第六話 ケトルブルグ港II 『巨人軍逆指名』
急停止した馬車と、すでに魔獣に取り囲まれた馬車。二つの馬車が、花街道の中央に停止していた。周囲を取り囲む人喰い花と、大量に転がったノーベルウルフの死骸。
相対するは、魔界四天王と光の神子の一行であったはずが、突如の乱入者によってその構図は覆された。
百はくだらない数の魔獣を相手取り、疲労に染まった彼らの前に仁王立ちする一人の青年。尋常ではない覇気をまき散らしながら、しかし彼らを庇うように立ちふさがって高らかに笑う。その愉快げな表情に嘘は無く。突如現れた天災のような存在に、四天王ジェイルコマンドは口元をひきつらせた。
「貴様は……何者だ……!?」
「よぉ、四天王の三番目。こんなとこで何してんだよ。お前の登場はもっと後だろうが」
「なぜこちらの事情を……っ、そうか、貴様が導師の」
「あぁ……まぁそうだな。吸血鬼野郎。もしかすっと俺と敵対すんのは……あんまりよくねぇんじゃあねえか? たぶんどっかの魔導具店の店長が黙ってねぇと思うぜ?」
「……!!」
盛大に表情を歪ませるジェイルコマンド。
不敵に笑う、着流しの妖鬼。三度笠をす、と上げてその金の双眸で四天王を威圧する。
「四天王の、三番目……?」
対して、クレインたちはこの会話の意味が全く分からなかった。
確かに、力のグルフェイルと理のブラウレメントは倒すことができた。だから、三番目なのだろうか。それとも、格付けの上での三番目ということなのだろうか。
何れにしても、"登場がもっと後"という言葉の真意が伺い知れない。
庇ってくれているのは分かる。
だが、あの聖府首都エーデンで出会った時よりも遙かに、その存在を遠く感じた。
いつもいつも、頼もしい強さを見せつけてくれるこの青年は。きっとどこか、自分たちが知らない場所を知っている。分かってはいたことだが、今回はそれがより顕著に表れていた。
「……クレイン」
「分かってる」
リュディウスが、視線で訴える。ひとまずは、このカニバルプラントたちを片づけるべきだと。ロングロッドを握り直し、若干不安が残りつつも雑念を振り払う。
あの青年は、間違いなくあの日自らを体を張って助けてくれたシュテンという男であり。そして、今もこうして味方してくれている、頼れる存在なのだから、と。
「妖鬼、シュテン……テメエ、いったい何を考えてやがる。光の神子を庇うなんざ、魔族として正気とは思えねえ」
「さてな。案外、何も考えていないかもしれねえぜ? 俺の心でも読んでみろよ、吸血鬼」
「……舐めるなよ」
鬼殺しを担いだシュテンは、飄々としているように見せて既に臨戦態勢だ。
ジェイルコマンドにとって、これほどの挑発もない。人の弱さを覗くことこそが、彼の力の本領なのだから。あんなに隙だらけの男の心中を覗くことくらい、造作もない。
「…………」
「言ってみろよ。俺は今何を考えてるでしょーか」
ジェイルコマンドの魔導パルスが発動したことくらい、周囲に居た面々にも分かった。あまりにもありきたりな挑発のせいで、ハルナもジュスタも彼の異様な雰囲気に気が付き振り向く。余裕そうなのはシュテンただ一人。
ぷるぷると震えるジェイルコマンドは、怒りも露わに顔を赤くして怒鳴り散らした。
「なぁにが"お前の顔ジャポネザルに似てるな"だ貴様ァ!! 四天王をコケにして、生きて帰れると思うなよ!!」
「……心中でも挑発してたの。あの妖鬼」
白い目を向けるジュスタ。
だが、彼女の顔は一瞬で強ばった。尋常ではない闇の魔力が、ジェイルコマンドの手に渦を巻いたからだ。あれを受けてしまえば、一撃でこの一帯が消し飛んでもおかしくはない。
「導師がどうとか関係あるか……貴様は我を侮辱したのだ、それだけで殺すには十分すぎる」
「あーうんうん、それでそれで?」
「どこから本取り出して読んでんだ貴様ァ!!」
懐から『まおうとうばつものがたりIV』という絵本を取り出して片手で読みはじめたシュテン。ジェイルコマンドの文言など、右から左に突き抜けているに違いない。
「容赦などしてやるものか! 死ね!!」
まずい、と本能で察したジュスタだが、彼女にあれを迎撃するような武装はない。
ならば回避をと思うも、馬車の中には罪無き御者を押し込んだままだ。
どうする、と思考するよりも先に、凄まじい速度で放たれる黒の球体。
まっすぐにシュテンへと迫るそれを、もし彼が回避などすれば馬車に向けて一直線だ。
「四番、サード……シュテン。バンバンバン、バンバンバン、バンバンバンバンバンバンバン……オラアアアアアアアアア!!」
そして、そんな心配は杞憂に終わった。
「なにぃ!?」
「打ったぁあああ! これは大きい! 伸びて、伸びて、伸びて……入ったああああ! 文句無し!! シュテン選手、値千金のツーランホームラァアアアアン!!」
なぜか鬼殺しを宙に放り投げガチで喜ぶシュテン。
確かに、フルスイングされた鬼殺しによってあの闇の球体は上空へ吹き飛んだ。そのはじきとばされた速度が鋭すぎて、途中で蒸発して消えたほどには。だからどこにも入ってなど居ないのだが……どうやらその辺り全く聞く耳を持たないらしい。
「……なっ……」
絶句するジェイルコマンドだが、次の瞬間には我に返ると、怒りも露わにシュテンに向けて突貫した。今の彼は、鬼殺しを投げたせいで丸腰である。
「しぃねええええ!! 馬鹿がああああ!!」
「シュテンさん!!」
激昂と共に叫ばれたその言葉に、さすがにクレインたちも状況に気づく。
思わず叫んだ名前。呼ばれた当人はと言えば、何も気にする様子はなく。
血で創造された三叉の槍がシュテンを貫く寸前、彼の姿がブレた。
「妖鬼相手に接近戦は流石に――」
貫いた、と思ったその瞬間、背後から聞こえた声。
眼球をぎりぎりまで背後にスライドさせ、その姿を捉えようとするも。
「――舐めすぎだ、おまえさんの方が」
宙からようやく落下してきた鬼殺しを手に、軽やかに回転させてそのまま……柄で盛大にジェイルコマンドを引っ叩いた。
「がああああああああああああ!!」
「投手打っちゃぁ、退場かな俺」
地面を滑り、二度三度とバウンドして転がったジェイルコマンド。
たった一つ周囲に思い知らせたのは、圧倒的な力の差。
「……ぐ、が……」
「ま、そんな訳だ。帰れ。……吸血鬼が、今どういう動きしてんのか知らねえけどよ」
「……主の言う通り、貴様は本当に邪魔な存在のようだな……! 今に駆逐してやるから覚えていろ……!」
よろり、と立ち上がったジェイルコマンドの姿が薄れていく。
魔族特有の移動魔法には、クレインたちも心あたりがあった。
「主ねえ……ほんっとにきな臭くなってきやがった」
ジェイルコマンドが掻き消えて、どこに行ったのかは分からない。けれども、今一番の脅威が去ったことにクレインたちは胸をなで下ろして。
しかし、周囲を取り囲んでいたカニバルプラントの統率が乱れ、こぞって襲いかかってきた。
「っ!」
「まだ、終わっちゃいないかっ……!!」
警戒に徹していたクレインとリュディウスが、各々の武器を構えてカニバルプラントたちを睨み据える。と。
「カオスティック・メテオ」
「っ!?」
呟かれた祝詞と共に、馬車の周りに居たカニバルプラントたちめがけて大量の黒い炎が降り注ぐ。それも、ただの炎ではない。消滅の属性を持った闇魔力。
引火すると同時に次々とその姿を保てなくなり滅んでいく魔獣たち。
悲鳴を上げて燃え尽きていくカニバルプラントはやがて、花畑の中に逃げ戻っていった。
「ええっと」
突然の出来事が重なりすぎて、ハルナは一人頬を掻いた。
魔力波動の根源位置をいち早く察したクレインは、先ほど突っ込んできた馬車のほうを徐に振り向いて。すると、馬車の屋根の上に一人足を組んでくつろぐ少女の姿が見えた。
「いやぁ、戦闘は苦手なのだがね。こうも何もしないというのもよくないと思ってね」
「お、ミネリナ元気?」
「元気な訳あると思うかい!? あんな乱暴な運転をして! どれほど気分が悪くなったかとっ……うぷっ……!!」
燃えるような赤のツインテールとは真逆の蒼白に顔色を変えて、慌てて口元をふさぐ少女。それだけで、粗方察しがいってしまったクレインはやや苦笑い。
おそらくはシュテンの同行者だったのだろう。「人跳ねアタック」なる馬車の突撃は、車内の者にとってはとんでもない苦痛だったに違いない。
シュテンのあまりといえばあんまりな物言いに一通り怒りを返してから、咳払いをして彼女はクレインたちに向き直った。
「やあ、わたしはミネリナ・オルバ。テツミナカンパニーの者だよ。きみたちが用があると聞いてやってきたのだが、どうだったかな?」
テツミナカンパニー。
その名前を聞いてクレインたちは顔を見合わせた。
わざわざ花の街コマモイに向かった理由は、ただただ彼らに依頼をするためで。
しかし、その依頼をしてまで探したい相手はなんと一緒に居て。
「えっと、ミネリナさん」
「なんだい?」
「用はもう、済んじゃいました」
目を丸くしたミネリナに、クレインは軽く笑ってそう言った。
「……そこに居る妖鬼の捜索依頼を出そうと思っていたものでな」
「俺?」
既に背中にバスターブレードを納刀したリュディウスが、呆れ混じりに腕を組む。名指しにされたシュテンはといえば、きょとんとして己を指差すのみ。そんな彼に鷹揚に頷くと、リュディウスは続けてなんでもないことのように言った。
「あれからもう三カ月だ。ヒイラギが、シュテンを探している。その手伝いをしたくてな。ミネリナ・オルバなら何か知っているかもしれないと、うちのジュスタが言うものでな」
「以前は、お世話になりました」
リュディウスの説明途中に、ミネリナの前へと進み出てきたジュスタが頭を下げる。一瞬思考したミネリナだったが、幸い覚えていたらしい。ああ、あの時の、と手を打って、「その様子だと逃げられたようだね」と笑って言った。
「それなりに、何とか。信用のおけるメンバーと、一緒に居られているので」
「そうか、何よりじゃないか」
「一応は」
曖昧にしながらも、今に不満が無いことが伝わる返事。
と、ミネリナは振り向いて硬直した。
「……なんというか。梅干しでも大量に口に含んだような顔だね、シュテン」
「や……もう、三カ月も経ってんのか、とな。ちょっとしたタイムスリップでもしたような気分だ」
「タイムスリップなんて出来るならしてみたいけど」
「悪くなかったぜ」
「したんかい」
ある程度シュテンの性格を掴んだミネリナは、そんなシュテンの言葉を軽く流して、逆に問いかける。三カ月の空白がまずいようなことが、あったのかと。
はぐれた旅の同行人が居ることについては、今日の馬車で聞いていた。
そんなものは、ギルドの掲示板でも使って合流を計れば再会は難しいことではない。だとすれば、彼が渋い顔をする理由は他にあってもおかしくない。
しかし、シュテンの口から出た発言は、周囲の面々全てがまるで理解できないものであった。
「三カ月も経ってちゃあ……珠片もヤバいことになってんだろうなあ」
「そういやミネリナ、テツは?」
「馬車で寝ているよ」
「え、でもあいつ俺が御者変わる前からぐーすか寝てなかったか?」
「だから、ずっとだ」
「…………それはそれですごくね?」
「全くだよ……もう……」