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第1話「残り火」⑫

「……ろ。…きろ!………起き……のバッ……きろっ!」


 誰かが怒鳴っている。

 ゆっくりと意識が浮上していく。

 ゆっくりと――そして最後は急激に。


「起きろ! サンツ! この野郎!」

「うわっ、は、は、はいっ!」


 守備隊長の顔が目の前にあって驚く。

 既に夜は明けていたらしい。

 まだ薄暗い中を兵士が歩き回っている。


「あれ? あれ? へっ?」

「お前、気絶してたんんだよ」


 隊長がため息を吐きながら立ち上がる。

 サンツも立ち上がろうとして力を入れたが、立てなかった。


「あの…」

「ん? どうした?」

「あの…腰ぬけちゃったみたいっス」

「アホか! 情っけない! それでも守備隊か!」


 馬鹿にされながら手を借りて立ち上がる。隊長の肩を借りながらしばらく立っていると足の感覚が戻ってきた。

 視界が広くなると、周りの惨状が目に入ってくる。


「これは…」

「お前以外は全滅だ。お前だけでも生きててくれてよかったよ」


 沈んだ声で隊長が言う。部下を残していったことを後悔しているのだろう。

 死体が顔に布を掛けられた状態で並べられている。

 慌ててその中に『彼』の姿を探す。

 鎧をつけていない死体はいくつかあったが、それはどれも『彼』ではなかった。

 そのことにホッとする。


「気絶して生き残ってたってのは君?」


 後ろから軽い声が聞こえた。

 振り返ると、少し長めの金髪を後ろに流しながら男が立っていた。


「あ、はい。俺っす」

「あー、じゃあ覚えていること話してくれる? ちょっち色々聞きたいことあるし」

「はぁ」


 気のない返事をしながら横にいる隊長を見る。誰ですか、この人。という視線を受けた隊長は戸惑った顔をしながら返答する。


「帝都騎士候のアデス・ワーニー様だ」

「へー、帝都騎士の………て、て、て、帝都騎士!?」

「の、アデス・ワーニー様な」

「アアアアア、ア、ア、アデス様!? 双竜の!? 破炎の!?」


 慌ててアデスに視線を戻すと、本人は気にした様子もなくへにゃりと笑う。


「ももも、も、申し訳ありませんでした! 自分は東地区守備隊第4部隊のサンツ・ニッカです!」

「あー、いーよ、あんまり緊張しなくて」

「ははははいっ! 緊張しないように努めさせていただきますっ!」


 全く緊張の解けないサンツにアデスは苦笑する。


「この子、面白いね」

「恐縮です。私どもの教育が足りず…」

「あー、いーよ、いーよ。じゃあ君はあっちで死体に関する指揮を取ってくれる?」

「はっ。では失礼します」


 彼も真面目だねー、と隊長の背中を見ながらアデスはぼやく。

 そしてサンツの目の前で手をひらひらさせる。呆然としていたサンツはその動きでハッと我にかえる。


「す、すいません」

「いーよ。でさ、隊長くんにも離れてもらって君に聞きたかったことなんだけど」


 そう言われて隊長がわざわざ別の場所に行かされ、アデスと二人っきりになっていることにサンツは今さらながら気付いた。

 そんなサンツに先ほどとは打って変わって真剣な目つきになったアデスが問う。


「君は見たー?」

「何を、ですか?」


 アデスがにっこりとほほ笑む。そのやさしい笑みに肩の力を抜いた瞬間だった。


「ライオネル・スタンドバルド」


 その名前にビクリと体が震える。その様子をアデスは注意深く見ている。

 その目線に射抜かれながら、サンツは必至に色々と考えていた。

 ライは自分の命の恩人だ。自分では絶対に敵わない敵から救ってくれた。命の恩人。黒装束の狂戦士。

 ライを見たのか。その問いに素直に頷いてもよかった。

 だが、本当に良いのか。黒装束は全滅していた、という話だった。その隊長が生きていた、というのは何か軍に問題を呼び起こすのではないだろうか。

 アデスの視線からその様な雰囲気を感じる。

 そのことが素直に頷くことを引き止めていた。


「ははっ、そう警戒しなくていいよ。君は意外と用心深いね。それに聡い」


 アデスが視線を緩めて笑う。先ほどの軽薄さは少し薄れ、真剣さが覗いている。

 その言葉からライの事がバレているとわかってサンツは少し慌てた。


「あの…」

「心配しなくても大丈夫。元々ここにある惨状を見れば大体想像はつくんだ」


 そういってアデスは後ろ手に持っていたモノを掲げて見せる。

 それは43連隊の元練兵が着ていた鎧だった。

 しかしそれは歪み、その歪みの中心にははっきりと指の本数がわかるほど拳の跡がついていた。


「拳の跡が残るほどの打撃。大男の体を上下一刀両断するほどの力量。俺の知り合いでこれができるものは多くない」


 死体が並んでいるほうを見ると大男の上半身だけの死体が袋に入れられているところだった。見覚えがある。副長でダジリスと名乗っていた男だ。腹の所で一刀両断されたらしい。


「そしてこの短剣が残ってた」


 黒い艶消しのされた短剣。小刀ともいえるような短剣を持ってアデスが笑う。


「ライが生きていたらまあ軍部としては色々黙っちゃいられないことも多いんだろうけど」

「…」

「でも俺は素直に嬉しいよ。かつての戦友だからね」


 その言葉を聞いて安心する。

 そんなサンツにアデスは短刀を投げてよこす。


「それをライに返してあげてくんない? 彼にとって大事な短刀のはずだし。自分、ライの居場所知ってんでしょ?」

「は、はい」


 それじゃ俺からのお話は終わり―、と言って去ろうとするアデスをサンツは慌てて呼びとめた。


「アデス様!」

「んー?」


 アデスが振り返ると、腰を90度に折って頭を下げているサンツがいた。


「自分は、4年前、商都コマーサンドに戦火を避けて母と妹と共に逃れてきました!」

「…」

「必死に共和国軍から逃げている中、背後のサン=ライズで帝国軍第52師団が共和国軍を押しとどめていてくれたと聞いております! その指揮をとってくださったのがアデス様だとも!

 陳腐な言葉で申し訳ありませんが、感謝しております! 自分がここにいられるのもアデス様のお陰です!」


 頭を下げたまま一息に言う。

 アデスがこちらへ向き直ったのが気配で分かった。


「…『彼ら』と話した?」

「…副長のダジリス、様と、少しだけ」


 『彼ら』が誰の事を指すのかすぐに分かった。

 そう、と呟いてアデスはしばらく黙った。


「彼らを責めないで欲しい。身勝手な要求だとは思うけど」

「…もとより自分には、その資格がないと思っています」

「そう…ありがとう」


 サンツの答えにアデスは心底ホッとした様子だった。


「…母親と妹さんは?」

「今も商都にて元気に暮らしております。豊かとは言えませんが、幸せだと思っています」

「そう、それはよかった」


 彼らも、とアデスが言葉を続ける。


「彼らも自分たちの行動が誰かを生かしていたと知っていただろうに。忘れてしまったんだろうね」

「…」

「ありがとう、サンツ。彼らの炎は消えてしまったけれども、形を変えて君たちが残していってくれると信じてるよ」

「…はい」


 ありがとう、と肩を叩かれる。

 その強くはないものの重く何かが流れ込んでくるような手のひらを感じながらサンツは涙をこらえていた。




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