第1話「残り火」⑭
「東の守備隊とはいえ、守備隊服を着てハバーレス街へ来るなんて、自殺行為だぞ」
「仕方なかったんだよ。勤務のあと直接来たし、こんなに絡まれるとは思ってなかったし」
ライはそう言いながらテーブルの上にお茶を置いてやる。
そのお茶を受け取って息を吹きかけて冷ましながらサンツは反省したように呟いた。
今は隊服を脱いで、ライから借りた服を着ている。
「これ、ちょっと小さくね?」
「お前の横幅がでかいんだろ」
「なにぃ!? デブってことかよ!?」
「そう、ともいうね」
「いや、それ以外ないっしょ!」
「……ふくよか、とか?」
「遠まわしなだけじゃん! …ってか熱い、お茶熱い!」
「…もう少し静かにしてらんないのかよ」
舌火傷した!と騒ぐサンツに水をぶっかけたくなる衝動を抑える。
代わりにだしてやった水をサンツが飲み干すと、ようやく話が先に進んだ。
「で、何しに来たの?」
「ん? あぁ、そうだ、忘れてた」
「…忘れてたのかよ」
落胆するライを尻目に、サンツは懐から探り出したものをテーブルに置く。
黒塗りで艶消しのされた短剣。
「これは――」
「大切なものなんだろ?」
革の鞘にはいったそれはよくよく見れば使いこまれているがとても質のいいものだった。
片刃で、丁寧に艶消しがされている。
ナイフは肉厚でも薄くもないが、その鋭利さは他に類を見ない。
飾り気のないシンプルで美しい短剣。
「この前の場所に落ちてたんだ。ライの大切な物だって聞いたから」
「…誰から?」
「アデス・ワーニー様から」
「…アデス? なんであいつの名前が出てくんの」
「この前の夜盗のことでこちらにいらしてたんだよ」
「…そうか、あいつ…あぁわかった」
短い会話の中から夜盗となった43連隊の元練兵とアデスの関係性を把握したらしい。
口をつぐんだまま短剣に手を伸ばす。
「大事な、ものだったんだ?」
その手つき、目つき、雰囲気そのものが柔らかくなる。
短剣に込めている想いの一端がサンツにも見えた気がした。
「黒装束のときのもの?」
「あぁ」
静かに革のナイフから短剣を抜く。
全く光を反射させないその短剣は、それでもなお鋭利さを誇示していた。
「形見だ」
そうライが呟く。
「隊の剣だったからな」
全滅した、隊の。黒装束の。
皆が持っていた短剣だという。
模様もなく、隊章も彫られているわけではない。
シンプルで、そして鋭利な短剣。
それが黒装束の隊を表していたらしい。
「あ、あのさ」
妙な沈黙を破ってサンツが切りだす。
言い忘れていたが言わなくてはいけないことがあった。
「この前の、あの時だけどさ、その…助けてくれてホントに―――」
「ラーーーーぁああイーーーーーぃぃいい」
ありがとう、と改めてお礼を言おうとした空気を、けたたましく開いたドアが中断した。
ドアの向こうでは包帯と薬瓶を抱えたルミナが仁王立ちしている。
「ちーりょーうーのお時間ですよー。さっきからのらりくらりと避けているけど、このルミナ様を誤魔化せるとおもっているんでしょーかぁあああ?」
薬瓶をガチャガチャいわせながら入ってくる様は、どう見ても治療をする人間には見えない。罰を与えに来た悪役人といったところだ。
「ちょ、ちょっと待て。今ちょうど話こんでいるところで…」
「ええ、ええ。存じ上げてますともー。どうぞ話はお続けになってください。私は一刻も早くこの新薬の効果が知りたいのですー」
「お前の都合じゃねえか!」
先ほどまで短剣を握りしめてしんみりした空気だった部屋の中が一気に慌ただしくなる。
「はい、上脱いで―、肩出して―」
「ちょ、ちょっと待て。おいルミナ、おいちょっと待て」
「はいはい、暴れない。暴れるとどうなるのかなー」
「痛え痛え! 傷口を押す奴があるか! お前ホントに人の傷治す気あんのか!?」
「痛い思いをしなければさっさと脱いで! じゃないと傷口に指捻じ込むわよ」
「なんちゅー強引なやつだ!」
無理やり上を脱がされ、肩の包帯を乱雑に取られる。
「い゛っ!? お前もっと丁寧に剥がせ!」
「知らないわよ。あたしのやることは薬を塗ることだけであって、包帯を巻いたり解いたりは専門外なのよ」
「お前の専門領域は狭すぎだ!」
続けて文句を言おうとしたライの肩口へ乳白色の軟膏がルミナの手によって塗りこまれる。
「―――ッッ!?!?!?!」
瞬間、ライは目を見開いて体を硬直させる。
しばらくすると汗が噴き出てきて、体が小刻みに震えだした。
「どうどう? 今回のやつは見た目も乳白色で綺麗だし、薬の匂いも結構苦労して抑えたのよ。でも効果は落ちないようにヨンモルギの花とタケサトイの根はいつもの倍入れたのよね」
嬉々として効果を聞きたがるルミナに対してライは震えながら顔を上げる。
「毎回、聞いている気がするんだけど…」
「ん?」
「ルミナの『いい薬』の定義って何?」
「えー? まず治りが早いことでしょ、それから匂わないこと、それから見た目の綺麗さかな?」
「薬が引き起こす痛み、とかは?」
「えー? どうせ治るんだからいいじゃん。一時の痛みくらい我慢しなさいよ」
「我慢できるレベルじゃねえんだよ!」
うっすらと涙すら浮かべてライが叫ぶ。
「刺すような痛みとか染みるような痛みとか熱を持つような痛みとか1つならまだ耐えられるけど、お前のは全部入ってるんだよ! 激痛で患者を殺す気か!?」
「なによー、ライなら耐えられるじゃない!」
「俺でギリギリとか、他の人だったら致命傷だぞ!?」
「だから最初にライで実験してるんじゃない!」
「あっ、お前、それが本音か! やっぱり実験なのか!」
ルミナが新しく作った薬品をライに使ってもらう、もとい強制的にライに対して使うときに毎回起きる口論を繰り返す。
その様子を傍で取り残されたサンツは呆然と見ていた。
「ぷっ」
そして思わず笑ってしまう。
その笑い声に、サンツの存在を思い出したようにライとルミナが振り返る。
「なんだよ…」
「いや。ライ、あんたともあろう人がそこまでムキになってるのが面白くってさ」
そう言うとライの目つきが変わる。
まるで、自分の代わりの獲物を見つけたかのように。
「あー、ルミナ?」
「なによ」
「実はそこにいるのは、さっきちょっと下で騒動を起こしかけた東守備隊のサンツ・ニッカさんなんだが」
「へー、さっきのあの人か」
「実は彼は、さっきの騒動で少し擦り傷などを負っているようでね。是非ケーニッヒ薬局の看板娘であるルミナさんの新薬で治してほしいそうだ」
「い゛い゛っ!?」
「え、本当? 嬉しい!」
ライの発言に、一人は顔を青ざめさせ、一人は嬉しいそうに微笑んだ。
「こんにちは。あたしルミナと申します。じゃあ早速治療しますねー」
「え、ちょっといや」
「あ、頬と首筋のところですねー」
「いえ、これくらい大した傷ではないので。というか俺そろそろ勤務の時間なんで失礼しまぎゃああ痛ああああああ!?」
「あ、こっちも擦り向けてますねー」
「いや、結構であぎゃあああああああ! 痛っ染みるっえぇっ!? 染み、いや激痛ってか熱い何これ何これ何これ!?」
「大丈夫ですよー。擦り傷にも聞きますからねー」
ケーニッヒ薬局の上のライの住居からは阿鼻叫喚の叫び声が響き、周囲の住人が心配そうな顔で様子を見守っていた。
第1話はこれで終了となります。
テンポの遅い話ですが、ここまで読んで下さり本当にありがとうございます。
お気に入り小説に登録してくださった方々、本当にありがとうございます。これからも精進してまいります。
次は幕間を1つ挟んで、第2話へと参ります。