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第12話:初陣の勝利は深淵に消えて

 午後一時。

 新宿ダンジョンの巨大なゲート前は、もはや一つの都市国家のような熱気に包まれていた。

 かつての歌舞伎町へと続く大通りは「探索者通り(ダイバー・ストリート)」と名を変え、建ち並ぶビルには最新の魔力測定器や、ダンジョン内での生存率を上げると謳う「魔導防護服」などの店や広告が立ち並ぶ。漂ってくるのは、かつての排気ガスの臭いではなく、あちこちの露店から立ち昇る食欲をそそる香ばしい匂いだ。


「わあぁ……! 見て雷翔ライト、あそこの出店! 『ダンジョン産・赤鶏あかどりの串焼き』だって! 秘伝の魔素スパイス味! 食べたい、一個だけ!」

陽向ひなた、お前はさっきから食いもんの話ばっかりだな。これから実習だって言ってんだろ。……一ノいちのせ、お前からも何か言ってやれ。こいつ、俺の言うこと全然聞かねーんだ」

 雷翔ライトが呆れたように肩をすくめ、僕に同意を求めてくる。僕は、三人の予備武器やポーションがぎっしり詰まった重いリュックを背負い直し、苦笑いを浮かべるしかなかった。

「はは……いいんじゃないかな。腹が減っては戦えないって言うし。……でも、集合時間まであと五分だよ、陽向さん」

「ぶー、一ノ瀬くんまで真面目なんだから! ……あ、かりんは? 食べるでしょ、一本くらい」

 陽向が期待の眼差しを向けると、かりんは苦笑いして答える。

「……ごめん、私はいいわ。それより、早くダンジョンに行きたい。…私の魔法が、どこまで通用するのか試したくてたまらないの」

 彼女の瞳には、かつての弱々しさは微塵もない。むしろ、未知の世界への挑戦心と、僕の正体を暴こうとする冷徹な好奇心が混ざり合っていた。



 集合場所では、引率の教官が拡声器を片手に、生徒たちを怒鳴り散らしていた。

「――静かにしろ! 今回の実習は『上層エリア』の第一階層だ! 中層以降は魔素濃度が劇的に上昇し、5級魔法師でも命を落とす。……いいか、絶対に指定ルートを外れるなよ!」

 教官の説明によれば、ダンジョンは上層、中層、下層、そして未踏の「深層」に分かれているという。

 教官の合図と共に、僕たちは巨大なゲートをくぐった。


 

 転送陣の青白い光が視界を埋め尽くし、浮遊感に胃が浮く。

 次の瞬間、網膜に飛び込んできたのは、新宿のビル群とは対極にある「鮮烈な緑」の世界だった。

「……すごーい! 本当にここ、地下なの!? お日様があるよ!」

 陽向が歓声を上げる。

 そこにはどこまでも続く柔らかな草原。清らかな川のせせらぎ。そして、地下とは思えないほど高く、抜けるような青空が広がっていた。現代魔法によって維持された、ある種の「人工的な生態系」のような、薄気味悪いほど美しい偽りの楽園だった。

 

「それじゃあ、攻略開始ー!」

 陽向の掛け声を合図にダンジョン攻略がはじまった。



 しばらく歩くと

 ガサガサ、と丈の長い草むらが大きく揺れる。

 飛び出してきたのは、額から鋭い角を生やした魔兎『ホーンラビット』の群れだ。その数、十数体。

「――来たわね。みんな、準備!」

 かりんの声が響く。彼女は即座に氷の魔力を指先に集束させ、戦いの火蓋を切った。

「一ノ瀬くんは下がってて! 雷翔、陽向、行くわよ!」

 雷翔が地を蹴った。

「展開――『放電小球スパーク・ボール』!」

 放たれた雷撃が、先頭の魔兎の足を止める。

 そこへ陽向が、可愛らしい桃色の小銃を迷いなく向けた。

「ヒナタ式・火炎散弾フレイム・ショット、発射ぁ!」

 引き金を引くと、銃口から魔素を圧縮した炎のつぶてが散弾のように放たれた。火球が魔兎の眉間に着弾し、激しく爆ぜる。肉の焼ける独特な臭いが鼻を突いた。

 その混乱を縫って、一体の魔兎が僕の方へ跳ねた。

 僕は動かない。ただ、荷物を持ち直すふりをして、指先でわずかな「風」を編み上げた。

(……少しだけ、こっちに)

 目に見えない風の糸が魔兎の軌道を数センチだけずらす。

 そこへかりんの追撃が完璧なタイミングで突き刺さった。

「展開――『氷柱つらら』!」

 鋭い氷の刃が魔兎を地面に縫い付ける。


「やったぁ! 倒したぁー!」

 最初の一体を仕留め、陽向が子供のように跳ねた。

「……おい、まだ終わってねーぞ! 右だ、陽向!」

「ちぇ、わかってるって、雷翔!」

 戦いは数分続いた。


 群れを全滅させた瞬間、三人は顔を見合わせ、大きなため息と共にはじけるような笑顔を見せた。

「……すごい、私たち、本当にダンジョンの魔物を倒したんだわ」

 かりんが、自分の手を見つめながら呟く。その表情には、確かな達成感が宿っていた。

「一ノ瀬くん、見てた!? 私の散弾、バッチリ当たったでしょ!」

「ああ、すごかったよ、陽向さん。……雪城かりんさんのサポートも完璧だったね」

 僕は荷物持ちの役目を演じながら、彼女たちの成長に目を細める。だが、肩の上のレイだけは冷ややかだった。

『ふん。小ネズミを数匹狩っただけで大はしゃぎね。……蓮、これじゃあ日が暮れるわよ』




 攻略は加速した。

 エリアの最奥、第一階層のぬしとも言える巨躯を誇る『魔熊ベア』が現れる。

 雷翔が冷静に指示を飛ばす。

「陽向、牽制しろ! 雪城は右から足を狙え! 俺が眉間に一撃叩き込む!」

「おっけー!」

「わかったわ!」

 陽向の連射が魔熊の視界を奪う。

 雷翔の雷撃がその動きを鈍らせ、かりんの氷の刃が熊の機動力を奪った。

 僕は最後方で、魔熊が倒れ込む方向を「風」で固定し、三人の攻撃が最大効率で当たるように微調整した。

 鳴り響く轟音。

 数分の激闘の末、魔熊の巨体が、ゆっくりと、しかし確実に崩れ落ちた。


「やったぁぁ! 初攻略成功!」

 陽向が雷翔の背中を叩き、雷翔も「……まあ、悪くない連携だったな」と、口元を緩めた。かりんもまた、初めての勝利に瞳を輝かせ、僕の方を振り返った。

「……一ノ瀬くん、見た? 10級の君には、少し刺激が強すぎたかしら?」

「はは……圧倒されちゃったよ。流石だね、三人とも」

 和やかな空気。誰もが、自分たちの勝利を疑っていなかった。

 だが。


『――蓮、離れなさい! 今すぐ!!』


 レイの、これまでにない悲鳴に近い警告。

 同時に、僕たちの足元の草原が、鏡のようにひび割れた。

「え……っ、地面が……黒い?」

「陽向、掴まれ――っ!?」

 抗えない、絶望的な吸引力。

 突如として現れた「次元の裂け目」が、勝利に沸く僕たち四人を、無慈悲に飲み込んだ。

 青空が消え、太陽が消える。

 

 僕たちは、現代魔法の光すら届かない、本当の「奈落」へと堕ちていった。



 


こんばんは!よつばです!

気になる次回は明日の朝7時に更新されます。

私はpvを見ていつもニコニコしてきます。いつも見てくださる方、本当にありがとうございます。

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