からスゴくイヤな予感がしていた。
「……若干、珠片の位置が動いている気がする」
気のせいであると願いたいところだが、実際そうもいかないだろう。
おそらく既に珠片を取り込んだ何者かが居て、あの近くを徘徊しているということだ。
もしハナハナの森の外に出たのだったら人間の誰かが取り込んだのだろうと思えば良かったのだが、そうではないらしい。ハナハナの森内部でうごめいているとすれば、おそらくモンスターが珠片の影響を受けているのではないだろうか。
「……鬱だ」
珠片を取り込んだ魔獣が正気を失っていたら、当然ながら倒さねばならない。だが俺が珠片一つで馬鹿みたいに強化されたのと同じように、魔獣もきっと強くなってしまっているだろう。
それを無視する訳にもいかない理由の一つが、主人公クンたちの存在だ。アルファン山脈の次の次。つまり俺が今現在進行形で歩いているウェンデル高原を経て、主人公クンたちはハナハナの森に入るだろう。
その時に珠片を取り込んだ化け物の相手を出来るとは、とうてい思えない。
「物語をクリアさせることが俺の仕事って訳じゃないけど……出来れば心情的に、成長して魔王を倒してもらいたいからなあ。一ファンとして」
まあ、俺に善意とかそういうものは全くない。単純にファンとして、物語を完結まで導いてほしいくらいの気持ちだ。
そのために、頑張れるなら頑張ろうくらいの気持ちで居る。
「さて、と」
鬼殺しを担いでえんやこら。
やって参りましたハナハナの森。
ウェンデル高原から直接繋がっているこのダンジョンは、全二階層という驚きの少なさを誇る。ただしその面積は広大で、出てくる敵の強さもそこそこだ。まあそれでも、ハブイルの塔の鬼よりは弱いので俺が気にするようなレベルではないのだが。
木の根っこが壁に食い込んだ風景が特色の地下一階と、お天道様の元鬱蒼とした森が続く一階。この二面をうまく移動しないと帝国の領土にはたどり着けないというダンジョンがこのハナハナの森なのだ。
「じゃ、行くか」
ウェンデル高原の道からそのまま、ハナハナの森に足を踏み入れる。一瞬で景色が草原から森林に変わるのは、RPGならではといったところか。徐々に徐々に森になっていくのではなく、不自然なまでにここからハナハナの森! みたいになっていておもしろい。
この森の中に出現するモンスターも何種類かいるが、鬼殺し振り回してりゃ負けることはないので省略。それよりも問題は……。
「帝国書院の人間が居る……?」
見つかると厄介この上ないので、とりあえず木の枝に跳び移って様子を窺うことにした。
帝国は他の国と違い、軍よりも強い戦闘組織がある。それが帝国書院と呼ばれる一種の結社で、皇帝の名の下に作り上げられた"歴史編纂委員会"だ。
Iでは主人公が帝国書院の所属で、IIでも仲間で一人帝国書院の人間が登場する。だが、あまり帝国内部にスポットライトが当てられることはなく、本格的にかかわってくるのはIIIになってからだったりする。
IIIでの説明だと帝国書院は"帝国に都合の良い歴史を作る為に編纂及び外敵の駆除から情報戦まで何でも行う戦闘のプロフェッショナル集団"としてようやくどういう組織だったのか明かされ、
俺たちがIやIIで主人公や仲間にしていた奴らはとんでもねえ悪役だったんじゃねえか!
とやたらツッコミを貰っていたことを覚えている。
帝国書院の中でも様々に部署が部類分けされており、その中で戦闘に長けた集団が帝国書院書陵部の連中だ。
皇帝及び帝国の栄えある歴史を作る為、外敵は全て駆逐し史書を美麗に飾りたてる。
そんな連中だった、のだが……。
説明が長くなったけれど、ぶっちゃけ俺が言いたいのは。
「IIのストーリーにこんな展開あったっけ」
これである。
IIには、まだ帝国書院が表にでてくるような場面はなかったはずなのだ。それも、戦闘のエキスパートである書陵部を繰り出してくるような展開など、余計にあり得ないと言える。なのに何故、今こうして書陵部の人間がハナハナの森内部に張り込んでいるのか。
「……いや、分かってることだよ」
珠片のせいだろう。
ほぼ間違いない。さすがに九尾の子が入ったにしては情報が早すぎるし、そうなればおおかた、珠片を取り込んだ魔獣が大暴れしていることが帝国書院の耳に入ったのだ。
「……となれば、まだ珠片の魔獣は倒されていないな。いや、仮定でしかないんだけど」
魔獣が討伐されて帝国書院に珠片が取られるのも、なんだかまずい気がする。
帝国魔導は教国の魔法や公国の法術に比べてずっと攻撃的だ。そんな場所の研究サンプルに持っていかれたら、どんなことになるか分かったもんじゃない。
「しゃあないかぁ」
結局、俺が珠片を回収する方針に変わりはなさそうだ。
「珠片の気配を探りつつ、書陵部の連中に見つからないように動く。……難しいな。ま、バレたらバレたでその時、って感じにしようかな」
ぴょん、と木を飛び移る。
ばれたら仕方がない、と割り切ったとはいえ見つからないに越したことはないのだ。とりあえず珠片の反応を追う際にはずっと木の上を渡っていくことにしよう。
バレた。
「妖鬼……!?」
「それにしては力が異常だ……! また変異種か!?」
「いや、そもそもどうしてこんなところに鬼族が!」
ひのふのみのよの……ざっと十人くらいの帝国の人間に取り囲まれております。いやね、俺も思ったんだよ。木の枝ぴょんぴょんしてたらどっちみち音で確実にバレるって。だから降りて珠片の捜索してたんだけど、そもそも木に上ったのは降りたらバレるからで。
いやあ、我ながらバカなことしたなぁはっはっは。
ははっ……。
「ああいや、俺怪しいもんじゃないよ? ほら、この通り」
「魔導レジストの着流しに……いや、なんだあの鬼は……! そうでなくとも生身で魔法防御が高いなど……そんな馬鹿な話があるか……!!」
「え、そうなの? 俺生身でも魔法防御あるの?」
「く、くるなぁ!!」
あーあ、怯えられてやんの。
いやどうしようかなーこの状況。生身でも魔導防御がちゃんとあるっていうのは初耳なんだけど、試すのも怖いしやめておこう。
珠片の反応近いし、さっさと回収しに行きたいんだが……こいつらに追いかけられても面倒だなあ。お揃いの黒コートに身を包んだ怪しげな一団が、群青色の着流しを着た鬼を囲む絵面。なかなかないとは思うけど、さてどうしたものか。
「い、いや、所詮は鬼よ!! 我が帝国魔導の敵ではない! 撃てええ!!」
「うぉっとととと!?」
取り囲む十人以上からの同時多角攻撃。飛来する炎の弾や水の鞭はまだしも、さすがに地面から生えてくる槍とかは対応が難しい。
ほっ、よっ、とっ、はっ!
まるでドッジボールで最後に残った時のようなてんぱり具合。
だけど俺知ってるんだ、こういう時が一番クラスで輝くんだって。
いや、前世のことは忘れよう。悲しくなるだけだ。
「えええいちゃんと狙えええええ!!」
隊長らしき人間の合図で、さらに攻撃が激化する。当たると痛そうだから避けているけど、これきっと動体視力もかなり上がってるんだろうな。でなけりゃ矢ほどの速度で襲撃してくる魔導弾を、放出されてからコース把握して避けるなんて芸当が出来ているはずがないし。
いや、何で避けているかって言われると答えに困るんだけど、ぶっちゃけ鬼殺し一振りで何とかなりそうっちゃなりそうなんだけどさあ。
そんな風になめて時間を稼いでしまったからだろうか、いつの間にか騒ぎを聞きつけてちらほらと敵が増え始めた。
あーもうしょうがねえ、やるか。
と、鬼殺しに手をかけたその時のことだった。
突如周囲を迸るように炎が突っ切る。その威力たるや、一瞬で人間が炭になるほどだ。なにが起きたのか分からないままぼろ、と黒くなった人間だったものが崩れていく。
炎は走る、次々と規模を広げ、書陵部の人間を追いつめて焼き殺していく。
……まあ、これはあれでしょうな。
狐火、って奴でしょうなぁ。
「ありがとう、助かったよ」
「……助けを求めているようには、見えなかったけど」
どうせどこかにいるだろうと思って礼を言えば、ひらりと俺の前に飛び降りてくる銀の少女。九つの尾がふわりと重力に従って地についた。昨日会った時とは違い、何故か帝国書院の隊服に身を包んでいる。
「何その服」
「いつまでも魔力で作った服で居られないから、剥いだの。それで……」
なんて奴だ。裸族を一人生み出すなんて。
一度言葉を切った彼女は、辺りを一度見回してから呆れたように続けた。
「情でもかけてたの?」
「いや? なんだろうな。よくわかんね」
「言葉を喋るからって、私たちと一緒じゃないんだから。そこ、弁えない奴が私の前でいっぱい死んでいったの。まあ別に生きてて欲しいとも思わないけどね。今回のは、形だけでも借りを返そうと思っただけ」
「ありがたや~、ありがたや~」
「ほんっとうにふざけた男ね」
なんでこんなのと知り合っちゃったんだろ、とあきれ混じりにそう言う彼女。
言い過ぎだろ、涙が出るぜ。
「帝国に行ったんじゃなかったのか?」
「それを言うならあんたもなんでこっち来たのよ」
「俺ぁこの森の中に用があってな」
「……私は、行こうとしたんだけど。こいつら何者?」
「あ、帝国書院とか無かったのね、おまえさんの時代」
「帝国……書院?」
十中八九、帝国書院の人間に阻まれたのだろう。
今のように狐火で一掃できる雑魚ならまだしも、帝国書院にはもっと強い奴がうじゃうじゃいる。それこそ、ラスボス級の奴が。
「帝国書院ってのは元々皇帝が作った裏の組織が元らしいな。なんでも、輝かしい歴史を編纂する為に作られた特殊部隊、だとか」
「っ……! それ創立した皇帝、まさかタロス5世じゃないでしょうね……!」
「誰だよタロスさん」
「あんたに聞いた私が馬鹿だったわ……」
表情を険しいものに変えた彼女は、くるりと背を向けて跳躍した。
何か因縁でもあるのか。
まああのイラついた顔をみる限り、知り合いとかそんなところなんだろうなあ。
もしくは、魅了で惚れさせちまって、本当に国を傾けてしまった時の皇帝、とか。
まさかな。