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第13話:深淵の葬送曲(レクイエム)

鼻を突くのは、吐き気がするほど濃密な魔素の臭いと、焦土の乾いた香りだった。


「……っ、がはっ……! ここ、は……?」


 地面に叩きつけられた衝撃。肺から空気が追い出され、雷翔らいとは激しく咳き込んだ。

 視界を埋め尽くすのは、先ほどまでの穏やかな草原ではない。

 空はどす黒い赤に染まり、大地は無数に割れた岩山が連なる。遠くの空では、下層の『魔竜ワイバーン』など比較にならないほどの巨躯を持つ本物の竜たちが、獲物を求めて旋回している。


「嘘、でしょ……。魔法省の資料に、こんな場所、載ってないわ……」

 陽向ひなたの声が震える。

 魔法具の銃を握る指先が、小刻みに、止めようもなくガタガタと音を立てて震えていた。

 ここは中層でも、下層でもない。人類が未だ足を踏み入れていない禁忌の領域――『深層』。


「分析、できない……。魔素濃度が、計測不能だ……」

 雷翔は震える手でデバイスを確認するが、画面はノイズで埋め尽くされている。6級の彼が培ってきた魔法理論、積み上げてきた努力。その全てが、この空間の圧倒的な「圧力」の前に、無価値なゴミのように切り捨てられていた。




 その絶望を肯定するように、大気が震えた。

 岩山の影から姿を現したのは、竜ですら恐れて道を譲るような、漆黒の魔圧を纏った異形の騎士。

 一級魔法師が束になっても、あるいは七賢者が全力を尽くしてようやく対等。そんな、人智を超えた

『死』の具現。

 その存在が蓮たちの前に近づいてきた。



「嫌、来ないで……っ!!」

 陽向が叫び、小銃を向けた。しかし恐怖でその足は動かない。そして、引き金を引くより早く、漆黒の騎士がその大剣を振り上げた。

 死の旋風が、逃げ場のない陽向を襲う。


「陽向――っ!!」


 雷翔が、叫びと共に身を挺して陽向を突き飛ばした。

 凄まじい衝撃。雷翔の身体が岩壁に叩きつけられ、彼を庇った陽向もろとも、二人は血を吐いて意識を手放す。

「雷翔くん! 陽向!」

 かりんが叫び、氷の壁を展開しようとする。だが、騎士の次の一撃が、その脆弱な盾を紙細工のように粉砕せんと迫っていた。



(……ああ。やっぱり、こうなるのか)

 最後方にいた一ノ瀬蓮は、静かに顔を上げた。

 その瞳から、いつもの穏やかさは消えていた。宿っているのは、冷たい、確かな「怒り」だ。

『蓮。……どうするの?』

 肩の上のレイが、緊張感に声を尖らせる。


「レイ。力を貸せ。――これは命令だ」


 普段の彼からは想像もつかない、王者のような響き。

 レイはその言葉に一瞬だけ目を丸くし、だがすぐに不敵な笑みを浮かべた。

『ええ。……いいわよ、主様マスター。存分に暴れなさい!』


 かりんの喉元に刃が届く寸前、世界が静止した。

 蓮の手から放たれた極薄の風の刃が、漆黒の騎士の攻撃を弾き飛ばす。

 驚愕に目を見開くかりんの視界で、蓮の姿が眩い光に包まれた。

「雪城さん、少し……眠っててくれ」

 蓮の、いや、レイの魔力を借りて変身した、紺色の髪を翻す賢者・あおい

 その圧倒的な存在感を見て、かりんは確信する。そして、安堵と共に糸が切れたように意識を失った。


 静寂が戻った荒野で、葵――蓮は一人、騎士と対峙する。

 

展開てんかい――『蒼天そうてん・千のサウザンド・ティアーズ』!!」

 空を埋め尽くす数千の水針が、一斉に騎士を穿つ。だが、騎士はそれを黒い霧で防ぎ、猛然と間合いを詰めてくる。一進一退。蓮が放つ「真の術式」ですら、決定打には至らない。戦いは苛烈を極めた。



 その戦いの最中、レイの銀色の瞳が、崩れた岩山の奥に眠る「異質な輝き」を捉えた。

 戦う蓮のそばを離れ、吸い寄せられるようにその残骸へ近づくレイ。

 そこには、異質な残骸の山。その中に風化した金属の箱があった。

 中には、一枚の古ぼけた写真。

 そして、淡い光を放つ青い宝石のネックレス。

『……何、これ……懐かしい、気がする……』

 レイがその宝石にそっと指を触れた瞬間、彼女の脳内に奔流ほんりゅうのごとき記憶が流れ込んだ。

 それは、かつて魔素によって滅びた超古代文明の光景。

 自分は、ただの精霊ではない。あの時代、あの文明に、世界に、関わっていた存在。

『……思い出したわ。私は、あそこで……』

 レイは写真とネックレスを大切に抱え、戦場へと戻った。


 苦戦する蓮の背中に、彼女はその宝石のネックレスを首にかけ、自らの魔力を接続する。

『蓮、これを受け取りなさい! 私たちの、本当の力を!』

 蓮の体内に、これまでの数倍、数十倍の密度を誇る「黄金の魔素」が流れ込む。


 二人の意志が、一つの術式として重なり合い、世界を上書きしていく。

 

 共同作業。

 蓮が理論を編み、レイが古代の魔素を注ぐ。

そして完成する。

「――終わりだ。展開、 ーー『深淵しんえん葬送曲レクイエム』!!」

 美しいその術式で、深層の赤黒い空を、純白の光が完全に消し飛ばした。

 漆黒の騎士は、抵抗する術もなく、因果の彼方へと消滅した。

 静寂が戻った地獄の地で、蓮は荒い息をつき、膝をついた。


 その隣には、銀髪の少女が、悲しげにネックレスを見つめていた。

こんにちは!よつばです!

いつも応援ありがとうございます!

3章もついにクライマックス。まだまだ駆け抜けていくので楽しんでいってください!

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