第1話「残り火」⑥
重苦しい沈黙が流れた。
風が柔らかく吹いて頬を撫ぜる。
「何故、わかった」
「副長」と練兵団の階級で呼ばれいたダジリスが斧を肩に担ぎ直しながら問う。
「兵の配置の仕方、典型的な奇襲戦法を取ったところから多少予想はしてたんだ。だけど確信を持ったのはついさっき。剣の型が明らかに練兵団で鍛えられたものだったから」
「ノールと手合わせをして見抜いたというのか」
「そういうこと」
サンツはライがノールと言われている盗賊のカウンターを全て軽々とかわしていたことを思い出した。
そして盗賊に次々と倒される守備隊の仲間たちのことも思い出していた。
練兵団は軍部所属だ。警備が主体の守備隊と戦争が本業の練兵団では実力差がありすぎる。短い時間で守備隊が全滅に追い込まれたのも納得がいく。
「で、で、でもなんで練兵団が?」
帝国軍なら帝国領内で盗賊行為をすることは厳禁のはずだ。
「勘違いするなよ、サンツ。こいつらは『元』練兵団であって、今は違う。いわゆる練兵団くずれってやつだ」
ぞわり、と盗賊たちの殺気が増した気がした。
それを知ってか知らないのか、相変わらず気軽な調子で相手を挑発する。
「お前がなぜ色々とそこまで知っているのかはわからないが、時間がない。通らせてもらうぞ」
ずらっと前衛の4人が剣を構える。
後ろで斧を構えたダジリスが合図を出すのと同時に4人は滑らかな動きで間合いを詰めてくる。
「ラ、ラ、ライ」
「ん?」
「こ、これってやばくない?」
訓練された滑らかさで移動してくる敵を見ながらサンツは震えながらライに問う。
「んー…あんまり良い状況とはいえないね」
「ちょ、ちょっとお」
情けない声をだすが、ライはそれを聞き終わる盗賊の前へと踊りだしていた。
途端に滑らかな動きで四本の剣がライめがけて振るわれる。
それを体をずらしながらライは捌く。
正面から受ければさすがに防ぎきれないが、左に体を大きくそらし態勢が崩れた状態の剣を四本まとめて受け止めることに成功する。
「ほお」
その背後でダジリスが斧を構えながら感嘆の声を上げる。
「なるほど、確かにできるようだ。だが、これはどうかな」
ダジリスが跳躍してライへと飛びかかる。ライと切り結んでいた4人はさっとその場を離れた。
ギャリン
金属がぶつかる嫌な音がした。
「ぐっ」
ライの口からうめき声が漏れた。
どうにか受け止めた斧は、しかしそれでも勢いを殺せなかった。左側へとどうにか流すがその時に左肩を削っていかれる。
怯んだライに対して今度は残りの敵から魔術攻撃が仕掛けられる。火球を紙一重でよけ、魔術の矢を剣で弾く。
多勢に無勢である。
どうやらダジリスはサンツよりライを片付けることに専念するらしかった。サンツはいつでも殺せるということなのだろう。
「ライ!」
ライは剣と魔術の暴風域にいるようだった。
無数の剣と魔術を受けてライの体には裂傷が増えていく。
どうにか剣をかわしその集団の外にでようとするが、人数の差と遠距離からの魔術攻撃がそれを許さない。
傷口から流れる血が宙を舞い、口へと流れ込んだ。
血の、味。
状況は圧倒的に不利だ。
しかしそれでもライは笑った。
それは、暗く深く――そして黒い笑いだった。
同時刻、木の上から遠くの戦闘を見つめていた女が同様にクスリと笑った。
「思い出したのかしら?」
そして低く冷徹な声で呟いた。
「目覚めなさい」
奇妙な違和感がダジリスを襲った。
多対一で圧倒的な優位に立っている状況で、形勢は膠着しているようだった。
(なんだ?)
黒髪の青年に対しては致命的なほどの人数差だ。残された守備隊の青年が逃げ出そうとすれば自分が対応することができる。
何も問題はない。
それなのに――
(なんだ、この感覚は…)
皮膚が粟立つ。
黒髪の青年は倒れない。
無数の剣戟を受けているにも関わらず、致命傷は全て避けている。
皮膚は裂け、血は舞っているものの、それらは全て軽傷だ。
「いつまで時間を掛けている! どけ!」
しびれを切らしてダジリスは仲間を割って、黒髪の青年に躍りかかる。飛び上がると同時に体を魔術で身体強化する。
仲間が割れるように道を開けた先にいた青年に渾身の力で斧を振り下ろした。
「っ!」
相手の剣をへし折るつもりだった。
所詮そこらへんの守備隊がもっていた剣だ。
耐久度もそう高くはない。
ダジリスはその斧で大戦中に幾人もの剣を折った経験から、相手の剣も折ることができると思っていた。さらに今は魔術で身体強化しているのだ。通常の斬撃とはパワーが違う。
が、――
(受け止められた!?)
内心で驚愕する。
と、同時に体を伝わってきた衝撃が今起きたことを瞬時に理解させる。
(剣で衝撃を吸収されたというのか!)
獲物同士がぶつかった時の衝撃が柔らかかったのだ。
絶妙なタイミングで剣を引き、衝撃を吸収されたらしい。
少しで早ければ剣はへし折られ、遅ければ剣ごと自分の体にめり込んでしまうだろう。
先ほどは殺せなかった勢いを完全に殺されて斧は受け止められてしまっていた。
(このガキ! 一体…!?)
瞬間、交差する獲物の向こうに黒髪の間から相手の瞳が見えた。
紫金の瞳。
その瞬間、ダジリス背筋から脳髄にまで今まで経験したことのない寒気が走る。
「っ!?」
とっさに距離を取った。
何かを考えるよりも早く、戦場で染み付いた危機意識がダジリスの体を動かした。反射的に薄いながらも魔術障壁まで展開してしまう。
「今の…は、殺気?」
一瞬で体が汗を吹き、心拍数が跳ね上がる。
戦場でも数回しか味わったことのない心臓を鷲掴みにされたような圧倒的な恐怖。
そして黒髪の間から覗く紫金の瞳。
「ま、まさか――」
「貴様! いい加減に死ね!」
「っ! やめろ!」
ダジリスが下がった後を二人の仲間が切りかかる。
青年は二人の剣をやすやすと受け止めると一人を切り捨て、もう一人を殴り飛ばした。
殴り飛ばされた仲間は血を吐いて事切れる。
その鎧を見てダジリスは確信した
(や、やはり…信じがたいが、こいつは…)
殴り飛ばされた仲間の鎧は、鉄でできているはずなのに、拳の跡がついている。魔術による身体強化の気配はなかった。
素の力で鎧がめり込むほどの力で殴られたのだ。
拳の跡がつくほどの力。
多対一でも引かない実力。
圧倒的な殺気。
そして――紫金の瞳。
それらの特徴をもつ人物にダジリスは戦場で一度だけ会ったことがある。
その浴びた血の多さ故に隊服が黒く染まってしまったといういわくつきの部隊。
あまりの圧倒的な実力ゆえに英雄か悪魔かと恐れられた部隊。
その荒くれ者の部隊を統率していた男。
その部隊の――隊長。
「黒装束の…狂戦士!」




