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Border Wall

Music:Ad Inferna - Stigma (Feat. Zombie Girl)


(翌日の朝、国境壁地域)


「今日は違う。」


クラレンス・タリン(Clarence Tallinn)の声は車載通信器しゃさいつうしんきなか平時へいじよりもさらにかすれていた。謝天名(Xie Tianming)は助手席じょしゃせきからまどそとながめた——十二月じゅうにがつ乾燥かんそうしたつめたい空気くうきなか国境壁こっきょうへき第三区間だいさんくかん検問所けんもんじょ格外かくがい蒼白あおじろえ、壁面へきめんには夜間やかんしもまっており、正午しょうご日差ひざしのしたでゆっくりとけ、れた水跡みずあとのこしていた。


「どこがちがう?」謝天名はき、ゆびはすでにライフルの保険ほけんれていた。


数量すうりょうだ。」老巡査長ろうじゅんさちょうくるまめ、ディーゼルエンジン(ディーゼルエンジン)の振動しんどうが徐々(じょじょ)に収ま(おさま)るとはなした。「昨夜ゆうべ監視点かんしてん報告ほうこくによると、壁外へきがい影態変異体かげたいへんいたい密度みつどが300パーセント増加ぞうかしている。しかも行動様式こうどうようしきわった——ただ無目的むもくてき蠕動ぜんどうするだけではなくなった。」


謝天名は車門しゃもんけた。乾燥かんそうしたつめたい空気くうき瞬時しゅんじに彼のかおつつみ、壁外へきがい特有とくゆうの臭い(におい)——砂塵さじんさび、そして悪心あくしんこすようなあまったるい腐敗臭ふはいしゅうただよっていた。戦術ベスト(せんじゅつベスト)のファスナーをなおし、うしろについている二台にだいの改造ピックアップトラック(かいぞうピックアップトラック)に合図あいずをした。


山猫隊やまねこたい」の隊員たいいんたちが順番じゅんばんくるまからりた。銃器じゅうき装備そうび衝突しょうとつする金属音きんぞくおんは、しずまりかえった砂漠さばくはし格外かくがいに耳障り(みみざわり)だった。


「リーダー、きたからの増援ぞうえん到着とうちゃくしました。」「ノミ」という愛称あいしょうわか隊員たいいんが小走り(こばしり)でちかづき、こえおさえて報告ほうこくした。「指揮しきっているのは金髪きんぱつ大尉たいいで、デイヴィス(Davis)という名前なまえです。新型速射機銃しんがたそっしゃきじゅう四丁よっちょうってきており、高密度目標こうみつどもくひょう特化とっかしたものだとっています。」


定位置ていいち布陣ふじんさせろ。」謝天名は弾匣だんはこ確認かくにんしながらった。「我々(われわれ)は計画けいかくどおりにウィンチ(winch)を起動きどうする。」


この区間くかん国境壁こっきょうへきは15メートルまでたか増築ぞうちくされ、頂上ちょうじょう防護柵ぼうごさくきの作業平台さぎょうへいだい改造かいぞうされていた。巨大きょだいな「輪廻ウィンチ(りんねウィンチ)」が壁体外側へきめんがいそく垂直すいちょく設置せっちされ、直径ちょっけい3メートルのドラム(drum)のうえには逆回転ぎゃくかいてんする合金ごうきん逆棘ぎゃくとげ溶接ようせつされていた。起動きどうすると、予め設定せっていされた軌道きどう沿って壁頂へきちょうから垂直すいちょくり、壁面へきめんいたものをんで引きき、ふたた頂上ちょうじょうげて高圧洗浄こうあつせんじょうおこなう仕組み(しくみ)だった。


謝天名が壁頂へきちょうがったとき増援ぞうえん米軍小隊べいぐんしょうたいはすでに機銃陣地きじゅうじんち設営せつえいはじめていた。指揮官しきかんのデイヴィス大尉(Davis たいい)は30代前半だいぜんはん金髪きんぱつ男性だんせいで、かお砂漠さばくかぜによってあらくなっており、左眼ひだりめしたあさ傷跡きずあとがあった。


「謝隊長(Xie たいちょう)?デイヴィスです。」相手あいてばした。戦術手袋せんじゅつてぶくろてのひら部分ぶぶんはかなり摩耗まもうしていた。「司令部しれいぶ指示しじによると、貴隊きたいはこの地域ちいきのゾンビ行動様式こうどうようしきを最も熟知じゅくちしているとのことです。」


熟知じゅくちとまではえません。」謝天名は握手あくしゅし、視線しせんはすでに壁下へきしたけていた。「長くきて、たことがおおいだけです。」


壁下へきした光景こうけいに、几名いくめいしんしく米軍兵士べいぐんへいしは思わず(おもわず)いきをのんだ。


死河渦巻しがわうずまき」の方向ほうほうからただよってくる紫緑色しろくろいろ光晕こううん低空ていくうひろがり、整片ぜんへん砂漠さばく病的びょうてき色彩しきさいめていた。地面じめんうえには、数百匹すうひゃくひきくろかげがゆっくりと蠕動ぜんどうしていた——これは本日ほんじつ新規出現しんきしゅつげんした影態変異体かげたいへんいたいだ。固定こていした形態けいたいはなく、むしろ濃厚のうこう黒煙くろけむりがかろうじて人型じんがた輪郭りんかくえがしているような姿すがたで、移動いどうするさいには霧状きりじょう軌跡きせききずった。太陽光たいようこう直射ちょくしゃすると、これらのかげはほとんど無音むおんちか嘶鳴しめいげ、素早すばやへきかげ廃棄車両はいきしゃりょう残骸ざんがいなかかくれた。


記録きろくによると、このしゅ変異体へんいたい今朝けさはじめて観測かんそくされました。」デイヴィス大尉(Davis たいい)はたった今印刷いんさつしたデータレポート(データレポート)をながらった。「サーマルイメージ(thermal imaging)はほぼ無効むこうで、通常弾薬つうじょうだんやく貫通率かんつうりつは30パーセントにたない。しかし、彼らは明らかにひかり極端きょくたん忌避きひしています。」


「だから正午しょうご掃討そうとうするんだ。」謝天名は操作パネル(そうさパネル)をけ取り、起動シーケンス(きどうシーケンス)の入力にゅうりょくはじめた。「ウィンチ(winch)の毎分回転数まいふんかいてんすうは200かい逆棘ぎゃくとげ表面ひょうめんには高反射コーティング(こうはんしゃコーティング)をほどこしてある。太陽光たいようこう直射ちょくしゃしているあいだは、直接ちょくせつまれなくても、光反射こうはんしゃ十分じゅうぶんにダメージをあたえられる。」


実用主義的じつようしゅぎてき設計せっけいだ。」デイヴィスはうなずき、「った。」


最初さいしょ降下こうか準備じゅんび。」謝天名は通信器つうしんきかってった。


ウィンチ(winch)の内部ないぶからひく機械音きかいおんひびき、ドラム(drum)がゆっくりと回転かいてんはじめた。逆棘ぎゃくとげ乾燥かんそうしたつめたい空気くうきき、するどうそぶこえはっした。壁下へきした影態変異体かげたいへんいたい振動しんどう感知かんちしたかのように、蠕動速度ぜんどうそくど明確めいかくはやくなり、数匹すうひき無意識むいしきにさえウィンチ(winch)の真下ましたあつまりはじめた——これは「蝕界しょっかい」のエネルギーが機械振動きかいしんどうたいして発生はっせいする不思議ふしぎ誘引現象ゆういんげんしょうで、原因げんいんいまだに不明ふめいだ。


て。」クラレンスは突然とつぜん望遠鏡ぼうえんきょうかかげた。「10時方向じかう砂丘さきゅうの後ろ(うしろ)。なにうごいている。」


謝天名は望遠鏡ぼうえんきょうけ取った。


最初さいしょ砂丘さきゅうかげだとおもった——だがかげうごかない。


それはつのしろてんで、砂地すなちうえをゆっくりとっていた。距離きょりとおすぎて詳細しょうさいはぼんやりとしていたが、関節かんせつびた木偶かくつのようなあやしい姿勢しせいがわかった。全身ぜんしんがボロボロのしろおおわれ、すそ砂地すなちきずられていた。皮膚ひふ望遠鏡ぼうえんきょうなか屍体したい青白色せいはくしょくていしていた。


もっと注目ちゅうもくすべきは頭部とうぶだ——くろ長髪ながかみかった海草かいそうのように頭頂ずちょうからさがり、地面じめんとどき、っているさいすなうえ蛇行だこうするあとのこしていた。


新型変異体しんがたへんいたいだ。」謝天名はこえおさえた。「クラレンス、司令部しれいぶにデータベース(データベース)の更新こうしん通知つうちする。」


記録きろくちゅうだ。」老巡査長ろうじゅんさちょう携帯端末けいたいたんまつっていた。「て……うごきをめた。」


四匹よっぴきしろ変異体へんいたい砂丘さきゅうふち停止ていしし、そのうちの一匹いっぴきがゆっくりとあたまげた——くびからカチカチというかすかなおとがした——壁頂へきちょう方向ほうほうを「」てきた。ははっきりとえないが、全員ぜんいんつめられているようなつめたさをかんじた。


そのあと周囲しゅうい影態変異体かげたいへんいたい主动的しゅどうてきにこれらのしろ変異体へんいたいまわりにあつまりはじめ、自身じしん黒煙状くろけむりじょう躯体くたい太陽光たいようこうさえぎった。しろ変異体へんいたい熟練じゅくれんしたように細長ほそながゆびすなり、素早すばやあさあなって自分じぶん半分はんぶんめた。


「彼らは協力きょうりょくする。」デイヴィスのこえ緊張きんちょうした。「影態変異体かげたいへんいたい太陽光たいようこうから彼らをまもっている。」


射撃試験しゃげきしけん実施じっし。」謝天名は命令めいれいした。


米軍小隊べいぐんしょうたい率先そっせんして射撃しゃげき開始かいしした。弾丸だんがんしろ変異体へんいたい身上しんじょう命中めいちゅうし、微弱びじゃく火花ひばなった——彼らの皮膚表面ひふひょうめんにはなに硬化層こうかそう存在そんざいしているらしい。頭部とうぶ命中めいちゅうした場合ばあいかぎり、動作どうさ一瞬いっしゅん停滞ていたいするが、すぐにふたたつづけた。


防御能力ぼうぎょのうりょく完全かんぜん別次元べつじげんだ。」デイヴィスはまゆしかめた。「重火器じゅうかき必要ひつようか?」


重火器じゅうかき壁体構造へきたいこうぞう損傷そんしょうする。」クラレンスはあたまった。「しかもて——」


そのうちの一匹いっぴきしろ変異体へんいたいはすでに完全かんぜん砂穴すなあなもぐみ、長髪ながかみだけを砂地すなちうえひろげていた。のこりの三匹さんぴき急速きゅうそく姿すがたはじめた。


「彼らがげる。」謝天名はライフルをつかんだ。「蝕界しょっかい方向ほうほうがすわけにはいかない!デイヴィス、速射機銃そっしゃきじゅうでその区域くいき全域被弾ぜんいきひだんさせろ!時間じかんかせげ!山猫隊やまねこたい、ロープ降下ロープこうか準備じゅんびをし、近距離きんきょり火炎放射器かえんほうしゃき使用しよう!」



(同日の朝食時あさしょくじ


アルベルト・ファルコーネ(Alberto Falcone)がスマホ(スマホ)の画面がめんをソフィア(Sofia Falcone)の眼前がんぜんきつけたとき、コーンフレーク(cornflakes)のクラム(クラム)がしろいテーブルクロス(テーブルクロス)のうえちた。


あねて!謝天名(Xie Tianming)がおくってきた!新型ゾンビ(しんがたゾンビ)!かげかたちをしてる!」


ソフィアはコーヒーカップ(コーヒーカップ)をき、画面がめんうえのぼんやりとした写真しゃしん一瞥いちべつした。写真しゃしん国境壁こっきょうへき頂上ちょうじょうから望遠レンズ(ぼうえんレンズ)で撮影さつえいされたもので、ゆがんだ黒煙くろけむりへきこうとしている。まゆせた。「アルベルト、くちなかのものをしてからはなしなさい。それに、謝天名(Xie Tianming)はなぜあなたにこれをおくったの?」


おれたち友達ゆうだちだからだよ!」アルベルトはものみながら、はっきりしないが興奮こうふんしたこえった。「かれによると、今日きょうぐん重火器じゅうかき出動しゅつどうするし、たことのない変異型へんいがた出現しゅつげんするんだ!おれかなきゃ!」


「ダメ。」ソフィアのこえつめたくなった。


「なんでダメだ?ヴィコおじさん!」アルベルトはテーブルのこうがわ目玉焼めだまやきをべているヴィコ(Vico Falcone)にけた。「国境壁こっきょうへきのところに新型ゾンビ(しんがたゾンビ)がたんだ!謝天名(Xie Tianming)がおれくようさそってきた!」


ヴィコはあたまげ、ふとかお困惑こんわくかんだ。「謝天名(Xie Tianming)があなたをさそった?いつそんなに熱心ねっしんになったんだ?」


「それは……見聞けんぶん共有きょうゆうするってことだよ!」アルベルトの一瞬いっしゅんただよったが、すぐにふたたかがやいた。「ぐんとの関係かんけいくする機会きかいじゃないか?これはチャンスだ!」


ヴィクター・ザス(Victor Zsasz)はいつものようにダイニングルーム(ダイニングルーム)のすみっており、このはなしいてまばたきをした。彼は今日きょう濃灰色のうはいしょくの高襟セーター(こうえりセーター)をており、顔色かおいろをさらに蒼白あおじろにさせていた。


「坊ちゃん(ぼうちゃん)、国境壁こっきょうへき高危険区域こうきけんくいきです。」ヴィクターのこえ説明書せつめいしょむように平淡へいたんだった。「流れながれだん変異体突破へんいたいとっぱ、エネルギー放射波動エネルギーほうしゃはどう死亡率しぼうりつ今月こんげつ累計るいけいで3.7パーセントです。」


死亡率しぼうりつはたった3.7パーセントだよ!」アルベルトはった。「ゴッサムの路上ろじょう強盗ごうとう確率かくりつほうたかい!」


ソフィアはこめかみをさえた。「アルベルト、それとはちがう……」


「どこがちがうんだ?」アルベルトはがり、椅子いすあしゆかっかかって耳障り(みみざわり)なおとてた。「おれはここで一日中いちにちじゅうなにをすればいいんだ?おおまえたちとカードをする?ヴィコおじさんのコレクションの宝石ほうせきる?きた!おれ本物ほんもののゾンビをたい!本物ほんもののウィンチ(winch)をたい!本物ほんものの……」


充分じゅうぶんだ。」ヴィコはフォーク(フォーク)をき、金属きんぞく磁器じきさら衝突しょうとつして清脆せいさいおとてた。くちいてヴィクターをた。「数人すうにんれてけ。おおまえおれ、ソフィア、オズワルド。さらにあたまはたら四人よんにんべ。」


「ヴィコおじさん?」ソフィアは信じられない表情ひょうじょうをした。


かれかせろ。」ヴィコはためいきをついた、表情ひょうじょう複雑ふくざつだった。「そうしないと、この別荘べっそうこわすだろう。それに……ハーヴィが昨日きのうぐん地域ちいき協力きょうりょく推進すいしんしたいとっていた。」


ペンギン(Penguin)のオズワルド・チェスターフィールド・コボルト(Oswald Chesterfield Cobblepot)がコーヒーポット(コーヒーポット)をってダイニングルーム(ダイニングルーム)にはいってくると、自分じぶん名前なまえいた。ふるわせ、あついコーヒーが手首てくびにこぼれた。


おれ……おれくの?」無理むり笑顔えがおかべた。「ヴィコさん、午後ごご工場こうじょうしんしいバッチ(バッチ)の逆棘ぎゃくとげのメッキ品質メッキひんしつ検査けんさしなければ……」


品質ひんしつ明日あしたでもれる。」ヴィコは容赦ようしゃなくった。「おおまえ運転うんてんする。みちっているだろう。」


ペンギンはけをかんはじめた。


(途中)


国境壁こっきょうへきかう途中とちゅう、アルベルト・ファルコーネ(Alberto Falcone)のくち一刻いっこくまらなかった。


「オズワルド(Oswald Chesterfield Cobblepot)、おおまえ運転うんてん本当ほんとう安定あんていしてるな。ゴッサム(Gotham)のときよりずっとくなった——あのころはコーヒーをいにってもおつりからすこ油水ゆすいをせびるくらいだったのに、いまもそういうこと……」


ペンギン(Penguin)はハンドルをにぎ指関節しかんせつが血のちのきうしなっていた。バックミラー(バックミラー)しに、後部座席こうぶざせきじて休養きゅうようしているヴィコ(Vico Falcone)、まどそとながめているソフィア(Sofia Falcone)、まるで死体したいのようにまっすぐすわっているヴィクター・ザス(Victor Zsasz)をることができた。アルベルトだけが助手席じょしゃせきにぎっしりとすわり、興奮こうふんしすぎた猟犬りょうけんのようだった。


「坊ちゃん(ぼうちゃん)は冗談じょうだんをおっしゃっていますね。」ペンギンは歯車はぐるまめてこたえた。「すべてファルコーネのために奉仕ほうししています。」


奉仕ほうし?」アルベルトはわらした。「まったく、オズワルド。おおまえだれにでも奉仕ほうしする——だれからの利益りえきおおいかでえらぶんだ。ゴッサム(Gotham)のときおれちちいまはヴィコおじさん(Vico Falcone)、これからは说不定しかしながら……」


「アルベルト。」ソフィアが後部座席こうぶざせきからひくこえ警告けいこくした。


「なんだ?これは事実じじつだよ!」アルベルトはり返り、かがや笑顔えがおかべた。「对吧そうだろオズワルド?おおまえみずのようだな、どの容器ようきながんでもそのかたちになる。このてん本当ほんとう敬服けいふくする。むこともびることもでき、心のこころのそこ地下要塞ちかようさいてるほどふかい。」


車内しゃない空気くうき数秒間すうびょうかんかたまった。


ペンギンは前方ぜんぽうのでこぼこした路面ろめんつめ、忽然こつぜんと轻笑(くすくす笑)いをした。「坊ちゃん(ぼうちゃん)過誉かおです。終末世界しゅうまつせかいのこるには、どうしても生存術せいぞんじゅつ必要ひつようです。だれかのようにまれつき要塞ようさいなかにいるひとは、もちろんかたちえる必要ひつようはないでしょう。」


アルベルトの笑顔えがおかお固定こていされた。


後部座席こうぶざせきからヴィコのおさえきれないうなるようなわらこえれた。


好了いい。」ソフィアが危険きけん会話かいわった。「みなだまれ。もうすぐく。」



物語ものがたり国境壁こっきょうへきがわもどる)


アルベルトが一番いちばんさきくるまから飛びりた。


「わお!」たかくそびえる国境壁こっきょうへきと、へきうえいそがしくうごいている人々(ひとびと)を見上みあげてさけんだ。「写真しゃしんよりも圧倒的あっとうてき壮大そうだいだ!」


ヴィコははなさえてくるまからり、顔色かおいろはすでにすこあおざめていた。「このにおい……一万個いちまんこ腐敗ふはいしたゴミごみばこぜたような……」


れれば平気へいきです、ヴィコさん(Vico Falcone)。」ペンギンはつえをついて、できるだけへきからはなれてとうとした。壁下へきしたにウィンチ(winch)で粉砕ふんさいされた黒赤色こくせきしょく残留物ざんりゅうぶつると、がゴツゴツとはんされた。


ソフィアは壁頂へきちょう見上みあげると、ちょうど謝天名(Xie Tianming)と数名すうめい隊員たいいんが速降ロープ(そっこうロープ)を固定こていしているのをた。こころ一瞬いっしゅんけられた。「彼らは出撃しゅつげき準備じゅんびをしているの?いま?」


ヴィクターは無言むごんでヴィコの斜前しゃえんち、をすでにこし銃柄じゅうがらいた。


すぐに、謝天名は片手かたてへきさえてり、速降ロープ(そっこうロープ)に沿って地面じめんから3メートルのたかさで停止ていしした。壁下へきしたの不速のふそくのきゃくて、まゆしわめた。


「ヴィコさん(Vico Falcone)?おおまえたちはどうしてここに?」


(国境壁上方)


「一度だけだ。」老巡査長ろうじゅんさちょうはアルベルト・ファルコーネ(Alberto Falcone)をにらみつけた。「しかも、おれと謝天名(Xie Tianming)の指導しどうのもとでなければならない。わかったか、小坊ちゃん(こぼうちゃん)?」


アルベルトはちからめてうなずき、かお恐怖きょうふはすでに興奮こうふんってわられていた。ヴィコ・ファルコーネ(Vico Falcone)は電話でんわった——電話でんわこうがわのハーヴィ市長しちょう手配てはいしてくれ、クラレンス(Clarence Tallinn)にアルベルトをれて体験たいけんさせることを承諾しょうだくしたばかりだ。


壁頂へきちょうへの階段かいだんせまくてきゅうだった。


ヴィコは半分はんぶんまでのぼると、はっきりといきあらはじめ、あせがシャツをらせた。ヴィクター・ザス(Victor Zsasz)は全程ぜんていかれうしろ半步はんぽいてついており、いつでもばしてささえられるようにしていた。


ソフィア・ファルコーネ(Sofia Falcone)はおとうときんぴったりとついており、ゆびつめたい金属製きんぞくせいの手すり(てすり)をにぎめていた。壁外へきがいからは絶えたえまないひく嘶鳴しめいこえてくる——それは無数むすう変異体へんいたい壁下へきしたあつまっているおとだ。空気くうき腐敗臭ふはいしゅうはここではほとんど実体じったいがあるかのように濃厚のうこうで、鼻腔びこう侵入しんにゅうし、のどおくいた。


ペンギン(Penguin)/オズワルド・チェスターフィールド・コボルト(Oswald Chesterfield Cobblepot)は最後尾さいごおについていた。かれあし不自由ふじゆうなため、一歩一歩いっぽいっぽ小心翼翼しょうしんようしすすんだ。だが、よりかれ不快ふかいにさせるのは高さ(たかさ)だ——手すり(てすり)の隙間すきまからしたろすと、壁底へきてい山積やまづみになった遺骸いがい残骸ざんがいと、そのなか掃除そうじききれていないかげたちが蠕動ぜんどうしているのが直視ちょくしできる。それらは油汚れ(あぶらよごれ)のなか気泡きほうのように、ゆっくりと浮き沈み(うきしずみ)していた。


神様かみさま……」ヴィコがついに壁頂へきちょう平台へいだいがり、最初さいしょ壁外へきがい光景こうけい瞬間しゅんかんくちさえて、のどからゲロゲロというおとはっした。


壁外へきがい地獄じごくだった。


数百匹すうひゃくひき——あるいは数千匹すうせんひき——の影態変異体かげたいへんいたい壁下へきしたに積みつみかさなり、黒煙状くろけむりじょう身体しんたい相互そうごからい、絶えたえまなくうねる「しお」を形成けいせいしていた。さらにとおく、砂地すなちには様々(さまざま)な奇形怪状きけいかいじょう変異体へんいたい点在てんざいしている:多足たしっているもの、肉山にくやまのように膨張ぼうちょうしたもの、肢体したい不思議ふしぎ角度かくどにゆがんだもの——それらはすべて緩慢かんまんだが持続的じぞくてき国境壁こっきょうへきかって移動いどうしており、「蝕界しょっかい」のエネルギーか壁体へきたい機械振動きかいしんどうせられているのだ。


そして、このくろしおなかに、時折ときおり惨白色さんはくしょく一筋ひとすじひらめく——それは影態変異体かげたいへんいたいなかかくれている白色変異体しろいへんいたいで、仲間なかま身体しんたい太陽光たいようこうさえぎっている。


ヴィクターは素早すばやくヴィコの斜前しゃえんち、かれ視線しせんさえぎった。だがヴィコはすでにてしまっており、顔色かおいろ蒼白あおじろになって手すり(てすり)にもたれかかり、呼吸こきゅうまった。


「ヴィコおじさん(Vico Falcone)、大丈夫だいじょうぶですか?」ソフィアがかれささえた。


めい……大丈夫だいじょうぶ。」ヴィコはったが、こえ虚弱きょじゃくだった。「ただ……こんなに……おもわなかった……」


「こんなにリアル?」アルベルトがはなぎ、まったくおどろかされていない様子ようすかがやかせた。「これがスリルだ!」


謝天名がちかづき、アルベルトに防音ヘッドフォン(ぼうおんヘッドフォン)と防護メガネ(ぼうごメガネ)を手渡てわたした。「つけろ。ウィンチ(winch)運転時うんてんじ騒音そうおんは120デシベル(デシベル)をえる。それに、おれかクラレンス巡査長(Clarence Tallinn じゅんさちょう)から3さんぽ以上いじょうはなれてはいけない。わかった?」


「わかったわかった!」アルベルトはうれしそうに装備そうびにつけた。


クラレンスは彼らをウィンチ操作室(winch そうさしつ)にれてった。それは半密閉はんみっぺい金属製きんぞくせい操作艙そうさそうで、正面しょうめんは防弾ガラス(ぼうだんガラス)でおおわれており、ウィンチの全運転軌道ぜんうんてんきどう俯瞰ふかんできる。操作パネル(そうさパネル)にはボタン(ボタン)、レバー(レバー)、点滅てんめつする指示灯しじとうがいっぱいついていた。


け、小僧こぞう。」クラレンスはパネル(パネル)をした。「あかいレバー(レバー)は降下速度こうかそくど制御せいぎょし、みどりのレバー(レバー)は上昇じょうしょう制御せいぎょする。このノブ(ノブ)はドラム(drum)の回転数かいてんすう調整ちょうせいする。このあかいボタン(ボタン)える?緊急停止きんきゅうていしだ。いつでも、おれが『ていまれ』とったら、あるいは自分じぶん不对劲どこかおかしいかんじたら、すぐせ。わかった?」


アルベルトはうなずき、を操作パネル(そうさパネル)に固定こていし、ゆびをレバー(レバー)のうえかべた。


ペンギンは操作艙そうさそう側後方そくこうほうち、ガラスしに壁下へきしたていた。かれ視線しせん変異体へんいたいなかうつり、それから某个角落とあるかど停止ていしした。


そこに、一匹いっぴき影態変異体かげたいへんいたい奇怪きかい行動こうどうをしていた。


ほか同類どうるいのように盲目的もうもくてき蠕動ぜんどうするのではなく、断続的だんぞくてきうえ跳躍ちょうやくしている——毎回まいかいやく50センチメートルがり、黒煙状くろけむりじょう身体しんたい空中くうちゅう一時的いちじてきにより鮮明せんめい肢体輪郭したいりんかくらし、それからまたって落下らっかする。この動作どうさを繰りくりかえしており、まるで練習れんしゅうをしているかのようだ。


「あれえる?」クラレンスはペンギンの視線しせんづき、ひくこえった。「俺たち(おれたち)はあさ掃除そうじ発見はっけんした。少数しょうすう影態変異体かげたいへんいたい特定とくてい条件じょうけん一時的いちじてきに『実体化じったいか』し、生前せいぜん残像ざんぞう——通常つうじょう死亡瞬間しぼうしゅんかん姿すがた——を露出ろしゅつする。俺たち(おれたち)はこれを『痙攣現象けいれんげんしょう』とんでいる。変異体へんいたい自体じたいには意味いみがないが、準備じゅんびのできていないひと心臓病しんぞうびょうにさせるほどおどろかせる。」


ペンギンはうなずき、視線しせん跳躍ちょうやくするかげからはなさなかった。


暗黒あんこくな思い(おもい)がおもいがけずかんできた:もしこの跳躍ちょうやく練習れんしゅうをしている変異体へんいたいが、アルベルトが操作そうさしている瞬間しゅんかん最高点さいこうてんまでがり、防弾ガラス(ぼうだんガラス)のそと突然とつぜん実体化じったいかしたら……


アルベルトがおどろいてさけ姿すがたがほとんど想象そうぞうできる。この一路上いちろじょう口無遮攔くちむしゃらたいする代償だいしょうとして、ちょうどいいだろう。


「オズワルド(Oswald Chesterfield Cobblepot)?」ソフィアのこえかれ現実げんじつもどした。「顔色かおいろわるいわ。気分きぶんわるいの?」


「いえ、ただ……高所恐怖症こうしょうきょうふしょうすこしあるだけです。」ペンギンは無理むり笑顔えがおかべた。


「それなら、内側うちがわって。」ソフィアは操作艙そうさそう内側うちがわうつるよう合図あいずした。


ペンギンは従順じゅうじゅん一歩いっぽうつったが、視線しせん依然いぜんとして跳躍ちょうやくするかげ固定こていしていた。


ウインチが始動した。


ノイズキャンセリングヘッドホンから重々しい機械音が響き、鈍い振動へと変わった。アルベルトが赤いレバーを押すと、巨大なドラムがゆっくりとレールに沿って下降し始めた。ヘッドホン越しでも、鋭いトゲが空気を切り裂く音がはっきりと聞こえた。


「ゆっくりだ」謝天明が横から指示した。「レバーの抵抗を感じろ。速すぎるとウインチに負荷がかかるぞ。」


「よし、よし!」壁の下のミュータントの群れへとドラムが突っ込むのを見ながら、アルベルトの目が輝いた。


ウインチが標的に接触した瞬間、黒い霧が爆発した。


それは血ではなかった――シャドウミュータントには血はない――大量の繊維状の煙のような黒い物質が噴き上がり、日光に照らされてすぐに消えていった。しかし、トゲに捕まったミュータントたちはすぐに「死ぬ」わけではなかった。彼らはドラム缶の表面でもがき苦しんだ。彼らの手足(というか、残像)は黒い霧の中に現れたり消えたりを繰り返し、合金の鋸歯状の部分によって何度も切り裂かれ、引き裂かれたりした。


アルベルトはヘッドフォン越しに歪んだ声で笑った。「これはすごい!見て!泥みたいだ!」


「気を取られるな」クラレンスは眉をひそめた。「ドラム缶の荷重計を見ろ。赤い線を超えたら減速しろ。」


ドラム缶が壁を5メートルほど越えた後、アルベルトは緑のレバーを押して上昇を開始した。黒い残留物で覆われたウインチがゆっくりと上昇し、とげが大量の破片を捕らえ、完全には剥がせなかった。


ペンギンは操作盤に近づき、計器を指差した。「マスター、このタコメーターを見てください。あまり速く持ち上げると、ドラムに繋がれたミュータントが完全に死なずに壁まで運ばれてしまうかもしれません。彼らが…完全にもがき止むまで待つのが一番です。」


「わかった、わかった」アルベルトは苛立ちながら手を振り、下の壁に視線を固定したまま、上昇速度を上げるレバーを押した。


ペンギンは一歩後ずさりした。無表情だったが、暗い期待が彼の内にこみ上げてきた。彼は飛び跳ねる影を見た。それは今やウインチトラックのすぐ近くにいた。


ドラムが壁の頂上から3メートルの地点まで来た時、影のミュータントが突然飛び上がった。


今度は信じられないほど高く飛び上がった。


黒い霧のようなその体は最高点まで激しく渦巻き、そして突然固まり、ぼろぼろのスーツをまとい、顔の半分を失った男の姿へと変貌した。それはその生の断片、凍りついた死の瞬間だった。空洞の眼窩は制御室をまっすぐに見つめ、残りの半分の口は大きく開き、輝く白い歯を露わにした。


「あああああ!」アルベルトの叫び声がノイズキャンセリングヘッドホンを突き破った。


本能的に、彼は緑色のレバーを最大まで押し込んだ。ウインチが加速し、まだ生きていたミュータントの残骸が突然の加速でドラムの上に投げ出された。シャドウミュータントの一体は、まさに固まりつつあったが、ドラムが制御室と水平になった瞬間、棘によって完全に引き裂かれた。


黒い霧は爆発し、固まった肉片と血の破片が噴き出した。それは、その「痙攣」状態が束の間具現化した瞬間だった。


防弾ガラスには黒い粘液と小さな組織片が飛び散っていた。


アルベルトは凍りついた。冷たい感触が顔に走った。粘性のある黒い液体が一滴、暗い赤色の粉末と混ざり合い、ガラスの割れ目から頬に落ちたのだ。


時間が数秒間、止まったように思えた。


アルベルトは震える手をゆっくりと上げ、頬に触れた。指先は粘り気のある、悪臭を放つ混合物で汚れていた。


彼は謝天明の方を向き、唇を震わせた。「私…私…感染しているのだろうか?」


管制室の全員が唖然とした。


ヴィコは口を開けたまま、声も出せなかった。ソフィアは目を大きく見開いて口を覆った。ヴィクターの手はすでに銃床に当てられていた。クラレンスと謝天明は顔を見合わせ、互いの目に重苦しさを感じ取った。常識的に考えれば、シャドウミュータントには物理的な形はなく、体液も存在しないはずだった。しかし、今の「痙攣現象」は……


「動くな」謝天明は囁いた。「デイビス、壁の下はどうなっているんだ?」


「ミュータントの群れが動き出している!」デイビスは通信機に急いで報告した。「待て…砂の下で何かが動いている!あの白いものが…」


彼が言い終わる前に、


制御室の下の壁の端の砂が突然爆発した。


爆発ではなく、壁の外から地面から何かが飛び出したのだ――髪の毛だ。砂に浸かった白く薄い髪の毛が、まるで生きた触手のように上方に伸び、制御室の底にある、完全には密閉されていないアクセスハッチを突き破り、瞬時にアルベルトの首に巻きついた。


アルベルトは叫ぶことさえできなかった。髪の毛が彼の体に食い込み、彼を制御室から引きずり出した。彼はコントロールパネルの端をぎゅっと握りしめた。拳は衝撃で白くなり、喉からは嗚咽がこぼれ落ちた。


「つかまえろ!」最初に飛び出したのはヴァルコで、アルベルトの腰を掴んだ。


ソフィアとペンギンは素早く反応し、アルベルトの腕と肩を掴もうと駆け寄った。しかし、髪の強さは驚異的で、三人ともバランスを崩した。


謝天明は拳銃を抜き、コントロールパネルの端まで駆け寄り、下を見下ろした。


外壁には、白いミュータントが這いずり回っていた。長い髪がケーブルのようにアルベルトの首に絡みつき、体は垂直の壁に信じられないほどの角度で張り付き、四つん這いで上へと登っていた。青白い顔が上がり、乳白色の目で謝天明を見つめ、唇には邪悪な笑みが広がった。


「撃て!」クラレンスが咆哮した。


謝天明、デイビス、壁の上のアメリカ兵、そしてリンクス隊員たちが一斉に銃撃した。弾丸はミュータントに命中し、ほとんどは跳ね返り、いくつかは肉に突き刺さったが、ミュータントはわずかに揺れるだけで登り続けた。


ヴィクターは軍用マチェーテを取り出し、アルベルトの首に巻き付いた髪を切りつけた。刃が髪をかすめると火花が散った。髪は鋼線のように硬かった。


「切れない!」ヴィクターは歯を食いしばり、再びマチェーテを振り回した。


アルベルトの顔は青紫色に染まっていた。コントロールパネルを握っていた手が滑り始め、爪が金属の縁に擦れて軋む音を立てた。


白いミュータントはコントロールパネルの高さまで登り、片手を離してアルベルトに手を伸ばした。薄暗い光の中で金属的に輝く黒い爪が、アルベルトの目に狙いを定めていた。


「だめだ!」ソフィアは悲鳴を上げた。


謝天明は徹甲弾倉に銃口を向け、ミュータントの頭部に狙いを定めて三発撃ち込んだ。一発目は外れ、二発目は顎骨を砕き、三発目はついに眼窩を貫いた。


ミュータントの動きは止まった。しかし、髪はほどけなかった。


それどころか、最後の力を振り絞って、髪は下へ引き抜かれた。


パチン。


その音は微かだった。銃声と叫び声の中で、ほとんど聞こえないほど微かだった。


しかし、誰もがそれを目撃した――アルベルトの首が不自然な角度にねじれ、全身の力が抜けて崩れ落ちたのだ。


髪がほどけ、壁の外へと引き込まれた。白いミュータントも壁から離れ、下方のミュータントの群れへと落下したが、空中で影のミュータントに飲み込まれた。


制御室は死のような静寂に包まれていた。


ヴィコはまだアルベルトの腰を掴んでいた。ソフィアは彼の腕を掴み、ペンギンは肩に寄りかかって支えた。


アルベルトの頭は不気味な角度で胸に垂れ下がっていた。目はまだ見開かれ、瞳孔は大きく開いており、顔に滴る黒い血がひときわ眩しく輝いていた。指は握り締められたままだったが、今は動かなくなっていた。


ヴィコは口を開け、漏れたふいごのような嗄れた音を立てた。彼は掴んでいた手を離し、よろめきながら後ずさりして制御盤にぶつかった。


ソフィアはひざまずき、震える指で兄の顔に手を伸ばしたが、触れる前に止めた。彼女は虚ろな目で謝天明を見上げた。「ふぅ…ふぅ…」


謝天明はしゃがみ込み、アルベルトの首に二本の指を置いた。10秒。20秒。


彼は手を離し、首を横に振った。


ヴィクターはナイフを鞘に収め、ヴィコの隣に静かに立った。禿げ頭の暗殺者の顔は無表情のままだったが、両脇に垂らした両手は、指の関節が白くなるほど強く握りしめられていた。


ペンギンはゆっくりとアルベルトの肩を離し、背中をコントロールパネルの冷たい壁に押し付けるまで後ずさりした。彼は自分の手――たった今アルベルトを掴んだ手――を見下ろした。それは裸だったが、ズボンで何度も何度も力強く拭った。


壁の下では、まるで何もなかったかのように、変異した生物たちのシューという音が再び響き渡っていた。


クラレンスは帽子を脱ぎ、顔を拭き、通信機に向かって嗄れた声で言った。「医療ステーションに連絡しろ…いや、消毒チームに連絡しろ。ここには…死体がある。」


アルベルトが壁の上のプラットフォームに慎重に運ばれると、米軍はすでに間に合わせの消毒・隔離テントの横で待機していた。デイビス大尉は険しい表情で近づいた。


「ヴルコさん、検疫プロトコルによると、遺体を72時間観察し、変異の恐れがないことを確認してから…」


「邪魔をしないでください」ヴルコの声は柔らかかったが、一言一言が歯の間から絞り出されるようだった。「甥っ子を家に連れて帰るところです」


「ヴルコさん、それがルールです…」


「邪魔をしないでくださいと言ったでしょう」ヴルコは顔を上げた。目は充血していた。ヴィクターはライフルの銃床に手を当て、静かに半歩前に出た。


デイビスは一歩下がり、手を挙げた。「上官に相談しなければなりません」


「どうぞ、相談してください」ソフィアは立ち上がった。顔には涙の跡はなかったが、目は氷のように冷たかった。彼女はポケットから衛星電話を取り出し、指で画面をスワイプすると、番号が表示された。


彼女はプラットフォームの端まで歩き、皆に背を向けてダイヤルボタンを押した。


電話がつながった。


ソフィアは深呼吸をし、不気味なほど落ち着いた声で言った。


「お父様。アルベルトは亡くなりました。」



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