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72話 星の狭間


 砂浜を照らす光は灰色で、空も海も区別がつかない。

 ――それでも、ここが“海”だと分かるのは、波の音が聞こえるからだ。


 灼熱のダンジョンの奥――落下した先は、静まり返った異界の浜辺。

 冷たい潮の音の中に、戦闘の痕がある。

 砂は黒く焦げ、砕けた巨腕の残骸が波に沈んでいく。

 つい先ほどまで、何かが戦っていた。


 その中央。

 ゆらり、と影が動いた。


 「……ようやく来たかよ。」


 低い声が響く。

 灰空の下に立つそれは、人間ではなかった。

 上半身を黒々とした毛並みに覆い、隆起した筋肉が動くたび、砂が震える。

 毛は光を吸い込み、海風を裂くように逆立っている。

 身に着けているのは黒いズボンだけ。

 武器を隠すどころか、全身が武器そのもの――黒狼の獣人。


 リュカオン。


 彼の爪先に、青く光る宝石が転がっていた。


 ――大きな空色の綺麗なラリマー。


 血に濡れた掌で転がした。

 海の色と同じ蒼が、その瞳に反射する。


 「これが“鍵”だとよ。くだらねぇ。」


 笑うというより、吐き捨てた。


「訳分からねぇ記憶も見せられて胸くそわりぃな。」


 そして、連真を見下ろす。

 その金色の眼は、獣の捕食者そのものだった。


 「鍵はもらったぜ。

  だが俺が会いたいのはお前じゃねぇ。雑魚は引っ込んでな。」


 次の瞬間、音が消えた。

 世界が震え、空気が抜け落ちる。

 リュカオンの脚が動いた瞬間、砂浜が裂け、黒い影が連真の目前にいた。


 「――ッ!」


 咄嗟に《ナミヒラ》を抜く。

 刃が風を裂くより早く、拳がぶつかった。

 衝突音はなく、ただ空間が弾けた。

 骨が軋み、衝撃が肺を貫く。

 体が宙を舞い、十メートル先の岩に叩きつけられた。


 「……がっ……くそ……」


 砂に膝を突く。

 あの一撃で、武器を持つ腕が痺れている。

 常識外の膂力。

 ――いや、“力”という概念が違う。重力すら押し潰している感覚だった。


 リュカオンは無造作に拳を下ろし、肩を鳴らした。

 筋肉が波打ち、黒毛がざわめく。


 「立てよ。せっかくここまで来れたんだろ暇潰しだ。 すぐに壊れるなよ、人間。」


 挑発的な笑み。牙の先が光を弾いた。

 連真は息を吐き、足を踏みしめた。

 焼け付くような痛みを無視し、重心を低く。

 ナミヒラを構え直す。


 「言われなくても、お前を倒す!」


 重力偏向。刀身が鈍く光る。

 足元の砂が沈み、波が押し返される。

 「――重破・弐!」

 踏み込み、斬撃。

 衝撃波が走る。だが、リュカオンは前脚――否、脚というより爪を一歩出しただけ。

 その瞬間、衝撃が霧散した。


 拳が返ってくる。

 連真は腕を交差して受けるが――防御ごと吹き飛ばされた。

 空気が切り裂かれる。

 波が弾け、体が砂に埋まる。


 「ハッ、重いだけの刃じゃ、俺には通らねぇぞ。」


 リュカオンが歩くたび、足元の砂が黒く焦げる。

 その歩みは、ゆっくりなのに速い。

 獣特有の間合いの詰め方。まるで狩りだ。


 「――雲耀!」


 叫ぶ。

 重力を一瞬だけ反転させ、滑るように加速。

 刃が閃き、斬線が閃光を描いた。

 黒毛が裂け、血が滲む。

 ……だが、浅い。

 リュカオンの眼が笑う。


 「今のは……悪くねぇ。」


 掌が動く。

 空気が爆ぜた。

 拳ではない、“圧”だ。

 重力の逆流。

 地面が波打ち、連真の体が上空へ吹き飛ぶ。


 リュカオンはそのまま跳躍――いや、跳んだというより“間”を消した。

 空中で、彼の拳が真下から突き上げられる。

 衝突。

 連真の胸がめり込み、背骨が軋んだ。


 海が逆巻く。波が天へ舞い上がる。

 音が遠ざかり、光が薄れる。


 「……が、ぁ……」


 意識が途切れかける中、連真は最後の力でナミヒラを構える。

 刃の向こう、黒狼の影が揺れていた。

 咆哮が響く。世界が震える。


 「いい加減死ねよ、めんどくせぇな。」


 連真は膝をつき、それでも刃を下ろさなかった。

 波が砕けるたび、砂に血が染みていく。

 空も海も、もう見えない。

 ただ、黒狼の輪郭だけが、焼き付いていた。


波音が遠い。

 血の味しかしない。

 立っているのか、倒れているのかも分からない。

 ――だが、それでも。


 「……まだ……終わっちゃいねぇ……」


 掠れた声が、灰色の海に響く。

 連真は折れた《ナミヒラ》を支えに、膝を押し上げた。

 全身が悲鳴を上げ、腕が震える。

 それでも、目の奥の炎だけは消えていなかった。


 「ここで……倒れて終わるわけには……いかねぇんだよ……!」


 リュカオンの金の瞳がわずかに細まる。

 「……まだ立つのか。雑魚のわりには頑丈だな。」


 「うるせぇ……化け物が……

  お前なんかに……このまま、背中向けられるかよ……!」


 喉の奥から血を吐き出し、息を吸う。

 その瞬間、足元の砂が微かに浮いた。

 ――重力偏向。

 ボロボロのナミヒラが、まだ反応している。


 「重力なんざ……関係ねぇ……

  ……俺の一撃は、魂でぶん殴るんだよッ!!!」


 叫びとともに、連真が突き出した刃が青白く光る。

 砂を踏み砕き、跳ぶ。

 リュカオンの胸元へ一直線。


 黒狼は口角を上げた。

 「――いいねぇ、その目。

  だがな、雑魚の炎はすぐ消えるんだよ。」


 リュカオンの腕が、獣の速さで振るわれた。

 だが、その拳をすり抜けるように、連真が滑り込む。

 雲耀――空間が歪む。

 刹那の加速、魂が燃える。


 「――一閃・終滅ッ!!!」


 振り抜いた刃が閃光を描き、リュカオンの胸を裂いた。

 黒毛が弾け、赤黒い血が飛び散る。

 その衝撃で、空気が震えた。


 「……ッ……見たかよ、化け物……

  Sランクは……伊達じゃねぇ……!」


 肩で息をしながら、連真が立っていた。

 背中は丸まり、血まみれ。

 それでもその足は、まだ地を踏みしめている。


 リュカオンは沈黙したまま、胸に手を当てた。

 指先に伝う血を見つめ――笑った。


 「……人間のくせに……やりやがる。」


 次の瞬間、表情が豹変した。

 笑いが消え、目の奥が獣のそれに戻る。

 「けどな――」

 低く、地鳴りのような声。


 「――雑魚が調子に乗るのが、一番ムカつくんだよ。」


 地面が裂けた。

 リュカオンの拳が黒く染まり、闇が噴き出す。

 それは重力でも炎でもない、“災厄”そのものだった。


 「ちょろちょろと……目障りなんだよ、死ねェ!!!」


 黒光が弾けた。

 空が裂け、海が消えた。

 拳が地平を叩き割り、砂浜ごと世界が潰れた。


 衝撃の中で、連真の体が宙を舞う。

 視界が白に染まり、骨が砕ける音がした。

 それでも、最後までナミヒラを離さなかった。


 「……っ……まだ……だ……」


 声にならない声。

 足元も、世界も、もうなかった。


 そのまま砂浜に落ち、動かなくなった。

 波が静かに寄せて、彼の足跡を消していく。


 リュカオンは一歩、二歩と後ずさり――鼻を鳴らした。


 「……フン、終わりか。

  まぁ、最後まで見せ場はあったじゃねぇか。

  ――誇って死ねよ、人間。」


 背を向ける。

 灰色の海に向かって、黒狼の姿が溶けていった。

 残されたのは、砕けた刃と、血の跡だけ。


 空も海も、もう音を立てない。

 ただ静かに、潮の香りだけが残っていた。


感想がありましたらぜひよろしくお願いします。


誤字脱字や設定がおかしいなど些細なことでも書いていただけたら嬉しいです

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