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第2話「芽吹く」02


「そういえばサンツ、おまえ仕事はいいの?」


 ヤズリクの手伝いが終わった後、ライははバーレス街をぶらぶらと歩く。これも一応、治安警備の一環である。

 サンツもそれに同行していた。というよりも、ここ数日サンツはライとともに行動をしている。本来東警備団の一員であるサンツが"放棄された街"であるハバーレス街を歩くのを、最初は住民は怪訝な目で見ていたが、2日目からサンツが警備団の服ではなく普段着で来てからは何も言わなくなった。


「あぁ今ね、休暇なんだ」

「休暇? 下っ端のお前が?」

「下っ端って…コノヤロウ。でも、ほら、この前の盗賊退治任務で警備団も人数少し減っちゃってさ。今再編中なんだ。で、あの任務に行った者は1週間の休暇をもらってんの」

「へー、なるほど。よく分かんねぇけど、よかったな」

「分かってないのかよ! …まぁもういいや。そういうわけであと数日は暇かなぁ」


 そんなことをぼやきながら2人で歩く。周囲はいつの間にか違法建築の建物が増えていた。4解建ての建物の上にさらに2階ほど建て増してある。さらに建物と建物の間にはロープが張られ洗濯物が干されている。そのため周囲は非常に薄暗い。廃材や包み紙のようなゴミも随所に目立つようになり、それが風で飛んだりしている。


「お、イテ! 悪いな」

「あ、すみません。お兄さん」


 張り巡らされた頭上の洗濯ロープを見上げていたサンツの腰あたりに少年がぶつかってきた。慌てて視線を落としてぶつかってしまった少年に謝る。少年のほうも申し訳なさそうに謝りながら、走り去――ろうとした。


「待て、リック」

「げ、ライ」

「え?」


 走り去ろうとした少年の襟首を捕まえたのは数歩先を歩いていたはずのライだった。走りだそうとした直後に遠慮なく襟首を捕まれ、引きずり戻される。


「ちょちょちょ、ライ!?」


 その遠慮のなさにサンツが慌てる。相手は年端もいかない少年だ。ライは襟首を持ったまま5メートルほど引きずりながらサンツの元へ戻ってくる。最初のほうこそ少年も抵抗していたものの、しばらくすると諦めておとなしく引きずられてくる。


「ほら、財布。スられてんぞ」

「え?……うわっマジだ! 財布ねぇ!」


 投げて返されたのはまさしく自分の財布。慌てて上着の内ポケットを探ると先ほどまであった財布は影も形もなかった。


「ちぇー。ライ、邪魔すんなよ。せっかくトロそうなカモだったのに」

「と、トロそう?」

「悪いな、これは俺のツレだから勘弁してやれ」


 襟首を捕まれて宙に浮いたまま少年が文句を垂れる。その態度には微塵も反省とか焦りはない。

 犯罪を犯し、なおかつ捕まっている状態にも関わらず尊大な態度である。


「ちぇー」

「もっとちゃんと周りを見て、人を選んでスリな。あんなシミったれたヤツじゃなくて、裕福そうなやつがたまに来るだろう」

「えー。ぶーぶー」

「し、シミったれた?」


 第一そのアドバイスはどうなのだろう。治安維持も彼の仕事ではなかったか。サンツはトロそうとかシミったれたなど言われて凹みながら膝をついた。


「じゃあいつもの勝負だ!」

「リックもコリないな。どうせお前の負けなのに」


 そんなサンツを放っておいて話は進んでいく。どうやらリックと呼ばれたスリの少年はライに定番の勝負を挑んだらしい。何度も繰り返したやり取りなのか、ライのほうは少しうんざりした様子である。


「ほら、サンツ。そんなことで膝ついてないで行くぞ。ちょっと移動するんだ」

「あ、あぁ」









 移動した場所は程近い河原だった。石が敷き詰められた場所に着くなり少年は手頃な石を拾い始める。

 河はハバーレス街だけでなく商都コマーサンドを横切るように流れている。ハバーレス街の上下水道が整備されていないところは、この河がその代わりを果たすため、ハバーレス街を通過するとこの河は一気に汚れてしまう。


「いつも通り20個勝負な! ライに石を当てられたらさっきの財布を寄越せ!」

「俺が全部避けきったら、お前はスリじゃない仕事で一週間働けよ」

「わかってるよ! いくぞ! うおりゃっ!!」


 振りかぶって投げられた小石は意外にも鋭く速さを持ってライに迫る。しかし、ライはそれを体を半身にすることであっさり避ける。

 が、――。


「ぶへぇあっ」

「あ、サンツ悪い。そこに居たのか」


 後ろにいたサンツに直撃した。自分も小石を拾おうと腰をかがめていたため、顔面に直撃してしまったようである。抑えた鼻から赤い血が垂れてくる。

 それを見たリック少年がにやりと笑う。


「どうする、ライ。避けると後ろのトロいヤツに当たるぞ! ちなみに受け止めてもダメだからな!」


 そう言って、ライとサンツを結ぶ直線上へ移動しながら石を投げてくる。避ければサンツに当たる。避けなければライに当たる、という具合である。サンツは鼻血の処理で動きが緩慢になっているため、二人はこの策略から逃れられない。


「うーむ、面倒だなぁ」


 そういってライは軽くしゃがみ込んで足下に落ちている小石を数個拾った。


「ほい、ほいっと」


 カツン  カツン


 ライが何げなしに投げた石はリックが投げてきた石を正確に打ち落とした。


「!? な、なんだそれ! 卑怯だぞ!」

「いいじゃん、別に。俺に石が当たった訳じゃないんだから」

「こ、コノヤロウ!」


 卑怯という言葉ではくくれないものがそこにはあった。投げられた石を空中で打ち落とすなんて。サンツは鼻血を押さえながら、それを呆然として見ていた。

 散弾のように5個まとめて投げられた石もすべて打ち落とし、結局ライは全ての石を避けもせずに叩き落としてしまった。


「ちくしょー。また負けかぁ」

「約束は守れよ」

「わかあってるよ! 明日からヤズリクんとこで一週間働くってば」

「飯がなくなったら、俺んち来いよ」

「行かねえよ! ベー、っだ!」


 そういってあっという間に走り去ってしまう。


「大丈夫?」

「おぉ、らいほーふ、らいほーふ」


 ライが覗き込んでくる。やっと鼻血が止まった鼻を押さえながらサンツは立ち上がった。


「ライ、なんであの子を捕まえたり説教しなかったの?」

「うん? リックのこと?」

「うん、スリなんて良くないじゃん」

「まぁね。けど、それでしか生きられない者にスリをやめろっていうのは死ねっていうことと同じだからね」


 ハバーレス街にはストリートチルドレンも多く存在する。彼らの多くはスリや非合法な仕事で飢えを凌いでいるのだ。ライは彼らにもできる仕事を時々紹介もするが、基本的にスリをやめろとはあまり言わない。

 それは彼らがそれを非合法であったり悪いことであることを認識した上で、生きるために仕方なく選択した結果であることをライが知っているからだった。


「ライ!」


 などということを話していると、先ほどの少年―リック―が戻ってきた。息を切らしての全力疾走だ。


「どうした?」

「ライ、喧嘩だ! 大通りのほうのマルライさんとこの屋台で喧嘩! 屋台がもうぶっ壊れそう!」

「マジか…、サンツ走れる?」

「あぁ大丈夫。向かおう」


 3人で走り出す。一番走るのが遅いリックに合わせて走りながら、ライは状況を聞き出す。


「喧嘩してるのは誰?」

「めっちゃ大きい大男とあとは知らない男の子と女の子」

「知らない?」

「2日前くらいにやってきた新顔なんだ。女の子のほうが病気みたいで、男の子のほうは無愛想だったから放っておいたんだよ」


 子供相手の大人の喧嘩らしい。それを聞いてライはリックを抱えて走り出す。格段にスピードが上がった。


「サンツ、あとから来い! 俺は先に行く!」


 そう言い残してあっと言う間に見えなくなってしまった。


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