第2話「芽吹く」04
あ、あれ…?予約投稿が3月になっていました…。連続更新途切れちゃってすみません。2つ更新します。もう看板に偽りありすぎで凹みます…すみません…。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
大輪の花のように笑う少女だと思った。
「あたし、フランっていうの。あなた誰? どうしたの?」
出会った日はジメジメとした雨が降っていた。嫌な、天気だった。湿気が肌に纏わりついてうっとおしい。湿気で丸まった髪の毛を掻きむしるように抱え込みながらハーヴェは泣いていた。
「泣いてるの?」
そう聞いてくる少女は、自分とは対極にいるように思えた。湿気にまみれた天気の中で、うっとおしさとは無縁の存在のように笑顔を振りまいている。
ハーヴェは右手にあるものを堅く握りしめた。
――母親の骨を。
「母さんが…死んだんだ…」
それだけを必死に絞り出す。先ほど火葬してきた時の風景がよみがえる。焼き場の老人が焼き終わったあとの焼け跡から骨を1つだけ取り出してハーヴェに放った。
『形見の骨じゃけぇ、もっとけ』
泣きながら骨を握りしめて焼き場を走り去った。街にでるまでに3回転び、2回目で手の中の骨はさらに細かく砕けた。
炭で黒くなった骨は、母の病気のせいだろうか、脆くなっていたのだった。どの部位なのか分からないが、堅くしっかりした骨の部分だけが結局手に残った。
「家族がいなくなっちゃったの?」
腕に覚えのあった父親は結局大戦が終わってからも帰ってこなかった。病床の母も死んだ。兄弟もいない。家族は、もう誰もいない。
家はなくなった。父親の軍属手当は終戦と同時に配給されなくなっていたから、家賃が払えなくなっていたのだ。家賃が払えない者を居座らせるほど、この街の大家は優しくなかった。
何も残っていない。
母親が病床で繕ってくれた衣服があるだけだ。靴は底が破けてしまって捨てた。裸足で歩くのは最初は痛かったけど、数日すればもう慣れてしまった。
今のハーヴェが持っている者といえば母親の骨だけだった。
「じゃあ――」
ストンと少女が腰を落とした。
座り込んでいるハーヴェと目線を合わせるように顔をのぞき込んだ少女が、朗らかに笑う。
「じゃあ、あたしがアンタのお姉ちゃんになってあげるね」
ハーヴェの目に少女の足が写った。
それは、ハーヴェと同様に靴を履かずに薄汚れた裸足だった。
裸足で――独りで生きてきた者の足だった。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「――ハッ」
呼吸荒く目が覚める。何かとても懐かしい夢を見ていた気がしたが、目が覚めると同時に体と頭が鈍痛を訴えてくる。その鈍痛が今まで自分が気を失ってきたことを如実に教えてくれた。
周りを見渡す。知らない部屋だ。
「起きたか、ボーズ」
ベッドサイドにいる男がパタンと本を閉じて話しかけてくる。ハーヴェのことをデコピンで気絶させた痩身の男だ。真っ黒な髪に、紫金の瞳。その瞳が、ハーヴェのことを鋭く捕らえた。
「ここは?」
「俺の家だ。起きたんならとりあえずお礼を言ってほしいもんだね」
「なんで、お前なんかに! このデコピン野郎!」
「シッ、静かに。隣のお姫様が起きちまう」
「お姫様?」
そこでやっとハーヴェの隣にフランが寝かされていることに気づく。その呼吸は荒い。顔は多少赤らみ、額には塗れタオルが絞って当てられている。
「フラン!」
「だから、静かにしろっちゅーのに。少し熱がでているだけだ。大丈夫。ちょっと待ってろ」
そう言ってドアをでていく。
ベッドを降りてフランの様子を見る。ベッドで横になったのなんて久しぶりで名残惜しかったが仕方ない。あの青年は悪い人間ではなさそうだが、信用できるわけではない。できることならさっさと立ち去りたいが、フランの体力が持つだろうか。だが、迷っている暇はない。
頬に手を当てるとやはり熱を持っている。フランの右手にしっかりと包帯が巻かれているのを確認してホッと息を吐く。
「意外だな、サンツが料理できるなんて」
「いや、警備団の昼飯つくったりするからな」
「下っ端だもんな」
「うるせえ! 下っ端言うな! ライこそ料理しねえの?」
「魔術が使えないと火も簡単に起こせねぇしなぁ」
「不便だな。いつもどうしてんの?」
「外に食いに行ったり、ルミナのオバさんが差し入れくれたりするよ」
「悠々自適だなぁ、ここの生活」
「そうでもないさ。2階で騒ぐとルミナがすぐに怒鳴り込んでくる」
部屋の外から2人の男の会話がハーヴェの耳に聞こえてきた。1人は先ほどの黒髪の男だろう。もう1人は聞き覚えがない。
急いで魔術の準備に取りかかる。魔術がまだ未熟なハーヴェは宙に簡単な火の変性陣を描く。唯一父親に習い、使える攻撃魔術。火の術だ。時間を掛けないので威力はあまり強くないが、不意打ちで当てれば、窓からフランを担いで逃げるぐらいの時間は稼げるだろう。ハーヴェはそう考えていた。
「火が必要な時とかないの? 冬とかストーブないと寒いじゃん」
「あぁそういうときはさ、ナイフを2本ほど油につけてさ」
「ナイフ? 油?」
「そ。で、カチーンと」
「いやいやいやいやいや! おかしいでしょ!? 火花で火を起こすの?」
「まぁ」
「まぁ…じゃねぇし! 第一熱くないのかよ、手とかにも炎まわるんじゃないの?」
「いや、熱かったことはないけど…。てか火ってそんなに熱くないよな」
「…でたよ、規格外」
声が部屋の前で止まる。と、同時に魔力が変性陣を通して、目の前で頭ぐらいの大きさの火球として顕現した。あとは投げるだけである。ドアが開くやいなや全力で投げ放つ。
「おーい、飯持ってきたぞ…って、ぎゃああああ!?」
「うお、鍋の中身こぼすな、コラ!」
狙いは正確だった。鍋をもって入ってきたサンツは驚いて、少し鍋の中身を床にこぼしている。威力も申し分なかった。相手にも致命傷にはならないが、着弾の爆発で少しは煙幕の役割もしてくれるはずだ。軌道を目で軽く追いながら、フランの脇に手をいれて抱き起こす。だが窓ガラスを割ろうとしたとき―――。
「なんだコレ。ほりゃっ!」
――パンッ――
着弾にしては乾いた軽い音しかしなかった。それもそのはずだ。
火球は着弾しなかった。ハーヴェは横目でしか見ていなかったが、間違いない。
火球は男に――ライに握りつぶされてしまったのだ。
ライがサンツの後ろから手を伸ばして、火球を両手で挟みこむように叩き合わせると空中を奔っていた火球は跡かたもなく霧散した。
魔術拡散とか魔術防壁ではない。
物理的に――物理的な勢いでかき消されてしまったのだ。
「……」
「……」
妙な沈黙が部屋を襲った。時間が妙に制止している。唯一、体制を整えたライが首を傾げる。
「ほら、な。火ってあんまり熱くないだろ?」
「……」
「……」
「よ、よーし、よしよし。ちょっと待てちょっと待て。色々と整理しよう」
次に動きを回復したのはサンツだった。
少し中身のこぼれた鍋を机の上に置いてからドアの脇に戻りこめかみを揉む。
「よし、俺は鍋をおいた。だから坊主、お前はお姫様をとりあえずベッドに戻せ。それから火球を撃ったのはお前だな? うーんと、状況からなんとなく理由はわかるんだが、とりあえずは『ふざけるな』と。それからライ、お前も『ふざけるな』と。えーと、それから…」
――ドンッ めきゃっ――
何の前触れもなく、ドアがいきなり内側へ蹴破られた。
ドアの前に立っていたサンツは直撃を受けてモロに吹っ飛ぶ。一回転にさらに微妙なひねりを加えて床に着地―もとい叩きつけられる。
「さっきからドンドンうるっさいのよ! お陰で落ち着いて調合すらできないじゃない!…ってあら、サンツさんそんな所に寝っ転がってどうしたの?」
「…ルミナ、お前せめて扉の向こうに人がいないことを確認してからドアを開けてやれ。不意打ちでこいつ意識ないぞ」
ちゃっかりとドアの攻撃範囲から避難していたライがそう哀れそうに呟く。
また奇妙な沈黙が訪れた。
「う、う~ん」
苦しそうなうめき声が聞こえて布団がガサゴソと動いた。動きに合わせて額のタオルが剥がれ落ちて胸元に落ちる。むくりと起き上がった金髪の少女は回りを見渡す。
「あ、あの…これは…?」
目を覚ましたフランは、顔が引きつったまま固まったままのハーヴェと、黒髪の男と赤毛の女、それから横たわる茶髪の男を順々に眺めて、困惑げにそう尋ねた。