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グリモワール×リバース~転生鬼神浪漫譚~  作者: 藍藤 唯
巻之伍『妖鬼 企業 吸血鬼』
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第二話 花の街コマモイII 『テツミナカンパニー』






 暗がりの中に、その影はあった。


 洞窟の最奥を改造して作られた広いその場所はどこか、王が謁見の際に使用する玉座の間を彷彿とさせる。巨大なダンジョンの、最下層。地下へ地下へと潜り続ける廃坑の、最深部。


 そこが彼女の城であった。

 力を手にし、この地に住まう全てを眷属とした彼女のちいさな王国。


 全ては、かつて見た背中を支える為に。

 最初で最後の、命の危機。

 父も母も助けてくれず、絶望に染め上げられていた心を、その沼から引き上げてくれた存在のもとへ、いつか馳せ参じるために。


 そのために彼女はこの場所を自らの城に変えた。そのために彼女は強くなった。

 この地にて最高の実力者へと成り上がった。すでにもう、彼女の力にかなう者はこの場所には誰もいない。足下にすら、及ばない。


 元々の素質も、尋常ではなかった。

 吸血鬼という種族が持つポテンシャルは、筋力も魔力も敏捷もトップクラス。加えて空中戦すらも多彩にこなせる技量も備え、魔族随一の種族とされていた。


 その上で彼女は、もう一つの吸血鬼の特徴である"吸血"を用いて、技量の底上げを行っていた。彼女に大きく補正がかかったのは筋力値。彼女が一番最初に啜った"強者の血液"が妖鬼のものだったのだから、けだし当然ともいえるそれ。だが彼女はその"強者"に思い焦がれた結果、莫大な量の鍛錬を筋力補正に費やした。


 故に、彼女は闇と血を司る魔導特化の"吸血鬼"でありながら、接近戦ではそれ以上に強いという変容を果たした。


 故に彼女に隙はなく、どのようなモンスターも、どのような魔獣も、どのような魔族も、彼女に敵うことはなくなった。



 これらは全て、ただの無力な幼児であった時に助けて貰った彼のお方に恩を返す為。


 ダンジョンに侵入してくる冒険者(ブレイヴァー)たちを軒並み屍に変えながら、どんどんと強くなる己を実感しながら、ただただ彼女は陽の元に出られる日を焦がれ、必要な技量を身につけるべく鍛錬を重ねていたのだった。


 ところが。


「報告シマス。ふれありーる様ノ御名御首(ミナミシルシ)ヲ求メタ冒険者(ぶれいゔぁー)達ノ手ニヨリ、伝ワッテシマッタ模様デス」

「……そう」


 玉座に腰掛けるのは、まだ少女の域を出ない小さな吸血鬼。

 しかしながらその身体とは裏腹に凄まじい覇気(オーラ)を纏っており、ただ者でないことくらいは一目で分かるほど。玉座のおかれた場所から、一段下がった部屋の中心にひざまずく魔族も、そんな彼女の威圧に怯えているのが手に取るように分かった。


 興味なさげな彼女の返事に、低頭しながらその場を去るホブゴブリン。


 扉の向こうへと気配が消えたのを待ってから、吸血鬼の少女――先ほどフレアリールと呼ばれた彼女は小さくため息を吐いた。


 しかしその吐息は小ささとはまるで正反対に重々しさを孕んだもので。

 憂鬱を絵に描いたような態度を取りながら、フレアリールは物思いに耽る。


 その黒く長い髪を払い、一対の巨大な翼を限界まで伸ばして。


「ハイリスクハイリターンではあったけれど、賭けには、負けてしまったのね……」


 呟かれた言葉の意味を知る者はいない。


 しかしどこか悲しさに揺れる瞳を、天井に向けて彼女は言う。


「また、助けてくれなどとは言いません。ですから……あと一目だけでも……お会いしたかったです……」


 木霊することさえなく、彼女の感情の吐露は広間の空気に溶けて消えた。


















「んで、俺どこに連れてかれてんの」

「上司のところに面通しってぇ感じでよろしく頼んますわ。まだ、鬼のお兄さんに手伝っていただけるってこと、伝えてないんで」

「まあそりゃそうだろうな。通信機もなにもねえし」

「うちの上司、お堅いんで……まぁふんわりと挨拶していただけりゃあ助かります」

「あいよー」


 花の街コマモイ。

 公国の玄関とも呼べるケトルブルグ港から少し離れたところにある、広大な花畑の中心に作られた田舎町。当然のように花に関連した商品が特産で、この街の甘いものにははずれがないということで有名な場所であった。


 シュテン自身、グリモワールランサーⅡのプレイ時に何度も通ったことのある街でもあり、聖地巡礼よろしく観光がてらきょろきょろと周囲を見回しながらテツの後を追っていた。


 先導するテツは、えっちらおっちら必要以上に体をよたつかせながらのんびり進んでいる。煉瓦の赤茶けた色が目立つこの街で、シュテンとテツの黒髪はそこそこに目立っているのだが、本人たちが気にする様子はほとんどない。


 テツは石畳のメインストリートを外れたところにある三階建ての建物の前で立ち止まった。


「なんつーか、雑居ビルみてえなとこだな」

「……? ザッキョビルというのを知らなんで、返しにくい感想ですなぁ」


 首を傾げつつ、外付けの階段を上っていくテツ。

 三階にたどり着いて、彼はポケットから鍵を取り出すと徐にその扉を開いた。


「ただいま戻りましてー」

「あ」

「あ」


 扉を開いて中を覗くなりフリーズしたテツ。

 その背後からシュテンがひょっこりと顔を出すと、テツと見つめあっていたのは一人の少女だった。


 テーブルの上で何かを食べているそのスプーンが停止している。


 燃えるような赤髪のツインテールは腰まで伸びた、可憐な少女ではあるのだが。

 テツを見つめるアホ面と、そしてなにより下着姿というのが問題で。


 さびたちょうつがいのように振り向いたテツが、シュテンに向けて口を開く。


「ちょぉ、待っててもらうわけにゃあ、いきませんでしょうか」

「あ、ああ」


 シュテンが頷くが早いか、勢いよく閉じられた扉。颯爽と中に入っていったテツと、少女のぎゃーぎゃーとした声が扉の外にも響きわたる。


「ひっでえじゃああらんせんかぼくのおやつを勝手に食べるなんて!!」

「ええ!? わたしの下着姿をガン見しておいて言うことはそれなのかい!? きみという人はデリカシーが足りないよ!」

「デリカシーの前にデンプシーでもぶつけてやりましょうかミネリナ嬢!? なんだって大事に大事にとっておいたアラモードを!! ヒカモ花の蜜なんて贅沢品、ぼかぁほとんど口にしたことなんてないというのに!!」

「デンプシー!? テツの腕をもろに食らったらわたしは顔面が潰れて死んでしまうよ!? それよりも服を着させたまえよ!! 下着姿の女の子に対して襲いかかっているようにしか見えないのだがね!?」

「下着の女の子なんかどうでも構いませんや!! そのアラモードを寄越してくれりゃあミネリナ嬢のおっぱいなんざどうでもかまいませんや!!」

「二度もどうでもいいと抜かしたなきみは!! もうあれだ、許しがたいよ!! そんなふざけた発言をするテツにはお仕置きが必要だ! えい!」

「あああああああああマイアラモードおおおおおおおおお!! ミネリナ嬢の素肌よりも大事な大事なアラモードおおおおおおお!!!」

「ふぁふぁひうふぁ!? ……まだ言うか!? わたしの女の子としてのプライドはずたずただよ!! そこを退きたまえ! いい加減服を着ないとさすがに風邪を引くのだよ!!」

「アラモード食べたミネリナ嬢なんざ風邪引いてしまえ……あぁ……ぼかぁこれからなにをより所に生きていけばいいんでしょうや……」


 棚が倒れるような音や、椅子が転がったような音がひとしきり鳴りやむまでしばらく。騒がしい屋内とは裏腹に、扉の外は静かであった。


 もちろん、中との対比で静かだというのもある。だがそれ以上に、扉の前で尋常ではない覇気をまき散らす男が一人居たせいで気配に敏感な野鳥たちが文字通り鳴かず飛ばずであったのだ。


 シュテンは、絶大な葛藤の中にあった。


 初対面の、下着姿の女の子。


 彼女さえ服を着ていれば、喜んであの場に突然介入しさらに場をカオスにする自信があった。だが、さすがに初対面であられもない姿の少女を前に好き勝手はまずい。


 だが、ふざけたい。


 一切を気にしなくて良いというのなら、なりふり構わずに突貫し、アラモードとやらは自分がいただいたというのに。


「機を、逸してしまったか……」


 悔しい。


 悔しい。


 悔しい。


 脳内に生まれた、わずかな"少女"への遠慮。


 それは間違いなく、共に過去を旅したあの女の子の影響で。否応なくあの夜を思い出してしまうからで。


 そうでなければ、最大限にふざけ倒したというのに。


「くそう……俺は……俺は弱くなった……」


 こんなところで吐くような台詞ではないはずだが、シュテンは真面目だった。


 膝をつき、愕然とする。


 ふざけることができない己など、果たして己と呼べるのだろうか。


 アイデンティティの崩壊という言葉が脳裏をかすめる。


 悔しさでいっぱいになり、瞳に涙さえ溢れださんというその時。


「お待たせしまして申し訳あらんせ――」

「いて!?」

「――っとと、大丈夫で? というより、なんでそんな全身から絶望を漂わせながら四つん這いになってるんでしょう」


 扉が開いた。頭に激突した。


 三度笠が開く扉からシュテンを守ってくれたという事実が、何とも皮肉であった。


「いや、なんでもねえさ」

「さようで。じゃあ一応上司に説明しますんで、お上がりください」


 す、と立ち上がったシュテンの表情は、既に全ての感情が押し流された後であった。

 立ち直りがギャグのように早い男である。


 テツに招き入れられるがままに、シュテンは部屋の中へと入った。

 先ほど使われていたテーブルはどこかに消え、その代わりにまるで執務室のような空間が広がっていた。

 最奥のデスクに、先ほどの少女が足を組んで腰掛けている。手に持つはソーサーとティーカップ。湯気があがっているところを見ると、わざわざ今淹れたのだろうか。演出ガチ勢か、とシュテンはぼんやり彼女を眺める。


 あんな茶番を繰り広げたあとで体面を保とうとしているあたり、演出ガチ勢の名は間違っていないらしい。


「やぁ、お客人。わたしがこのテツミナカンパニーの社長ミネリナ・D・オルバだ」

「ああどうもどうも。そこらへん観光するのが趣味の妖鬼、シュテンだ」

「……シュテン?」


 テツに勧められた椅子に腰掛け、ミネリナと対面する。彼女の後ろに、テツはぼうっと突っ立っていた。たまにぼそりと「アラモード」と聞こえてくる為、よほど引きずっているのが分かる。


 小首を傾げたミネリナのツインテールが揺れた。彼女はティーカップを口に近づけつつ、シュテンを見据えて。


「きみは、もしかして伝説の妖鬼かい?」

「いや、その名にあやかってるだけだな。本名覚えてなくてなー」

「ふむ……あっつ!? あちちち! ひ、ひたが……あっち」

「ミネリナ嬢……だから紅茶はやめろと言ったんでさぁ……」


 しまらねえ。

 紅茶を啜ると同時に赤くなった舌を出してひぃひぃ言い出したミネリナを、テツが随分と白い目で見つめていた。ともかく、二人の仲が良いことだけは察した。


「……ふぅ。で、きみは何用なんだい?」

「テツから吸血鬼捕獲の手伝いを頼まれただけだが?」

「え?」


 くるりと振り向いたミネリナに、テツが頷いた。


「やー、港に強い鬼のお兄さんが居たもんで手伝ってもらうことにしたんですわ。ぼくとミネリナ嬢だけでってえのは、大変でしょうや」

「……全くきみはそういうことを勝手に。じゃあむしろこちらがお世話になる立場だね。聞きたいことがあれば、いくらでも聞こう」


 あきらめたように嘆息するミネリナ。

 シュテンに向き直った彼女に、一つ彼は頷いて。


「テツミナカンパニーってのは?」

「もうかれこれ二年ほど前になるか。この街で立ち上げた小さな商会だよ。わたしと、テツの二人だけでね。何でも屋というか、お困りのことがあればなんでも請け負うお仕事さ。基本的には平和なんだけれどね、たまにこういう情報が入ってくると動いたりもするよ」

「なるほど。……ところでお前さん」

「なにかな?」

「見たところ、人間じゃなさそうだが」

「ふむ、鋭いね。一応翼は隠していたはずなんだが」


 ばさり、と黒の巨大な翼を広げて、ミネリナはにこりと笑った。

 むき出しの犬歯が、妙に鋭い。


「お前さん、吸血鬼か」

「ちょいと高位の、吸血皇女ってやつなんだよ。吸血鬼捕獲っていうのは、同胞を狩られてるのと同じだからね。阻止したい気持ちは、もちろん私情も絡んでくるさ」


 ころころと笑うミネリナの言葉に納得する。

 そういえばこの街にはちらほらと魔族も混じっていたのだ。

 吸血鬼がいようがおかしくはないし、テツも当たり前のように彼女を見ていた。


『魔族も人間も、共に生きる仲間じゃああらんせんか』


 その信念は、もしかしたら彼ら共有のものなのかもしれない。


 得心がいって、シュテンは質問を続ける。

 出された紅茶をのんびり傾けていると、若干悔しげな視線が突き刺さった。

 猫舌なのは、仕方がないことだろうに。


「吸血鬼を一人助ければいいって考えれば、今回はそれでいいのか?」

「そうなるね。まだ子供みたいで、血族の掟を知らなかったらしいんだ……同族たちに消される前に、助けてやりたいとわたしは思っているよ」

「血族の、掟?」

「吸血鬼というのはだね、闇に潜むものなんだ。それは別に太陽から身を守るだけではなくて、現実の闇、歴史の闇、様々な闇。つまりは、あまり表舞台に出てくることをよしとしないのさ。なのに今回の吸血鬼はダンジョンで随分と目立つ大暴れ。それは吸血鬼の血族にとっては恥と映るのさ。"吸血鬼"がそんなダサいものだと思われたくない。なんて思う連中がきっと彼女を消そうとするはずだ。冒険者協会(ブレイヴァーズ)も本気を出してA級連中をごろごろ派遣する頃だろうし、場所が場所だから帝国書院が出ばってくる可能性もある。その四勢力をかいくぐって、助けなければいけないのさ。大変だろう?」

「思ってた以上に難易度たっけえな!」


 ミネリナの問いかけに、シュテンは鷹揚に頷いた。

 しかし悲壮な色がみじんも見られないあたりに、一人ミネリナは感嘆する。


「いずれにしても、きみくらい強い奴が来てくれるというのは心強いものだよ。じゃあ、出立の準備をしようか」


 デスクにソーサーを戻し、ミネリナは立ち上がる。

 と、そこで一つシュテンは肝心な質問を忘れていたことに気づき、問いかけた。


「ところでミネリナ、目的地はどこなんだ?」


 振り返ったミネリナも、それを良い忘れていたことを思い出してポンと手を打った。


 そして、何でもないことのようにして出した答えは、シュテンの耳に妙に残るもので。


「ケトルブルグ港から三日の距離にある極東の島ジャポネの北方、ネグリ山廃坑だ」


 それだけ言うとミネリナは奥の部屋へと引っ込んだ。

 テツも同じように準備を始め、一人執務室に取り残されたシュテンはぽつりと呟いた。



「……あれ、もしかしてこの前珠片あげたあの子じゃね」


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