弐:kitten
ガチャ。
「いらっしゃーい♪ さぁ、どうぞどうぞ。入って入ってー」
ガチャ。
「さぁさぁどーぞ。座って下さーい。あ、今お茶入れますねー」
コポポポポポポ
「はい、どーぞ。どんどん飲んで下さいねー。お菓子もどーぞー」
ドサッ、ドサッ。
「お菓子はリアンが作ったんですよー。あ、私リアンですー。双子の妹の方ですー。えーっと、あなたは?」
「アハトで「アハトねー。わかったー。ムハン兄は久しぶりだねー」
「あぁ「元気そうで良かったー。」
「あ、あの、お姉さんは「アルですか? アルは今木の実を取りに行ってます―。だから、リアンとお話しして待ってましょー♪」
『……はぁ』
クック、クルック
「でねー、アルったらそのまんま木から落っこっちゃったんですよー」
「そう、なんですか「でねー「あ、あのぉ!」
「? 何ですか?」
「あの、僕達はいつまでこうしていたら良いんですか?」
「アルはまだ帰ってこないのか?」
「・・・」
すると、このおしゃべりな小さな魔女さんは黙ってしまった。この家に招きいれられてから1時間程。その間、ずーっとしゃべり続けていた少女が、だ。これで怪しいと思わない方がおかしいだろう。大体、ここに入ってから何か嫌な予感はしていたのだ。何故なら――
「もう」
「?」
僕が思考をまとめようとした時、おもむろに、そして意味ありげに、リアンが口を開く。その声は、今までの女の子女の子した可愛らしいしゃべり方ではなく、丁寧な大人の話し方のように、僕には聞こえた。それがあまりにも不気味に響いたからであろうか。
「“もう”、何だよ?」
ムハンさんは、先を促した。すると、にたぁ、と口に微笑を浮かべて、リアンは言った。
「もう、良い頃ですかね? “ムハン兄”、“アハトさん”」
『え……!?』
ガッシャーン。
……? 何だ? 急に、体が重く……動かない……。まるで、椅子に鎖で縛りつけられているみたいだ……。
「リアン、てめぇ……。何入れやがった……?」
成程……。ムハンさんはこの紅茶、あるいはお菓子に、何か――毒でも入れた、と考えたようだ。まぁ、確かに。この部屋を見たら、そう思うよなぁ……。
怪しげな本やら、原色の粉の入った瓶やら、ガチガチいってる草とか、見た目年齢小学生しかも低学年、の女子二人が住んでいるにしては、おかしい物が多すぎる。でも……
「別に。お茶やお菓子には何も入ってないですよ? これらはあくまで、兄達とのお話を盛り上げる為に、用意しただけですから。それに、私達は魔法薬学の単位は、落としてますから。私達の魔法がそういうものではない、ということは、ムハン兄が一番よく知っていらっしゃるのではありませんか?」
「……あぁ。だが、それじゃないなら、何で……」
「それは
バッターンッ
「こら、リアン! 何やってんの!?」
「アル……」
派手にドアを蹴破って入って来たのは、リアンと同じぐらいの、年端もいかぬ少女だった。こげ茶の髪にきつめの目、短パンにだぼだぼのローブを着た少女。栗色のふんわりと長い髪に、これまたふんわりとしたワンピースを着ているリアンとは、性格も外見も正反対っぽいが、どうやらあれがリアンの姉、アルらしい。
「もう! 何先に始めてんのよ!「だってぇ「大体あんたはいつもそうやって
ギャーギャー
……。姉妹で争っている間に、ここに至るまでの経緯を説明しようと思う。嗚呼、やっと自由時間。
僕達はアインスさんから、次の魔術師を教えてもらった。それが、このアル・リアン姉妹である。彼女達の家は森の奥の中程にある、こじんまりとした家だった。小さめの窓があって、煙突がある、よく小さい子どもが描くような、そんな家。
コンコン、とノックする。
「いらっしゃーい♪」
出迎えてくれたのは、これまた絵に描いたような可愛らしい少女。怪しむ間もなく家に押し込まれ――
ギャーギャー
……今に至る、という訳だ。
「もう、これだからあんたは「で、でもでも、まだカンジンな所はやってないよ!?」
「そう……。まぁ、それなら良いけど。全く。こんな面白い事、めったにないんだから、独り占めはなしだよ?」
「はーい♪」
結局、当初の僕の嫌な予感通り、悪魔が二人になっただけだった。
コホン
「さて。アハトさん、でしたっけ? いらっしゃい。私はアル。双子の姉の方です。さて、あたし達からの課題は、この家から無事に抜け出してもらう事です。」
『へ?』
「勿論、鍵は全て閉め、煙突もふさがせてもらいますから♪」
『え?』
「タイムリミットは、兄達が死ぬまでー。あ、死んじゃったら出られないからだよー」
『ちょ、ま』
「じゃあ『よーいどんっ!「がんばってくださいね~」
バタンッ、ガシャン、ガチャッ。
……まじっすかー。嘘だろー。えげつねぇよー。しかも、暖炉火ついたまんまだよー。このままじゃ一酸化炭素中毒だよー。
「ムハンさん、どうしよう……?」
「どうするもなにも、まずはこの拘束を解かんと……」
うーむ。魔術師であるところのムハンさんにも解けないとなると、よほど強力な術なのであろう。そんなものをどうやって……。けほっ、けほっ。うぅ、酸素が……。
「どうしたら……」
その時、ピカ、ピカ。何かが僕の胸元で光った。そうか!
「ムハンさん、この首飾り、どうやったら剣に戻りますか?!」
「え……? 嗚呼、そういう事か! 冴えてるぞ、アハト!」
ズズズズズ
「ふぅ。やっぱり、温かい紅茶に限るわ。これでこそ午後のティータイムだよ」
「そうだねー。あ、そういえば、あの2人、どうなったかなぁ?」
「いくらなんでも、まだかかるんじゃない?」
「そうだよねー……んっ!?」
「どした!?」
「……椅子の鎖が、破られた」
ザシュッ
「その剣はお前が願った通りになるからな。言霊の鎖でも切れるって訳だ。サンキュー、アハト。助かったぜ」
「いえいえ」
首飾りを元の剣に戻すのは、案外簡単だった。ただ、祈れば良いだけだったのだから。……本当に、僕の思った通りになるんだな。
「さて、次はどうやってこの家から出るか、だな」
「はい、そうですね……。そういえば、さっき言っていた“コトダマ”ってなんですか?」
「あ、あぁ。まぁ、要するに“言葉の力”って奴だ。確か、アル・リアン姉妹の得意なのはそういう魔法だからな。おそらく、さっきの鎖も、この家に張られている結界もそういう類のものだろう。で、どうするよ、アハト」
「・・・」
「アハト?」
「……僕に、考えがあります」
ズズズズズ
「そう。鎖が、ね。……なかなかやるわね、あの方」
「でも、私達の魔法は解けないよね? だってあれは、私達オリジナルの、最高傑作の魔法だもの。大丈夫、だよね? ね? アル」
「うん……」
ペカー
「考え、って?」
「……おかしい、とは思いませんか?」
「何がだ?」
ムハンさんは気付いていないのか……。そりゃそうか。自分も魔術師なんだもんな。だけど……一般人の、何も知らない僕からすれば、この部屋はおかしい事だらけだ。この部屋に入ってからずっと思っていたその疑問を、僕はやっと口にする事が出来た。
「こんな、リボンやレースやぬいぐるみやらで彩られたファンシーな空間に、隠しもせず魔術関係の本や、髑髏や瓶が置いてある事が、です」
「……? 何が言いたい?」
「この部屋、この空間自体が、彼女達によって創られたもの、なのでは?」
パキン
「あーあ。解かれちゃった」
「ふぅ。死ぬかと思った」
思った通り、あの家は彼女達の魔法で造られたものだった。そうと分かれば、関係しそうな物を片っ端から斬ってしまえば良い話だ。……大分乱暴だけど。
でも、後から聞いたら“魔術師以外の者があの空間から抜け出すためには、その方法しかなかった”との事だったので、ついでに言えば“でも本当はもう少し法則性とかを考えて順番通りにやらないと、絶対に壊れないんだけどね!”という事だそうなので、まぁ良かったのだろう。(ちなみにその後、“そんな出鱈目な剣、持っているなんて聞いてない!”とちょっとキレられたのは、秘密)
「じゃあ、記憶お返ししますねー」
すると、どこからともなくピアノが現れて、聞いた事のないリズミカルな音が鳴り始めた。そして双子は歌い始める。その外見に見合った、可愛らしい声で。知らない、でもどこか懐かしい音楽を奏で始める。
♪世界の始まりは1つ 線を引いて2つ
誰かさんが線を引く 自由気ままに線を引く
細かく分かれたこの世界 現在の引き手は誰だ♪
*
お城、ベッド、机、鳥籠、本棚。
窓の外には花畑、色とりどりの屋根。
食堂にはおいしそうな料理。僕の好きなオムライスもある。
教室の黒板に並んでいるのは、難しそうな数式や文字。そこには机に向かって必死で何かを書いている僕と、それを指導する先生。どうやら勉強しているみたいだ。
次は剣の稽古。格技の練習もしている。
いろんな場面が、走馬灯のように流れていく。
けれど、そこに共通している事は全部
僕が“笑顔”だ
という事だった――
*
「はぁ、やっと終わった。……つかよぉ、何も俺まで閉じ込める事ないだろ?」
「それにしても……まさか私達の最高傑作を見破るなんて……」
「ヲイ、無視か?」
「流石アハト様、リン様の認めた人ですねー」
「・・・」
MEMORY come back.Total:2