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捌:human

「リン「ごめんなさい、ロメ。私、結局……」

「良いんだ。その気持ちだけで、嬉しいよ。でも、まだ解らない事が沢山あるんだ。それを聞いても良いかい?」

「はい」

「まず、何故僕を子どもの姿に?」

「……ロメに時間を無駄にして欲しくなかったの。私の魔法は時の流れを“戻す”、いいえ、流れを“逆向き”にする事しか出来ないから。止める事は、出来ないから」

「そう」

「それに……私の事を、思い出してほしくなかったの」

「何故?」

「だってロメ、願いが叶っても叶わなくても、天界(ココ)から帰っちゃうでしょう? でも、私は天界から出られない。もう、ロメと一緒にいられない! だったら、いっそ……」

 そこで、とうとう耐えきれなくなったのだろう。リンの美しい瞳が、涙であふれた。それでも、彼女は俯いて、必死で何かに耐えようとしていた。

 全く……リンは変わらないな。一生懸命で、思い込みが激しくて、でも、憎めない。今だって、僕の為を想ってやってくれた事なんだろうけど、さ。うん、おぼろげだけど、徐々に記憶が戻って来た。やっぱり、リンはリンだ。僕が図鑑に載っていた珍しい花を見て、“これ、見てみたいな……”とぼそっと呟いただけで、丸一週間探しに行っちゃった、鸚哥の時と同じだ。あの時も、ものすごい心配してあちこち探し回ったのに、花をくわえて笑顔で帰って来たリンを見て、思わず笑っちゃったもんな……。

 そのリンなら、大丈夫。僕達の、8年間の“溝”は埋められる。

 でも……1つだけ気になった事があったので、それだけとりあえず聞いてみる。

「どうして、地上には行けないの?」

「それは「儂との約束だからじゃよ」

「! アインス様、それに、スー様、トロワさんまで」

 いつの間に。……そういえば、ここシエテさんの家だったはずなのに、何か宮殿みたいな所になってる。

「これも、魔術ですか?」

「そうじゃ。王子よ、済まなかったな。儂達家族のゴタゴタに巻き込んでしまって……」

「家族?」

 え、まさかとは思ってたけど、もしかして……

「あぁ。儂、まぁ神なんじゃが(え!?)の妻がスー(うん)、そしてその子シエテ(え?)とトロワの娘こそ、フィユ、つまり、リンじゃ」

「え―――――――――――――――――!?」

 そんなんアリですか……。てか、アインス様が神だったんだ……。スー様だと思ってた。で、神の子どもトロワさんじゃなくてシエテさんだったんだ。逆でしょ、普通。じゃあ何であんなに雰囲気似てるんだろ……。つかシリアスな展開ぶち壊しだな……。

「じゃ、じゃあ、リンとムハンさんって」

「叔父と姪の関係だ」

 ・・・。

「ちなみに、アル・リアン姉妹とリウ・サンク兄弟は有志の協力者(ボランティア)だ。何せ人手が足りなかったものでね」

「はぁ」

 うん、もう何があっても驚かない、いや、驚けない気がする。

「こほんっ。さて、王子よ。お前はどうする?」

「どうする、と言われましても……」

「そもそも、僕達が娘の我がままを聞いてしまったのが、間違いではあったのだが」

「しかも魔力の提供までしちまったし」

「儂なんて国の移動までしちゃった」

『はははははははははは』

「おい、まだ言うのか? それに、今はその事を話す時ではない」

「そうじゃ。もう少しこの二人の身になって物を考えてやれ」

「しかし……」

ガヤガヤガヤガヤガヤガヤガヤガヤガヤガヤガヤガヤガヤガヤガヤガヤ

 本格的に家族会議が始まってしまった……。僕は完全に蚊帳の外。今までの事も、舞台裏はこんな感じだったんだろうなぁ……。思わず笑みがこぼれる。

「あっ。ほら、アハトが呆れて笑ってるぞー。って、違う。ロメヌか」

「アハトで良いですよ。少なくとも、僕はここではアハトですから」

「そか。……そう、だな」

 はぁ。やっと会話が少し途切れた。ここぞとばかりに切り出す。

「それより」

「? 何だ?」

「少し、リンと二人で話をさせてくれませんか?」

「良いじゃろう。スー」

「はい。“trap”」

ヒュッ

「これで、あの子達の未来(これから)が決まるのか……」



ヒュンッ

「ここは……」

「ロメの部屋、だよ。……お城は、失しモノ(ロストタウン)でも地上でもない所。つまり、天界最上部の神殿の中に移したの。国王を説得して。……皆に、ロメだけの時間を戻す事は無理だから、って。歪んじゃう、って言われて、それで……」

 僕は途中から、リンの話を聞いていなかった。というのも、記憶が曖昧で、ここが本当に僕の部屋なのか、確信が持てなかったからだ。だが、部屋の物を1つ1つ手に取ってみると、まるでその物1つ1つに僕の記憶が宿っているみたいに、1つ1つ記憶が戻って来た。誕生祝いに買ってもらったという机。その上の沢山の教科書。唯一気が休まったベッド……。必要最低限の物しかない簡素な部屋に、1輪の花のように彩を添える鳥籠。

 嗚呼、そうだ。間違いない。ここは、僕の部屋だ。

「懐かしい?」

「うん」

 リンは戸惑っているようだったが、やがて、言った。

「……結局、争いを止める方法は見つからなかったの」

「そう、か」

 先程のリンの様子から、予想はしていた。だけど……正直、こたえるな……。リンは悲しそうに、そして申し訳なさそうに、続ける。

「人はね、誰でも欲を持っているの。そして、己の欲望を叶える為には、手段を選ばないの。だから……」

「でも、君は知っているだろう? 人間はそんなに薄っぺらいモノじゃないって」

「えぇ、知っているわ。でもだからこそ」

「リン、僕の話を聞いてはくれないか?」

「?」

 相変わらず、リンは真面目だ。だから、気が付かなかったんだろうな……

「僕はね、兵士として、そして兵器として、戦争に投入された4年間、その地域の人々や兵士達に話を聞いて回っていたんだ」

「そうだったの? でも、何の為に?」

“人々は争いを望んでいるのか否か”

「それを、知る為に」

 そう、これが僕の全てだった。だから、出来るだけゆっくり言ったつもりだったのに。かえって、それが彼女を刺激してしまったらしい。リンは激しい口調で言った。

「そんなの、望んで無いに決まっているじゃない!」

 まるで、僕が何も解っていない、世間知らずのおぼっちゃまだと言わんばかりに、リンは言葉を投げつける。

「だって、戦争を望んでいるのは」

 そこまで言った所で、はっとした顔をして、リンは黙ってしまった。やっぱり……

「気が付いて、いたんだね。全ては、僕の父の所為だって」

「ロメ、それを知ってて……?」

「うん」

 あぁ、そうさ。そんな事はとっくに、とうの昔に知っていたよ。

「ロメのお父様は」

 複雑な表情をしながら、さっきより丁寧に、リンは言葉を紡ぐ。

「おじい様が認めた、唯一、その力を戦争にしよう出来る方。でもそれは、国を豊かにして、平和を保つ為、そう思ってた。でも……」

「言いづらいなら、良いよ。分かっているから」

 僕の父は、その強大な力に逆に支配され、破壊する事にしか目がいかなくなってしまった。そういう事だろう。

「だから、今まで言えなかったの。だって」

「僕の父を、国を、否定する事になるからね。でもね、リン。僕は悪い事は悪い、って言っていきたいんだ。そして、直していきたいと思っている」

「でも、それはとても難しいわ」

 自分の事は棚に上げて、よく言うなー。僕は思わず苦笑する。

「そうだね。一国の主が政策を180度転換させる事は難しい。それ位は、僕でも解っているつもりだ。でもね、僕だって何も考えが無い訳じゃないんだよ。僕はある小さな村で、武力以外の解決方法を学んできたんだ」

「それは、何?」

「“言葉”だよ」

「え?」

「僕とリンがこうして向き合って話をしているように、その村では村人全員の話し合いによって、全ての物事を決定していたんだ。別に、特別リーダーみたいな人がいる訳ではなかったし、時には何日もかかる話し合いもあった。それでも、最後には皆納得して、強力し合っていたんだ。素晴らしいとは思わないかい?」

「……でも、それは小さな村だから出来る事よ。人が少ないから、意見がまとまるの。ロメの国のような多くの人がいる大国では、そんな事出来やしないわ」

 リンの意見は理路整然としていて、至極真当だった。だが、ここでくじける訳にはいかない。僕も最後まで、自分の意見を貫き通す。

「出来ない出来ないと思っていたら、本当に出来なくなっちゃうよ? そして、一度に全員の意見を聞く必要はない。例えば、村単位で意見をまとめて、その代表者達で話し合いを行えば、全員の意見は尊重されるし、人数的にも、上手くまとまると思うんだ。――確かに、一気に全部を変える事は、難しいと思う。でも、少しずつなら、変えていけると思うんだ。それに」

「それに?」

「僕はこの国の王子だしね」

「そう……」

 リンは考え込んでいるようだった。僕は更に畳み掛ける。

「リン、僕達は何者だ?」

「え?」

 目を丸くするリン。そりゃそーだ。一見すると、脈絡もないし。でも。僕は続ける。

「僕達は魔術師だろ? 魔術師は人々の“願い”を叶える者だ。君はさっき、人間は欲深いものだ、そう言ったね。確かに、そうかもしれない。でもそれは、僕達魔術師の方にも、原因があるんじゃないかな?」

「どうして? 私達はただ、人々の幸せを願って」

「魔法は確かに素晴らしいものさ。何でも、あっという間に出来てしまう。でもそれは、本当に、その人達の為になるのだろうか? 努力して何かを成すから、人は成長するのではないだろうか?」

「じゃあ、困っている人を見捨てろとでも言うの!?」

 激昂してしまったリンを見て、再びの苦笑い。とりあえず、なだめる。

「そうじゃないよ。リンは極端なんだよ。困っている人がいたら、その全てを肩代わりしてしまうのではなくて、そっと手を差し伸べて導いてあげれば良いんじゃないかな? 悩みや不安も、そっくりそのまま受け取って、解消してあげるんじゃなくて、話を聞いて共有する、それだけでも、心は大分軽くなるはずだ。魔術師(ウィザード)じゃなくて、相談員(カウンセラー)と呼ばれるような、そんな存在になっていけたら、もっと自然に、人々の身近な存在に、僕達はなれるんじゃないのかな?」

 青二才の戯言でも良い。夢物語である事は知っている。机上の空論だと解っている! それでも、僕は願わずにはいられなかったんだ。“争いのない世界”を。

 しばらくして、おそらく僕の言葉の真意を考えていたのだろう、リンは困ったように、はにかんで言った。

「……ロメの話は、いつも難しい。でもロメは、それが出来るって信じてるんだよね?」

「うん」

「だったら、大丈夫だよ。でも……」

「でも?」

「ロメ、自分で見つけてたんだね。また私一人で空回り。無駄になっちゃったね」

 ははは、と自虐的に笑うリン。

「そんな事ないよ」

 そんな姿が見たくなくて、僕は言う。

「リンが探してくれた事で、僕の考えた事以外に方法が無い事が分かったし、それに、天界に来た事だって、無駄じゃなかった。いろんな魔術師に出逢って、力、それも“言葉の力”の素晴らしさが、更に身にしみて分かった。だから、この方法を信じ抜く事が出来たんだ。だから、そんな事言わないで。自分の努力を踏みにじるような事を言わないで。そんな……そんな悲しい顔、しないでよ」

「・・・」

 微妙な沈黙。リンの頬を、ポロポロと涙が伝う。

「うん、わかった。もう、しない。でも、ロメと離れるのは、嫌だなぁ。だって、だって私」

「僕も、リンと離れるのは寂しいよ。でも、いつか、争いが無くなって、世の中が平和になったら、会いに来るから」

「本当?」

「本当。だから待ってて。上から、見守ってて」

「うん。でも……ロメ、相変わらずだね。相変わらず、頑固で、まっすぐ」

「リンこそ」

「ふふ。私達、似た者同士、なんだよね」

 ははは。ふふふ。やっと、二人で笑い合えた。

キィィ

 まるで、この一部始終を見ていたかのような最高のタイミングで、扉が開いた。

「話し合いは、終わったかの?」

『はい』

「お前と国の人達を8年前の姿に戻した魔法は、我が娘のオリジナルでな。時間を巻き戻す事は出来ても、進める事は出来ないんだ」

「つまり、君はもう一度、14歳から人生をやり直す事になる」

「それは辛い事かもしれないが、お前なら大丈夫、だろ? なぁ、アハト」

「はいっ」

「では、地上に戻るがよい」

「……はい」

「ロメ……。行って、らっしゃい」

 僕の顔に、リンの顔が重なる。

「……行ってきます」

 頬を赤らめながら、僕は自国へと戻った。部屋には宿主を失った鳥籠が、悲しげに揺れていた。



 あれから。天界でも地上でも、改革が行われた。全ては、ロメの願った通りになってきている。それは、とてもとても少しずつではあるが。着実に、変わってきている。

 それがロメヌの元気な証拠だと信じて、私は、天界と地上の間に創られた“相談所”へ向かう。そこで、訪れた人々の話を聞くのが、今の私の業務だ。

 話を聞くだけで何もしてあげない、なんて、初めは職務怠慢だと思ってた。でも、相談に来た人達が、帰る時には笑顔になっていくのを見て、ほんの小さな事が、誰かを救う事もあるんだな、と思えるようになった。

 それからは、無闇に魔法を使う事は無くなった。

――これで、良かったんだと思う。

「あ、虹だ。綺麗……。ロメも、見てるかな?」

 ロメ、今頃何してんのかな―。一生懸命、働いてんのかな。……会いたい、なぁ。

「あのー、すみません」

 あ、いっけない。今は仕事中だった……。思わずこぼれかけた涙を急いでふいて、笑顔を作る。

「はい、何でしょう?」

 あれ? この人……

「ある人にこの虹を届けたいんですけど、出来ますかね?」

「え?」

 やっぱり、どこかで……

「ずっと待たせていた最愛の人に、見せてあげたいんです」

 懐かしい声。フードを脱ぐと、そこには、私がずっと待っていた、温かい笑顔。気持ちが抑えきれなくなり、すぐさま駆け寄って、抱きつく。

「おかえりなさいっ、ロメ!」

「ただいま」

 私の頭をなでる手のぬくもりが心地好くて、私は一層強く、彼を抱きしめた。

 あれから、ちょうど8年。彼は二度目の22歳を迎えていた。

「これから、やっと新しい時を刻める。その始まりの日に、どうしても君に……。リンに会いたかったんだ。……一度目(あのとき)はお別れだったけど、これからは、ずっと一緒だ」


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