第2話「芽吹く」08
「フラン!」
一番最初に早く反応したのは、ハーヴェとライだった。
階段を3段飛ばしで駆け上がるとライが止める暇もなくハーヴェは部屋に飛び込む。
「バカ! 気をつけろ!」
部屋を開けると同時にナイフがハーヴェに迫る。
それを後ろからギリギリのところで持っていたフォークで弾き飛ばした。
「――ッ」
目の前でナイフが弾かれたことにハーヴェも投げた敵も驚く。
「あ、ありがとう」
「お前がさっきサンツにやったことだろうが」
侵入者は全部で3人だった。全員が共通の黒い服装をしている。
顔には黒い能面の仮面が付けられ、足元から指先までは全て布で覆われ肌の露出がない。
特徴的といえば特徴的だが、個性の埋没したその装備にライは見覚えがあった
(軍部の特殊工作部隊!)
大戦中に何度か合同で任務に当たったことがあった。軍部の裏の顔と言ってもよい。秘密裏に動き、数々の裏工作を行う部隊。
裏舞台の暗躍者である。
「うおっ」
「なによ、こいつら!」
背後からサンツとルミナのあわてる声が聞こえる。
部屋の外にも二人ほどいるようである。
窓は蹴破られて窓枠しか残っていない。
気絶させられてしまったのか、ぐったりと気を失ったフランを工作部隊の1人が外へ運び出そうとする。
「待て、このやろう!」
ハーヴェがフランを担いでいる男へと特攻をかける。
それを防ぐように動いた別の男をライは手持ちのフォークを投げて牽制する。
部屋の外では、腰の短剣を抜いたサンツと侵入者の一人がもみ合いになっている。
ルミナは階段の下に突き落とされそうになって、必死に抵抗していた。
つまり――乱戦だった。
「くそっ、この女いい加減落ちろ!」
「いやよ、こんな急な階段おちたらけがするじゃない!」
「くそ、離せ! 人の服に捕まりやがって」
「ちょっとサンツ、助けてよ! こいつなんとかして!」
「無茶言うな、こっちだって取り込み中だ!」
部屋の外ではルミナとサンツが侵入者の二人と争っていた。
争っているというよりは――もみ合い状態だった。
「きゃー、あんたどこ触ってんのよ! 変なとこ触らないでよ、変態!」
「くそっ、ならさっさと離して落ちろ! 第一触るほど価値が貧弱な小娘にあんのか。このまな板!」
「かっちーん! なによ、こいつ超失礼! やっぱあんたが落ちればいいじゃない」
「いや、おまえが落ちろ!」
階段付近で争っているルミナと侵入者の一人はその不安定な足場でもみ合っている。
階段が急なため、お互いが相手を必死に下に突き落とそうとしているのである。
「どうしよう。深刻な状況のはずなのに、なんか笑いそうなんだけど」
そう言いながらもサンツのほうはそれほどの余裕はない。
向き合っている侵入者は短剣を逆手に構えてこちらの隙を伺っている。その構えには隙がない。
「――っ! これだ!」
サンツは階段脇の机に置いてあった薬瓶のひとつを手に取る。
その動きの隙に会わせるように、侵入者は距離を詰めてくる。だが、サンツは落ち着いて薬瓶をあけると、それをそのまま投げつけた。
――パリン――
相手はそれを左で地面にたたき落とす。
だが――
「―っ!?」
床からモクモクと煙が上がり、侵入者の視界を奪う。しかもその煙は目に染みて痛い。
「今だ! ルミナ、かがめ!」
その言葉にルミナが素早くかがむ。
サンツは助走つきのドロップキックを浴びせると、はじきとばされた侵入者は階段にいたもう1人の侵入者を巻き込むようにして階かに落下していく。
「っと」
バランスを崩しそうになっているルミナに手を伸ばして2階に引き上げると、サンツは手近な戸棚を開け始める。
「お、あったあった」
「あ、それあたしの新作の傷薬…」
ルミナが何かを言い終わる前に、サンツはそれを振りかぶって階下でうずくまっている侵入者2人に投げつける。
数秒遅れて、絶叫が上がった。
「………」
「いやあ、初めてルミナの傷薬が世の中のためになったな」
「なにそれ! 超失礼!」
「ほめてるんだよ、すごいぞ、おまえ。さっすがだなあ」
「え? そう? そうなの? へへ、まぁそこまででもないっていうか」
「………」
だめだ、これ。とサンツが嘆息したとき、
―――カッ―――
「なにこれ、まぶしい!」
「なんだこれ、なんも見えねえ!」
強烈な閃光がライの部屋から広がり、視界を奪った。
光が収まり、視界が回復して来たとき、部屋のドアがあいてライとハーヴェが姿を現す。
2人とも肩を少し落としている。
「だめだ、逃げられちまった。フランもいねぇ」
「………」
サンツとルミナがあわてて階下を覗くと、いつの間にか倒したはずの侵入者2人の人影はなく、割れた薬瓶があるだけであった。
「軍部だ」
散らかった部屋を片付け始めながら、ライがそう切り出した。
「軍部?」
「あぁ、さっきの侵入者は軍部に所属している特殊工作部隊だ。以前も……見かけたことがある」
「まじか」
「しかも貴族が混じっていた」
「え、貴族が!?」
「あぁ。軍閥貴族だ。最後のあの閃光は霊術の一つだ。遮蔽物に関係なく、一定範囲の視界を奪う術。魔術にはない術だ」
割れた薬瓶のかけらを慎重に拾いあつめる。
横ではハーヴェが無言で床を雑巾で拭いていた。固く唇をかみしめている。もどかしいのだろう。
「でもさ、おかしくない?」
ルミナが階段に腰掛けながら疑問を発する。
「ウィリス家って軍閥貴族じゃないわよね。なんで、軍部が出てくるの?」
「わからん。おそらくフランが何か関係しているんだろう」
全員で一度手をとめてため息をつく。
「どっちにしろ、フランちゃんは奪われちゃったしなぁ」
サンツがため息をつきながらそうこぼす。
「どうするんだ、これから?」
ライがハーヴェに聞く。
「諦めないよ」
ハーヴェは雑巾を握りしめたまま、そう力強く答える。
「ダズニフ家の男はあきらめが悪いんだ。簡単に諦めるなって親父に散々言われているんだ。『諦めないでいられるように強くあれ』ってね」
「…親父さんは?」
「死んだよ。大戦に練兵団として参加したんだ」
「そうか」
ライはしばらく考えるように黙ったが、あっさりと結論を出した。
「よし、手伝ってやろう」
その言葉にハーヴェの顔がくしゃくしゃにゆがんで下を向いた。「ありがとう」と一言だけ絞り出すとハーヴェは少しだけ泣いた。
そんなハーヴェの様子を見ながらライは湧き上がる様々な事柄に困惑していた。
(軍部が関わっている理由はわからねぇ。けど、俺の記憶が正しければ、工作部隊の中で軍閥貴族が混ざっている可能性があるのは――情報技術局だ
未だ解明されない霊力の謎。刻印途中の紋章。情報技術局。それに――”ダズニフ”
ちっ、情報が少ない。
意外とやっかいな事件に首つっこんじまったかもしれねえな)
「どう、思われますか?」
ライの家から程良く離れた場所から一連の行動をみていた従者は横にいる主人に問いかける。
「軍部が動いているの?」
「はい。おそらく、情報技術局です」
その言葉に女が美しい顔を歪めた。
「軍閥貴族じゃないウィリス家に、軍部が介入するその理由はなにかしら?」
「おそらく、姫様の予想通りかと」
2人は黙り込む。夜のぬるい風が女の銀髪を揺らした。
「ねぇ」
「は」
「そのさ――姫様っていうのやめない?」
「…は?」
予想外の言葉に従者が顔を上げる。主人の顔はふざけてるわけでもなく真剣な顔のままだ。
「姫様って呼ばれるの好きじゃないの知ってるでしょ?」
「しかし…」
「しかし、でもなんでも」
「それでは…」
「普通に呼んでいいのに。あたしとあなたの仲じゃない」
「では、フレイア様、と」
「様もいらなのに」
「すみません、さすがに無理です」
仕方ないわね、と女――フレイア――は笑った。
そしてすぐに真剣な表情に戻る。
「『ビオトープ計画』はまだ進んでいるのね」
「おそらく間違いなく」
「懲りない人たちね。大戦中の過ちを忘れたというのかしら」
「………」
「黒装束を全滅させておいて、それでもまだ追い求める、か」
ふう、とため息をつく。
「どうなさいますか」
「放ってはおけないわね。少し様子をみながら介入しましょう。できるだけバレない形で」
「了解しました。………あの少女はどうなさいますか?」
沈黙は長かった。
女は長い時間考えた後、髪を掻き上げながら決断を下した。
「もし彼女がビオトープの計画の一環として紋章を刻印されたのだとしたら……かわいそうだけれども、生かしてはおけないわ。
――殺しなさい」