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グリモワール×リバース~転生鬼神浪漫譚~  作者: 藍藤 唯
巻之肆『導師 車輪 魔王城』
101/267

番外編 それゆけ帝国学院高等部っ! 二限目!




 帝国学院高等部の正門を出ると、学園通りと呼ばれる大きな街道に出ることができる。少しコジャレた商店街とでも言えばいいのか、学生向けのブティックやファーストフード店など、ショッピングモールに近いラインナップがところ狭しと並んでいるその通りは、当然というべきか放課後の学生たちでごった返す。


 特に制服での立ち入りを禁止していないこともあってか、制服姿でデートを楽しむ者も居れば友人とショッピングに勤しむ者もおり、ファーストフード店でひとときの談笑に興じる者もいる。

 また、少し気取ってチェーン喫茶のテラスで薄型ノートパソコンを開き、何かしらひたすらキーボードに打ち込んでいる意識の高い者もいた。


 駅に近いという理由から、帝国学院以外の制服もよく見かける。

 一種学生の町とも呼べるような、ごった返す一角であった。


 さて、そんなにぎわいのある通りから、三本ほどずれた小道。


 ひっそりとした逢い引きや甘酸っぱい思いでの場所に使うにしても少々人通りが少なすぎるくらいの細道を行くと、小さく下がった看板が一つある。


 少々一見で入ることに抵抗がある、開いているのかすらも判然としないその店の名を純喫茶アトモスフィアと言った。


「で、そこでチョモランマの奴が言う訳よ。俺はチョモランマじゃねえ、富士山(ふじやま)だって」

「訳わかんないって顔してるとこ悪いけど、それふつうに富士山(ふじやま)くんの名前がチョモランマになっちゃってるだけだと思うよ、このボクはね」

「いやでもチョモランマと富士山だぜ? どっちのがビッグだよ。俺はチョモランマのがいいよ」

「そういう問題とはまた違うと思うんだけどね」

「じゃあマスターはどっちのがいいんだよ」

「チョモランマ」

「だろ?」

「うん、彼はチョモランマになるべきだね」


 うぇーい、とカウンター越しにハイタッチを交わすのは、客と店主らしき人物。

 カウンター席が七つと、テーブル席が二つしかないこの喫茶店の中には現在、店主の目の前に座っている学生以外の客は居ないようだった。


 アンティーク風の店内。オレンジ色の控えめなシャンデリアがいくつか下がり、マホガニーであつらえられたそのテーブルには置かれたソーサーがよく似合う。


 黒のカッターシャツに黒のネクタイを着用したマスターの風貌も、まさにこの喫茶店の雰囲気とマッチしていて、唯一浮いているのは客である青年が着ている学制服くらいのものであった。


「ところでよ、何で純喫茶アトモスフィアなんだ?」

「ファーストネームにするとうちの家族みんなヤバいからね」

「なるほど」


 茶髪を短く纏めた、ナイスミドルなマスターの名前はシャノアール・アトモスフィア。彼には息子と娘が居て、息子はすでに別の場所で喫茶店を開いているらしく、残るは娘だけとのことだ。


 くだらない話に華を咲かせながら、シャノアールと青年はこのひとときを楽しんでいた。出されたフレンチローストの珈琲がまた美味で、一杯で終わるのはもったいないとお代わりを注文する青年。

 いつものように浮かべた微笑を崩さず、洗練された所作でアルコールランプの火をつけるマスターシャノアール。


「サイフォンの火ってのも、見てると安心するねえ」

「暖かな明かりっていうのは、やはり本能が穏やかになるものだよ」

「俺もそう思って学校の焼却炉で色々燃やしてたんだけどさ」

「……ん?」

「や、新聞とか無駄な紙類とかをね。ただそれを聞きつけたグリンドルの野郎がアルミに包んださつま芋を大量に持ってきて目輝かせてやがって」

「焼却炉で焼き芋は無理だろう……」

「でも断れねえじゃん? 入れるじゃん? 高温すぎて……ボン」

「……まあそうなるよね」

「生徒会長がそれを聞きつけて飛んできてよ、やー死ぬかと思ったわ」

「きみの代の生徒会長はアスタルテ……くん? さん? だったよね。よくうちにもくるけど、そんなに武闘派には見えなかったなあ」

「……いや穏やかな笑みを浮かべながら迫ってくるじゃん? 逃げようとするじゃん?」

「うん」

「グリンドルのアホが泣きながら『僕の芋を返せよおおお!』って殴りかかって返り討ちにあって、アスタルテの野郎"正当防衛"の名の元に近くにあった倉庫投げてきてな」

「ん?」

「俺はグリンドル盾にしたから無事だったけどよ、たまたまその場に居た副会長が巻き添え食らってな。騒ぎを聞きつけて教師が飛んできたんだが――」

「おお、全て収まりそうじゃ――」

「――それがヤタノちゃんでな」

「――なかったか」

「あのロリ『じゃあこれで勝負を決めましょう!』って言って――」

「じゃんけんか何かかな」

「いす取りゲームが始まった」

「なんで?」

「ヤタノちゃんがかもめの水兵さん歌うもんだからグリンドルも合唱し始めてな」

「カオス」

「歌が終わった瞬間――」

「決着はついたのかい」

「三つあった椅子をヤタノちゃんが全部消しとばして『わたしの勝ちですね』とかドヤ顔決めやがってアスタルテのオーラが尋常じゃないことになったので、俺は逃げた」

「……で?」

「翌日焼却炉のあった一帯が全て黄色と黒のテープで囲まれていた」

「誰か死んだね」

「かもしれないなぁ」


 お代わりが出来上がり、注がれた珈琲をずず、とすする青年。

 と、そんな彼を眺めながらシャノアールはふと思い出したように、


「そういえば言ってなかったけどシュテンくん、」

「?」


 珈琲を傾けながら、青年――シュテンの目がシャノアールの方に向く。


「再婚することにしたよ、このボクはね」

「ブッ」

「汚いね」


 気管にでも入ったのか、げほげほとせき込むシュテンにシャノアールは手元にあった紙ナプキンを渡す。あわててそれを手にとって口元を拭いながら、呼吸を整えたシュテンはまじまじとシャノアールを見据えた。


「ほんっっとうに唐突だな。あーびっくりした。まあ、良かったじゃねえか。ヴェローチェさんが一人立ちしちまったら、孤独死まっしぐらだもんな」

「まるでどこぞのキャットフードのように言うのはやめてもらえないか」

「いやいや、いいじゃねえの。うちのオカンも再婚するみたいなこと言ってたしよ、きっとヴェローチェさんも悪くは思わねえって」

「そうか、それは良かった。これからよろしくなシュテンくん」

「……ん?」

「ん?」


 一瞬の沈黙が喫茶店内を支配した。


 こち、こち、と古時計の振り子の音だけが、しばらく鳴り響く。

 イヤにその音が、大きく感じた。

 きょとんとするシャノアールの前で、シュテンは額を押さえて思考を巡らせる。

 そして出てきた結論はあまりにもあんまりで、思わず口から変な言葉が漏れだした。


「ウェイウェイウェイ。ちょい待てなんだ今の返しは。ええとつまり、何だ? マスターが再婚する、うちのオカンも再婚する、マスターコレカラヨロシクネ、そこから導き出される結論はウェイ」

「ん? イブキさんと結婚するよ。このボクがね」



「……」

「……」




「WHAT!?」
















 その翌日。

 帝国学院高等部はいつも通り平和な日常の中にあった。

 ブラウレメントがあばあば言いながら屋上から舞い降りたり、朝から隣のクラスのレックルス・サリエルゲートが中心になって校庭で何らかの会場設営をしていたり、生徒会が風紀委員会と体育館で戦争していたり。


 おおよそ普段と変わらない景色を眺めながら、シュテンは鞄を担いで登校してきていた。ちなみにすでに十時過ぎ。ダイナミックチコクアクションである。


「こんな日は、学校のプールと校庭使ってトライアスロンでもしたいもんだぜ」

「それだとバイアスロンだよ?」

「なら廊下にチャリを持ち込んで階段バイセコーしてから校庭を走るとか……ん?」


 と、いつの間にか会話をしている自分に気づき、思わず隣を見る。背の高いシュテンだ、隣には誰も居ない。そのまま視線を下にパーンして、桃色の髪が見えたところで誰に話しかけられたのかということに気がついた。


「げ、ユリーカ・フォークロワ」

「げ、ってなによぉ。おはよ、シュテンくんっ」


 裏ピースしながらちろりと舌を出した、その少女。

 友人のヴェローチェ曰く淫乱ピンク。隣のクラスのあざといアイドル。

 ユリーカ・フォークロワというその少女は、ちょくちょくシュテンとは会話する仲ではある。だが、シュテンにとって天敵に等しき女であった。


「おはよう……って時間でもねえな。何の用だよ」

「あー! 用がなきゃ話しかけちゃいけませんかー!?」

「おまえと話してるとバーガー屋連中が俺を消しに来るんだよ。ただでさえ教師陣に毎度殺されかけてんのに、おまえの親衛隊まで敵に回したくねえ。っつかお前教師の覚え良いから一緒にふざけても巻き添えに出来ねえし何なら全て押しつけてこの前逃げただろが」

「だって……あたしアトモスフィアちゃん嫌いだしあの子もあたしのこと嫌いなんだからしょうがないじゃん。この前なんてひどいんだよ? 言うに事欠いて人の髪色のことさー……!」

「それからお前らの果たし合いにも巻き込まれたくねえから却下」

「えーっ?」


 顔をこちらに突きだしてぶーぶーと文句を垂れるユリーカだが、学年でも人気を分割するような少女二人がお互いを邪険にしている状況で、どうして巻き込まれたいと思うだろうか。


「それにほれ、お前と話してるだけで視線が痛い。ジャイアントスイングして窓の外放り出すぞオラァ」

「へー。女の子にそんなことするんだ? やれるもんならやってみろー」


 べー、と舌を出すユリーカを羽交い締めにしてそのままぐるんぐるんと駒のように回転し始めるシュテン。廊下の窓の開いているところを視線で確認しねらいを定める。


「え、嘘でしょちょっとやめてごめんあたしが悪かっ――」


「おおおおおおらあああああああああああああ!!」


「わっきゃああああああああぁぁぁぁぁぁぁ……!」


 ユリーカが窓の外に飛んでいき星となった。


 水柱があがったところを見ると、おそらく狙い通りプールに着弾したに違いない。

 やり終えた清々しい表情で額を拭い、一つため息を吐くと周囲の人間の顎が地面につく勢いで開いていた。


「あー……」


 だんだんと殺気をはらんだものに変わっていく視線の数々。おれたちのアイドルに何してくれてんだというその意志を込めた目に、シュテンはしれっと一人言のように、


「今なら水濡れのアイドルがプールに居るんだろうなー……」


 どどどどどど。

 理性のタガが外れた面々が廊下を駆けて行く姿を眺めながら、シュテンはぼんやりと思う。


「いやまあ……トライアスロン云々より、俺は考えなきゃいけないことがあんだよなぁ……」


 ユリーカの敵対する少女。

 純喫茶アトモスフィアマスター・シャノアールの娘。


 つまり、再婚相手の連れ子であり……


 仲の良い悪友であった女の子。


 まさか、兄妹になるなんてことになるとは。


「……ままならないもんだねえ」


 次会ったらどうしようかと、ぼんやりと考えていた。

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