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第2話「芽吹く」09

――カラン――


「おはよう。早いね、ライ」

「おはよう、ヤズリク。開店前に悪いな」


 構わないけど大したものは出せないよ、と言うヤズリクになんでもいいから飲み物、と注文する。

 しばらくして出てきたのがコーヒーだったので、砂糖を大量に入れる。


「うちが昨日襲撃を受けたのは知ってるよな」

「もちろん。情報は新鮮さが命だからね。ライともあろう人が出し抜かれて女の子攫われるなんて、らしくないね」


 あっさりと返答が返ってくる。

 ライは甘くなったコーヒーを一口飲むと目を合わせないまま本題を切りだす。


「その襲撃者の現在の居場所が知りたい。より正確に言うなら攫われた女の子、フランの居場所が知りたい。どうせ、あんたのことだ。掴んでいるんだろう?」

「……」

「金はいくらかまとまって払ってもいい」

「……」

「…ヤズリク?」


 ヤズリクの返答がないことに困惑して顔を上げると、困った顔のヤズリクがカウンター越しに見えた。


「……ライ、今回の情報、代金はいいよ」

「…どういう事だ」

「その女の子を奪い返しに行くんだろ?」

「…あぁ」


 ヤズリクはカウンターの中で、ゆっくりと今夜のための仕込みを始める。

 火をつけ、鍋に材料を入れ、香辛料を手に取る。


「僕は、ハバーレス街のストリートチルドレンを見るたびに思うんだ」

「……」

「戦争の責任を子供たちにまで負わせてはいけない、って」

「…お前が気に病むことじゃない」

「わかってるさ。けれども、彼らに罪はないと思うんだ」


 お前にも罪はない。

 そう言ってやれたらどれだけ良かったか。

 だが、ライは知っていた。ヤズリクが兵役で大戦に参加していたことを。そして戦場で地獄を見てしまったことを。


「大戦の罪は僕たち大人が背負うべきなんだ。子供たちじゃない」


 だからこの男はわざわざハバーレス街で情報屋を営んだのだ。もっとも治安の悪い地域。そこに暮らす家なき子供たちの安全をほんの少しでも上げようとして。ライを使ってまでして。


「だから、この情報がハーヴェとフランという子供たちのためになるなら、代金はいいよ」

「そんなことをしていたらお前の生活が持たなくなる」


 ヤズリクという男は、本当にそのために身を削っているともいえる。

 彼は、定期的にストリートチルドレンを雑用として雇う。大して労働力にならない子供に賃金を払う事がいかに大変なことか。誰も真似をしないことがそれを証明している。


「今回だけさ。それに今ちょうど色々と他の状況が上手くいきそうでね。心配しなくていいよ」

「…そうか。わかった」


 ヤズリクがいう「状況がいい」は信用ができる。それならば大丈夫だとライは判断した。


「で、本命の情報だけれども」

「頼む」

「襲撃部隊が帰還したのは、ウィリス家じゃない。ラングウッド商会だ」

「ぶっ!? 四大商人のうちの1人、ラングウッドか?」

「そうだ」


 商都コマーサンドは主に東西南北の4つの地域に分けられる。それぞれの地域に地域を代表するような商人がいる。それが四大商人である。西地区はラングウッドという武器商人であった。

 予想外の役者の登場に慌てざるを得ない。


「だが、なぜ軍部がラングウッド商会に? あそこはウィリス家と繋がりはあっても軍部とはつながりがないぞ」

「あったんだよ。それが」


 ヤズリクがため息を吐く。


「デイビット・ウィリス。ウィリス家の長男で、現在軍部にて兵役中だ。だが、軍部での所属先が分からなかった。つまり――」

「特殊工作員」

「そういう事」


 なるほど、とライは頷く。

 関係性は繋がってきた。軍部とウィリス家をつなぎ、さらに軍部とラングウッド商会を繋いだのはこのデイビットという男だ。おそらくフランの、いやサリーの兄に当たるのだろう。

 結局フランの紋章刻印の部分だけが不透明のままだった。

 ヤズリクに念のため聞いてみても、首を傾げられるだけだった。。


「ありがとう。役に立ちそうだ。無料で悪いな」


 そう言いながらもライはコーヒー代にしては多い額をテーブルの上に載せて席を立つ。

 その気づかいにヤズリクも苦笑しながらも何も言わない。


「あぁあとライ。一つだけ気をつけて欲しいんだけど」

「なに?」

「最近、この街に不明な勢力がいる」

「勢力?」

「あぁ貴族にも軍部にも属してないと思う」

「どういう事?」

「分からないんだ。何かが動いてるのがギリギリわかるんだが、全く正体がつかめない」

「…気をつけとく」

「注意してくれ。気味が悪い感じだからな」

「ありがとう」


 改めて礼を言って出ていこうとするライの背中にヤズリクが言葉を投げかける。


「ライは、どうして今回のことに手を貸すことにしたんだい? ここまで積極的に首を突っ込むのは珍しい気がするんだけど」


 ライは止まらずに扉をあけると、一言だけ言葉を残して外へと出ていった。


「似てたんだよ、あのガキが。昔の知り合いに、さ」


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