第1話「残り火」⑬
大地が燃えていた。
地面はひび割れ、陥没している。
至る所に血が散っているものの、地面に吸い込まれて既に曖昧だ。
誰も生きていない。
体は既にその身を包む鎧と同じ温度になっている。
冷たい。
その事実が重い。
『一番最初にこの戦争の終わりを見届けろ』
その言葉に頷いた仲間はもう動かない。
仲間が命を散らしたその大地。
その地の名前を俺はきっと一生忘れない。
ロトワール
いつかこの地にも花が咲くのだろうか。
夜盗退治の任務が終わって2日が経った。
他の混成部隊より早く商都に帰還したライは、いつも通りの朝を迎えていた。
目覚め、顔を洗い、窓を開けて空気を入れ替える。
冷たい空気に体を震わせながら、体の屈伸運動を行う。
まだ傷が癒えずに痛みが走る左肩をいたわりながら体を動かし終えると、ドアの下に突っ込まれていた新聞を取り上げて読む。新聞といってもハバーレス街の近況を知らせる数枚の紙で2日置きに発行されているものだ。
その中から自分に必要な情報をピックアップしながら同時にパンをかじりながら朝食を済ませる。
その後、簡単に身支度を整えると、腰にいつもの短刀がないことに少し顔をしかめ、代わりに別の短刀を腰に差して家を出た。
「おはよう、ライ」
「ライだ、おはよー!」
「あぁ、おはよう」
市場にでると朝早くから店を構えている住人から挨拶が飛び交う。
それに律義に答えながらライは市場を巡回した。
「おい、珍しい果物が入ったぞ、食ってけ」
そう言って投げられた果物を手元のナイフで手早く皮を剥く。
半分を群がってきた子供に与え、残り半分を齧りながら店主と話をする。
「最近はどう?」
「悪かねえな。良くも悪くも変化なしってとこだ」
「そう」
そうやって近況を聞きながら歩く。
途中でケンカ腰のチンピラを適当にあしらい、座り込んだままの浮浪者の前に小銭を放る。
ゆっくりと時間をかけてハバーレス街を見回り、自宅のほうへと帰ってきたライはそこで包帯を持って待ちかまえているルミナに出会った。
「さあ! ライ、治療のお時間ですよ!」
「…まともな薬はできたのかよ」
「安心して! 昨日よりはバッチシ! 治りはもっと早いわ」
「俺が言ってるのは痛みの方だバカヤロウ。お前の薬は痛みが伴うからダメなんだってば」
「良薬は体に痛いのよ」
「聞いた事ねえよ!」
「自然治癒を高める薬なのよ? ちょっと痛みとか匂いとかがきついだけじゃない」
「充分なマイナスだよ!」
通りの中心で言い合う二人を周囲はいつものように笑ってやりすごしている。
埒が明かない押し問答を続けているとにわかに通りの向こうが騒がしくなった。
「ん? 何かあった?」
「あ! ちょっとライ! 逃げないでよ。治療するの、ちぃーりょぉーうぅー」
「ああああ、もうちょっと待てよ。向こう少し見てくるから!」
「にぃーげぇーるぅーなぁぁああ」
服を引っ張るルミナをそのまま引きずりながら騒ぎの中心へ向かう。
「どうした?」
「お、ライ、ちょうどいい所に。いやな、こいつが――」
「いてえって、離せよ! 俺は人に会いに来ただけだってば!」
「何をてめえ、守備隊の制服着て人に会いに来た、だあ? 調子乗ってんのか!?」
「乗ってねえよ! マジで知り合いに会いに――」
「大方、うちらハバーレス街を馬鹿にしに来たんだろう!? ふざけやがって」
「違えっつってんだろ! 俺は、人に、会いに、来たの!」
「じゃあそいつの名前を行ってみろよ、ああん?」
「痛え、痛え! 髪ひっぱるな! ライだよ、ライオネル・スタンドバルドに会いに来たんだよ!」
その言葉を聞いて周囲が静かになる。
人並みが割れるようにして、ライの目の前に道ができる。
「呼んだ?」
その声にうずくまっていた青年は顔を上げる。
「ライ!」
「なんだお前――」
ライの姿を認めて心底ホッとした顔をする。
「えっと……名前なんだっけ?」
安堵していた青年がずるっと再び崩れ落ちた。
「サンツだよ! 東地区守備隊第4部隊のサンツ・ニッカだ!」
「………あぁ、うん。大丈夫、実は覚えてた」
「嘘つけ! 妙に間が空いたぞ!」
相変わらず騒がしいサンツを適当にあしらいながら、服をずっと引っ張っているルミナを見やりライは大きくため息をついた。