7話、 買い物
◇ 夜・港湾ビジネスホテル
港近くの古びたビジネスホテル。
カーテンは閉め切られ、室内灯は落ちている。暗闇の中央で、ノートパソコンの画面だけが青白く灯り、カーティス・ロウの顔を浮かび上がらせた。
「……映像、送信しました」
スピーカーから抑えた男の声。映し出される黒服の部下の背後には、コンテナ群の影。
「ああ、確かに受け取った。それにしても銀狼か。」
「港路地での交戦記録です。
幹部筋への報告はいかがしますか。」
「必要ない、あいつらは“仲間”じゃない。
ただの利害一致だ、手柄は私の勘定に入れる。」
つばを指で上げ、カーティスは動画を巻き戻しながら白銀の影を追う。跳躍、着地、肩線の先読み――口元が薄く笑みに裂けた。
「商品テストには使えそうだな。」
「ご命令は?」
「No.11を向かわせよう。――テスト段階の戦闘奴隷だ。」
画面が切り替わる。紫に変色した皮膚、鎧のように肥大した筋肉、胸骨下に無理やり埋め込まれた黒い魔石。人型の写真が並ぶ。
「兵士を薬漬けにし、魔石で強制的に身体強化を回し速度もパワーも人間域外。
だが持続は15分。魔石が砕ければ制御が外れ自立不能、心臓がもたなければ即死。
――改造しすぎて後始末も利かん、使って捨てるだけの設計だ。」
「配備には三日ほど。コンテナで搬入し、ヤードに先行で仕込みます」
「夜の便で構わない。簡単に起きないように鎮静剤と睡眠薬投入し続けておけ。
暴走されてもめんどくさい。」
カーティスは椅子にもたれ、指で机を二度、軽く叩く。視線が机脇の黒色のアタッシュケースに流れて止まる。無骨な留め具と複合錠――中身は見せない。ただ、彼はほんの一瞬だけ、愉快そうに眉を動かした。
(本題は別にある。……こいつの“応答”がこの国でどう出るか。)
「それでタバコはどうだ。」
「試験段階。国内流通はまだ。サンプルを“路地”に落とす段取りです」
「表向きは“ニコチンも麻薬も入っていない”“使いすぎなければ害はない”――そう売れ。実際は微量の魔素抽出液と賦形剤、香料。肺から血中へ薄く魔素を回す配合だ。数本で身体が勝手に欲しがる。依存は静かに進む。吸いすぎれば神経が焼け、判断が抜ける。……だが構わない」
乾いた笑いが混じる。
「壊れても捨てる理由はない。生きてさえいれば、どうにでも使える。
娯楽用に並べても、実験台にしても、臓器だけ抜いても。
値段は後で決める、まずは中毒にしてやれ。
市場は勝手に育つ。」
「了解。噂の“銀狼”目当ての連中から広がるでしょう」
「結構だ。白い狼が私の市場に与える影響を観察する。
結論が出るまで、他の奴らには何も流すな。」
再生画面では、路地の梁が沈み、白い影が空気を裂く。カーティスはつばに指を添え、見えない監視レンズへ会釈をひとつ。
「始めよう。商売の時間だ」
――――
◇ 朝・一樹サイド/港町の外れ
カーテンの隙間から差し込む朝日で、まぶたが勝手に開く。……体が軽い。軽すぎる。
上体を起こし、寝癖を直そうと髪をかき上げた瞬間――指先が硬い感触を撫でた。狼耳。
「……おい」
慌てて洗面所へ。鏡の中の銀髪、狼耳、黄金の瞳――獣人少女ミツキの顔が、寝ぼけ眼で俺を見返す。
「おまっ……やったな!」
『んあ? おはよ。似合ってんね、ミツキ。』
「挨拶いらん! 夜、抜け出すなって“言ったばっか”だろ!」
『だーって、ストレス発散したかったんだもん。』
「関係ねぇ! この街で“銀狼”の噂が立ってんだぞ! 尻尾見ろ、油と砂だらけ!」
『観察力だけは褒めてあげる♡ ふーん、あんた有名人じゃん』
「他人事みたいに言うな!」
深呼吸。耳はしゅん、と畳まれ、白が黒髪へ溶けて“鏡一樹”に戻る。冷蔵庫を開けて空気を吸い、即断。
「……買い出し決定だな。」
―
◇ 午前・駅前~セントラルスクエア
俺のアパートは港町の外れ。最寄り駅まで徒歩12分、快速で中心部まで18分。干物の匂いとカモメの鳴き声が混ざる商店街を抜け、駅前スーパーで米・洗剤・トイレットペーパーをカゴへ。
「おー、イツキン!」
肩をぽん、と叩く声。私服の御影悠真がコンビニ袋をぶら下げて笑っていた。
「……お前、何でこんなとこに」
「ヒマだから。で、何してんの?」
「見りゃわかるだろ、買い物」
「へぇー。なぁ、その袋に甘いもん入ってない? 友情確認の抜き打ち検査」
「なんでお前の手が俺の袋に入る前提なんだよ」
「友情ってそういうもんだろ?」
「聞いたことねぇよ」
言い合いの勢いで、気付けば悠真が台車を押している。
「でかいとこ回ろうぜ。《セントラルスクエア》さ。品ぞろえは正義」
「米と洗剤がメインなんだが」
「俺が荷物持つ。甘いもんは俺が食べる」
「後半が犯罪だ」
電車で2駅5分、ガラス張りの大型モールへ。
食材を補充し、レンチン容器を新調。
フードコート脇を抜けた時、黒髪ロングの女子が色付き半透明の大きなビニール袋を三つ抱えて出てきた。
袋越しにのぞくのは小型カメラ、ビーコンめいた楕円、モバイルバッテリー、吸盤、ケーブル――の数々
それらを抱えた天城いろはの姿があった。
『……この子、確か助けた子じゃなかったけ?』
(おまえ、いつの間に。)
「……それ、何買ったんだ?」
いろはは一瞬だけ視線を寄越し、袋を持ち直す。
「別に、必要だから」
それだけ言って、人の流れに溶けた。
「……いったい何に使うつもりなんだ?あれ」
「なんだろうね?写真撮影?」
「いや、にしてもあのセットはおかしくないか?」
その後はお決まりのゲーセン。悠真の“偶然コンボ”に二回落とされ、こちらは読み合いで取り返し、勝敗は五分。プリクラは即時却下、UFOキャッチャーは二千円溶かして収穫ゼロ。
唐揚げ丼を前に、悠真がふと思い出したように言う。
「そういえばさ、最近港の方が荒れてるって。夜になると“甘い匂い”がするって話もあるみたいだよ」
『へぇ、鼻が疼く話だねぇ』とフェンリル。
(黙れ。おまえのせいだろ。)
「ま、噂だ噂。――唐揚げ一個」
「さっき俺のプリン食ったよな?」
「友情ってそういう――」
「それ言うたびに一口没収な」
――――帰宅
両手いっぱいの荷物で帰宅。
冷蔵庫が文明を取り戻し、米粒が満ちる音が妙に安心を呼ぶ。
風呂、ストレッチ、(宿題は出てない)、そして就寝前の恒例行事。
「いいか、今夜は絶対に出歩くな。
掲示板もさっきみたがかなり荒れてる。目立つな」
『“絶対”って魔法の言葉? あたしの時間はあたしのものだよ?』
「俺の身体だ。……頼む、今日は休め」
半拍の沈黙。ふてくされた気配。そして、甘えるような棘。
『……じゃ、遊んでよ。久々にさ。』
(出さないなら、ここで発散させろ、か)
「上等だ。来い」
布団に横になったまま、意識を“あっち”へ落とす。足下から柔らかな緑が立ち上がり、風の匂いが入れ替わる――。
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