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グリモワール×リバース~転生鬼神浪漫譚~  作者: 藍藤 唯
巻之壱『妖鬼 放浪 一人旅』
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第十話 ウェンデル高原 『感動、或いは白面九尾との邂逅』

「うおおおおおおおおおおお!!」


 俺は今! 最高に! 感動している!!


 テンションを抑えるのがやっとだったぜ! いやマジで感極まって泣きそうだったもんよ!!


 アルファン山脈ですることを終えた俺は、さっさと下山して今ようやく入り口に戻ってきたところであった。ここならば、もう偶然また出くわすということも無いだろう。


 よって、我慢に我慢を重ねていたこのテンションの爆発を、憂いなくぶっ放せるというものだ!


 鬼殺しをかかげ、両手を振り上げ、叫ぶ。


 この胸の高鳴りを人は感激と呼ぶだろう!


「なんせ……原作主人公と遭遇しちまったんだからな!!」


 自分のやっていたゲームのワンシーンに出くわしたのだ。それが好きな作品であれば尚更、こうして興奮するのも仕方がないと言えようぞ。


「アルファン山脈に初めて潜入する時はそうか、リュディウスとハルナが仲間になってるのか。まあまだ四カ国巡りの段階だし、仲間も全員集まってる訳ないよな。ここにジュスタとグリンドルが加わるのか。胸が熱くなるな」


 とはいえ、彼らをストーキングするほどの余裕が俺にある訳ではなかった。今は確かにクレインたち主人公一行を前にしても臆することはなかったが、彼らはこれからラストダンジョンに向けてどんどん強くなっていくはずだ。


 女神の話では、俺はラストダンジョンの敵と同等レベル。まだ俺のレベルが少ないのもあるだろうが、珠片を一個取り込んで尚、ラストダンジョンの雑魚と同じ程度なのだ。

 強くなっておかないと、いざという時に対応が出来ない。ただでさえ魔族というだけで弾圧される対象なのだ。一人で生きていく為には、もっともっと強くなっていかなくてはならない。


 それに、珠片のこともある。フレアリールちゃんにあげたのが一個と、俺の体内に一個。まだ十三個も、珠片は世界に散らばっているのだ。それでグリモワール・ランサーIIのストーリーが壊れたら、下手すりゃ魔王に支配される絶望の世界になりかねない。


 ……一瞬、俺にとってはそっちの方が好都合かなとも考えたが、魔王の配下では無い以上弾圧の対象には変わりないだろう。なら、まだ平和な方がましである。


「さて、と。感動もひとしおでしたが、そろそろ行くか」


 アルファン山脈に寄ったのは元々、主人公たちに出会うのと、今履いている下駄が目的だったのだ。そしてわざわざ海を渡って第三大陸に来た理由は、また別にある。


「珠片の反応は、さらに西か」


 女神が俺に与えた、珠片センサーのようなもの。本能的に俺の脳が示すのはこのアルファン山脈よりもさらに西の方角だ。


「というか、これ以上行くと帝国に入るな。まあ無断で国境越えるくらい、魔族なら当たり前か」


 魔族の住む町、というのも確か第五大陸辺りにあった気がするが……あれ確か行けるのクリア後なんだよな。ということは周りにうろつくモンスターは相応に強いはず。俺でも五体満足でいられるか分からんし、今は断念だ。


 ぴょん、ぴょん、と木々を跳び移りながら西へ西へと進んでいく。

 帝国と公国の国境には確か"ハナハナの森"っていう結構鬱蒼とした森があったはずだ。


「ハナハナの森ってあれだよな、平面ダンジョンの癖に何故か地下があったり、初見で行く時は後に仲間になるジュスタの後を追っていかないと必ず迷子になっちまうっていう……懐かしー」


 教国出身のクレイン、王国の王子リュディウス、公国の冒険者ハルナ、元共和国の密偵ジュスタ、帝国の魔導司書グリンドル。


 最初から五人の仲間が居たIとは違い、グリモワール・ランサーIIには仲間を集める喜びもあった。それに、最後に仲間になるグリンドルは魔導司書。帝国の魔導司書がべらぼうに強いことくらい、Iの主人公でいやというほど理解してたからテンションあがった覚えがある。


 まあ、Iの主人公は魔導司書中でも最強だったのに対して、グリンドルは第十席っていう一番弱い魔導司書だったんだけれども……。


 そういえば共和国が二年で帝国に吸収された最たる理由として、各国が一人ずつ最強の戦士を送り出したはいいけど帝国だけは余力が残っていた、っていう設定があったな。


 I主人公に一歩劣る、程度の実力を持った人間がまだ九人居る帝国と、突然変異のハルバーディアしか突出した戦士が居なかった共和国。


 そりゃ、帝国の方が強いって。


 と、そんなことを考えながらぴょんこぴょんこ跳躍して西へ向かっていたら、気がついたら日も落ちて暗くなっていた。


 夜目が利くとはいえ、別に切羽詰まっている訳でもない。


「……まあかなり西に来られたし、ここらで休むか」


 確かこの辺りはウェンデル高原と呼ばれる場所だったはずだ。

 ところどころにキャベツが育っていたような記憶もあるが、それは今はおいておくとして。


 主人公クレインたちも、アルファン山脈から一度港町に戻ったあと、通る道のはずだった。


 そういえばここにはボスが出現したような気がしないでもないんだが、なんだっけか。


 そんなことを思いながら、木々が少なくなり丈の低くなってきた草花の中を歩く。


「プランター系のボスじゃなくて、ここに出るのはなんだっけかなー」


 記憶を漁りながらのんびり歩いていると、大きな岩が目の前に転がっていた。


 考えごとをしている最中に通路にこんなものが転がっているなど、邪魔で仕方がない。今の俺なら蹴り一発で砕けるだろうとたかをくくって、盛大に蹴り跳ばした。


 砕け散る岩。瞬間、夜の高原に眩しい光が迸る。


 強烈な魔力パルスが周囲に爆散し、自分が何をやってしまったのかと一瞬困惑が脳内を埋め尽くして……


「あ」


 思わず声がもれた。


 思い出した。


 これがイベントフラグや。


 リュディウスが邪魔な岩砕くんだ。


 ってことは出現するのは……白面九尾! 銀の毛を靡かせる妖獣!


 原作でもみんなのトラウマ扱いされていたほどの中ボスだが……今の俺で倒せるのか……!?


 やってしまった失態に舌打ちしながら背中の大斧を抜き構えようとして――


「え、ちょ、きゃあああああああああああああ!!」

「……は?」


 光が止んだその場所に。


 なんか見た目俺と同じくらいの女が、倒れていた。



 全裸で。


















 ぱちぱちと爆ぜる耳心地の良い焚き火の音。


 それを聞きながら、俺は穫った魔獣を串刺しにする作業に終始していた。


 夜も更けて、ほかに音があるかといえば時折聞こえる鹿のようなモンスターの鳴き声くらい。肉を適当に捌いて焚き火で炙りつつ、ちらりと自分の正面をみれば。


 視界に入るのはふさふさと触り心地が良さそうな銀の尾が。


 狐の尾だ。そして、それがふんわりと九本、俺の目の前にある。


 はぁ。


 どうしてこうなったんだか。


 しっぽが目の前にあるということは、完全にそっぽを向かれているということ。それも、体ごと。


 いい具合に焼けた肉を一本地面から引き抜いて、俺は彼女の正面に回って差し出した。


「俺が悪かったって。ごめんって。だからまあ、少しは話聞いてくれよ~。な? な?」

「……」


 つーん、とばかりにとりつく島もない彼女。


 さっぱりとショートに切った銀の髪、ぴょこんと飛び出た白い二つの耳。黒く輝く切れ長の瞳。出会った当初と違って、ちゃんと衣を纏っている。綺麗な羽衣だった。


「いやほら、あんな通路のど真ん中にあったら、砕くだろ普通。でかい岩だぜ? 遠回りするのも癪だしよ、手頃な得物もある。ほら、条件は揃っちゃってたんだ」

「……こんな真夜中に来る方がどうかしてるのよ」

「いやそりゃ悪かったってば。まさか封印されてる間も魂は寝起きしてるとは思わなくてさぁ」


 ことの顛末を説明すると。


 彼女はやはり、俺の知っている九尾の銀狐で間違いは無いようだった。帝国にてその昔悪女として国を傾かせた張本人。これだけの美貌なら確かに国も傾くだろうなとは思ったが、それはそれ。


 俺はゲームで彼女のことを、狐の姿でしか知らなかったのだ。


 で、ゲーム内でリュディウスが岩を割ったのは昼間の出来事。


 ……簡単に言えば、岩の中に封印されていた彼女も夜は眠っており、魔素も何も充填していない無警戒状態だったとのことだ。だから割れる瞬間に狐の姿に化けることもできなかったし、一番無防備な状態で放り出された、と。


 ちなみに今彼女が着ている羽衣は、魔導で自分で作っているらしい。魔法が使える奴は便利ね。


「ほ、ほら長いこと封印されてて腹減ったろ? 良ければどーぞ」

「……」


 いやまさか。

 主人公たちが必死こいて倒すような敵と、戦うでもなく機嫌直しに奔走することになろうとは。いや俺が悪いんだけどさ。


 無言で串を引ったくられて、そのまま彼女はまた俺に背を向ける。


 まあ、受け取ってもらえただけましか。


 切り株に腰掛けて、焚き火をぼうっと見つめる作業に戻る。野宿するのは元々の予定としてあったとはいえ、まさかこんなことになるとはなあ。


「ねえ」

「どうかしたか?」


 相変わらずこっちを見てくれる訳ではないが、ぽつりと呟かれた言葉に反応し、顔をあげた。すると彼女はこの綺麗な満天の星を眺めながら、言葉を続ける。


「今、何年?」

「正確なところは分からねぇけど、確か……1200年代だった気がする」

「……そう」


 封印されていた帝国の悪女。銀の九尾。


 俺の知ってる九尾と同じなら、彼女はどのくらい永い時を生きているのだろう。加えて、どのくらい封印されていたのだろうか。


「百年……か……」


 その答えは、彼女自身の口から出てきた。

 百年。気の遠くなりそうな時間だ。


 おそらくそれが、彼女が封印されていた長さなのだろう。


「なんだってまた、高原のど真ん中に」

「アルファンの頂上に封印されてたのが、転がり落ちてきただけ。そのタイミングで割れてくれたら何よりだったんだけど……会話するつもりないから、黙っててくれない?」

「うぃっす」


 お前から話しかけてきたんだろうに。


 まあでも少し、同情する部分はあるな。百年間の封印なんて、俺が食らったら発狂しそうだ。しかもこいつの口振りでは、その間ずっと意識はあったんだから。


「しっかしなー。帝国も共和国を吸収して、今三国同盟と対立してるからなー」


 ちらっちらっ。


「十数年前に現れた魔王が倒されて、つい最近復活したんだよなー」


 ちらっちらっ。


「そういえば――」

「うるさい」

「うぃっす」


 ぬぎぎ。


 というか、何で一緒に居るんだっけか。


 いやまあ女の子の裸見ちゃった訳だし、埋め合わせも含めて野宿の一飯を提供しているただそれだけではあるんだが。


「……」


 ぼうっと空を見上げる彼女。時折ぴょこりと反応する狐耳が可愛らしいが、いったい何を考えているのやら分からない。


 しかし……こんな少女が悪女だとは、いまいち思えないんだがなぁ。


 確かにスタイルも良いし、すげえ可愛い。可愛いし、綺麗だと思う。

 けどこの儚げな印象と、どこか寂しそうな空気からは、とても帝国を傾けた悪女という肩書きに結びつかなかった。


「……私としては好都合なんだけど」

「ん~?」

「私の魅了スキル、効いてないわよね?」

「え、なにそんなもん使ってたのお前さん」

「使うんじゃなくて……いえ、何でもないわ。聞かなかったことにして」

「あっそ。ちなみに、どんな効果よ。場合によっちゃ効いてるかもしれん」

「私以外のことが考えられなくなって、今にも襲いかかりたいとかそういうの」


 しれっと、そんなことを彼女は言った。


 そして、わりと真面目にこちらを見据えている。


 ぷっ。


「はっはっは、自意識過剰女がいるううう!」

「ふざけないで!」

「……ま、そのスキルのせいで苦労してんのは分かったよ」

「じゃあ本当に、効いてないのね」


 肩を竦めて答えると、彼女は嘆息混じりにそっぽを向いた。いや、ついからかってしまった俺が悪いんだろうけどさ。女神といいこの子といい、ついついいじってしまいたくなるのは性分なんだ。


「殺そうにも……貴方と殺し合ったらこの一帯が焦土に変わる方が早そうだし。はぁ、なんでこんなことに」

「出られたんだからいいじゃねえか」

「あんたさては謝る気とかゼロなんでしょ」

「いやそれはもう誠心誠意謝罪を」

「もういいわ」


 うん、少しわきまえなかった自覚はある。裸見ちゃったのは事実だしなぁ。


 手で払うようにして目を閉じて、もういいとばかりに会話は終了。

 まつげ長いなーとか、そういうのは思うけれどそれは魅了とは違うらしい。


「まあ、封印から出られたことだけは素直に礼を言っておくわ」

「それで諸々の非礼を帳消しには出来ませんかねぇ」

「そのふざけた態度をやめない限り許さないに決まってるでしょ」


 手揉みしてもだめか。


「……にしても、貴方みたいな力を持つ妖鬼がこんなところに居て、しかもそんな性格で。私の知る妖鬼とは、偉い違いだけど」

「こんな性格で悪かったな。ま、色々あって旅の途中ってことだ」

「ふぅん」

「あ、興味ねえな?」

「欠片もね」

「くそうっ!」


 なんだかんだで、俺も久々の会話を楽しんでいる部分があることは否めないが。それは、もしかしたら目の前の彼女も同じなのかもしれない。


 黙れという割に、なんとなーく会話には乗ってくるし。辛口ではあれど、人を突き放すような感じじゃないし。何なんだろうな。


 もしかすると、魅了とか封印のせいで、まともな会話出来るのは俺が久々だとか、向こうもそういう事情があるのかもしれん。


「なるほどな……その魅了スキルってのが無意識に発動しちまって、傾国の美女なんて呼ばれるようになってたのか」

「ああ、なに。百年経ってもそんな風に言い伝えられてるのね」

「伝聞だがな」


 おどけて見せても、彼女は浮かない顔だった。


 まあ、当然のことかもしれない。自分が誤解されたまま言い伝えられていれば、少し胸に来るかもしれないとは俺も思う。


 黙っておいた方が良かったのか、なんて思いもするけど……ま、すぐに知ることにはなるだろうし。


「……じゃあ私行くから。わざわざ岩から出してくれてありがと」

「ん? こんな夜更けからどこに行くんだよ」

「帝国。ちょっと、様子見に行くだけ」

「お前のせいかは知らねえが、あすこ魔族に対して当たり強ぇよ?」

「……そんなの、知らないわ」


 岩の破片から立ち上がって、彼女は俺に背を向ける。


 一応同族のよしみで帝国の今を伝えても、彼女の意思は変わらないらしい。


 どういう状況下で封印されたのかは分からないが……。


「ねえ、さっき貴方、魅了スキル効いてるか聞いた時に『場合によっちゃ効いてるかもしれん』って言ってたけど、あれどういう意味?」

「あ? まんまだよ。可愛いなーとか、綺麗だなーとかそういうことを思うのも全部魅了の一種なら、かかってたよってこと」

「それは私が純粋に可愛いからよ」

「言いたかっただけだろ」

「さてどうだか。……じゃあね」


 最後にその切れ長の瞳で軽く流して、彼女はハナハナの森に向かって歩いて行った。


 あの黒耀石のような瞳に宿っていたのは、何者かに対する怒り。


 おそらくは、帝国の誰か。


「……ままならないもんだねぇ」


 焼けた肉をかじりつつ、俺はそう呟くしかなかった。

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