参:moth
“貴方の願いは叶う事は叶いました”
“でもそれが、貴方の望んだ形かどうかはわからないけれど”
これが、アル・リアン姉妹がくれた“ヒント”だった。僕は、この言葉が彼女達の元から帰って来てからずっと、頭の中から離れずにいる。
確かに、気になってはいたのだ。僕が頼んだ“願い”がどんなモノであったのかはまだ分からないけれど、今こんなに大変な思いをしているのである。叶っていなければ困る、というか報われないなぁ、とは思っていたのだけれど……。それがまさかこんな形で……。それに……
「……ハト。おい、アーハートー。聞いてんのかぁ?」
「あ、は、はい! すみません」
いけない、ぼーっとしてた。今はそれどころじゃないのに……。はぁ。情けないなぁ……。
「どうしたんだよ、ぼーっとして。アル・リアンのとこから帰って来てから、ずっとそんなんだな」
「すみません……」
「? 何だ? 何か気になる事でもあんのか?」
「いえ、そんなんじゃないと思うんですけど……。ただ……」
「何だよ。はっきりしねぇなぁ。気になるから言ってみろよ、ほれ」
……言葉遣いこそ乱暴だけど、僕の事を気遣ってくれているんだよなぁ……。優しいな、ムハンさん。その優しさに甘えさせてもらって、僕は心の中に渦巻く不安を口にした。
「何か……気持ち悪くって」
「気持ち悪い?」
「少しずつ記憶は戻ってきているけど、その中に僕はいないから。名前が、戻らないから。だからこれが本当に自分のモノなのかどうか、判らなくって。……全てが、偽物のように思えて……」
「……そっか。まぁ、元気出せよ」
「はい」
「それに、名前ならあるじゃねーか」
「?」
「今のお前は“アハト”だ。本当の名前が思い出せるまで、お前はアハトだ。な?」
「……はいっ」
ぽむ、と頭の上に乗せられた手は、とても温かかった。
「ほれ、着いたぞ。次の魔術師……トロワの家だ」
あぁ、もう着いたのか……。って。
「え? ……でっかぁ――っ!!」
街外れの荒野にポツンと佇む一軒の洋館。それがトロワの住まう屋敷、のようである。それは、僕が今まで気が付かなかったのがおかしいぐらい巨大で、立派なものだった。多分、普通にお城クラスの、否それ以上の大きさと言っても過言ではない気がする。また、これだけ大きいと、汚れとか蔦とかが目立ちそうなものだが、そんな物は一切なく、代わりに大勢の青少年達が、汗水流して館の清掃を行っていた。そりゃあ綺麗になるはずである。しかし……。この人達、そして、次の魔術師“トロワ”という人は、一体何者なんだろう?
「と、とりあえず中に入ってみましょうか?」
「・・・」
「? ムハン、さん?」
さっきまで僕の前を歩いていたはずのムハンさんは、いつの間にか僕の後ろに立っていた。心なしか顔色が悪い気がする。どうしたのだろう? 体調でも悪くなったのだろうか。すると、いつもでは考えられないほど弱々しく震えた声で、ムハンさんは言った。……しかも、裏返った声で。
「あ、アハト。悪いが、ここには一人で行ってきてくれないか?」
「え!? 何で?!」
「こ、今回は案内だけって事で、な?」
「えーっ。だからどうして「こらぁ!」
『!?』
声のした方へ振り返ると、真っ赤なドレスを着た美しい女の人が、猛然と歩いて、こちらに近づいてくるところだった。
「何さぼってんだそこぉっ!!」
『は、はい!』
背筋、ぴしっ。
「? 何だ、見ない顔だな。新入りか。なら仕方ない、か。ほれ、とりあえずコレ持って。まずは庭掃除からな」
「え? あ、あの」
「早くしな」
そう言うと、再び猛然と歩き去っていった。持たされたのは竹箒。
「と、とりあえずやりましょ……!?」
サッサッ、ザーザー。
ムハンさんはもう既に掃除を始めていた。よっぽどあの女の人が恐かったからなのか、それとも、前にあの人と何かあったのだろうか……。しっかし、綺麗な人だったなぁ。言葉と目つきは、大分きつかったけど。僕達に声を掛けてからも、あちこち動き回っている。あれがトロワさん、なんだろうか。そんな事を考えていたら、いつの間にか結構な量のごみが溜まっていた。すると、遠くから音が近づいてきた。ツカツカツカツカ
「ほぅ。あんた筋が良いねぇ。小さいけど、なかなか器用そーだ。ついてきな」
ガシッ。あ――れ―――――――――――――――――――――――――――――――。
*
館の中は更にきらびやかで更に人がいた。
大広間に吊るされたシャンデリア とそれを磨く人達
豪奢な額に入った美しい絵 とその埃をとる人
額縁のずれをmm単位で直す人々
窓枠にはめ込まれた色とりどりのステンドグラス とそれを家の内外で磨く人々
そして僕は、アンティークの家具がずらりと並ぶ部屋を彩る花達の手入れを任された。そこには、沢山の花瓶と、大量の花、華、葩……。
「あんたの趣味で飾って良いから。じゃ、あと宜しくっ!」
バタンッ。ツカツカツカ……。……。
仕方なく、僕は作業に取り掛かる事にした。
彼女の猫のような目、ウェーヴのかかった短めの明るい茶の髪、深紅のドレス姿なんかを、思い出しながら……。
*
「くそ。俺が何で……」
そう思いつつも、手が勝手に動いてしまう。ブチッ、パチン、パチン。
「こんなの、兄貴が結婚した時以来だ……」
ここの主、トロワは所謂お嬢様で、“贅沢”というものが生活の一部になっているような人である。この花園もその一つ。しかし、先代が一代で倒産寸前の会社を一流企業の仲間入りをしたような人だったので、“働かざる者食うべからず”の精神が身についていて、やったら働く。ついでに、自給自足の精神も併せ持つ。お陰で、この館の敷地内には、畑、果樹園、更には牧場まであるのだ。俺も良くここで働きながら、あのベンチに座っていちゃつく二人を眺めながら……
「はぁぁぁぁぁ――」
溜息をついていた、な。本当、何で俺、彼女いないんだろ。
「はぁぁぁぁぁぁぁぁぁ」
カツカツカツ
「久しぶりだね、ムハン」
ひっ! 出たっ!
ガシッ。あ――れ――――――――――――――――――――――――――――――――。
*
「ようし、でけたー」
20本ぐらいあった花瓶は、全て花で埋め尽くされた。ふー。あれ? でもなんか僕、大事な事を忘れているような……。
ちょうどその時、カツカツカツ、誰かが部屋に入る気配がした。
「あ、終わりましたよー。どうですかね?」
「・・・」
え? 何故無言?
「アハト、だったか。ちょっと来な」
「は、はい」
……あれ? 何で僕の名前知ってるんだ……?
テコテコテコテコ
「あ、ムハンさん。どこ行ってたんですかー?」
「ちょっと……な」
? 歯切れが悪い。てか、ムハンさんなんか小さくないか!? 借りてきたにゃんこみたいだ……。すると、彼女に会った時から感じていた疑問を、彼女自身が明かしてくれた。
「全く。我が義弟も人が悪い。「義弟!?「いや、そこ食いつくなし」
「巡り人連れてきたなら、そうとすぐ言えば良かろうに」
「……すまん」
「あ゛? 声が小さい!」
「どうもすみませんでした!!」
あーんどお辞儀(直角)。それはもう、美しいまでの礼だった。思わず笑う。ぷぷ。
「そこ笑うなぁ! ごほんっ。それより、記憶、返してやれよ」
「えー」
「おい!」
「冗談だよ。よく働いてくれたしな。まぁ、良いだろう」
フワッ。肩に巻いていたストールを宙へ投げると、それは床に円を描き、線となって消え、代わりに何やら紋様が浮かび上がった。そして、カツンッ、とヒールを鳴らし、迫力のある美しい声で語り始めた。
真っ新な画版に どの色を乗せようか
赤橙黄緑青藍紫 世界に色は沢山あるけれど
自分の色を見つけられる奴は 世界にどれほどいるのだろう
*
広い部屋。テーブルの上には、机いっぱいの料理。その周りには笑顔、笑顔、笑顔……。
とても、とても優しそうな人たち。温かくて、和らかい。
……嗚呼、これが僕の家族なんだ……
“お前の願いは正しい。だがそれ故に、難しいんだ。”
*
「しかし、久しぶりだな、ムハン。あの時以来、か?」
「あぁ、そうだな」
「何年になる?」
「別居してから、っていうなら、ちょうど10年だ」
「そうか、もうそんなに経つのか……」
「なぁ、義姉さん。そろそろ兄貴んとこに帰ってやれよ」
「気が向いたら、な」
「はぁ。そういうと思ったよ。でもまぁ、兄貴も義姉さんのそーいうトコロ、解ってて結婚したんだろうし。それで良いんじゃん?」
「そうか? ……そう言ってくれると、嬉しいよ。どれ、送ってやろう。次は我らが大将だ。……早く、この子を楽にしてやれ」
FAMILY come back.Total:3