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Calonarang

「フランシス(Francis Cobb)さん、本当ほんとう招待しょうたいしていただきありがとうございます。でも失礼しつれいさせていただきます。ヴィクター(Victor Zsasz)おじさんのところで……手配てはいがあるので」。


ソフィア・ファルコーネ(Sofia Falcone)の声は粗末そまつだが整然せいぜんとしたリビングルームで響き、温和おんわかつ確か(たしか)だった。彼女はソファのそばに立ち、微微びびと身をかがめてふるい肘掛け椅子ひじかけいすに座るフランシスに話しかけた。窓の外のそら黄昏たそがれのオレンジしょくまり、部屋へやなかみじかく温かい(あたたかい)ひかりまくをかけていた。


フランシスはまだ半分はんぶんのこったサボテンティーをに持ち、かおには一瞬いっしゅん失望しつぼうかんだが、すぐに理解りかいわった。「ああ、もちろん、もちろん、ソフィアさん。大事だいじ用事ようじがあるでしょう。私のせいです。はなしていると時間じかんを忘れてしまいました」。って送別そうべつしようともがいた。


「ママ、すわっていて。うごかないで」。ペンギン(Penguin)のオズワルド・チェスターフィールド・コボルト(Oswald Chesterfield Cobblepot)はいそいでははかたさえ、いつものようにははたいして特有とくゆうの柔らかい(やわらかい)表情ひょうじょうかべた。「私がソフィアさんをおくり出すから。ママは……時間通り(じかんどおり)にくすりむのをわすれないで。よる戸締とじまりをしっかりして。なにかあったらすぐ電話でんわしてください」。


「わかったわ、わかったわ。私、子供こどもじゃないから」。フランシスは責めるように息子むすこたたき、視線しせんはソフィアをいかけた。「ソフィアさん、時間じかんがあったらまたてください。ここにはいものはないですが、粗茶淡飯そしゃだんめしはいつでも用意よういしています」。


かならます、フランシスさん。おはなしできてとてもうれしかったです」。ソフィアは誠実せいじつに言い、かがんでこの優しい(やさしい)老人ろうじん轻轻ささやかき合った。この動作どうさ自然しぜんすぎてペンギンも一瞬いっしゅん愣然りょうぜんとした。


とききざみがのこ小屋こやると、夕暮ゆうぐれの微寒びかん部屋へやなかのこる暖かみ(あたたかみ)をらした。くるま門前もんぜん砂地すなち広場ひろばまっていた。


くるまがエルパソにもど道路どうろるまで、ペンギンはながいきき出し、きんちょうしていたかたゆるめた。バックミラーしに後部座席こうぶざせきた——だれもいない。ソフィアは助手席じょずせきすわり、には依然いぜんとして粗末そまつなサボテンのぬいぐるみをち、視線しせんまどそと疾走しっそうする夕暮ゆうぐれにまった砂漠さばくつめていた。


「ありがとう、ソフィアさん」。ペンギンが突然とつぜんはなし始めた。こえはいつもよりひくく、へつらいがすくなく、本当ほんとう感謝かんしゃえていた。「ははまえで……とてもくしていただきました。こまらせていただきませんでした」。


ソフィアはり返って彼をて、口角こうかく微微びびげた。「彼女はひとですよ、オズワルド。君がはなしていたとおり」。片刻顿んで、口調くちょうにはめったにないくつろぎがざった。「それに、一時的いちじてきにゴッサム、ちち、Arkham Asylum(阿卡姆精神病院)のことをかんがえなくてもい……老人ろうじんわかときにイタリアでたオペラのはなしいたり、サボテンの若芽わかめ塩漬しおづけ方法ほうほうはなし合ったり……わるくないかんじでした」。


ペンギンはうなずき、これ以上いじょうはなすことはなかった。車内しゃないには不思議ふしぎ平穏へいおんひろがった。とき抑圧的よくあつてき沈黙ちんもくとはちがい、すくつかれがあるが、一時的いちじてき浄化じょうかされた安らぎ(やすらぎ)だった。エンジンのひくおととタイヤが路面ろめん摩擦まさつするおとだけがった。


ヴィコ・ファルコーネ(Vico Falcone)の別荘べっそうもどときてん完全かんぜんくらくなっていた。別荘べっそうあかるくともされ、荒涼あらりょう土地とちうえ孤島ことうのようだった。玄関げんかんはいるとすぐ、リビングルームからヴィコのふとわらこえつたわってきた。


「ハハ!だれかえってきただ?俺たちのお嬢様じょうさま忠実ちゅうじつ案内人あんないじんだ!」。ヴィコの巨大きょだいからだ一番いちばんおおきなソファにしずみ、には琥珀色こはくいろさけち、かお紅潮こうちょうして明らかに機嫌きげんかった。「らせをのがしたぞ!午後ごごルイス(Louis de Pointe du Lac)のところからまた返礼へんれいおくられてきた。戦前せんぜんのフランスさんのコニャックを数本すうほん、それに骨董こっとう酒器しゅき一式いっしきだ!とてもうつくしい!」。


グラスをらし、こおりがグラスのかべたるきよらかなおとがした。「俺はっていた!れいきがあればかえしがある。そうやって関係かんけいつづけられるんだ!漁業ぎょぎょう合作がっさくは……有望ゆうぼうだ!たとえ彼らが自分じぶんさかなべなくても、資金しきんして出資しゅっしすればいじゃないか?そんすることのない取引とりひきだ!」。


ソフィアとペンギンはわせた。ソフィアがはなし始め、口調くちょう警戒的けいかいてきだった。「ヴィコおじさん、こんなに行きいききすると、双方そうほうともつかれてしまうかもしれません。不如ふる……」。


不如ふるつの?俺はてない!」。ヴィコはおおきなってソフィアのはなさえぎり、意気込いきごんで言った。「めた!今夜こんや地堡えんたいごう訪問ほうもんする!事前じぜん連絡れんらくしない。「突然襲撃とつぜんしゅうげき」をして、熱心ねっしんさをせよう!ついでにあたらしい贈りおくりものってこう——ルイスがどんなさけきか俺はっている!アルベルト(Alberto Falcone)!」。


アルベルトはべつのソファからあたまげた。ポータブルゲームあそんでいて、画面がめんやすひかり点滅てんめつさせていた。「ん?」。


「君もけ!ルイスたちにったことがないし、地堡えんたいごうはいったこともないだろ?今夜こんやひらかせよう!」。ヴィコの口調くちょう拒否きょひできなかった。


アルベルトのかがやいた。すぐにゲームてた。「本当ほんとういね!ずっとあの神秘的しんぴてき地堡えんたいごうなかがどんなものかたかった!発光はっこうするさかなっているっていたんだけど?」。


錦鯉にしきごいだよ、馬鹿ばか」。ソフィアは無念むねん訂正ていせいしたが、おとうとめずらしくなにかに本当ほんとう興味きょうみしめした(演技えんぎした遊びあそびごころではなく)のをて、反対はんたい意見いけんうすれた。或许かもしれない……アルベルトに「正常せいじょう」な神秘的しんぴてきなものに接触せっしょくさせるほうが、一日中いちにちじゅうひそかにちち黒幕くろまく調査ちょうささせるより安全あんぜんかもしれない。


「それでまり!」。ヴィコは一槌定音いっついていおんした。「オズワルド、くるま準備じゅんびしろ!ヴィクター、君も一緒いっしょに!さらにあたまもの四人よにんれてい!」。


よる八時はちじぎ、三台さんだいくるまからなる小型こがた車列しゃれつ別荘区べっそうくて、郊外地堡こうがいえんたいごう方向ほうこうかった。先頭せんとうくるまではペンギンが運転うんてんし、ソフィアは助手席じょずせきすわった。後部座席こうぶざせきにはヴィコの巨大きょだいからだ意気込いきごんだアルベルト、それにかげのようにドアにってすわるヴィクターがまっていた。坊主頭ぼうずあたまの殺しころしや依然いぜんとして一言ひとことはなさず、ただ時折ときおり空洞くうどう眼神がんしんまどそと暗闇くらやみひとめいた。


うしろ一台いちだいくるまにはヴィコの手下てした四人よにんり、準備じゅんびしたさけと贈りおくりものっていた。


車列しゃれつ地堡えんたいごうのある区域くいきちかづくと、前方ぜんぽうおもいがけない光景こうけいあらわれた。とおくから、地堡えんたいごうの入りいりぐちちかくの通常つうじょう荒涼あらりょうつめたい広場ひろばに、あたたかいオレンジしょくひかりねているのがえた。ぼんやりとした、リズムが奇特きとく優雅ゆうが音楽おんがくかぜってとどき、ぼんやりとしたひとこえわらこえざっていた。


「ん?どうしたんだ?」。ヴィコのふとからだまえたおし、ほそめた。「火事かじだ?それともゾンビのむれめてきて祝宴しゅくえんをしているの?」。


ペンギンもおどろいて車速しゃそくとした。距離きょりちかづくにつれ、光景こうけい次第しだいにはっきりした。


地堡えんたいごうの入りいりぐちまえ広場ひろばには、いきおいよくえる焚きたきびがあり、まきがパチパチとおとて、火粉ひこがって周囲しゅういの人々(ひとびと)の姿すがたらした。音楽おんがくはポータブルスピーカーからながし、異国情緒いこくじょうちょにあふれる、金属打楽器きんぞくだがくき優雅ゆうが管楽器かんがくき中心ちゅうしんとしたメロディーで、リズムは複雑ふくざつ魅力的みりょくてきだった。けっして荒廃地あらはいちでよくかれる産業騒音さんぎょうそうおん懐古金曲かいこきんきょくではなかった。


さらにおどろくべきは焚きたきびまわりの人々(ひとびと)だ。大半だいはん普段着ふだんぎていたが、かおには統一とういつしたスタイル、鮮やか(あざやか)ないろ誇張かちょう表情ひょうじょう複雑ふくざつ模様もよう木製もくせい仮面かめんをつけていた。焚きたきびそば広場ひろばで、音楽おんがくのリズムにわせて移動いどうし、回転かいてんし、儀式感ぎしきかん物語性ものがたりせいにあふれる様々(さまざま)なダンスの動作どうさをしていた。ひかりが彼らのかげながばし、ゆがませて、つめたい地堡えんたいごう金属外壁きんぞくがいへき投射とうしゃし、古代祭祀こだいさいし現代廃墟げんだいはいきょ交錯こうさくした怪しい(あやしい)美感びかんつくした。


「なんてこった……」。アルベルトはまどからだせてった。「彼らは……仮面舞踏会かめんぶとうかいをしているの?」。


くるますこはなれた場所ばしょまった。ヴィコたちはくるまからり、困惑こんわく好奇心こうきしんってちかづいた。空気くうきなかの匂い(におい)もわり、地堡えんたいごうでよくかれる消毒薬しょうどくやく金属きんぞくの匂い(におい)ではなく、えるまき燻製くんせいの匂い(におい)、あるしゅ香料しょうりょう線香せんこうかもしれない)のあわい香り(かおり)、それに……きトウモロコシとサボテンにくの香り(かおり)がざっていた。


最初さいしょに彼らを発見はっけんしたのはルイスだ。


この地堡えんたいごう主人しゅじん今夜こんや普段ふだんとはまったくちが格好かっこうをしていた。いつもの簡素かんそ現代的げんだいてき服装ふくそうぎ、裁縫さいほう精巧せいこうで、ディテールが緻密ちみつ旧時代きゅうじだいのフランス貴族きぞくスタイルのコートをていた。濃色のうしょくのベロアひかりしたくら光沢こうたくはなち、えり袖口そでぐちには精緻せいちょう銀色ぎんいろ刺繍ししゅうけられていた。末世しゅうまつ避難所ひなんしょ管理者かんりしゃではなく、ふる油絵あぶらえからてきた宮廷夜宴きゅうていやえん参加さんかする紳士しんしのようだった。


ルイスはちかづいてきて、灰緑色はいりょくしょくひとみは焚きたきびひかりらされてすくし暖かみ(あたたかみ)がくわわったが、奥深おくぶかくにあるつめたさは依然いぜんとしてのこっていた。「ヴィコさん、こんばんは。とおくからお出迎いでむかえできず、失礼しつれいしました」。こえ平然へいぜんとして、まるでふるいスタイルの服装ふくそうあら土地とちで焚きたきび舞踏会ぶとうかいひらくのがたりまえのことのようだった。


「ルイスさん!これは……本当ほんとうおどろかされましたよ!」。ヴィコはづいて大笑だいしょういし、自分のはらたたいた。「俺たちはわる時間じかんたのか?君たちの……ええと、パーティーを邪魔じゃましているの?」。


邪魔じゃまではありません」。ルイスは微微びびくびり、視線しせんはヴィコのうしろのソフィア、アルベルト、ペンギン、ヴィクターをはらき、最後さいご酒箱さけばことギフトボックスをえ、すく困惑こんわくした様子ようす手下てした四人よにんいた。「今夜こんや地堡えんたいごう内部ないぶをメンテナンスするため、作業さぎょう中止ちゅうししました。いわば……チームビルディングのイベントです。馮鋭徳(Feng Ruide)さんはインドネシアのバリとうんでいた時期じきがあり、地元じもと伝統舞踊でんとうぶとうであるCalonarangをまなんでいました。彼は息子むすこおしえています」。


からだよこけて、焚きたきびそばでダンスをしている人々(ひとびと)の中心ちゅうしんした。


そこには、仮面かめんをつけた二人ふたり姿すがた格外かくがい目立めだっていた。おおきいほうは色彩豊か(しきさいゆたか)で金色きんいろ刺繍ししゅうがあるバリとう伝統舞踊者でんとうぶとうしゃ服装ふくそうて、動作どうさ優雅ゆうが力強ちからづよく、一つ一つの手振り(てふり)、一つ一つの回転かいてん独特どくとく雰囲気ふんいき物語性ものがたりせいふくまれ、まるでからだつうじて古代神話こだいしんわかたっているかのようだった。ちいさいほうおなじような服装ふくそうちいさいサイズをていたが、動作どうさは明らかに未熟みじゅくで、ダンスをしているというより模倣もほうをしているだけで、時折ときおり独創的どくそうてきな動き(うごき)をし、手足てあしみだれさせ、ひかりなかではねまわたのしい錦鯉にしきごいのようだった。


「それが馮鋭徳さんと馮愛冶(Feng Aiye)さんです」。ルイスはひくこえで言った。


ヴィコたちはとれていた。これはこれまで接触せっしょくした、冷静れいせいとおかんじがありさえ悲し(かなし)そうな馮鋭徳とはまったくちがった。此刻こくしょくの彼は、華やか(はなやか)な仮面かめん服装ふくそうしたかくれ、ダンスをつうじて狂喜きょうきちか生命力せいめいりょく解放かいほうしていた。そして彼のそばの馮愛冶は、純粋じゅんすい無邪気むじゃきよろこびが、不器用ぶきよう動作どうさ仮面かめん目穴めあなからはっきりとつたわってきた。


「Calonarangダンスのなかのleyakです」。ルイスは一語ひとこと補足ほそくした。「霊性れいせい物語ものがたりかんするダンスです。馮さんはとてもきです」。


焚きたきびからすこはなれた場所ばしょには、ウィンスロウ(Winslow)がうでんで折りたたみ椅子おりたたみいすにもたれかかり、かおにはなに表情ひょうじょうもなかったが、視線しせんつねなか父子ふしいかけていた。人型じんがたの天狗(Tengu)と紫鬼(Purple Ghost)もそこにっていた。天狗は依然いぜんとしてだまっていたが、紫鬼は音楽おんがくわせて彼女のはかな姿すがた轻轻ささやからしていた。


ウィンスロウはヴィコたちをて、げて簡単かんたんって挨拶あいさつをした。すぐに注意力ちゅういりょくふたたびダンスにもどした。


ヴィコはくちけた。本来ほんらい準備じゅんびしていた漁業ぎょぎょう合作がっさくはなしは、異国情緒いこくじょうちょ生命律動せいめいりつどうにあふれる焚きたきびそばでは、とても場違い(ばちがい)で退屈たいくつかんじられた。一時的いちじてきに「正事しょうじ」をわすれてしまった。


アルベルトはそんなことをにしなかった。わかくて新奇しんきなものへの好奇心こうきしんがあふれ、血液けつえきなかにあるファルコーネ特有とくゆうの、刺激しげきもとめる遺伝子いでんし此刻こくしょく活発かつはつになった。「すごくクールだ!」。ひくこえ驚嘆きょうたんし、はきらきらかがやいた。「俺も……ける?ならえる?」。


ヴィコやルイスがこたえるまえに、アルベルトはすで手綱てづなはずした子馬こまのように焚きたきびそばの人々(ひとびと)のほう小走こばしりでちかづいた。ひとすきはいり込み、ダンサーたちの動作どうさ真似まねした。不器用ぶきようだが熱意ねつい笑顔えがおにあふれていた。仮面かめんをつけた地堡えんたいごうのスタッフの一人ひとり面白おもしろがって主动的しゅどうてきちかづき、動作どうさおそくして誘導ゆうどうした。


ヴィコはおい様子ようす一瞬いっしゅん愣然りょうぜんとしたが、すぐにふとかおにも笑顔えがおかべた。「この小子こぬす……いね、もう!」。巨大きょだいからだうごかしてくわわった。その動作どうさはダンスというより滑稽こっけいれだったが、陽気ようき音楽おんがく雰囲気ふんいきなかでは、むしろ不条理ふじょうりなユーモアをえ、地堡えんたいごうのメンバー数人すうにん善意ぜんいわらいをさそった。


ソフィアはすこはなれた場所ばしょち、おとうと叔父おじ奇特きとくなダンスにむのをて、焚きたきびそば仮面かめんをつけ、古代こだいのリズムにひたる人々(ひとびと)の姿すがたつめ、眼神がんしんはぼんやりとした。Arkhamからあと、こんな純粋じゅんすい陰謀いんぼう苦痛くつうざらないよろこびの場面ばめんることはすくなかった。見知みしらぬが、原始的げんしてき引力いんりょくっていた。


うで轻轻ささやかたたかれたのをかんじた。ペンギンだった。


ペンギンはで彼女にそばるよう合図あいずした。ヴィクターは依然いぜんとしてそのち、周囲しゅうい陽気ようき雰囲気ふんいき調和ちょうわしないくろぞうのようだった。無表情むひょうじょうでダンスをしている人々(ひとびと)をて、とくにヴィコの滑稽こっけい姿すがたて、空洞くうどうには一丝いっし波紋はもんもなかった。だがソフィアは注意ちゅういした。彼のゆび極端きょくたん轻微びじゃくに、リズミカル(りずみかる)に太腿ふとももよこたたいていて、明らかに音楽おんがくのリズムにっていた。


ソフィアは思わず口角こうかくげた。


「ソフィアさんもダンスをしたほういかもしれません」。ペンギンはこえひくくしてすくはげました。「たのしんでください。那些あれらの……雑多ざったなことをかんがえないで」。


ソフィアはり返って彼をて、焚きたきびひかりが彼女の眼中がんちゅうねていた。数秒間すうびょうかんだまって、衡平こうへいかんがえているか、あるいはなにかたなきくさりからのがれようとしているかのようだった。そのあと轻轻ささやかいきき出してうなずいいた。


「君のとおりだ」。っていたサボテンのぬいぐるみをそば清潔せいけついしうえ小心しょうしんき、ペンギンをて言った。「一緒いっしょに?」。


ペンギンはいそいでり、困惑こんわくした表情ひょうじょうかべた。「私?私はダメです、ソフィアさん。私はこのように……」。自分のあしした。


適当てきとううごくだけでい」。ソフィアはすでばし、拒否きょひできない口調くちょうだった。「君のできる簡単かんたん動作どうさい。いわば……「インターン」の俺をともってわったチームビルディングを完成かんせいさせるためだ」。


こえにはめったにない、遊びあそびごころちかかたさがあった。ペンギンは彼女のばしたて、焚きたきびそばたのしんでいる人々(ひとびと)をて、そばのようなヴィクターをちらっとて、やっとなに決心けっしんをしたかのように、をズボンでい(はきれいだったが)、すくかたく彼女のにぎった。


ソフィアは彼をって焚きたきびほうかった。アルベルトのように直接ちょくせつ中心ちゅうしんはいるのではなく、まずひと外側そとがわで、音楽おんがくのリズムにわせて轻轻ささやかからだらし、あしうごかした。動作どうさ最初さいしょすく生涩せいしゃくで、長期ちょうき緊張きんちょうしたあと不調和ふちょうわがあったが、すぐにあたたかいひかり奇特きとく音楽おんがく周囲しゅういの人々(ひとびと)のたのしいエネルギー(energy)に感化かんかされて、じょ々にリラックスし、動作どうさは滑らか(なめらか)になった。甚至じしんじてかおげ、焚きたきびねつほおてた。


ペンギンは彼女にられて、最初さいしょ尴尬かんかつあしうごかすだけで、不器用ぶきよう動作どうさあし不自由ふじゆう姿すがたひとわらわれるのをおそれていた。だがソフィアはにしないで、ただ彼をれてリズムにわせて轻轻ささやからした。ゆっくりとペンギンもこころひらいて、自分の障害しょうがいかんがえなくなり、ヴィコ、カーマイン・ファルコーネ(Carmine Falcone)、サルヴァトーレ・マローニ(Salvatore Maroni)など、いきまるような名前なまえかんがえなくなった。ただ身近みぢかにいる、かつてきずつけたがいまにぎっている少女しょうじょしたがい、古代こだい陽気ようきなリズムにわせて簡単かんたんに、不器用ぶきよううごいた。


こっそりソフィアをた。焚きたきびひかりが彼女のかおね、じ、口角こうかくには平穏へいおんで、解放かいほうちか弧度こどがあった。此刻こくしょくの彼女はファルコーネのお嬢様じょうさまでも、Arkhamの生存者せいぞんしゃでもなく、ただ焚きたきびそば音楽おんがくわせてダンスをするわか少女しょうじょだった。


彼らはヴィクターをかげひかり境界線きょうかいせんひとりでのこした。坊主頭ぼうずあたまの殺しころしやは彼らがダンスにむのをて、ヴィコの滑稽こっけいれをて、アルベルトの興奮こうふんした模倣もほうて、焚きたきびそば仮面かめんをつけ、べつ時空じくうからたかのようなダンサーたちをた。


ルイスはいつのにか彼のそばて、未開封みかいふうのサボテンサイダーをわたした。


ヴィクターはサイダーをしたからて、ふたたびルイスをからて、依然いぜんとしてなに表情ひょうじょうもなかった。だがばしてサイダーをけ取った。


キャップをけて一口ひとくちんだ。酸っぱくて刺激的しげきてき気泡きほうくちなかはねけた。視線しせんふたたび焚きたきびけ、ダンスをしている人影ひとかげた。


音楽おんがくはさらにはげしい部分ぶぶんはいった。ドラムのリズムが密集みっしゅうになり、管楽器かんがくきが高らか(たからか)にった。


ヴィクターはそのち、一方いっぽうにサイダーのびんち、もう一方いっぽうからだよこしたろした。焚きたきびひかりが彼のなめらかなあたま蒼白あおじろかお明滅めいめつさせた。


ヴィコの笑い声は転がる油桶あぶらおけのようで、奇特きとくな音楽の中では少し突飛とっぴだが、奇妙きみょうなことに焚きたきびそばふくらむ歓喜かんきうずんでいた。彼のふとからだはバリとうのダンスの優雅ゆうがな手振り(てふり)を必死ひっし真似まねしたが、結果けっか蜂蜜はちみつつめねばりついたくまがもがいているようで、周囲しゅうい仮面かめんをつけた地堡えんたいごうのメンバー数人すうにんおさえきれないひくわらいをらした。アルベルトは完全かんぜんこころひらいて、ネクタイをはなし、高価こうかなシャツのボタンを数個すうこはずして、金色きんいろの鳥のえがかれた仮面かめんをつけた細長ほそなが身材しんざいのダンサーに回転かいてんおしえてもらっていた。あしはよろめいてもかお興奮こうふんあかみにまっていた。


ソフィアはじて轻轻ささやかからだらした。ペンギン(Penguin)のオズワルド・チェスターフィールド・コボルト(Oswald Chesterfield Cobblepot)は彼女のられて、不器用ぶきようあしうごかした。最初さいしょはまだ自分の不器用ぶきようあしがもたらす遅滞ちたいかんじ、焚きたきびけむりの臭い(におい)、ものげた香り(かおり)、アルベルトのわらこえとヴィコのふと息遣いきづかいをくことができた。だがだんだん、奇妙きみょうなブーンというおとみみまわりにひろがりはじめ、無数むすうちいさなばたくようで、またとおしおの満ちきがいし隙間すきまとおるようだった。


彼はを閉じたり開いたりした。


焚きたきびほのおはさらにたかがったようにえ、いろも怪しい(あやしい)ものにわり、単純たんじゅんなオレンジしょくだけではなく、幽玄ゆうげんあおみじめなみどり病的びょうてき黄金色きんいろざっていた。ほのおかたちはゆがみ、無数むすう人型じんがたなかでもがきながらダンスをしているようだった。周囲しゅういでダンスをしている人々(ひとびと)は……わった。


もはや地堡えんたいごうのメンバーが現代的げんだいてき普段着ふだんぎやバリとう服装ふくそうているだけではなかった。人影ひとかげかさなりかさなり、虚構きょこう透明とうめいになった。


ヴィクトリア時代じだい複雑ふくざつなスカートを仮面かめんをつけた女性じょせいが、燕尾服えんびふくをまっすぐかお蒼白あおじろ紳士しんしうでみ、優雅ゆうがでゆっくりしたワルツをおどっているのをた。彼らのあしはまるで地面じめんうえいているようだった。


きたな包帯ほうたいかれ、動作どうさ木偶かくつのようにかた人影ひとかげが、ほのおふちでけいれんするようにうごいているのをた。それは塹壕ざんごうからかえってきて治療ちりょうされない亡霊ぼうれいだった。


インディアンの先住民せんじゅうみん羽飾はかざりをつけ、古代祭典こだいさいてんのステップをんでいるのをた。かおひかりしたときおりはっきりとえ、ときおり髑髏どくろわった。


さらに……サルヴァトーレ・マローニ(Salvatore Maroni)をた。


いまのこの老衰ろうすいし、つかり、車椅子くるまいすすわっているマローニではなかった。もっとわかごろで、緻密ちみつなスーツをかみ一糸乱いっしみだれずにセットし、かおには意気揚々(いきようよう)だがかくせない荒涼あらりょうさがあったマローニだった。うでにはうつくしいインドけい女性じょせい——プリアをいていた。華やか(はなやか)なサリーを、優しい(やさしい)笑顔えがおかべていた。彼らのそばでは、虎頭虎脳こととのうな男のおとこのこ——ラージュが大人おとな動作どうさ真似まねし、不器用ぶきようだがたのしそうにまわっていた。マローニの一家三口さんかこうは、ペンギンから十米じゅうめーとるはなれていない場所ばしょで、彼が一度いちどいたことがないがみょう馴染なじみのあるイタリアの民謡みんようのメロディーにわせて回転かいてんし、笑顔えがおかがやいて、まるで悲劇ひげき一切いっさいこらなかったかのようだった。


プリアはかおけ、サリーのはしほのおれたががらなかった。彼女の視線しせんはまるで時空じくうのヴェールをつらぬいてペンギンにちた。しあわせにちたうつくしい彼女のから、突然とつぜんなみだ二筋ふたすじながした。ラージュは回転かいてんめてあたまげ、あなだらけの眼窩がんかで彼を「」た。


ペンギンは猛地もうどい込み、背中せなか一瞬いっしゅんつめたいあせれた。ソフィアのはなそうとし、後退こうたいしようとし、この怪しい(あやしい)光景こうけいからのがれようとしたが、あしはまるで地面じめんくぎち込まれたようにうごかなかった。


就在这时(この時)、温かい(あたたかい)ちからを込めて彼のかたたたいた。


「オズワルド?」


ソフィアのこえが彼を猛地もうど現実げんじつもどした。


焚きたきび正常せいじょうなオレンジしょくもどり、きトウモロコシのげた香り(かおり)がはっきりとこえた。周囲しゅういには地堡えんたいごうのメンバー、ヴィコ、アルベルト、それに雰囲気ふんいき感化かんかされてくわわったヴィコの手下てした数人すうにん不器用ぶきようにダンスをしているだけだった。ヴィクトリア時代じだい亡霊ぼうれいも、戦場せんじょう亡霊ぼうれいも、インディアンの祭司しせいも、さらにマローニ一家いっかもいなかった。


ペンギンはおおきくいきい込み、心臓しんぞう胸腔きょうくうなかはげしくちつけ、肋骨ろっこつるようだった。かお蒼白あおじろで、ひたい冷汗れいかんおおわれ、ひかりしたできらきらかがやいていた。


「どうしたの?」ソフィアは彼のはなし、困惑こんわくして彼をた。「かおがこんなにわるいの?調子ちょうしわるいの?それともあしいたいの?」。


めつ……没什么なにもない!」ペンギンはあわててり、こえは驚き(おどろき)で少し変調へんちょうした。くよりもみにく笑顔えがお無理むりかべた。「ただ……ちょっとあついだけ。この焚きたきびつよすぎる!あしは……ちょっとしびれるけど、大丈夫だいじょうぶ!」。


無意識むいしきにさっきマローニ一家いっか方向ほうほうをちらっとひとめいた。広場ひろばとおくの地堡えんたいごうつめたい金属きんぞくかべだけだった。


幻覚げんかくだったの?最近さいきんプレッシャーがおおきすぎて、マローニへの恐怖きょうふ罪悪感ざいあくかんからしょうまれた幻覚げんかくだったの?それとも……この音楽おんがく、このダンス、この地堡えんたいごうに、本当ほんとうなに問題もんだいがあるの?


ルイス(Louis de Pointe du Lac)たちの非人間的ひにんげんてき身份みぶんおもした。难道なのか……これは単純たんじゅんなチームビルディングのパーティーではなかったの?このダンスは本当ほんとうに……れいつうじることができるの?過去かこ現在げんざいかさね、きているひとくなったひと一緒いっしょにダンスをすることができるの?


足元あしもとから頭頂ずちょうまで寒気さむけはしり、砂漠さばく夜風よかぜよりもつめかった。


本当ほんとう大丈夫だいじょうぶ?」ソフィアはまだ心配しんぱいしてまゆせた。


本当ほんとうです!ソフィアさん、私は大丈夫だいじょうぶです!」ペンギンはこえげて、恐怖きょうふかくすために誇張かちょう肯定こうていをしようとした。甚至じしん主动的しゅどうてきばしてソフィアの手首てくびふたたにぎった——動作どうさすこあわただしかった。「我々(われわれ)は……ダンスをつづけましょう!この音楽おんがくは……とてもいですよ!」。


ここにもういられなかった。すくしもそばひとりでいられなかった。ソフィアのちかくにいき、「きているひと」のちかくにいき、焚きたきびがもたらす現実げんじつあたたかさにちかくにいれば、そのほねまでつめえる寒さ(さむさ)をはらえるかもしれない。なにかをしなければならなかった。注意力ちゅういりょくらさなければならなかった。


ソフィアは彼の蒼白あおじろかおつよがりの眼神がんしんて、こころなか疑問ぎもんけなかったが、音楽おんがくつづいていた。アルベルトは不遠ふえんくで興奮こうふんして彼女に手招てまねきをしていた。ヴィコおじさんのれるふとからだもコメディックな効果こうかがあった。一旦いったん疑問ぎもんさえてうなずいた。


「もし調子ちょうしわるくなったら、かならってください」。


かならず、かならず」。


ペンギンはふたたじることができなかった。おおきくひらいて眼前がんぜん現実的げんじつてきな焚きたきび見据みすえ、ソフィアのすぐそばのかお見据みすえ、リズムにわせて轻轻ささやからぐ彼女のかみ毛先けさき見据みすえた。みみにまだ完全かんぜんえていない、ことなる時空じくうからのざった音楽おんがくおととささやきこえ無視むししようと努力どりょくし、自分の意識いしきをしっかりと「現在げんざい」に固定こていさせようと努力どりょくした。


彼のダンスのステップは以前いぜんよりもさらにかたく、甚至じしん同手同脚どうてどうきゃくになった。ソフィアは彼のゆびつめたさと轻微びじゃくな震え(ふるえ)をかんじたが、ふたたたずねることはなかった。ただリズムをすこおそくして、彼をれて、慰め(なぐさめ)するようなゆっくりしたペースでうごかした。


焚きたきび反対側はんたいそくで、ルイスはしずかにっていた。には暗赤色あんせきしょく液体えきたいさけかそののものかからない)をっていた。彼の灰緑色はいりょくしょくはダンスをしている人々(ひとびと)をはらき、ヴィコとアルベルトをはらき、最後さいごに、視線しせん極端きょくたんみじかく、かお蒼白あおじろで、眼神がんしんおそろしいがつよがっているペンギンの身上しんじょうちた。


ルイスの口角こうかくは、極端きょくたん细微さいびがって1ミリ(みり)うごいたようだ。ほとんど虚無きょむ弧度こどで、ひかりねることでこった錯覚さっかくだとおもうほどはやかった。そのあと視線しせんうつして焚きたきびうえふかくてほしがまばらな夜空よぞらた。まるで彼だけがくことができる、さらに古代こだい時代じだいからのメロディーをいているかのようだった。


ヴィクター・ザス(Victor Zsasz)は依然いぜんとしてそのっていた。っていたサボテンサイダーはすでに半分はんぶん以上いじょうんでいた。単純たんじゅんうなずくだけではなく、からだ全体ぜんたい複雑ふくざつはげしいドラムのリズムにわせて、微小びしょう正確せいかくはば前後左右ぜんごさゆう律動的りつどうてきらしはじめた。発条はつじょういた、自身じしん周波数しゅうはすうひたった精密せいみつ殺人機械さつじんきかいのようだった。


アルベルトはついに一回いっかい回転かいてんでバランスをうしなって、大笑だいしょういしながらやわらかい砂地すなちたおれた。そば笑顔えがお仮面かめんをつけた地堡えんたいごうのメンバーが親切しんせつに彼をこした。ヴィコもダンスにつかれて、あらいきをしながら外側そとがわ退のがり、手下てしたわたしたタオルであせいたが、はまだきらきらかがやいてなかていた。


馮鋭徳(Feng Ruide)と馮愛冶(Feng Aiye)はいつのにか「leyak」のダンスをめていた。馮鋭徳は仮面かめんはずし、微微びびあせをかいたがめずらしくくつろいだ笑顔えがおかんだかおせた。馮愛冶は興奮こうふんしてウィンスロウ(Winslow)のそばはしせ、さっきの動作どうさくらべてせた。ウィンスロウはばし、親指おやゆび子供こどもひたいあせった。動作どうさ自然しぜんだった。


焚きたきびはパチパチとおとて、火粉ひこがって暗闇くらやみんだ。


音楽おんがくはだんだんゆるやかになり、まるで盛大せいだい幻夢げんむの終わりのようだった。


ペンギンはソフィアのをしっかりにぎって、おぼれるひとが浮きうきわつかむようだった。ほのおおくふたたることをあええなかった。眼前がんぜんひとだけを現実げんじつなかでだんだんしずまるメロディーだけをき、手のひらからつたわる「きているひと」のあたたかさだけをかんじた。


亡霊ぼうれいのようなダンス、なみだながすマローニ一家いっか笑顔えがお……あるいは幻覚げんかくだったのだ。


だがそのほねまでつめえる恐怖きょうふと、その恐怖きょうふなかつかんだ取るに足りない(とるにたりない)現実的げんじつてき触感しょっかんは、非常ひじょうにはっきりしていた。


彼はなにわなかった。

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