肆:viper
「いーやーじゃっ! 儂はこの家から出とうない!」
「じゃあ、スー婆と一緒に暮らしたくないんだな?」
「それは……。うぅ~。す、スーがこちらに来れば良いじゃろ!?」
「ですから、先程も説明したように、スー様はスー様で、それはお嫌なようでして……」
「儂はこの家で余生を過ごす(たのしむ)と決めたんじゃ!」
『……はぁー』
「戻るぞ、アハト」
「はい」
これで、双方を往復する事5回目か……。全く、スー様もアインス様も、頑固なんだから。ムハンさんにぶらさがり(のせてもらい)ながら、もう通い慣れたスー様の家へ急ぐ。にしても、山越えはしんどい。
何故こんな事になったのか。それは数時間前に遡る。
*
次の魔術師、スー様の家は、湖のほとりにあるペンション風のログハウスだった。しっかし、魔術師さん達っていろんな家に住んでるよなぁ。こういうのも魔法で創れたりするのかな?
毎度おなじみ、“魔術師のお宅拝見コーナー”を知ってか知らずか、それがちょうど終わるタイミングで、ムハンさんは話し掛けてきた。
「良いか? スー婆はこの界隈で数少ない、一級魔術師だ。しかも、その中でもボス的存在として君臨し、逆らったらココじゃ生きちゃいけないとさえ言われる……。くれぐれも、失礼のないようにな」
「は、はい」
ムハンさんのこれまでにな真剣な表情に圧倒され、思わずうなずく。でも、どんな人なんだろう? スー様って……。恐怖に身を震わせながら臨んだ、対スー様戦。
「行くぞ」
ガチャッ。カランカラン。
ごくっ。息をのむ。
「すんませーん。お邪魔しまーす。スー婆様」
ザシュ。ビィィィィン。
『……へ?』
何者からか放たれた物は、金属製の細い棒だった。刺さった先は、ムハンさんの足元。つま先から3cm離れた地点。え? 何で? 矢羽とかついていないのに、どーしてこんなに正確に打ち込まれてんの? 打った人が分からないぐらいぐらいには、奥からの攻撃だったよ? って、問題そこじゃない! 何でお家に入った瞬間、こんなもん射ち込まれなきゃいけないのか、だ! と心の中だけでツッコミつつ、こりゃ一歩も動けないな、と体を強張らせていたら
「誰だ?」
女の人の声がした。
「お、俺です。ムハンです」
「何?」
コツコツコツ
「おぉ、ムハン坊。久しぶりじゃのう」
「スー婆もお元気そうでなによりです。それより……コレ、どうにかしてくれませんか?」
「おぉ、すまんすまん。つい、な」
ズゴッ
「つい、って……」
「お前が先に名乗らんのが悪い」
「まだゴロツキ共の相手してるんすか?」
「はっはっは。まぁ、青少年更生の一環じゃよ。それに、お前だってそのゴロツキだったじゃろーに」
「それを言わないで下さいよ~」
『はっはっは』
楽しそうに笑いあう二人。そうか、この人がスー様なのか……。しかし話が見えない。当然、呆然とする僕。
「あ、わりぃ。スー婆、紹介します。こちら「level8じゃろ? 話は聞いておる」
「アハト、と言います」
「そうか。まぁ、立ち話もなんじゃ。あがりなさい」
*
スー様は、僕の想像とは全くの別人だった。
まず、家具や内装がカントリー調で可愛らしい。トールペイントとか、人形などの細かい雑貨も置かれている。あれきっと手作りだ……。つか、ログハウスの時点で、ボスっぽさがあんまりなかったけどね。
そして、裏番的な人らしいのでそれ相応の強面な感じの人かと思いきや、どっからどー見ても上品なマダムだ。むしろ、思ってたより若いぐらい。
まぁ、そこそこ風格はあるし、なんかすごい人っぽい感じのオーラは出てるけど……。世の中って、不思議だ。
「さて、ようこそ。我が屋敷へ。私はスー。では早速、課題の発表をしようか。私からお前たちへの課題は……」
『課題は?』
先を促す僕達。でも、何だかしゃべりづらそうにしているスー様。やがて、覚悟を決めたように、はぁ、と息を一つはいて、仰々に、というには似つかわしくないか細い声で、言った。
「……アインスを、ここに連れてくる事、じゃ」
『え?』
「何故、ですか?」
「あぁ、そうか。アハトは知らなかったのか。この方こそ、じぃさんの別居中の奥様だ」
「へぇ……ぇえぇぇーっ!」
嘘ーん。マジっすか!? だ、だってアインス様は80オーバーのご老人。片やスー様は60、いや50そこそこだろう。
世の中って、わからん。
「……私はもう、怒ってはおらぬ。それ故、また二人でここで生活したいのだ」
「スー様……」
何というか、そう
「可愛いところもあるんですね」
そう、それ。何か、毎日のように一緒にいるからかな? ムハンさんと大分意思の疎通が出来るようになった気がする。ビィィィィン。そんな事を考えていたら、第二撃が発射された。
「う、五月蠅いぞ、小童。良いからとっとと行ってまいれ!」
「いや、スー婆。お願いですから、照れ隠しで武器投げないで下さいよぉ……」
今回の位置は頭上1cm。流石に近いと精度が上がる。というか、これで分かった事が一つ。あの金属棒は弓矢のように射られたものではなく、スー様の腕力でやり投げのように投げられたものだという事だった。いや、棒自体は長さ30cm程度の普通の大きさだが、それをあんな精度で投げられるなんて……。いやはや、恐ろしや。
と、いう訳で。早速、僕達はアインス様の家に訪れたんだけど……
カクカクシカジカ コレコレウマウマ
「そーいう訳なんで。一緒に来てもらえますよね?」
「……いやじゃ」
『へ?』
スー様の条件は、アインス様がスー様の家に来る事。
二人が別れる原因となったゲーム達と一緒にいたくない、というのが、スー様の言い分である。ところが、それに待ったを掛けるアインス様。一緒に暮らしたいのはやまやまなのだが、愛するゲーム達と離れる事は出来ないという。
で、僕達は幾度も、双方を行ったり来たりしているという訳なのだ。
ヒューッ * バサバサバサ
「そ、そんなに言うなら、スーをここに連れてこい!」
「それはダメなんですよ」
「一応、こいつの記憶を取り戻すための課題なんでね」
「という訳で」
『一緒に来てもらいましょう!』
「スー様直伝! Emoh!」
シュッ
「うむ。よくやった」
「ここは……?」
「スー様のお家です」
「え……? ……え――!?」
うん。まぁ、アインスさんが驚くのも無理はない。僕も最初は驚いた。だって、こんなワープみたいな事も出来るなんて、知らなかったもの。まぁ、スー様曰く、
“ワープ、という訳ではないのだがな。2つの空間は何かしらの物質を媒介にして常に繋がっているから、それを基にして道を繋ぐ。あとは、隣の隣は隣り合う、の原理で強引に道を短縮すれば、瞬間的に移動が出来る。まぁ、もっとも、この理屈は少々強引すぎて上手くイメージがつかめないらしく、使えるのは私と、一番弟子のムハンぐらいだがな”
だそうだ。僕にはさっぱり解らなかったが。
「しかし、本当に連れてこられるとは思っていなかったぞ。よくやった、小童共」
「いやぁ、スー婆に“首に縄つけてでも連れてこい!”って言われちゃあねぇ?」
「でも、まさか本当に首に縄つけて連れてくるとは思わなかったぞ」
『あははははははははは』
いやぁ。だって、そうでもしなきゃ逃げちゃいそうだったし。実際、アインス様はさっきっからぷくう、と子どもみたいに頬を膨らませて、あぐらをかいてそっぽを向いている。でも、ようやく覚悟を決めたのか、それとも諦めがついたのか、僕とムハンさんの苦笑いが終わる頃を見計らって、ついにアインス様が口を開いた。
「わ、儂は……」
おっ! ついにこの長い冷戦に終局が!?
ところが、アインス様はそっぽを向いたまま、次の言葉を発しようとしない。すると、今度はそれに耐えられなくなったのか、
「わ、私は……」
と、スー様が口を開いた。
見るとスー様もそっぽを向いている。あり? おっかしいなー。さっきまで散々、僕達相手にしゃべってた二人が。ん? まてよ? これって、もしかして……
「えーと、その、だのぉ……」
もじもじ
「だ、だからな……」
もじもじもじ
『う゛-』
もじもじもじもじもじもじもじもじもじもじもじもじもじもじもじもじもじもじもじもじ
……やっぱり。二人とも照れているんだ。しかも、久しぶりに顔を合わせたもんだから、何話していいかわからないみたい。見る見るうちに赤くなっていく二人の顔。何だコレ。付き合い始めて1週間の中学生カップルですか?!
すると、僕よりはるかに気の短いムハンさんが
「あ゛-。もう」
と文句をもらした。
「そんなんなら、別居のままでいいじゃないっすか」
あ! 見た事ある! たきつけ屋、とか言う人だ!
「そ、それは……「嫌じゃ!」
「アインス……」
うっそーん。こんな安いたきつけに乗っちゃった!?
「儂はスーと一緒にいたい」
「それなら「じゃがゲームとは離れとぉない」
「そんな……。だって、アレは……」
つか、どんだけゲームに嫌な思い出が……? とは、流石に言えなかったけれど、代わりにずっと思っていた事を口に出してみた。
「だったら、スー様と一緒にやればいいじゃないですか」
『え?』
目を丸くする二人。いや、そんなに驚かれても……
「大体、ゲームは一人でやるもんじゃないっすよ」
うんうん。
「そうか。だが……私は生まれてこの方ゲームなど「儂が教えてやるよ」
「アインス……」
「なーに。そう難しいものではないさ。ゲームは元々、楽しむものじゃしな」
「そう、だな」
「さあて、そうと決まれば善は急げ、じゃ。何からやる?」
「そうだなぁ……」
ははは、ふふふ。楽しそうな笑い声、はずむような話し声。ぱぁっと部屋に花が咲いたような雰囲気。って、中学生の次は新婚さんかい!
「まぁ、これにて一件落着、だな」
「ですね」
ふぅ。やっと終わったぁ。へなへなと床に座り込む。あ゛-。これで帰れる。
「む、そういえば、記憶を返さなければならないな。アハト、此方へ」
「はい」
って、忘れてたの!? そんな僕の動揺はお構いなしに、スー様は銀色の細い棒を取り出した。嗚呼、散々投げてたあの棒、スー様の杖だったんだ……。
「moor」
シュッ。
移動先は、何やら床に模様が描かれた部屋。
「? ここは……?」
「ここは特別な部屋でな。強力な魔法、例えば、道を繋ぐといった作業をする時はここを使う。下の方陣は魔力を高める為のものなのさ。そして、お前の記憶も、ここにある。真中に円が描いてあるだろう? その中に入れ」
「はい」
「では」
物にはあるべき所がある 物体と場所とは一対
どちらが欠けても成立しない どちらが欠けても意味はなさない
私の物は私の元へ お前の物はお前の元へ あるべき所へ戻りなさい
*
前にも見た。人々の笑顔と、明るくにぎやかな街
もしかして……僕はこの人達の為に何かしたかったのだろうか?
この人達を守る為に願い事をしたのだろうか?
“そうだよ。お前の願いは、己自身の為のものでは決して、ない”
PRECIOUS come back.Total:4