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グリモワール×リバース~転生鬼神浪漫譚~  作者: 藍藤 唯
巻之伍『妖鬼 企業 吸血鬼』
102/267

第一話 花の街コマモイI 『乗り合い馬車』




吸血鬼捕獲(ヴァンパイアハント)に、興味ぁありませんでっしゃろか』


 気の抜けたコーラみてえな兄ちゃんにそう言われて、気づけば馬車でどんぶらこ。


 ちーっす、現場のシュテンでっす。

 今回の"異世界の車窓から"はケトルブルグ港と花の街コマモイを繋ぐ馬車の中からお送りしようと思います。

 穏やかな春の香りがするこの空気、外を眺めてみれば街道沿いの花たちが気持ちよさそうに風に揺られていますね。実はこの"花街道"と呼ばれる場所に生息している花のうち三割は人食い花なんです。おっかないですねー、しかし眺めている分にはただただ綺麗なばかり。地平線の向こうまで、花びらの舞う景色が一望できるという点では素晴らしい道ではないでしょうか。

 時折飛び出してくる人食い花さえ、怖くなければ。


「鬼のお兄さん、このあたりは初めてで?」

「話は知ってたが、直接来るのは初めてだ。綺麗な街道だなあ」

「ぼかぁ、この辺りをのんびり馬車で巡るのが好きなんでさぁ」


 俺の座る後部座席には、ほかに何人もの客が居た。乗り合い馬車というのだろうか。六頭立ての馬に引かれ、金銭を払ってコマモイとケトルブルグ間を往復できる。


「一人でこの道を行くってえのは、なかなかおっかないもんでして。この乗り合い馬車ってえもんは結構重宝されてるんですわ」

「なるほどなぁ」

「鬼のお兄さんが覇気垂れ流してるもんだから、乗せていいもんかぁ迷ってたんですがね。あっはっは」

「悪かったって。気づかなかったんだよ」


 さて、そんな乗り合い馬車の中。俺の隣には一人の青年が座っていた。

 楽しげに笑う彼の名はテツ。これから向かう花の街コマモイで小さな企業を営んでいるという青年だった。


 吸血鬼捕獲(ヴァンパイアハント)


 それが今回の仕事らしいが、詳しいことは向こうについてから話すとのこと。どうやら責任者は彼ではなく、彼の上司であるらしい。


「普段は迷子の家畜探したり、近所の草むしりしたりしてんですがね。たまーにこういう野蛮な情報が舞い込むんですわ。そうすっとこう、断る訳にもいきゃあしませんし、だからといって戦うんは厳しいじゃああらんせんか」

「手に余るなら断ればいいものを」

「鬼のお兄さんに依頼できたってぇことで、万事おうけぇじゃああらんせんか! あっはっは!」

「いてぇ、いてぇ」


 ばしばしと背中を叩かれる。

 どうにもこのテツという青年のキャラが読めん。掴みどころがないというか、つっこむ気力がなくなるというか。悪い奴じゃなさそうなんだが。


「ところでよ、吸血鬼捕獲ってのはやっぱ……吸血鬼って多いのか?」

「多いってわけじゃああらんせん。けれども、それは地上に限っての話でさぁ。魔界には結構な量の吸血鬼がいるそうで。……いずれにしても、地上で吸血鬼を見るのは稀少。そんでそれが発覚すりゃどこもかしこもこぞって吸血鬼に襲いかかる。歯だろうが翼だろうか爪だろうが骨だろうが全部高級品の上に、吸血鬼を飼うのが趣味の富豪なんて数奇者も多いもんで……あんまし、そういうことをさせたかぁないんですわ」


 ふっ、とニヒルな笑みを浮かべるテツの瞳は、どこか寂しそうに揺れていた。


 ってーか、こいつの言動からすると吸血鬼捕獲ってそういう目的でやるもんじゃねえのか?

 つい胡乱げな視線になったことにあっさりと感づかれ、テツは軽く肩を竦めた。


「ま、そんなわけで吸血鬼をほかの勢力に囚われる前に逃がす……もしくは隠れ里に送ってやる。それが、今回の依頼でさぁ」

「金銭目的で吸血鬼を捕らえるもんだとばかり思ってたぜ」

「……はは。寂しいじゃああらんせんか。そんなこたぁ」

「ん?」


 乾いた笑み。

 そこに込められた思念が読みとれずに、思わず目を瞬かせた。


 テツの表情は相変わらずひょうひょうとしたものだったが、目が口ほどにものを言う。膝上で組んだ手を弄びながら、彼は。


「魔族も、人間も。同じ時を共に生きる仲間じゃああらんせんか。なんで大した違いもないのに争ったり隷属させたり征服したり、そんなことをしなきゃならんのでしょうや」

「まぁ、そいつぁたった数人の意識で変わるもんじゃあねえだろうよ。それこそ、洗脳のように子供の頃から教え込まれるんだ。大人に聞いたことを鵜呑みにしねえ強さなんてもんを持ってる奴の方が、世の中少ねえわけだしよ」

「……おっしゃる通り、ですわ」


 顔を上げたテツは変わらずふぬけた笑みを湛えており、そしてどこかぼうっとしているようでもあった。


「しかし鬼のお兄さん。あんさん自身は随分と……見えてるんですなぁ」

「どうだろうな。俺も見えてねえもんばっかりだ。見なくてもいいもんまで見ちまう代わりに、大事なものを見落としてねえかってのは、いつも思う」

「大事なもの。そいつぁ、本当に……見落としたくなんてないもんですわ……」


 なんか裏がありそうな印象だなおい。

 まあともあれ、公国での旅は始まったばかりなんだ。

 楽しんでいきたいもんだわな、本当に。


「まぁそんな訳で鬼のお兄さん。とりあえずそろそろ着きそうですんで……詳しい依頼の話はその時にでも」

「了解したぜ。じゃあま、楽しい楽しい吸血鬼捕獲といきましょうか」


 知ってる奴の気配がする訳だし、な……。


 見ればもう、外の景色は花の街道から煉瓦作りの田舎町へと切り替わっていた。


 

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