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第2話「芽吹く」01

インフルが長引いて連載開始が遅れてしまったこと、深くお詫び申し上げます。

本日から20日ほど毎日連続更新となります。是非2話の最後までお付き合いくださるよう、よろしくお願い申し上げます。

◆ ◆ ◆ ◆ ◆


「決めたのか」


 背後からかけられた声に体がビクッとする。


「アルさんか、びっくりさせないでよ」

「俺の気配に気づかないほど、考え込んでいたのか? レオナ班長」


 背後の暗闇からゆっくりと近づいてくる熊のような体格をした男を、頭だけ後ろに回して軽く睨みつけるとレオナは抜きかけていた手元の双剣を腰の鞘に戻した。

 月光が彼女の髪とアルガレイの頬を青白く照らす。

 場所はファーレン要塞の中庭だ。ラビアンス地方の中腹に位置する。黒装束は、ラビアンス地方を通り抜けて東部のロトワール地区へと移動している途中だった。補給を受け、部隊を休めるために隊長のライオネルは丸2日この砦で休息を取ることにしていた。


「で? 決めたんだろ?」


 再びアルガレイが問う。

 鎧を着ていると巨人のように大きい体は、鎧を脱いでいても大きい。分厚い筋肉の鎧を着込んでいると言った方がいいくらいに、ガタイがいい。

 その体の大きさや、顔に生えているいるヒゲの濃さから熊男と揶揄される第三班長のアルガレイはその大きな体を中庭にあったベンチに下ろす。

 ベンチが軋みを上げた。


「…なにが?」

「誤魔化すなよ。俺に気づかないくらい思いつめていたんだろ」

「……」

「俺だってあの"薬"の意味くらい分かる」

「…アタシ、アルさんのそういう頭のいいところキライよ」


 レオナは唇を尖らせて、中庭の中央へ足を進めると目にも止まらぬ速さで腰の双剣を抜いた。

 そして流れるような動作で剣を振るう。

 剣舞。

 月光を受けて双剣が煌めく。ピッピピッ、と剣が空を鋭く切り裂く音とレオナが刻むステップの音だけが中庭に響いた。

 時には剣を手放し、宙で回転させて再び手にとって空を切る。

 剣はレオナの体の周囲を飛び回り、月光を周囲へと反射させていく。

 まるで月光を切っているかのようだった。


「…今さら迷うようなことでもなかったわ」


 地面に膝をつく格好で剣舞を終えたレオナが呟く。

 アルガレイはベンチに座ったまま軽く拍手をして、言葉の続きを待った。


「元々、そういう条件でこの部隊に入ったのよ」

「EF251独立遊撃部隊、か。もう"黒装束"の呼称のほうが有名になっちまったな」


 正式な部隊名を呟く。大戦が始まってから2年後に招集された特殊部隊。

 その正式呼称は、その後の活躍から畏怖を込めて"黒装束"と呼ばれることのほうが多くなっていた。


「守るものが増えただけよ」


 再び双剣を目にもとまらぬ速さで鞘に戻すとレオナは立ち上がる。

 その表情は毅然として硬い。


「ライは絶対に死なせない。アタシが守るわ」


 妙な圧力すら発する目の前の小柄な女兵士をアルガレイは見やる。

 その純粋な、力強い宣言に「参ったね」と呟いた。


「最近の若いヤツは凄いもんだ」

「女の子を舐めないことね。恋心だけは強いわよ。クサいセリフもなんでも言えるんだから」


 相好を崩してニヘヘと笑うまだ少女といってもいい年代の同僚を見て、アルガレイはボリボリと頭を掻く。


「30代半ばのオヤジも舐めちゃいかんぜ。俺にだって大事な息子がいる。息子のためなら時間も場所も乗り越えられるさ。あの世からだってメッセージぐらい送れる」


 二人して顔を見合わせて笑い合う。


「そのためなら"薬"だって武器になる。立派な秘密兵器だわ」

「そうかもしれん。だが、使いどころは間違えるなよ」

「分かってる」


 そう言い返してレオナは自分の胸元を探った。3日前に本部から極秘裏に支給された"薬"。誰もがその意味を口にしないものの分かってはいるのだ。ただ一人を除いて。


「こうして見てみると綺麗なのにね」


 ロケットに入った"薬"を月光に翳してみる。

 微かな光を受けて"薬"は透明な薄緑色に発光していた。





◆ ◆ ◆ ◆ ◆







第2話「芽吹く」











「え? ライって魔術使えないの!?」


 ヤッジーに昼飯を食べに来ていたサンツがびっくりして叫ぶ。口に運ぼうとしていたポテトがフォークから滑り落ちた。サンツが頼んでいたステーキセットのソースの中に落下して、ソースが飛び散る。


「おい、机汚すなよ」

「あ、…うん。え、じゃなくて!」

「なにが?」

「え、マジで魔術使えないの?」

「だからそう言ってるじゃん」


 呆然としながらも、素早くソースのついたポテトをもう一度口に放り込んで、もう一度サンツが口を開く。


「え、でもさ――」

「物を食いながら喋るな! ポテトがこっち飛んでくる!」


 慌てて口を抑えるサンツ。

 一方のライはサンドイッチだけの食事を終えており、食後にヤズリクが出してくれたコーヒーを飲んでいる。

 ポテトを飲み込み、水で軽く口をゆすいだサンツが声をひそめて再び問う。


「ライってさ、あれだよね、大戦時の"狂戦士"なんだよね」

「いや、俺自身はそう名乗ったことはないけど」

「でも、そうなんでしょ?」

「まぁ、そうだね」


 3年前に停戦条約が結ばれた大戦。レグレシア帝国と隣国のハルメニア共和国のデルザビエ山脈における霊硝石の採掘権をめぐる戦争。霊硝石は加工されると、霊結石としてレグレシア帝国では貴族の紋章の核となり、またハルメニア帝国では霊化武器の核となる霊術を扱う上での重要な鉱物資源である。霊硝石を制する者は霊術を制し、そして果てには世界を制する、そう言われている。


 その大戦の末期において圧倒的な活躍をした特殊部隊"黒装束"。その隊長で"狂戦士"と呼ばれた人物が、今目の前にいるこの男だと言う。

 この――コーヒーに大量のミルクと砂糖を入れている、この男が。


「いやいや、嘘でしょ」

「なにが」

「魔術、使えるっしょ?」

「いや、だから使えないって。生まれつき魔力がないらしいんだわ。俺のこと探ってみろよ。魔力感じないのわかるだろ?」

「いや、確かに魔力の気配が薄いなとは思ってたけど…。え、でもそれでどうやって戦ってきたの!?」


 通常の戦闘は武器と魔術の両方を使って行う。武器による戦闘が得意な者は魔術を身体強化など補助的に使い、魔術が得意な者は魔術をメインに武器を防御などに使用する。魔術に特化した魔術師という職業はあれども、武器だけに特化した戦士というのはあまり聞かない。

 だが――


「肉段戦と剣術」


 目の前にいる男は違ったらしい。


「まじで!?」

「いや、うん。まじだけど」

「魔術で攻撃されたらどうしてたの?」

「え、弾き飛ばしてたよ」

「は?」

「いや、剣とか素手で」

「素手!?」

「まぁ、うん」

「…魔術障壁とかは?」

「いや、あれ大体力ずくで撃ち抜けるし」


 どうやら目の前の男は本当に規格外らしい。

 考えてみれば、この男の力は本当におかしい。午前中、行動を共にしただけでも、溝にはまった荷車を1人で持ち上げて道に戻すこと2回、八百屋の棚卸の手伝いでは大の大人が1人1つしか持てないような木箱を1人で5つほど軽々と持っていた。細身の体からは信じられないパワーだ。あれは魔術で身体強化してたからではなかったのか。

 そして今も――。


「ライ、いまからしばらく暇? 暇だったらこの店のテーブルちょっと裏に出そうかと思ってるんだけど。久々に洗いたいんだ」

「いいよ、ヤズリク。この店にはいつも世話になってるから、手伝うよ」

「ありがとう」

「この長机から行こうか。ドア開けてくれる?」


 そういってコーヒーを飲みほしたライが手をかけたのは、サンツの隣にあった10人ぐらいが食卓を囲めそうな大きな机。厚い樫の木で頑丈な天板と太い丸太で作られた脚。運ぶのには大の大人が4人ほど必要そうなガッシリとした机をライは片手で持ち上げてしまう。そして両手を使って軽々と机を横にすると店主のヤズリクが明けている裏口への扉へと運んでいく。


 その光景を呆然と眺めながら、サンツは再びポテトをソースの中に落下させていた。


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