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第1話「残り火」③

 いい天気である。

 空にはちぎれ雲がいくつか浮かび、空気は適度に乾燥して澄んでいる。

 太陽は柔らかく輝き、陽のあたる場所はじんわりと暖かい。

 そんないい天気の中、1人の青年が怒っていた。


「こら! お前、いつまで寝てるんだよ!」


 サンツは荷台の上の男を乱暴に叩き起こす。

 サンツは簡略な鎧を身につけている。ヘルメットはないので、彼の茶色の髪は風に揺られている。そしてその鎧には東地区守備隊の鷹のマークが刻まれている。

 一方荷台の上にいる黒髪の男は鎧をつけていない。細身の体に普段着をまとい、短剣を抱えるようにして荷台の上で眠りこけている。


「ほら、起きろってば。俺たちこれから夜盗退治に行くんだぜ!?」


 荷台の上で男が身じろぎした。

 眉を寄せ、迷惑そうな顔をして目を開く。

 紫の瞳がサンツを捉えた。


「またお前か…」

「いつでも俺だよ。いい加減起きろよ」

「お前…名前なんだっけ?」

「サンツだよ。そろそろ覚えろよ。東地区守備隊第4部隊のサンツ=ニッカだってば」

「あぁ、そうだったな。俺は…」

「ライオネル=スタンドバルドだろ? 西地区守備隊の代表の。もう3回も聞いたよ。ってか4回目だぞ、このやりとり」

「そうか…御苦労だったな。じゃあ目的地に着いたら起こしてくれ」

「あぁ了解………って違う違う違ーーう!!」


 滑らかな流れで再び眠りに就こうとするライに流されそうになってサンツは慌ててライを再び叩き起こす。


「寝るな!」

「なんだ、もしかしてもう目的地か」

「それも違う! まだ街の城壁出てすぐの農村地帯だけど!」

「そうか…じゃあおやすみ」

「起きろおおお!」


 ハアハアと息を荒げてサンツが騒ぐ。

 一方ライのほうは非常に迷惑そうな顔だ。


「お前、わかってんのか?」


 サンツが息を切らしながらライに問う。


「この夜盗退治の任務はな、貴族から直々の命令で都市全守備隊合同の正式な任務なんだぞ! もっとシャキッとしろ、シャキッと」


 無駄に力の入っているサンツを見ながら、必要以上に脱力しているライはため息を吐いた。

 短刀を抱え直し再び暖かい陽に目を閉じながら、ライは昨日の晩のことを思い出していた。








◇ ◇ ◇ ◇ ◇







 「私は西地区守備隊隊長のファーヴェル=マイスだ。この酒場にこの辺のチンピラを押さえつけてくれている『ボランティア守備隊』のライという男がいると聞いたのだが、どなたかな?」


 そうファーヴェルが言った瞬間、酒場の空気が若干凍りついたのをライは感じ取った。


 『ボランティア守備隊』


 正式な守備隊員ではないライが「放棄された街」の治安維持を行っていることは周知の事実だが、このような言い方をすればこの酒場にいる者の反感を買うことは確かだ。

 既にこめかみに血管を浮かせている者もいる。

 乱闘騒ぎというのも面倒なのでライは立ち上がって合図する。


「君か。君と少し話がしたい。いいかな」


 ヤズリクがテーブルを一つ片付けて用意してくれる。

 そこに座ると隊長のファーヴェルの後ろに護衛のように二人の守備隊員が、ライの後ろを応援団のように酒場にいる男たちが取り囲んだ。見事なまでの対立構造である。


「それで? 今まで放棄された街になんの手も打ってこなかった『お飾りの守備隊』様がどのような御用件で?」


 挑発的なライのもの言いに酒場の人間はそうだそうだと盛り上がり、二人の守備隊員は腰の剣に手を掛ける。

 その二人の隊員を手を上げて押しとどめると、ファーヴェルはもったいぶって話しだした。


「実は、先日貴族委員会のほうから緊急の召集がこの街の全守備隊に対して発せられた。内容は夜盗退治。最近街の郊外で頻発している夜盗の排除だ。これを受けて全守備隊はそれぞれ代表をだして混合守備隊を結成、それを貴族のマーヴェル卿が率いてこの任に当たることが決定した」


 ここまで言われればライにもファーヴェルの狙いが見えてきた。


「それで? もしかして、その混合部隊への代表に俺が行けってことなのかな?」

「話が早くて助かるよ」


 ファーヴェルがにっこりと笑う。人を食った笑いだと思った。


「俺一人でいいわけ?」

「西地区守備隊は商業地区の警備と貴族街への警備、それに「放棄された街」の周辺警備とこの街でも重要任務を負っているからね。そちらの方面で功績が認められて今回はこの任務には派兵しなくてもよい、と言われたのだよ。しかし合同任務という名で招集が掛けられている故に誰も派遣しない、というわけにもいかない」


 そこで君の出番だよ、とファーヴェルが微笑む。ライの後ろで酒場の人間の空気がざわりと熱で膨らんだ気がした。

 ライもあけすけにスケープゴートとして行けと言われて気分が良いわけではなかった。


「俺が断ったら?」


 そう言うと後ろに構えている酒場の男たちが「そうだ、誰がてめえらのしりぬぐいなんか」と吠える。

 それを見てファーヴェルは頬の右だけをあげるような嫌な笑い方をした。


「断ってくれても構わないよ。近々、西地区守備隊は大規模な『掃除』を予定していてね」

「掃除?」

「そう、掃除だ。私達は近々キミが活躍しているこの地区の区画整理を計画していてね。あの地域には道などに不法建築などが多いそうだから、その住人ともども排除しようかと考えていてね」


 私達も少しここを放置しすぎたようだから、と白々しく言う。

 このハバーレス街は貧民街だ。家を持たないものは路上で寝るしかないし、ストリートチルドレンは多い。

 さらに路上には多くの露店が立ち並びそれで市場を形成している場所もあるのだ。

 区画整理とはこれらの排除を意味する。


「ふざけんな!」


 背後から野太い声で吠えた男がいた。


「ごみ溜めに押し込めていて、それを今さら排除だと!? じゃあ俺たちはどこで生きていけばいいんだよ!」


 もっともな言い分だった。その男は路上に生鮮食品の露店を広げているのだ。テナントを持っていない以上、守備隊のいう区画整理は店を取り上げられることに等しい。

 そうだそうだ、と後ろで賛同するものが騒ぎだす。


「隊長さん、それは俺、もとい俺たちを脅しているってこと?」

「そうは言ってないさ。だが、どう捉えるかは君たちの自由だがね」


 酒場の男たちの怒りにも動じずファーヴェルは涼しそうに言う。

 気に食わない目をしている、とライは思った。

 自分の地位に絶対の自信をもち、それより下のものを自分とは別の生き物だと思っている目だ。


「それで、どうする?」


 再びの問いかけに、男たちは静かになってライの反応をうかがった。


「――いいよ。引き受けよう」


 しばらく押し黙った痕にライは答えをだした。

 ファーヴェルが満足そうにうなずき握手を求めてくる。

 その手を握り返しながらライは言う。


「今回だけさ」

「そうなることをこちらも願っているさ。だがこれからも協力はしていきたいもので――」

「いいや」

「?」


 ファーヴェルの言葉を遮ってライは手に力を込める。ファーヴェルの籠手が握りしめられて鈍い音をたてた。


「これっきりだ。今後、金輪際うちらへの干渉をやめてもらいたいね」

「…もし断ったら?」


 ライは満面の笑みで微笑むと――ファーヴェルの手を籠手ごと握りつぶした。


「がああああっ」


 籠手が変形してファーヴェルの手に食い込む。その激痛にたまらず声があがる。


「隊長!―貴様!」


 背後で控えていた守備隊員の一人が素早く剣を抜き振りかぶる。

 しかし振りかぶり終わる前にライは素早く間合いを詰めた。その素早さに反射的に魔術障壁を展開するが、その障壁はあっさりと打ち抜かれる。

 ドスッと鈍い音がすると、そのまま隊員はライにもたれかかるように崩れ落ちた。


「もう一度言う。これっきりだ」


 腹に強烈な一撃をくらわせ気絶させた隊員の体を片手で持ちあげ、残っているもう一人の隊員の方へ放る。

 それを握りつぶされた右手を抑えて呻きながらファーヴェルは呆然と見ていた。

 ハバーレス街は治安が悪いということは百も承知だった。

 だから今日の自分の護衛には隊で一番の実力者を二人連れてきていたのだ。剣技だけでなく魔術にも自信のある退院だ。彼らなら素人なら例え十人に囲まれたとしても問題はなかった。

 だが、実際今の状況はなんだ。

 守備隊員でもないただの細身の若い男にあっさりとやられた?

 馬鹿な。ありえない。

 信じられない光景に全てが停止していた。


「持って帰れ。そして二度と来るんじゃねえ」


 ライがそう吐き捨てると、一瞬の静寂の後背後で男たちが爆発的な声を上げた。

 グラスなどが守備隊三人めがけて飛んでいき、彼らはそれに追い出されるように外へと逃げるしかなかった。







◇ ◇ ◇ ◇ ◇







「今回は、貴族直々同行しているんだ。ここで活躍を見せられたら練兵団への推薦ももらえるかもしれないんだぜ」


 サンツはまだ興奮したまま喋り続けていた。

 基本的に守備隊は都市に所属するものである。この場合ライたちがいる都市は商都コマーサンドであるため、都市の中心は主に商人である。

 商都コマーサンドには大きく4つの商館がある。その4つに対応するように街は東西南北に分かれており、それぞれに守備隊が設置されているのである。

 一方で軍部の一部である練兵団は、都市のさらに上の帝国それ自体に所属している。そのため守備隊より地位は高く、また内部の兵の質も格段に高い。同じく軍部の一部である騎士団は貴族のみで構成されるため、平民が軍部に入ろうと思ったら練兵団を目指すのが普通なのである。

 つまり練兵団は男の職業のなかでも憧れの一つなのである。


「だから俺は今回の任務でできるだけ活躍をするんだ!」

「へースゴイスゴイ」

「へへ…そうかな」

「あーうん、スゴイスゴイ」

「確かに俺はまだまだ下っ端で、隊のなかでも弱いかもしれないけど・・・」

「へえ、スゴイスゴイ」

「いやほめられることじゃなくて………って適当に相槌打つなよ!!」

「へえ、スゴイスゴイ」

「聞けえええええええ、そしてせめてこっちぐらい見ろおおお」


 サンツの熱い思いにもライは相変わらず簡素な返ししかしない。

 ムキになってサンツが騒ぐと、荷台の上で背を向けて寝ていたライがくるっとこちらへ向き直った。

 紫色の瞳がサンツを射抜く。


「なに練兵団に入りたいの?」

「おぉ、平民の憧れじゃん!」

「はいってどうすんの?」

「強くなるんじゃん!」

「強くなってどうすんの?」

「国を守るんじゃないか!」

「守りたいんだ」

「みんなを守れるようになるのさ!」

「ふ~ん、まあどうでもいいや」

「って、どうでもいいのかよ!もっとちゃんと聞けよ!」

「お前暑苦しいなー。キラーイ」


 ぐっと押し込められたサンツを見て、ライは苦笑しながら「冗談だよ」と呟いた。「暑苦しいのはホントだけど」とも付け加える。


「戦争が終わったばっかりでよく練兵団なんかに入りたいと思うな」

「思うさ! 俺は『黒装束』に憧れているんだ」


 ライは表情を変えずに押し黙った。

 そんなライの様子には気付かず、サンツは捲したてる。


「俺の憧れなんだ、黒装束は。終戦間際だったけど、俺の家族はこの商都コマーサンドを目指して移動してたんだ。けれどもサン=ライス地区が共和国軍に占拠されて、俺たちの背後から共和国の先遣隊が追ってきているという話があったんだ」

「…」

「怖かったね。背後から追い詰められるってのは本当に肝が冷える。でもそんな時に、黒装束がサン=ライスへ攻勢を掛けてくれた。結果的にサン=ライスまで奪い返してくれたからな。サン=ライス攻防戦っていうらしいぜ。おかげで俺の家族は生き延びることができたんだ。な、凄いだろ…って寝るなよ!人の話を聞け!」


 ライはいつの間にか再び睡魔に捕らわれていた。

 そんな様子のライを見てサンツは口をとがらせる。


「ライはそういうのに興味ないんだな」

「ないね」

「やる気なさそうだもんな」

「まあね」

「西地区の代表のくせして馬もなしだもんな」

「馬もってないんだよ。手間もかかるしな」

「西地区では飼ってないのか?」

「いや、俺埋め合わせだから」


 西地区以外の地区はそれぞれ50名の隊員を派遣し、そのうちの半数が騎乗していた。

 総勢10名ほどの騎士は全員騎乗している。

 この混成部隊は160名ほどで、そのうちの半分が騎乗しているなか、たった一人の西地区代表であるライが馬に乗っていないというのは奇妙な事態だった。

 それに加え、野営物資を運ぶ荷台の上で昼寝をするという愚行。他の代表からは「西地区守備隊は数に数えない」という見方がされていた。

 ライに言わせれば「西地区守備隊の評価がどうなろうが知ったことではない」と痛くもかゆくもない状況である。


「貴族の作戦には参加したっていう名目は欲しいけど、団員をこんな危険な任務に当たらせたくないっていう臆病者の隊長様が俺をよこしたんだよ」

「? よくわかんないけど、大変なんだなお前も」

「そういうお前こそ馬ないじゃないか」

「俺はまだ乗れないんだ!」

「…胸を張って言えることではないと思うぞ」


 まだ守備隊に入ったばかりのサンツには馬がない。

 それなりの重量になる鎧を身につけ、手には槍を持ったまま徒歩で行軍している。


「いいんだ、まだ下っ端だから。でもいずれ乗れるようになるから」

「荷台に乗っけてやろうか?」

「いや、大丈夫! すでに任務は始まっているんだ! 目的地まで歩いていくことも任務さ!」

「お前ってきまじめだな」

「そうかな?」

「絶対、帰るまでが遠足です、っていうタイプだよな」

「遠足?」

「いや、なんでもない」


 目的地に着いたら起こしてくれ、と再び言い残して目を閉じるライ。

 その様子にサンツもさすがに諦めた。

 横で鎧をガチャガチャいわせながら、荷台からすぐに聞こえてきた寝息に呆れかえる。


「ホント興味ないんだな」


 サンツは諦めたように呟き、空を見上げた。

 突き抜けるような青い空だった。

次から急展開!

お楽しみに!

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